表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/24

1 終わりの始まり

人はなぜ生まれなぜ生きるのか。あの頃よくそんな事を考えていた。


「ふう…」


それは冬の終わり、まだ寒さの残る川岸。

人気のない静かな草原の上に立ち静かに目をつぶる。

川のせせらぎや小鳥のさえずりが曇っているせいか寂しげにどこからともなく聞こえてくる。

ここは最近ほぼ毎日足を運んでいる場所だが今日はいつもとは違う。


この穏やかな景色を見るのも音を聞くのも今日が最後。私はこれから20年とゆう短いようで長かった人生に終わりを告げる。


岡本綾音。

特にかわいいわけでも頭がいいわけでもないどこにでもいるいわゆる一般人。

親もいなければやりたい事も将来の夢もない。これといって特技があるわけでもない。


手に持っていた少ない荷物を草の上に置きゆっくりと腰を降ろす。

ふと空を見上げると雲間から差し込む光がやけにまぶしく顔を顰めてすぐに視線を逸らした。


古くなったギターを肩にかけて弦にピックをあてる。

ここでよくこのギターを弾いて歌を歌った。

それも今日で最後。


特に意味は無い、誰に聞かせたりもしないけど優しく丁寧に1音1音大切に弾いた。


♪〜


君は今何を思い何を見てるの

終わりを告げるのはまだ早いと

誰かが言うけれど

もう戻らない足跡を待つのは

咲かない花のように切なくてつらかった


あいにいくよ

あれからいくつもの夜をこえて

君の言葉を思い出す

ありがとう

たくさんの記憶とともに

今、新たな道を歩きだそう




ギターの音が止まるとさっきまで騒がしかった川や鳥の声が静まり返り辺りは無音になっていた。

風が冷たく吹き抜ける。

きっと川の水は冷たいんだろうな。


ギターを近くに置いて立ち上がり川の前までゆっくりと歩く。

絶え間なく流れ続ける川の流れを見つめとくに迷いもなく両足に力をいれた。


水面が揺れる悲しい音色と共に冷たい水の中に勢いよく沈んでいく体。

だんだんと息が苦しくなり意識が遠のいていく。


ああ…これでやっと終わるんだ…

もう辛い思いをしなくていい。

後悔は少しもない。

きっと私が死んでも誰も悲しまないだろう。

もしかしたら最初から岡本綾音なんて人間は存在しなかったように当たり前の日々が続いていくのかもしれない。


そんな事をぼんやり思いながら私の意識はあっとゆう間に途絶えて言った。

死を実感した時、怖いと思う気持ちは不思議となくて。

だけどあの時、気を失う直前…私は遠くに誰かの声を聞いた気がしたんだ。あれは誰だったのだろう。


…………………


「…?」


ふと目を覚ますと私は見知らぬ部屋のベットの上だった。重い体を起こし辺りを見渡す。


ここはどこだろう?

確か私は川に飛び込んで…

ちゃんと死ねたのかな?


よく見ると見覚えのない服を着ているし髪が少し濡れている。

所々傷の手当をした跡があるし体中の痛みはこれが現実だと告げるかのように鮮明に感じられた。


状況が理解できないままぼーっとしていると部屋の外からバタバタと足音が聞こえてきた。

足音は部屋の前まで来るとパタッと止まり静かになった。


そしてドアノブが回されゆっくりとドアが開いた。

静かな部屋に扉の軋む低い音が響く。扉の向こうに立っていたのは見覚えのない男性。

背が高くて黒のショートヘアがよく似合っている、歳は私より少し年上だろうか。


「…あ!気がついたんだね。よかった。」


その人は安心したように優しく微笑み扉を閉めて部屋の中に入ってくるとベットの近くにしゃがみ手に持っていた物をそっと置いて私の首元に手を当てた。


「うん、もう大丈夫そうだね。でも無理はしちゃダメだよ、ゆっくり休んでていいからね」

「…誰?」


正直この時、本当はそんな事はどうでもよかった。

きっと川に飛び込んだのをこの人に見られて助けられてしまったんだろう。運がいいのか悪いのか。あのまま放っておいてくれればよかったのに……


「あ!そうだよね。ごめんごめん、俺は高野快音一応医大生だよ。病院に運ぶよりうちの方が近いと思って。びっくりしたよね」

「別に……」


沈黙が続く。

なんて気まずいんだろう。

元々人付き合いなんてないし、そもそも感情で動く人間とゆう生き物は苦手だった。

その上あんな所を見られていったいこれからどうすればいいの?


「……そうだ、お腹減ってない?これよかったら温かくなるから食べて。」


そんな心配をよそに高野快音と名乗るその人は親切にさっき持ってきたものをさしだして蓋を開けて見せた。

お盆の上に乗った小さな鍋の中にはいっていたのはお粥だった。

蓋を開けたと同時にほんのりミルクの香りが部屋中に広がる。


ふわふわとおかゆから上る湯気を見つめてふと思う。

この人はなぜこんな事をするのだろうか?

見ず知らずの、ましてや私のような誰にも必要とされてないちっぽけな人間に。

私はとても不思議でならなかった。


私は言葉が見つからず無言のまま渡されたお粥を少し口に運ぶ。

温かくて優しい味…何故かは分からないけど私の瞳からは一筋の涙が流れて手の甲に静かに落ちた。


「……なぜ助けたんですか?」

「え?」


気が付くと私はそう問いかけていた。

聞いたところで意味などない。

そんな事はわかっていたんだけど、どうしてもその理由が気になった。

そんな私に彼は少し黙ったあとベットの横に置いてあったギターに優しく触れながら話した。


「特に理由なんてないよ。体が無意識にってゆうか……まぁ強いてゆうなら、君の歌声がきれいだったからまた聞きたいなって思ったよ」


「……」


まじめな眼差し。

まっすぐ私の顔を見つめながら優しく話す彼はその時、私に何か大切な事を伝えようとしていたように思った。あの頃の私はそんな事考える余裕なんてなかったけど。


「そういえば、名前なんてゆうの?」

「岡本綾音…です」


この時生まれて初めて、誰かに私が生きている事を存在している事を認めて貰えた気がしだんだ。

そう、これが高野快音……いや快音との初めての出会い。あの時、確かに今までの人生にはなかった優しい音色が静かに私の心の中で響いていたんだ。


その後、彼は気を利かせたのか「何かあったら遠慮なく呼んでね」と言い残し部屋を出ていった。

私は少しの間休んだ後何も言わずに帰ったんだけど快音は自殺の理由を聞いたり責めたりする事はなくただ去り際に1枚の紙切れを渡してきた。


「これ、俺の番号。もしも何かあったらいつでも電話していいから」


あの時彼はどんな気持ちだったんだろう。

未だにそれは分からないけれどこの人はきっと悪い人ではないんだろうなとゆうのはなんとなく伝わってきた。私は軽く頭を下げて、逃げるように部屋を出た。


もう一度あの川に行こうか…

途方に暮れていた私は意外にも冷静でとゆうより色々と考えるのが面倒になり他に行くあてもないのでお世話になっていた親戚の家にとりあえず帰る事にした。


1人になってさっきの出来事を思い出す。

久しぶりに誰かと話し、久しぶりに誰かにほめられた。ずっと一人だった私にとって久しぶりに感じた優しさはこの時確実に私の中の何かを変えたんだ。


その日終わるはずだった私の人生は彼との出会いによって生まれ変わり、そして新たな始まりの音色を響かせた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ