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12 蘇るエレジー

11 蘇るエレジー



翌日。

もうすぐ音取りの本番が近いのに、練習中ずっと昨日の出来事が頭の中に引っかかり全然集中できなかった。


何度もミスをして歌唱を見てくれているプロデューサーに怒られてしまう。

こんな時に……しっかりしないと。


休憩に入り水分をとっていると、鞄からはみ出た携帯の画面にメールの通知が10件以上も来ていた。普段ほとんどメールなんてこないんだけどなんだろう?


気になってメールを開くと全て知らないアドレスから。不審に思いながら内容を確認すると……


『死ね』

『きえろ』

『ど素人』

『出ていけ』


こんな内容ばかりが並んでいて見たのと同時に血の気が引いていった。

持ち物をボロボロにして捨てたのと同じ犯人だろうか?どうして私のアドレスを知っているんだろう?

ごく親しい人にしか教えてないばずなのに……。


よく見ると留守電が何件かはいっている。

しかもまた、知らない番号。

震える指で再生ボタンを押して耳に当てる。


『あの、タダでやらせてくれるって本当ですか?連絡待ってます』


「……!」


ガシャン、


知らない男性の気持ち悪い声。

私は驚きすぎて携帯を落とし、あまりに酷い内容に体全体に嫌な汗が溢れ出る。


「綾音?どうしたの?」

「え、いやなんでもない。ごめん手が滑って」

「そっか、そろそろ再開だよ」

「うん。今行く」


我に返って慌てて携帯を拾い留守電を削除する。

一体誰なの?

私が何をしたって言うの?

もう嫌だ……こんなの酷すぎるよ……


しかし、その日から毎日同じような内容のメールや電話が届くようになった。

朝から晩まで一日中携帯が鳴り止まない。

電源を切っても着信音が聞こえてくる気がした。


アドレスや番号はいつもだいたい違うので拒否してもかかってくるし携帯を変えに行く暇もない。

そして何度も何度も悪口を言われ貶されて、だんだんと自分に自信がなくなりうつのような状態になっていく。


もうやめて……もうやめてよ


もう……ヤメテ。


音取りが始まる前日。重い体を起こして練習に向かう準備をしていると、また1件メールが来ていた。

どうせ嫌がらせだと内容を確認せず消そうとしたが表示された文書が目に留まる。


『お前の秘密をしっている』

『出ていかないならバラしてやる』


秘密って……私の過去の事?

それとも快音と付き合ってる事?

両方誰にも話してないのにどうして知ってるの?

それともただのはったり?


胸の鼓動がうるさいくらいに鳴り響く。


どうしよう……快音かゆり姉に相談するべきなのかな。

でもただのイタズラかもしれないし。


私はとりあえず支度をおえて部屋を出た。

とにかく今はデュエットに集中しないと。

スタジオに入るとすぐ、いつものように練習が始まる。昨日みたいにミスをしないように集中して音を聞き歌いだす。


しかし、しばらくすると足元がふらつき目の前の景色が大きくぐらついた。

なんだろう?

体がだるいし歌詞の文字がぼやける……

スピーカーから流れる音楽が変にズレて鳴ってるように聞こえて気持ちが悪い。

だんだん力がぬけて頭が真っ白になっていく。


「……?」

「綾音!大丈夫?」


気がつくと私は自分の部屋に戻っていてベットに横になっていた。

側の椅子にはゆり姉が座っていて私が目を開けると心配そうにかけよってきて頭に手をのせる。

ひんやりしていて気持ちがいい。


「ゆり姉?」

「びっくりしたわよ、急に倒れるんだもん。熱も随分高いし体調がよくないなら言いなさいよね」

「……ごめんなさい」


そうか、私練習中に倒れたんだ……。

熱があるなんて気が付かなかった。

きっと色々あったし精神的に追い込まれていたからだ。大事にしたくないってずっと1人で抱え込んで……

結局ゆり姉や快音に迷惑をかけてしまった。


最低だ。


「体調管理も大事な仕事なんだからね」

「……うん」

「今日はもう練習はいいからゆっくり休みなさい。きっと疲れが出たのよ」

「……」


きっと快音は今も練習してるんだろう。

こんな時に私だけ寝てるなんて……

できるのなら今すぐもどりたいけれど嫌がらせの事も考えると怖くて仕方がない。

いっそゆり姉に全て話して……


「ねぇ、最近何かあった?」

「え……何かって?」

「ここに来てからあんた凄く毎日楽しそうだったけど、最近少し落ち込んでるように見えてたから」

「ゆり姉……」


気づいてたんだ……。

心配をかけないように平気なフリをしてたのに。

もしかしたら無意識に顔に出てたのかな?


「あのさ、ゆり姉」

「何?」

「ゆり姉は自分の夢を追いかけるのが怖くなった事とかある?」

「え?」


嫌がらせの事素直に話せば楽になるかもしれない。

だけどきっとこのくらいで弱音を吐いていたらこの世界では生きていけないと思うんだ。


それにずっと気になっていた。

ゆり姉はどうしてマネージャーになろうと思ったのか。美人だしスタイルもいいしモデルとか女優とかもっと目立つ仕事や歌手だって向いてそうなのに。


「……あるわよ」

「え、本当に?」


何となく聞いた質問だったんだけどその時ゆり姉からは意外な答えが帰ってきた。

いつもしっかりしてて大人でかっこよくて、悩み事なんでひとつもなさそうなのに。

そんなゆり姉にも私みたいな時があったの?


「私ね本当はダンサーになりたかったのよ」

「ダンサー?」

「綾音ぐらいの時に毎日必死に練習してね、ある大会に参加するのを目標にしてた。その大会は優勝すればプロへの道が開けるって言われててね、でも練習中に転倒して足を痛めて、リハビリしたけどダンスはもう無理だって言われちゃった」

「……」


初めて聞くゆり姉の過去。

淡々と話してるけどきっと凄く辛かったんだよね。

寂しそうなその笑顔を見ればすぐわかるよ。


「それから私は夢を追うのが怖くなって一時期かなり荒れてた事もあったわ。もう何もかもが嫌になってね」

「それでどうしたの?」

「しばらくしてダンスを教えてくれてたコーチに偶然会ってね、荒れてる私を見て言ったの『踊るだけがダンスじゃない。前のように踊れなくてもダンスや音楽に携わる事はできるよ』って」


話を聞きながら思い出した。そういえば前にゆり姉が元ヤンだって聞いた事があるけどそうゆう事だったのか。きっとさ、自暴自棄になっていた少し前の私みたいな感じだね。


「その時気づいちゃったの。色々辛い事もおるけどやっぱり私はダンスが好きなんだって」

「……」

「その後お世話になってた先輩の誘いで芸能事務所で働き始めたのよ。歌手になるとかも考えたけど私は綾音と違って音痴だから」


クスッと笑ったゆり姉はどこか満足そうにも見えて、不思議と私も顔がほころんでいた。




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