9 心音
突然の出来事に私は言葉を失った。
こんな所を人に見られたら……
頭に不安がよぎりどうしようかと思ったけど強く抱きしめられたその腕をどうしてか振り解けない。
「っ……」
「ごめん……少しだけ……」
先程より少し力を弱めながらか細い声でそう呟いた快音は少し震えていてきっと何か一人で抱えていたんだろうなと言葉にしなくても伝わってきた。
ほんの少しの間だったけどやけに長く感じたその間はなぜか胸の鼓動がいつもより激しく鳴り響いていて。
……この気持ちは一体何?
「ごめんね突然……」
「いえ、あの大丈夫ですか?」
「何でもないんだ。本当にごめん」
快音はその時何も語る事はなく、ただごめんと謝って帰っていった。
私も仕方なく部屋に戻ったけど頭の中は先程の出来事が離れなくて落ち着かなかった。
一体何だったんだろう……?
それからしばらく快音や葵とはメールをする事はあってもお互いに忙しくて中々顔を合わせる事はなかった。
快音に何があったのか気になったけど詳しく聞く事はあえてしない。
きっと誰だって触れられたくない事もあると思うから。
そんなある日、レッスンの帰りに話があると沙良に呼び出され近くのカフェに向かった。
カフェにつくと奥の席に既に沙良がいてコーヒーを飲みながら携帯を眺めている。
「待たせてごめんね」
「大丈夫よ、お疲れ様。」
私もコーヒーを頼み沙良の向かいに座る。
平日のせいか店内は空いていてオシャレなBGMと食器のぶつかる音がよく響いている。
「沙良、話って何?」
「うん……ちょっと聞きたいことがあって」
「聞きたい事?」
何だろう?
沙良が私に聞きたい事?
仕事の事じゃないだろうし、全然検討がつかない。
「綾音ってさ、快音と付き合ってるの?」
「え!?」
まさかそんな事を言われるとは思ってなかった。
別にやましい事はないけどこの前の事が頭に浮かび少し戸惑ってしまう。
そういえば快音って付き合ってる人っているのかな?
ってそんな事考えてる場合じゃない。
「……付き合ってないよ。私誰かと付き合った事とかないし。根暗だからね」
「そう…この前ね、実はたまたま見ちゃったのよ花壇のとこで2人が抱き合ってるのを」
「え……」
嘘……まさか見られてたなんて。
一方的に抱きしめられたとはいえ歌手の人とかはスキャンダルってゆうの?
そうゆうの厳しいって聞くし、もし問題になったらどうしよう。頭の中に嫌な想像が次々と浮かぶ。
「……誰にも話してないし言うつもりはないから安心して」
「え……そっか」
「ただ、もしその気があるのなら彼はやめておいた方がいいよ」
「え?どうして?」
快音はやめておいた方がいい?
別に好きとか付き合いたいって思ってるわけじゃないけど、どうして沙良はそんな事言うの?
あんなに仲良さそうだったし優しくて良い人なのに。
「女癖ってゆうのかな。ほら高校一緒だったから昔の事とか知っててね、多分恋人を遊びにしか思ってないタイプかな」
「遊び……?でも色々良くしてくれてるし良い人だよ?」
「それは建前よ。仕事上綾音って歌上手いって評判だし、もしかしたら売れるために利用してるだけかも」
快音が売れるために私を利用した?
確かに初めて会った時も歌声を褒めてくれて、この世界に来るきっかけを作ってくれたのは快音だった……
わからない。
沙良が嘘をついてるようにも思えないし、あの時の快音は本当に辛そうでとても遊んでいるようなタイプには思えないよ?
「いきなりこんな事言われても困るよね。ごめんなさい。でも綾音の苦しむ顔は見たくなくて」
「沙良……。そんなつもりはないけど心配してくれてありがとう。気おつけるね」
沙良はとても申し訳なさそうにしていたけどきっと私の事凄く心配してくれてるんだよね。
こんな風に思ってくれてる人がそばに居ると思うだけで私は嬉しい。
この時はただそう思う事しかできなかった。
「変な話してごめんね。せっかくだしケーキでも食べない?ここの美味しいのよ!」
「うん!」
結局、今色々考えても仕方ないと思い気を取り直して注文したケーキを2人で食べた。
沙良の言うとおり少しお高めなだけあってとっても美味しくてお互いのケーキをシェアして盛り上がった。
気づけばもう1時間以上もたっており、外に出ると日もすっかり落ちて真っ暗だった。
天気がいいので星が綺麗によく見える。
沙良と寮に向かって歩いている間も色々な話をした。
「こうやってね、たまに夜空を見上げて星を眺めるのが好きなんだ」
「へぇ、意外とロマンチストなんだね沙良って」
「意外とはなによ」
不満げに顔を膨らます沙良。
その横顔はやはりどこか寂しそうにも見える。
「ごめんごめん。ねぇ、沙良は恋人とかいるの?やっぱり結構モテるんでしょ?」
「そんな事ないわよ。前は付き合ってた人がいたけど振られちゃったしね」
「えー嘘だぁ」
「本当よ」
一瞬曇る表情。
何かまずいこと言ったかな?
でも沙良も私を心配してくれてるし、できるなら私も沙良を応援したい。
せっかく知り合えたんだし色々とお世話になってるからやっぱり幸せでいて欲しいもん。
「沙良?大丈夫?ごめんね。」
「ん?全然!」
「もし何かあったら言ってね!私でよければ力になるから!」
「ありがとう!綾音も何かあったら言ってね」
「うん。」
不思議だな……今までは誰かとこんな風に話す事をずっと避けてたのに。
沙良には自然と話せるしこうやって冗談を言ったり声をかけあったりもできる。
これが友達って事なのかな?
しばらく歩いて寮につくと、お互いの部屋に帰って私はレッスンでかいた汗を流すためシャワーを浴びた。
髪を乾かしている間、ふと携帯を見ると1件の着信がきているのに気がつく。
画面には快音さんの名前が表情されている。
沙良と話した事を思い出し、一瞬出るのを躊躇うが無視するのも気が引けるのでドライヤーを止めて通話ボタンを押す。
「もしもし」
『もしもし、こんな時間にごめんね。さっきまで仕事の打ち合わせだったんだ』
「いえ、大丈夫です。どうしたんですか?」
あの時の事が頭に浮かび、変な汗をかきながらも冷静を装って返事をする。
なんだろ……なんか変な感じ。
『明日って少し時間取れたりしないかな?俺休みなんだ。久しぶりに会えないかなって思って』
「明日ですか……」
『もしかしてレッスン?』
どうしよう……明日は休みだし断る理由はないけど沙良に言われた事を思い出すとなんか会うのは気まずいよね。でも付き合ってるわけじゃないしただの友達だから気にする事はないのかな?
「……いえ休みなので空いてますよ」
『良かった!ならどこかで待ち合わせて買い物にでもいかない?気になってる店もあるしさ』
「なら他に誰か誘います?ゆり姉とか」
『あーそう思ったんだけどゆりさん明日打ち合わせあるみたいでさ、葵も仕事みたいだし』
「そうですか……」
せめて誰かいてくれればと思ったんだけどな。
なんともタイミングが悪い……
でも今から断るのも変だし。
しかたなく2人で買い物に行くとゆうことで待ち合わせの時間と場所を決めて電話を切った。
「はぁ……」
無意識に気を張ってたようで通話が終わると同時に力が抜けてベットに倒れ込む。
友達だし大丈夫だよね?
買い物するだけだしと心の中で自分に言い聞かせる。
なんだか色んな事があって疲れたなぁ……
レッスンの疲れもあってかいつの間にか生乾きの髪も忘れてそのまま眠りについていた。




