二 休息
大木の小さき隙間から降りかかる穏やかな木漏れ日の中、下半身には今まで暮らしてきた寝返りをするだけで身体中が痛みを覚えるような冷たい地べたではなく、土の感触が伝わってくる何処か、不思議と温かな感覚を覚える地面に寝転がっている。
軽やかな風を一身に受け、今まで感じてこなかった非常に心地よさで朧げながら目を開いた。
「あれ……光が……外……?あっ。」
昨日の出来事って夢じゃなかったんだ……
静かに喜びを噛み締めながらグッと手に力を込める。
ちょこんっと生えている耳にも久方ぶりに感じる外の空気感は非常に心地よい……風が耳に当たる……
あ!?
私が被っていたニット帽が転げ落ちている!?
まずい……こんな姿を人間に見られてしまったら……
ふと手元を探し、すぐに自分の踏んでいた場所から手に取ったニット帽を目元付近まで深く被り一先ず周囲の状況を確認することにした。
流石に昨日暖をとっていた焚き火は灯火を途絶え黒焦げた木片が残っていた。
木片の向こうにはまだ、昨日の緋色の人間がこちらに背を向けて座り込んでいた。
まさか……昨日から寝ずに見張りをしてくれていたのだろうか?
一先ず、起きたのでお礼だけでも改めて伝えておこう。
そして、直ぐにこの人間と別れよう。
「あの……昨晩はありがとうございました。」
私は喉元から振り絞って声をかけてみたが反応はない。
あれ?どうかしたのかな。
もしかして、私が寝ている間に何かあったのではないか……
そう思い、人間の顔向きの方へと回り込んでみることにした。
すると、何ということだ。
この人間、目を閉じて座り込んでいるだけではないか……
いや、昨晩のすごい戦闘技術を見せた人間だ。
きっと、全身の感覚を研ぎ澄ましているのだろう。
なんかこう……すごい集中力で周囲の風の動きや、動物の鳴き声とか、それっぽいことを察知しているに違いない。
「ぁ……がん……ばぇ……」
そんな私の想像を一瞬で切り裂くような寝言が人間から溢れ出た。
あぁ……この人間寝てるだけだ。
私の中で高く見積りすぎていた人間の評価を訂正するとともに私はふと素晴らしいアイデアが思い浮かんだ。
今なら気づかれずに逃げれるのでは……
そう考えた私は、周囲の鳥すら羽ばたたないように、すっと音を殺して立ち上がりそろりそろりとその場を後にしようとした。
そう……しようとしたのだ。
「うぎゃ!!」
人間から10mほど進んだ所だろうか、コンッと頭をぶつけたかのような感触を味わいながら、私は声を上げながら地面に尻もちをついた。
痛覚のダブルコンボをくらった私の声で目を覚ましたのか人間が動き始めた。
「ごめん。魔法を解除する。」
すると、スッという今まで聞いたことのない音が耳元に入ってきた。
私は先程頭をぶつけた場所に手を当てようとしてもその手は空を切り続けている。
周囲を中と外で分離する魔法…
そんな魔法…私の経験不足とはいえ、今まで見たことがない……
やっぱりこの人間。結構すごいやつなのでは。
とりあえず怒らせると怖そうだから下手に出ることにしよう。
「昨日はありがとうございました。」
「礼はいいよ。君は?」
えっ!?言葉で済ませようとした私が甘かったのか……
この人間、もしかして私に何か対価を払わせようとしているのか?
今私の持っているものといえば大きめのニット帽にぶかぶかの防寒着、地面に端が届いてしまっているマフラーぐらいのものだ。
確かに、よく見るとこの人間。この寒い中だというのならすごく薄着だ。
ニット帽は耳を隠さなきゃだから渡せないし、尻尾を覆っているため防寒着も渡せない。
ならば仕方ない……
「これ、どうぞ。」
そう言って、泥のついている部分を手で払いながら、望みの品であろうマフラーをおどおどしながら人間に手渡そうとすると、
「君の名前は?」
人間はそう問いかけてきた。なるほど、呼び名か。
恐怖を感じ取っていたので、そんな単純な質問であると想定してすらいなかった。
「シャルデーです。」
「そう。ありがとう。」
私の名を人間に告げると、私が差し出そうとしていたマフラーを奪い取って人間の首に巻き始めた。
あ……やっぱり寒かったんだ。この人間。
「シャルデーは何処に住んでるの?」
「えっと…」
言葉に詰まってしまった。今まではずっと薄暗い地下で暮らしてきたし、さらに小さい頃まで振り返ると母親、父親と小さな村で暮らしていた記憶はあれどまだ、私が3歳ぐらいの頃だ。村の名前など覚えていない。
「覚えていないか、言いたくないか。どっちかかな。」
「すみません……」
言葉に詰まった私を察してくれたのか助け舟を出してくれたようだ。
普段はお目にかかれないような人間の態度をみて、少し心に刺さるものがある。
「ならいいや。じゃあ、ここが何処かわかる?」
人間は少し低めな目線まで姿勢を下げ、私を安心させるかのような柔らかな口調で語りかける。
襲われていた人間の子供を助けたつもりになっているのだろうか。
とりあえず警戒心を解こうというような裏の顔が透けて見えるぞ人間。
「えっと……わかんないです。」
怯えたような声色で私は答えた。
人間はどうやら、同じ人間の子供には物凄く甘くなるらしい。今はその習性にあやかることにしよう。
実際、私もこの森が何処かわかんないんだけど。
「そっか。迷子か。」
人間はそっと頷いて私に手を差し伸べてきた。
「じゃあ、一緒に行こっか。」
ふむ……確かにこのまま緋色の人間と別れて、私たちを捕らえていた悪魔のような人間に出会った時のことを考えるとこの山を抜けるまではこの人間と一緒にいた方が良いだろう。
「はい!!」
私にできる精一杯の返事をして人間の手を取る。
流石に一緒に行動する以上、この人間の個体名は覚えておかないと後々面倒なことになるかもしれない。
「あの……名前なんて言うんですか?」
恐る恐る私は人間にそう尋ねてみる
「ロラン。」
「ロランさんですね。短い間ですがよろしくお願いしますっ!!」
ロランの手を取りながら、少し肌寒い風を首元に感じながら私は獣道を進み始めた。
出ました。




