一、失踪
狭く薄暗い通路を、漏れ出る息すら残さぬように殺して進む。
最悪の事態になったと考えると、こんな場所から今すぐにでも走り出したいという身の毛がよだつほどの悪魔が想像できるが、それを無理矢理にでも抑え込む。
暫く進んでいくと、そこには5本もの分かれ道が続いていた。
どの道を行けば新たな可能性を掴めるのかは分からない。
ふむ……どちらに行けば良いのか……
情報がない状態で進むと後々後悔が残りそうなので、何かあった時のために少しでも悔いが残らないように私に出来ることは積極的にやろう。
あまりここで耳を澄ますのは気乗りしないが、今は少しでも情報が欲しい。
私は目を瞑り周囲の音を細かく広いあげた。
「誰か!!ここから出してくれ!!」
一番右側からは、まだ生気を感じる若々しい声が聞こえた。
ここに連れられてきたばかりの新人だろうか。
「うっ……うっ……どうして……」
左から二番目の通路からは微かだが啜り泣く声が聞こえた。
「あ……あぁ……」
右から二番目の通路からは男性から発せられた嗚咽のような言葉とも取れない悲惨な音が聞こえた。
私の背後からも似たような声が幾度となく聞こえてくる。
最も左の通路からはポツポツ……と水滴の滴る音が聞こえるだけだ。
皆さん……ごめんなさい……
心の中で私はそう呟やく。
残された真ん中の通路からは、微かな寝息と火がぱちぱちと燃えている音が耳に入ってきた。
良かった……今ならもしかしたら……
狭く暗い通路を私は一歩ずつ慎重に進んでいった。
進む先に薄暗い灯りが見え始めた私はふと目を凝らすと、そこは暖炉が心地よい子守唄を奏で、机に突っ伏してスヤスヤと寝息を立てる人間のいる小さな部屋に繋がっていた。
ふと、寝ている人間の方を見ると、そこには今まで私たちが生きながらえるための簡素な鉄格子や、寒暖差の影響を著しく受ける薄暗い部屋の映像が映し出されていた。
しめた!!赤く染まった手を暖炉で温めつつ、部屋の隅に立てかけられていた、とてつもなく長いマフラーや目元まで隠れるニット帽、ぶかぶかの防寒着を身に纏い、その部屋を後にした。
その部屋を抜けた先からはヒュルルッと風の音が流れてきた。
ようやく外に出られるのか不本意ながら目からは何やら込み上げてくるものがある。
いや、こんな感情は今必要なんかじゃない……
せめて、何処か遠くへと行ってからにしよう!!
ここから先に出て、私は自由を勝ち取るんだ!!
そう誓いわたしは冷たい感触がじわじわと足の裏を侵食する
この感覚を必死に我慢して前へと走り出した。
走り出したものの私は、数分後に足を止められた。否、立ち尽くすしかなかったのだ……
わたしの目の前には固く閉じた大きな扉が聳え立っている。
押してみたものの、わたしの力では簡単に開きそうにはない代物だった……
せっかくここまで来たのに……でも、もう後には引けないし……
私は少し後ずさってから力強く体を扉へと叩きつけた。
ギシッ!!と確かに扉が揺れ動いた感触があった。
扉への衝突時に大きな音が鳴ってしまったがうまく行けば、人間がここに辿り着くまでにこの扉が開くかもしれない……
もう一回!!
そう思い、後ろに戻って、今度は更に勢いよく扉にぶつかろうとすると、扉が開いた。
「おい、何かあったのか?」
扉の先からは、槍を片手に持ったややふくらかな人間が姿を現した。
「うおっ!?」
助走をつけた私がその勢いを止められるわけもなく、不本意な形ではあったものの、その人間に私が体当たりをする形になってしまった。
人間は不意をつかれたためか、普段なら絶対に倒れないであろう一撃に驚嘆の顔を浮かべながら背後に倒れ込んだ。
ラッキー!!その隙を見逃さず、私はこれを機にと外へ走り出す。
「おい、奴隷が逃げ出した。監視は何をやっているんだ!!至急応援を頼む。」
背後からは、機械音と共に先ほどの人間の荒げた声が耳に入ってきた。
先ほどの人間以外にもまだ仲間がいるのか!?
しかし、背後を振り返っている時間すら今は惜しい。
私は何も考えずに前へと少しでも先へと懸命に進み続けた。
口からは白い吐息が漏れ出している。
息ももうとっくの前から切れている。
足も散々走り回り、小足を踏み、土を巻き上げは草を踏み荒らしたため、もう限界だ……
走り切った先には大きな大木があった。
もう流石に足を動かすことはできない……
少し休憩をしなくては……
そう思い私は大木に腰をかけた。
「おい、見つけたぞ!!」
先ほどの人間の仲間だろうか……獣を乗りこなし私の方へと向かってくるのは片手では数え切れないほどの人間たち……
あぁ……私の人生ってここで終わるのかな……
常に下へ下へと下落していくような人生だったな……
御伽話であるような幸福や不幸の起伏や、運命的な出来事の何一つない。
つまらないを通り越して生き地獄のような、そんな感じの人生。
いや、変にこの先の見えない道を無駄に通らずにドロップアウトできるのなら、そちらの方が幸福なのかな。
そう思いながら、振り返るほどの思い出のない私の中の記憶が溢れ出てきた。
「せめて……お母さんやお父さんに会いたかったな……」
そう最後になるであろう私の願いを呟きながら目を閉じると
肉が鉄で断ち切られるかのようななかなかに鈍い音が鮮明に聞こえた。
次に耳に入ってきたのは人間たちの悲鳴であった。
「すまない、聞きたいことがある。」
恐る恐る眼を開くとこの寒さに似合わないような青をベースにした薄手の服装に、白く儚く風に揺れるマントを身に纏った緋色の髪をした人間が槍を構えていた。
「お前、そいつが何かわかってんのか!?そいつはあ」
どよめきながらもむさ苦しい人間たちの中から張り上げた者の声をかき消すように
「話が通じないか……これ以上傷つきたくなければ退け。」
そう、緋色の人間がじっと睨みつけるように視線を変えながらぽつりと述べると、そそくさと群れをなしていた人間は暗い闇の中へと消えていった。
追われていた人間たちも消えたことだし一旦安心できて……ない!!
違うでしょ!!さっきの人間より明らかにヤバい人間出てきちゃってるじゃん!!
何、この人間……同じ種族のことを何の躊躇もなく切り捨ててるじゃん。
それに、たった二言だけであの数の人間を追い払うとか……
状況的に私を守ろうとしたんだよね……
もしかして、私この人にこれから一生……
「君、怪我は?」
人間は槍先を布で覆い、背中の筒の中へとしまいながら私に問いかけた
あ……品質管理かな……下手なことを言ったら切り捨てられちゃうかも……
「い……いえ!!ちょっと疲れて休んでいるだけです!!バリバリ元気です!!」
そう答えると人間は、
「そう。」
と言ってその場に座り込み近くの落ち葉や枯れ木をかき集めて片手を枯れ木に近づけると小さかったが枯れ木に炎がついた。
「寝てていいよ。」
人間はそう言いながら、私に背を向けて薄暗い森の方を見ていた。
これって……寝てる間になんか色んなことされちゃう感じじゃないよね!?
でも、ここで安易に逃げ出すのも見つかった後が怖いし、一旦言う通りにするしかないのかな。
「あの……ありがとうございますっ!!」
「気にしないで。」
人間は背中越しに軽く手を振って返事をしてくれた。
「その……えっと……どうして助けてくれたんですか?」
亞人である私を助けたのだから、きっと何か相応の理由があるのだろう……
パッとすぐに思い浮かぶとすれば、良くて荷物持ちや家事代行……他には新薬の治験や人間の娯楽として扱われるのだろう……
「すごく辛そうな君がいたから。」
すごく辛そうな私がいたからなんて……
たったそれだけの理由で亞人を助ける人間なんているわけ……
はっ!!
そういえば、私めちゃくちゃ大きなニット帽で頭からちょこんと生えた耳が隠れてる。
ぶかぶかな防寒着も大きすぎて上手く尻尾も隠れている……
つまり、この人間は私が人間の子供だと思って助けてくれたんだな。
これは名探偵の私様。
つまり、私が上手く人間を演じることができれば暫くの間はこの人間が私を助けてくれるってことだな。
そうなれば、もっとか弱く健気な少女を演じなければ。
「ありがとうございます。それではお言葉に甘えておやすみなさい。何か手伝えることがあれば何でも言ってくださいね?」
「わかった。おやすみ。」
尻尾や耳が上手く隠れるように体重を大木に預けながら防寒着と少し温もりを感じる炎に包まれていつもより少し温かな眠りについた。
週一ぐらいに投稿できたら良いな。
ストックはあるのでもしよろしければまた見にきていただけますと嬉しいです。




