第八場
第八場 同場
本舞台、佐平次内の道具。たゞ家は荒廃しており、すっかり見る影もなくなっている。中にはものが散乱しており、その中に「猿子佐平次」と書いてある卒塔婆が裏向きに刺さっている。近い未来の体。佐平次、三太は共に門口の外にいる。ドロドロを打ち上げると薄明かりになる。佐平次は自分の家と気づかず、
佐平次「ハテ、このあばら屋は一体」
ト、佐平次、三太に気付いてびっくりする。
佐平次「なんだいたのかい」
ト、佐平次、自分が過去の自分でないことに気づく。
佐平次「それに今までと違って俺が俺だ」
ト、三太入ろうとするので佐平次は思わず止める。
佐平次「おい、人の家だぞ。いくらボロでも主人がいるだろう」
ト、三太、壊れ掛けの門口を取っ払って中に入る。佐平次も仕方なく、そのあとを追って入る。
佐平次「外からもボロだったが中はもっとひでえ。それにこの臭いも。こゝの家主は掃除というものを知らないのか」
ト、三太、これを見て無言。木魚入り合方となり路地口より兄弟分の二人の泥棒が提灯を手にやってくる。
弟「おい、兄貴いくら盗人とはいえ、こゝはどうかと思うぜ。盗むものなんかありそうにねえよ」
兄貴「いゝから黙ってろ。泥棒が贅沢言ってちゃ元も子もねえ。それに話によれば、こゝは大金持ちの家だったそうだから、きっとなにか金目のものが残ってるはずさ」
弟「きっと狐にでも聞いたんだろう。どちらかというとこりゃお化け屋敷だぜ」
兄貴「つべこべ言ってちゃ、はじまらねえ。さっさと入るぞ」
ト、二人が入ってこようとする。
佐平次「おい、家主が帰ってきたぞ。早くトンズラしよう」
ト、二人は入ってくるが佐平次も三太も彼らには見えていない。佐平次、不審に思い彼らの目の前に手を出してみたりするが気づかれない。佐平次、さらに不審に思い足を出してみると弟分がそれにつまずく。
兄貴「おい、なにをやっていやがる。無人とはいえ人を呼ばれたら面倒だ」
弟「ごめんよお。なにかに蹴っ躓いちまったみたいだ」
兄貴「なにぶん暗いからなあ。しっかりと足元に気をつけろ」
ト、二人は散乱しているものを物色する。
兄貴「穴の空いた盥にヒゞが入った湯呑み」
弟「割れた茶碗に取手のない薬罐」
兄貴「欠けた小鉢に折れた箸」
弟「腐った米櫃に、や、これはもしや○いや、腐った鼠じゃあ」
ト、弟分、露骨に嫌なこなし。
弟「やっぱりこゝにはなんにもありゃしませんよ。一体、どんな金持ちがこんなところに住めますか」
兄貴「どうやら話に聞くには、東京随一の金貸しだったそうで、長屋の衆はもちろん侍、果てには内緒で大名まで金を借りにきたそうだ」
弟「それが、こんなことになりますかねえ。きっとよほど嫌なやつだったに違いない」
兄貴「わかるのか。どうやら大層ケチな上に心が狭いやつだったそうで。その上、金利は高く催促はしつこく、借りた金を返そうと娘を吉原に売ったり一家で夜逃げしたやつもそれなりにいたと聞く。いつだかお陀仏になった時は一帯が大喜びだったそうだよ」
弟「らくだのようなやつですね。知り合いは一人もいなかったんですかい」
兄貴「娘が一人いたという話を聞いたことはあるが○あゝ、それに一人、番頭を雇っていたそうだ」
弟「そいつはどうなりました」
兄貴「数日前、大川での一家心中の話を聞いたか」
弟「おっかあが噂をしておりました。なんでもまだ幼い子供もいたようで」
兄貴「それだよ」
弟「えっ、それじゃあ○えゝ、ますます気味が悪い。兄貴、やっぱりさっさとこゝを出ましょうや。どうせ泥棒になるんなら、こんな墓荒らしまがいよりあっしは鼠小僧になりたいですぜ」
兄貴「それもそうだな。これじゃ、いつまで経っても骨折り損のくたびれ儲けだ」
ト、二人、外に出ようとする。兄貴分が卒塔婆にぶつかり、はずみに提灯を落とす。奥でなにかが崩れる音がする。二人はビックリしてバタバタにて向うに駆け込む。佐平次は悪い予感がしてゾッとする。
佐平次「おい、お前さん、こゝは一体誰の家だと言うんだ」
ト、三太、答えない。佐平次は提灯を手にとってあたりのものを見て、一つずつそれらが自分のものだと確認する。佐平次は最後に恐る恐る卒塔婆を抜いて、震えながら表にする。
佐平次「猿子佐平次」
雷鳴、風音、ドロドロになり暗転。道具回る
ツナギ