第六場
第六場 同場
本舞台、佐平次内の道具。神棚と仏壇がなく、帳場が増えており、今の佐平次内の道具と同じ。五年ほど前の体。落ち間にて新吉の新吉、手代の拵えにて土下座している。正面に佐平次、これに背を向け、帳場では倉吉が様子をうかゞっている。ドロドロを打ち上げると明転。
新吉「お願いです、佐平次さん。どうかおすゞさんとお話を」
ト、新吉、佐平次を見上げる。佐平次、これを無視する。
新吉「佐平次さん。おすゞさんはあゝ見えて頑固者。いくら本人が自分が悪いと思っていても一度言ったからにはテコでも動きませぬ。どうか佐平次さんから一言おっしゃっていたゞければ心持ちが変わりましょうから、なにとぞ」
ト、佐平次、諦めて新吉のほうを向く。
佐平次「新吉さん、お前とはそれなりの付き合いがあるから正直に言ってやる。俺ゃいくら頼まれても嫌だね」
新吉「そこをなんとか」
佐平次「なにもこっちが家を出て行けと言ったんじゃない。あっちがあっちの都合で出て行ったのだ。一言があるなら、そりゃあいつのほうだ」
新吉「それはそうですが」
佐平次「どうせ行くあてもないだろうし、路頭に迷ったのなら、そのうち吠え面かいて戻ってくるさ」
新吉「そのことにつきましても」
佐平次「なんでい」
新吉「○佐平次さんの知っての通り、おすゞさんは大層商売に明るく、大旦那がもし行くあてがないのなら、うちで雇ってやると○たゞ、もちろん筋は通さねばならぬのが商売の掟ですから親元のお許しがなければ」
佐平次「けっ、好きにするがいゝさ。あんなやつを雇うなんて天下の越後屋の行く末もたかが知れてらあ○どうで箱入り娘は早死にするのが相場なのだから、早いうちに叩き出すのが親としてせめてもの情けさ」
新吉「まことありがとうございます。大旦那もさぞお喜びでしょう」
佐平次「用が済んだのならさっさと出ていきやがれ」
新吉「さりながら、それとこれとは別の話でございますゆえ、まだ帰れませぬ○思い返せば五年あと、お母上が流行病で先立たれ、それでもおすゞどのが立派にお育ちになったのは周りの人がどう言おうとも佐平次どのゝおかげというのは間違いございませぬ。あのような仲のよかった親子が一世の縁にかかわらず、こうも仲違いしてしまっては近所馴染みで兄妹のように育ってきたわたくしめが悲しく思うのはもちろんのこと、草葉の陰のおりんどのも○」
佐平次「てめえにおりんのなにがわかるのだ」
ト、佐平次、立ち上がって新吉を怒鳴りつける。
新吉「これは差し出がましいことを。誠に面目ございませぬ」
佐平次「針金細工のような身のわりに頬桁だけは大きいようだ○さてはお前さん、あれだな。おすゞに惚れているのか」
新吉「そんな滅相もない」
佐平次「あんなやつと一緒になりてえのなら好きにしやがれ。俺の許しなんかいらねえし、そもそも許しをもらおうとするその根性が気に食わねえ。さっさと失せやがれ」
新吉「しかし」
ト、倉吉、見かねて。
倉吉「あのう、新吉さんとやら、あっしが口を挟むような話じゃあないのは重々承知だが、付き合いの長いあんさんなら知ってる通り、この人は一度そうと決めたのならテコでも動かねえ。こちらからもどうにか説得してみるから、とりあえず今日のところはな○」
新吉「そう倉吉どのに言われましたら。師走の時期にかゝわらず、こうも長々と居座りまして大層なご迷惑をおかけしました。お言葉に甘えて今日はお暇させていたゞきます。それではお二方、また明日」
ト、新吉、二人に礼をして家を出て、ため息をしながら路地口に入る。
佐平次「けっ、一昨日きやがれ」
倉吉「旦那、新吉さんもあゝ言っておりますし」
佐平次「お前は黙っていろ。奉公人のくせにあのような口を利きやがって、今後も似たことをしたら払いを減らすからな。あと、今度からあいつをそもそも家にいれるな。毎日のようにあんなことをされたら金儲けの邪魔だ」
倉吉「エ」
ト、倉吉、驚くを佐平次、睨みつける。
倉吉「いや、なんでもござりませぬ」
暗転。道具回る
ドロドロにてつなぐ