第四場
第四場 同場
本舞台、佐平次内の道具。仏壇が増えている。正面、布団。すべて十年ほど前の体。その上におりん、病の体にて咳き込むこなし。ドロドロを打ち上げると路地口より佐平次、みかんをたくさんいれた籠を手にやってきて門口を開ける。
佐平次「おっかあ、今帰ったぞ」
ト、おりん、咳をごまかして起きあがろうとするのを佐平次、止める。
佐平次「いや、そのまゝで、そのままで。決して無理しなさんな○なにか食ったかい」
おりん「どうも腹が空かんでなあ」
佐平次「そうと思って、ほれこれじゃ」
ト、みかんを出す。
おりん「あれ、みかんじゃないか。今はさぞ高かろう」
佐平次「気にするな、気にするな。十年前ならいざ知らず、今は立派な金貸しとして二本差しにも名を馳せるこの佐平次でい。春は伊勢海老、夏は鰹に秋は松茸。旬どころか初物買いまでゝきる御身分だ○それ、剥いてやろう」
ト、佐平次、みかんを剥く。
おりん「あゝ、それでおすゞはどうした。昼に遊びにいくと出て行ったはよいものゝ、もう日が暮れそうじゃ」
佐平次「それなら心配ないさ。帰りがけ越後屋の手代の新吉さんと行き合ったら、そちらにいると話していたよ」
おりん「越後屋さんに。あら、それは大層なご迷惑を」
佐平次「いや、どうでもまだ十だというのに商売の才覚があると見え、店の者も顔負けの勢いで愛想を振りまいて次から次へと反物を売り捌いているらしい。そのうちあちらより奉公のお声がかゝるかもなあ。
ト、佐平次、笑ってみかんをおりんに差し出すがおりんは受け取らない。
おりん「きっとお前さんに似たのだろうなあ。惜しむらくは、その姿をわたしは」
ト、おりん、思入れ。
佐平次「おいおい、なにを気弱なことを言っているんだ。竹の屋どのが取り持ってくれた医者が言うには単なる風邪とのことだから、しっかり養生して神様仏様に祈願すればきっと今にもよくなるだろう」
おりん「お前さん、そう言ってくれるのはありがたいが、もう自分でもわかるのさ」
佐平次「そんなことは」
おりん「それに一昨日の晩、あんたとお医者さんが話しているところをわたしは○」
佐平次「そんなら、あれを○いや、なにあれはあれさ。医者など藪ばかり。難しい講釈をこねくり回し、ひとつ咳をしただけのことを大袈裟に吹聴して人の心配を煽る碌でもないやつらばかりさ。神仏と違ってどうで信用がならねえ」
おりん「佐平次さんや。聞いてくれ。もし、わたしに万が一のことがあったら」
佐平次「えゝい、そんなことなど聞きたくないわい○お前がいなくなったら俺は、俺はどうしたらいゝというのだ」
おりん「あんさんはどうも昔から頑固なわりに思い切りがいゝ。それがよいほうに転べばいゝのだが、そうじゃない時がわしゃ心配で」
ト、おりん、咳き込むので佐平次、背中をさする。
佐平次「大丈夫かいな」
ト、おりん、さらに激しく咳き込む。
佐平次「おい○今すぐ医者を呼んでくる。神様、仏様、一生に一度のお願いだ。どうかどうか命だけは」
ト、佐平次、神棚と仏壇を拝んでから門口を飛び出す。
暗転。道具回る
ドロドロにてつなぐ