第二場
第二場 同場
本舞台、前場と同じ佐平次内の道具。正面に火鉢、上手に神棚はあるが帳場はない。また壁などもきれいにしておくこと。すべて二十年ほど前の体。こゝにおりんのおりん、世話女房の拵えにてお腹を気にしつゝ針仕事をしている。この模様、雪音、煤掃き唄にて明転。路地口より佐平次、羽織着流しにて鰻を入れた桶を手にやってきて、門口を開ける。
佐平次「おりん、今帰ったぞ」
おりん「お帰りなさいまし。外は大層寒かったでしょうに。さあさあ、こちらで火鉢に当たらんせ」
ト、おりん、針仕事を止めて佐平次の羽織を脱がす。
佐平次「おゝ、あったけえあったけえ」
おりん「もう年の瀬も近いのだから、少しばかりの掛け金なんか忘れて家にいればいゝというのに」
佐平次「いや、それはご尤もだがようやくお前と所帯を持てたのだ。だからこそ少しでも楽をさせてやりたいのさ」
おりん「その言葉は嬉しいが、せっかく一緒になれたというのに肝心のお前さんがいないのなら意味がないじゃないか」
佐平次「それもそうか」
ト、二人は笑う。
おりん「それで、その桶はなんでございますか。
佐平次「おう、よくぞ聞いてくれた○今は内証が厳しいのは重々承知のつもりだが帰りがけに魚屋で見つけた、ほれ見てみろ」
ト、佐平次、桶より鰻を取り出すが手より抜け出るので二人は必死になって捕まえる。
おりん「こりゃ、鰻じゃないか」
佐平次「おう、立派なもんだろ。巷では鰻は土用の丑の日が定石だが漁師の倅の俺に言わしちゃあ、ありゃ売れんもんを売ろうとしたどっかの商売上手が考えたもんで鰻の旬はやっぱ冬に決まってるのさ」
おりん「そりゃ、よいことじゃわいなあ」
佐平次「これでお互いしっかりと精をつけようか」
おりん「あゝ、それでそのことじゃが」
ト、おりん、言い兼ねる思入れ。
佐平次「どうした。ついに金が底を尽きたか。そうとも知らずに俺は能天気に鰻なぞを。申し訳ねえ、許しておくれ」
おりん「いや、そうではなくて。どうやらな」
ト、おりん、お腹を撫でるが佐平次は合点がいかない。
佐平次「そんなら風邪でも引いたか。それなら鰻の用意は俺に任せてお前は横に」
おりん「いや、そうではなくて。そりゃ、その」
佐平次「なんだ、そんならお前の親か。逃げ出したのがついに見つかったか。それなら俺も覚悟を決めた、さっさとこゝに呼んでくれ」
おりん「そうでもなくてなあ」
佐平次「それじゃあ、いったい」
おりん「その、わしが腹に佐平次さんとの。なあ」
ト、おりん、佐平次と自分の腹を交互にさすおかしみある。佐平次、しばらくすると気付いてハッとなる。
佐平次「すりゃ、その。俺らが間に」
おりん「あい」
ト、おりん、恥ずかしがるこなし。佐平次、捨て台詞にて喜び羽織を手にして駆け出そうとする。
おりん「いや、どこへ行くのかいな」
佐平次「こんなんがいてもたってもいられるか。こんなめでたい日に鰻ごときじゃ、馳走には到底ならぬわえ。酒に赤飯に鯛に海老、えゝい、こうしちゃおられんわ」
おりん「はて、落ち着きなされ。父親がこうじゃ、こっちも血が頭に上ってしまうわい。それに海老の旬は今じゃないわい。漁師の倅が聞いて呆れますわ」
佐平次「おゝ、そりゃそうか。あゝ、だがどうしてもいてもたってもいられねえ○そうだ。ひとまず隣の竹の屋どのに伝えてくるわい」
おりん「それなら構いませぬが。すぐに帰ってきてくださいな」
佐平次「もちろんさ」
ト、佐平次、羽織を手に家から飛び出す。
暗転。道具回る
ドロドロにてつなぐ