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役名および第一場

役名


一、猿子佐平次

一、番頭、倉吉

一、佐平次妻、おりん

一、佐平次娘、おすゞ

一、おすゞ夫、新吉

一、死神三太

一、町人

一、托鉢坊主

一、子供たち

一、泥棒二人



第一場 佐平次内の場


本舞台、一面の雪布。常足の二重。屋体正面、暖簾口出入り、帳場、上手、神棚と仏壇の置き場所、押入れ戸棚、下手落ち間、行灯、いつものところ門口。上下板塀にて見切り、雪が積もっている。下手、路地口。すべて明治初期、金貸し佐平次内の体。こゝに倉吉、番頭の拵えにて帳簿を書いている。この模様、雪音、煤掃き唄にて幕開く。向うより托鉢坊主、下手より町人がでてくる。坊主が本舞台にきて布施を願おうとするので町人が慌てゝ止める。


町人「おい、坊さんなにを考えてやがる」

托鉢「はて、これは妙なことをお聞きなさる。拙僧はご覧のように托鉢の身ゆえ、こゝなる宅にて喜捨に預かろうと思っただけでござりまする」

町人「こゝが誰の家か知らねえのか」

托鉢「流浪の身ゆえ存じない○が、なるほど読めましたぞ。こゝのご主人は耶蘇教の者でございましょう。たしかに御一新のゝちはこの日の本も門戸を開き、西洋坊主もいらっしゃいました。しかし、なにもあちらとこちらの仏同士が喧嘩するわけでもございません。ご主人に喜捨をいたゞけるかどうかはわかりませぬが、聞いてみて損はないでしょう」

町人「えゝ、そういうことでない○いゝかい、こゝの家は猿子佐平次という金貸しのうちでな、こいつが大々々にそれにまた大がつくドケチなのだ。悪いことは言わねえから早く帰ったほうが身のためだ」

托鉢「いやいや、そうおっしゃるのならなおさら帰れませぬ。仏の慈悲は無量無辺。その佐ようなお方に仏の教えを説くことこそ僧の本懐でござります」


ト、このうち暖簾口より佐平次、好みの拵えにて出てくる。


佐平次「おい倉公、この師走の忙しい時期に人の家の前でなんの騒ぎだ」

倉吉「へえ、どうやら表に托鉢の坊さんがいらしてゝ、竹の屋の主人どのがいつものように止めようとしているのですが」

佐平次「けっ、道理で。うるせえから俺がちょいといってくるわ」


ト、佐平次、門口より出る。町人、これに気づかず僧を止めようとする。


町人「お前さんの気持ちはわからないでもないが、佐平次はあの夏祭りの三河屋義平次に輪をかけた強欲者で目は金を見るため、手は札を数えるために生まれてきたようなやつで○」

佐平次「大層な評判だなあ」

町人「ヤ」

佐平次「竹の屋どのはうちよりだいぶ借りてましたねえ。酒代にはちと多いからには大方れこかこれか」


ト、佐平次、博打のこなし。


町人「あゝ、これ往来で人聞きの悪い」

托鉢「そなたが噂の佐平次どのでござりますか。こちらのお方がなんと申そうとも心優しきお方とお見受けする。少しでもお志をば」

佐平次「おう、坊さん寒い中、ご苦労なこった。それならこれをやるよ」


ト、佐平次、懐に手を入れるので僧は鉢を差し出すが佐平次は錫杖を奪って僧を殴る。


托鉢「あいたゝゝゝ○いきなりなにをなさりますか」

佐平次「これが佐平次流の喜捨ってやつさ。善だか(ぜに)だか知らねえが家の前でギャアギャアと人騒がせなずくにゅう坊主、八百万の名の通り掃いて捨てるほど湧くようだが、どいつもこいつも同じ穴のゴミ虫けら。お釈迦様に直々に対面したくねえのなら尻をまくって、さっさと失せやがれ」


ト、僧、怯えて一散に向うに入る。


町人「あゝ言ったのに人の話を聞かないから」

佐平次「お前もなにをしてやがる。金を返す気がねえのなら仕事の邪魔だ。さっさと失せな」

町人「へいへい」


ト、町人、下手に入る。向うより貧しき子供たちやってきて七三でなにやら相談した上で本舞台にきて、家に入ろうとする佐平次を呼び止める。


子供一「佐平次さん、佐平次さん」

佐平次「○なんでい近所の餓鬼めが」

子供二「それが○」

子供三「その○」


ト、三人言い兼ねるこなしあって、


子供一「佐平次のおやっさん、聞いとくれ。おらの嬶≪かかあ≫が病で」

子供二「おらのおとっさんが味噌の掛けで」

子供三「おらの妹が腹を空かして」

皆「どうか金を貸してくだせえ」

子供一「これをどうにか金に」


ト、子供たちそれぞれ懐より遊び道具などを出して佐平次に差し出す。


佐平次「けっ、なにを言い出すかと思いきやくだらねえ。初夢を見るにはまだ早いから、さっさと帰って寝んねしな」


ト、店に入ろうとする。子供たち縋りつき、


子供二「でも明日は西洋のお祭りでクリスマスというのがあるそうで」

子供三「サンタ九郎右衛門の翁とやらが孝行だった子供たちの枕元にやってきて」

子供一「大層な褒美を置いていくという世間の噂」

皆「どうか佐平次さんも」

佐平次「くだらねえ。苦しみますとは縁起が悪い。どいつもこいつも都合のいい時だけ西洋振りかい。そんなジジイがいるなら会ってみてえもんだ。いや、そもそも仕事もできねえ餓鬼に褒美をやるようなやつがまともに商売ができるとも思えねえ。きっと貧乏人だから会うのも無駄だ○それに手前の嬶の病を直したところで俺になんの得があるんだい。おとっさんの味噌代を払っても妹の腹を満たしても一銭も入らねえのなら、たゞ働きもいゝところだ。金持ちがより裕福になるのは金を稼ごうと考えて働くからだ。貧乏人がより貧しくなるのはそれを考えねえからだ。さあ、それがわかったのならさっさと帰ってどっかの店に奉公する伝手(つて)でも見つけるんだな。さあ行った行った」


ト、子供たち仕方なく路地口に入り、佐平次は家に入る。時の鐘。


倉吉「旦那様、相手はまだ子供、なにもあんなに邪険にしなくても」

佐平次「餓鬼だから言うのさ。そういうことも知らずに育って親になったら、その餓鬼もまた同じ過ちを繰り返すのに決まってら。こゝで教えてやるのはむしろ情けだ○ところで倉吉、帳簿はできたかい」

倉吉「へえ、この通り」


ト、倉吉、佐平次に帳簿を差し出す。


佐平次「けっ、まだこんなにもツケが溜まってやがる。年の瀬も近えのにちっとも休めねえ。こちらが身上を絞ってどうにか金を拵えてるのに、どいつもこいつも恩知らずばかりだ」

倉吉「へえ、それで私は」

佐平次「エ○あゝ、もう帰りたいと言うのか。こんなにも忙しいのに○まあ、よしとしよう。たゞ、明日も七時までにはこゝに来い。じゃねえと師走が正月にまで食い込む羽目になる」

倉吉「それにつきまして○」


ト、倉吉、言い兼ねる思入れ。


佐平次「なんでい、じれってえ。言いたいことがあるなら、さっさと言え。時は金なり、今もこうしているうちに銭がどんどん消えていく」

倉吉「それが佐平次どのも知っての通り、我が家はかみさんに末の片輪の鎮吉をはじめ子供六人、日々の暮らしに○いや、佐平次どのには十分な銭をお貰い申しておりますが、なにせ子供は揃って育ち盛りゆえ○そのようなこともございまして、長女のお政は越後屋に住み込みのご奉公。貧乏暇なしの言葉の通り、家族揃って米櫃を囲むことも滅多にございません。しかし、先ほど子供たちが外で申しました通り、どうやら明日は西洋ではクリスマスという祭のようで、酔狂か娘の孝行が報われたのか存じませんが、越後屋のご主人が特別に一日だけ宿下りのお許しをくださりました○それで、ひとつご相談でございますが、明日一日、いや昼過ぎまでで構いませぬ、なにとぞ私めにも休みを頂けませぬでしょうか」


ト、佐平次、ジッと倉吉を見る思入れ。


佐平次「一体てめえは何を考えてやがんだ(ト、怒鳴る)。明日の何が特別だというんだ。お天道様が黒くでも見えるか。時計の針が逆さにでも廻るか。馬鹿者め。俺としては三百六十五日のうち一日でも暇を取られても損だというのに情けで三が日だけは暇を取らせているのだ。なのに、それ以上休むとはふざけた了見だ。おう、そっちがその気ならこっちにも考えがある。そんなに休みてえなら休めばいいさ。ただ、そうしたらその次の日もその次の日も休みだ。回らねえお前の頭でもわかるように言ってやろうか。首だ首。それでもいゝのなら休んでみろ」

倉吉「いえいえ滅相もございません。おっしゃるように雇われの身の上で三が日でも休みを与えられるだけでもありがたいことでございます。今の言葉は寒さに釣られて、きっとどこからか浮かれの虫が入り込んだのでございましょう。きれいさっぱり忘れてくださいませ」

佐平次「それがわかれば、こっちにも文句はねえ。さあ今日は終わりだ。くだらんことを言ってないで、さっさと帰ってくんな」


ト、倉吉、捨て台詞にて外に出て、しょんぼりとしながら路地口に入る。


佐平次「貧乏者の子沢山とはあのことだ。貧乏人はいつも、どうやって働かないかを考えてるから金が稼げねえ。金が稼げねえからガキどもにまともな教育を与えられねえ。それで阿呆のガキは大人になっても阿呆のまゝだから仕事ができねえで時間が余る。それでその余った時間を使って○お、もうすっかり暗くなっちまった」


ト、佐平次、行灯をつけようかと近づく。


佐平次「いや、油がもったいねえ○飯を食うか○いや、せっかくの米がもったいねえ。そもそもお天道様が沈んだってことは、こりゃ寝ろとのお達しだ」


ト、佐平次、押入れより布団を出して寝転ぶ。照明暗くなる。時の鐘。ドロドロ、雪音にてスッポンより三太、羽織、黒の着付けにて迫り上がる。さらにドロドロ、雪音、激しくなる。佐平次、起き上がる。


佐平次「やけに吹雪く夜だ。さっぱり寝れやしねえ」


ト、佐平次、行灯に火を灯す。このうち三太、本舞台にくる。佐平次、気配に気づきキッとなる。


佐平次「誰かいるのかい○さては泥棒か」

三太「おーい、開けてくれ、開けてくれ」

佐平次「ヤ、こんな夜中に一体誰だい。名乗りやがれ」

三太「なに、古くも新しい知り合いみたいなもんだ」

佐平次「さては俺に恨みを持つものか」

三太「まあ場合によっては持たないわけでもない」

佐平次「それとも化け物か」

三太「遠からず近からず」


ト、佐平次、痺れを切らし、ありあう棒を持って戸を開ける。


佐平次「なんだ餓鬼じゃないか○物乞いか迷子か知れないが生憎そういうものに構うようなタチじゃねえんだ。さっさと失せやがれ」

三太「つれないじゃないか。そんなんじゃいつかは一人でのたれ死んじまうぜ」

佐平次「なにを」


ト、佐平次、殴りかゝろうとして家の外に出る。三太はあっさりとよけ、佐平次は勢いのまま倒れ込む。


三太「気が早い人だなあ。そう急いていてはうまい儲け話も見逃すぜ」

佐平次「儲け話だと。いくら儲かるんだ。仕入れはいくらで、いくらで売るつもりだ」

三太「なに、儲けといっても金の話じゃねえ」

佐平次「なんだ。それなら興味はねえ」

三太「まあ、よく聞け。金なんかちゃちぃものよりはよっぽど大事な儲け話だ。金は大事だがそれで全てが満たされるわけじゃないだろ。いくら大枚はたいても買えないものがあるのをお前はよく知っているはずだ」


ト、佐平次、思入れ。


佐平次「餓鬼がなにを知ったように」

三太「おりゃあ、お前さんのことはよく知ってるよ」


ト、三太がニヤリとするので佐平次は身震いする。


佐平次「けっ、気味が悪りぃ。そもそも、お前はこんなところでなにをやっているのだ。帰る家はないのか」

三太「家はあるようでないようなもんだ○俺の親父は元は上総で漁師をやってたが、貧乏者の子沢山の謂れの通りお袋との間に子は八人。いくら魚を獲っても出ていくものが多いから、金貸しに手を出したのが運の尽き。その場凌ぎじゃあ、どうにもならずやがて金が返せず食らい込み、しばらくして出てきたが今度はダチに金せびり、やがて借り手がなくなると盗みに手を出し、再びお縄。今度はどうで出てこれないから、食い扶持探しに一人旅、遥々東京まで出てきたわけさ」


ト、佐平次、境遇が自分と同じなのでじっと聞いている。


佐平次「それでお前はこれからどうするのさ」

三太「なるようになるさ。御一新の世は聞くとなんだかマシンだかミシンだかという奇怪な響きなものゝ時代になるらしいから、その工場にでも行って働き口を探すつもりだ○そこで、いゝ女とでも会えりゃ一石二鳥だ。あゝ、上総や江戸の女じゃダメだ。どうせなら上方の女がいゝ。上方の娘っ子は飯がうまいし、気立もよい。なにより仕草にいちいち色気がある○まあ、これはお前の方がよく知ってるか。なあ、佐平次さんよ」

佐平次「エ」


ト、三太笑い、佐平次、ビックリする。

暗転。道具回る。

ドロドロにてつなぐ。

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