3. 千鳥足の決闘
昨日の夜開けたままにしていた窓からは、朝の心地よい風が吹いてくる。都会では感じられなかった澄んだ空気で、ほのかな草木の香りがする。そんな匂いを感じながら、俺はベッドの上で伸びをする。外を見て見るとまだ日は昇っていなかった。
俺の朝は早く、毎朝五時過ぎくらいには目を覚ます。また、夜は寝るのが早く、まさしく健康的だった。…引き篭もりだが。
朝起きて特にやることも無いはずなのに俺が起きる理由は一つ。日本にいた頃からの日課、ラジオ体操だ。ジジくさいが、健康の為に大切にしていて、昔はスタンプを集めていた程だった。
ラジオ体操が第二に入った頃、後ろから視線を感じたので後ろを見るとリルナがいた。すごく残念な人を見るような目をしている。いや、待ってくれ。
「ツカサさん?何でそんなヘンテコな踊りをしているんですか?」
ヘンテコな踊りをしているつもりは無かったのだが、心に甚大なダメージが入る。弁解せねばっ!
「あのな、リルナちゃん。これはヘンテコな踊りじゃなくて俺の故郷に伝わる由緒正しい運動方法で、ラジオ体操っていうんだ」
「ラジオタイソウ?」
「ああ、流れる音楽のリズムに合わせて動くと体が温かくなったり、走ったりする時に体が動かしやすくなるんだ。」
リルナは失望し冷めきった目から、元の暖かい元気溢れる目に戻った。…幼女、怖い。
「一緒にやってみるか?」
「あ、それは遠慮します。」
やってくれないってことはまだただのヘンテコな踊りだと思ってるな?という視線を飛ばすとリルナは目を逸らす。すると、リルナが何か思い出したような、いや、何か思いついたような顔をする。
「そういえばツカサさん!昨日冒険者登録したのにもうEランクって本当ですか?」
露骨に話を逸らしてきたな。だが、リルナも思春期なんだろう。だからラジオ体操も恥ずかしく思ってしまうのか。なんて考えると、それが伝わったのかリルナはまた頬を膨らます。
「それで、昨日冒険者登録したのに、もうEランクって本当ですか!?」
今度はさっきよりも語気を強く言ってくる。
「ああ、そうだ。俺がその冒険者登録したばかりなのにEランクになった冒険者だよ」
フッと決めゼリフを言うように言ってみるとリルナがドン引きしたように距離をとる。やめて、そんな顔しないで。
「ま、まあ登録した日にランクアップなんて前代未聞です!他の冒険者の方に色々言われたんじゃないですか?」
「いや、無いぞ。昨日は飯を食べに行っただけだからな」
すると、リルナが不思議そうにして、何やら呟いている。そんなリルナを放っておき、冒険者ギルドにそろそろ行こうと思っていた所だったので、冒険者ギルドへ行くことにする。
「リルナ。とりあえず今日も仕事してくるわ」
「あ、はい!いってらっしゃいませツカサさん!」
リルナが「「疾風」に喧嘩売られたって噂、嘘なのかな?」と言っていた気がするが、明確には聞き取れなかった。
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冒険者ギルドに着くと、中は騒然としていた。一体何があったのだろう、と考えながら中に入ると、ギルド内にいた全員の視線が俺に集まった。…デジャブを感じる。
俺が物凄く帰りたくなっていると、ネルが俺を見つけるなりダッシュしてきた。
「ツカサ様!どうして決闘をするのにこんなに遅かったんですか?もう一時間過ぎてますよ!」
遅かった?俺はいつも早起きだし五分前行動を心がけているから遅かったなんて言われたことがない。それに決闘って何?
「決闘って何のことだ?」
ネルは愕然とした表情をし、ギルド内は更に騒がしくなる。すると、何やらチンピラみたいな男が激怒の表情でこちらにやってきた。
「おい、てめえ!昨日決闘するって言っただろ!何で来ねえんだ!」
目の前でチンピラみたいな男かを吠える。うるさいな。というか、
「あんた、誰だ?」
初対面なので名前を聞いてみるが、チンピラみたいな男からの返答はなく、代わりに怒りの表情が濃くなった。ギルド内が更に騒然とする。すると、チンピラみたいな男は怒りつつも名乗ってくる。
「俺の名前はライネル!「疾風」のライネル様だよ!」
俺は段々昨日の事を思い出してきた。ああ、こんな奴いたな。
「ああ!あの「疾風」なんていうイタすぎる名前を嬉しそうに名乗ってた千鳥足のライネルさんか!」
「言い方気を付けろ!なんだか俺がとても残念な奴に聞こえるだろうが!」
そう言ってるんだが?
「まあ、決闘とやらをやりたかったんだろ?付き合ってやるよ。「千鳥足」のライネルさん?」
「何で上から目線なんだてめえ!そして俺は「疾風」だ!」
俺が適当にコントを広げていると、ネルがおずおずと会話に入ってきた。
「決闘をするのでしたら、場所はどうするのですか?」
だいぶキレそうだったライネルはその言葉に反応すると、ニヤリと笑う。
「場所はここだ。ここでやる」
ライネルの宣言に一部の者は歓喜し、一部の者は迷惑そうな顔をした。まあ、俺にとってはどこでもよかったからいいんだけどな。というかここでやっても大丈夫だろうか。不安になりネルを見るが、頷いていたので大丈夫らしい。
「じゃあ、昨日言っていた通り武器は無しでいいな?」
「ああ、それで構わねえ」
「勝利条件は相手が降参と言う、もしくは気絶するのどちらかでどうだ?」
「いいぜ。じゃあ始めるとするか!」
ライネルはそう言うなり突っ込んできた。俺はそのイノシシ的発想を予想していたので、手を前に突き出してスキルを発動する。
「『レベルダウン』!」
ライネルは魔法か何かを警戒していたのか手を前にかざして防御の姿勢をしていたが、デバフ効果のスキルを使うとは夢にも思わなかったのか、無防備にそれを受けて愕然とした表情をしている。だが、これで終わりではない。俺はここで昨日習得したもう一つのスキルを追い討ちで発動する。
「『アンラッキー』!」
このスキルはその名の通りで、相手の運気を下げる効果のあるスキルだ。そしてそのスキルの対象者は運気が下がるほど強力な副次効果が発動する。
俺がこのスキルを選んだ理由は、その運気を下げる効果の条件だ。このスキルは、使用者の運気が悪ければ悪いほど相手の運気が下がるという効果を持っている。まさしく俺にピッタリのスキルだった。
見事にスキルを喰らったライネルは、足元にあったバナナの皮で滑るというベタな不運さを発揮し、その場に倒れた後そこにどこからともなく現れたタライが落ちる。…おい、本当にタライどこから来た?
ギルド内は一瞬で決着がついたことに驚き静まり返っている。見ると、ライネルは気絶していた。脳が揺れたのだろうか。すると、状況の理解がやっとできたのか、ギルド内の全員から歓声があがる。ライネルはズルズルと引きずられてバックヤードに連れていかれる。説教でもされるのだろうか。
こうして決闘は俺の勝利で終わったのだった。