2. 「疾風」と天高く伸びた足
俺は受付嬢に言われた通り、ナルク通りという大通りを歩く。通りにはいくつもの店があり、飲食店らしきものに始まり、怪しげな魔道具店まである。焦げたソースのような芳ばしい香りを嗅いでいると、街の人々の不思議な点に気づいた。
道行く人々の中に稀に尖った耳を持ったり、フサフサな耳を持つ人々がいた。俺の知る限りでは、彼らはエルフや獣人と呼ばれる者達だ。確かに尖った耳を持つ人々は美形揃いだったし、フサフサな耳を持つ人々はフサフサな尻尾まで付いていた。
だが、俺は同時に不快にも思った。その彼らのほとんどは檻の中いて、外にいる者達も皆怯えた目をしているからだ。これはおそらく異世界あるあるで、人間とは別種族の彼らは総じて普通の人間より優秀な力を持ち、かつ普通の人間とは異なる見た目をしているために迫害されているからだ、と考える。
俺にとって迫害とは縁のないものだ。俺は虐められて不登校になってしまったが、それとは違う。迫害は人を見た目や偏見で判断し、身勝手な理由を作って人を貶める、綿密なコミュニケーションをとることができる人間という生物の風上にも置けない下劣な屑共が行う事だと強く考えていた。
だが、周りを見て見るとどうだろう。道行く人々の中にいた少年や幼女さえも彼らを蔑んだ目で見ている。彼らが一体何をしたのだろう。彼らは皆罪人だったのだろうか。では何故彼らは皆怯えているんだ。そんな疑問が胸中で飛び交う。
だが、この世界についてあらかた知ってはいるものの、まだまだこの世界の文化などには疎い。そんな俺が、俺の主観だけでものを言っても良いのだろうか。彼らに手を差し伸べたい。でも、迂闊にそんなことは出来ない。
「なんだかモヤモヤしてきたな」
俺は胸の中にちっぽけな義憤を燃やしながらも、何もできない自分の無力さのようなものを嘆いた。
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「こんばんは!!」
俺は宿を見つけると中に入る。すると、中にいた少女が俺を出迎えた。
歳の頃は十二か十三くらいだろうか。流れるようなストレートな茶髪はおさげのようになっていて、茶色の瞳は輝いている。天真爛漫な笑顔の少女だ。
そういえば今まで会ったこの世界の人々は茶髪や茶色の瞳が多かったなと考えていると、不意に少女は不満そうに頬を膨らます。
「お客さん。挨拶されたら挨拶しないといけないんですよ」
「あ、ああ、すまない。こんばんは。俺は司っていうんだ」
「初めまして、ツカサさん!私はこの宿で働いているリルナといいます!ところで、ツカサさんはこの宿に泊まりに来たんですか?」
「ああ、ギルドで勧められてな。とりあえず一泊したい」
「分かりました。食事はどうなさいますか?」
「食事はギルドの坂場で取ろうと思っているからいらない」
「かしこまりました!では、一泊で十テラナとなります」
しかし、本当に安い。日本だったらこんな値段ではホテルに泊まれないし、泊まれたとしてもとんだあばら家だろう。
「何でこんなに安いんだ?」
部屋に案内される途中、俺はリルナに尋ねる。
「それはですね、冒険者ギルドが幾つかの宿を金銭的に支援してくれているからなんです。初心者の方でもちゃんと生活できるようにってことなんだそうですよ」
なるほど、冒険者ギルドは初心者の支援をして、その冒険者が強くなれば将来的に儲かるなどと考えているんだろう。初心者を振るいにかけるのは死なせないためなどと言っていたが、無駄な支援をしないためという理由の方が断然有り得そうな気がしてきた。
「こちらがお部屋です。」
リルナとの会話を楽しんでいると、俺が今晩泊まる部屋に着いた。部屋の中を覗いてみる。質素ではあるが、ピッチリと敷かれたシーツのあるベットに、簡素なテーブルと椅子、窓からは心地よい風が吹いている。値段と相まって文句の付けようも無いほどだった。…ただ一点を除けばだが。俺はソレを指差す。
「…これは、何だ?」
ソレは壁に掛けられた装飾品、美しい角が生え、白く輝き艶のある…頭蓋骨だ。
「ああ、それはゴブリンの頭骨ですね!実は今日ゴブリンの強化種を倒した凄腕のFランク冒険者の方がいらっしゃったんですよ!それで、その頭骨を買い取って装飾品にしたんです!」
俺その冒険者知ってる。確かゴブリンに不意打ちしたのに大苦戦した奴だ。というか、死体を売った覚えは無いのだが。
俺はリルナの輝いている瞳を見てなんとなくいたたまれなくなったので、話を早めに切り上げる。
「ありがとう。じゃあ俺はギルドの酒場に行ってくるよ」
「分かりました!お気をつけてくださいね!」
リルナは俺と玄関まで行った後、そう告げてくれた。
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俺はまた通りに置いてある檻に対して不快感を抱きながらギルドに着いた。ギルド内は昼間と比べて騒々しいほどに賑やかになっていた。俺は今度は中の様子を伺うことなく堂々と扉を開ける。
俺がギルド内に入った瞬間、ギルド内は静まり返った。彼らの視線は全て俺に向いている。…俺が何をした。
俺が物凄く帰りたくなっていると、一人のチンピラのような男がこちらに千鳥足でやってくる。そして、俺の元まで来ると酒臭い息を吐きながら俺に絡んできた。
「おいてめえ。てめえが今日入った新人か?」
チンピラみたいな男は酔ってるにしては割と滑舌の良い言葉で話しかけてきた。
「確かに俺は今日入った新人だか、あんたは誰だ?」
俺がチンピラみたいな男をあんた呼ばわりしたことに何故か空気に緊張が走る。
「俺が誰かって?てめえ、俺の名前知らねえのか?」
チンピラみたいな男は不満そうにした後、吠えるように名乗った。
「俺の名前はライネル、「疾風」のライネル様だよ!」
シャーロットの時も思ったが、こいつら恥ずかしくないのかなんて思うが、ライネルと名乗った男は、自分の名前を叫ぶときに恍惚とした表情を浮かべると、肩を組んできた。
「なあ、てめえが強化種のゴブリンを二体倒したって本当か?」
「ああ、本当だ。疑わしいのなら受付嬢にでも聞いてくれ。」
俺は対応してくれた受付嬢を顎で指す。
「そうなのか。なら、俺様と決闘しろ。」
おい、会話しろ会話。文脈がどう考えてもおかしい。
すると、先程俺の対応をしてくれた受付嬢がこちらに来て耳打ちをする。
「この方はこの冒険者ギルド支部の中で屈指の実力者なんです。それで、今日登録したばかりのツカサ様が強化種のゴブリンを倒したことが気に食わないそうで…」
「おい、ネル!てめえ、俺の邪魔すんのか!」
ネルと呼ばれた受付嬢は怯えたような顔をする。なるほど、大体読めてきた。
「いいだろう。決闘を受ける。ただし、武器は無しな?」
俺が決闘を受けたことに驚きが広がる中、ライネルは不敵に笑うと、手を差し出す。
「ああ、武器は無しだな?いいだろう。決闘は明日行うとしよう。」
そう言い残すとライネルはギルドから去っていく。後ろに何かの気配を感じたので振り向くと、心配そうな顔をしたネルがいた。
「ツカサ様。あなたが強化種のゴブリンを討伐したことはとても凄いことなのですが、その…」
「あいつには勝てない、とでも?」
ネルは驚いた後申し訳無さそうな顔をするが、それは俺も分かっていたことだ。でも、せっかくのテンプレなんだ。
「あいつには、せいぜい引き立て役になってもらうさ。」
俺は彼女から見えないように、かつてヤ〇ザとまで言われた悪い笑顔でほくそ笑んだ。
後日知ったのだが、この時の顔が数人に見られていたらしい。そして、当然、裏の人間か!?という噂があっという間に広がった。
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俺は酒場で食事を取りたかったのだが、あまりに視線が集まるものだから居心地も悪くなり、場所を変えることにした。
宿に向かう途中に美味しそうな匂いのする店があったなと思いそこに行ってみると、その店の看板には「クコの食堂」と書かれていた。俺は杏仁豆腐の上にあるあの実を想像しながら中に入る。
店内はギルドの酒場ほどではないがとても賑やかで、さっき嗅いだソースのような芳ばしい香りが漂っていた。俺は店員に案内されて席に着く。
メニューにあったカエルの唐揚げという一見ゲテモノのように思えるがとても美味しい料理に目を引かれたので注文する。そして俺は一呼吸。
「何でだよ!」
店内にいた客や店員がギョッとした顔で俺を見てきたので俺は全員に頭を下げる。
とりあえず状況を整理しよう。俺は不運にも初めての依頼で強化種と戦い、不運にも食事にありつくことすらできず、不運にもチンピラに喧嘩を売られる。そして相手は格上で決闘は明日。
「アンラッキーすぎだろ、俺」
相変わらずの不運さに頭を抱えていると、注文していたものがやってきてテーブルの上に置かれた。俺は本来少食なので唐揚げだけにしたのだが、十分なボリュームがある。だが、今驚くべきなのはボリュームじゃない。ルックスだ。
それはカエルだった。いや、誇張なしに。控えめに言ってカエルだ。カエルの足が天高く伸びたその唐揚げは、俺の想像を遥かに超えていた。
「…」
その異様に俺が言葉を失っていると、店員は苦笑する。
「たまにいらっしゃるんです。カエルの見た目に凄く驚く方が。よろしければ別のものに変えましょうか?」
「いえ、大丈夫です。」
確かにその異様には驚かされてしまったが、出されたものを残したり、取り下げてしまうのは勿体ないし失礼だ。俺は震える手でフォークを掴み、カエルに刺すと足から食べた。
以外にも、カエルを食べたことのある人が言うように口に広がったのは以外にも鶏肉に似たような食感で、見た目を除けばとても美味しかった。
俺は無事にカエルの唐揚げを食べ終えると、二テラナを払い、宿に向かった。
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「はぁぁぁぁぁー」
とても疲れた。明日は決闘、どうしようかなんて考えながら「「賢者」の選択肢」を触る。何か良いスキルはないものか。
「おっ、これは…」
一つ気になるものを見つけた。これを習得しよう。これであいつの度肝を抜ける。
俺はそんな事を考えながら深い眠りに落ちていった。
…なんてことはなく、俺は今日倒したゴブリンの睨まれている気がして寝れなかった。