1. やっぱり俺はアンラッキー
俺は荒い息を吐く。その原因の全てはこの肩にあるバッサリと斬られた傷、そして目の前にいる男だ。男はそんな俺を見て嗤う。
青い炎が踊るこの場所は、まさしく魔王の城という感じだ。豪華絢爛としたこの部屋は、青い炎さえ装飾品のようだ。
「「インフェルノ」!」
男は俺に向かってとどめを刺すべく魔法を放つ。仲間の二人の少女の悲鳴が聞こえる。
俺は結局彼女達を幸せにできていただろうか。ここにいるはずがないのに、家族の声まで聞こえる。父は、母は、妹は今どうしているのだろうか。
頭の中で思い出が流れていく。きっとこれが走馬灯なんだな、と俺は達観したまま目を閉じる。たくさんの心残りがある。でも、もうどうしようも無いのだと理解もできている。
だが、魔法は俺に届くことは無く散る。いつまでたっても訪れない衝撃を疑問に思い目を開けると、そこにはいつか見た金髪が魔法の威力によって生じた風で靡いていた。
俺にはそれが誰か分かる。大切な約束を彼女としたのだから。俺はずっと彼女に伝えたかった言葉を言う。
「初めましてだな。そして、やっぱりお前は偉かったんだな。」
ツカサはいつか彼女が言っていた事を肯定する。
すると彼女はこちらに振り向くと、いつか見たムカつくドヤ顔ではなく、
「「賢者」様はいつでも偉いんだからね?」
彼女…否。シャーロットはそう言うと、太陽のように明るい笑顔で微笑んだ。
~~~~
俺の名前は寿司。身長百七十五センチの、少し痩せている高校一年生だ。漢字二文字でとても書きやすい名前だが、「すし」と呼ばれた事は数知れず。そのネタでいじめられることもあった。親にネタで考えただろと聞けば、当たり前じゃない、と言われたことがある。理不尽だ。こんな風に俺は圧倒的に運が悪い。よく貧乏くじを引く子だと先生に言われたこともある。
だから小学生の時に運悪く女子の着替えの中に突撃した時も、中学生の時に男子トイレと女子トイレを間違えて入ってしまったことも全て仕方がなかったのだ。
...別に少し興味があったからではないし、不登校になったのも女子に「変態!」と言われたからでもない。俺の豆腐メンタルはそう簡単には崩れない。
だが、今起きているこの現象は今まででダントツに最悪だ。
何せ自分が今どこにいるのか分からないのに加え、周りに人が一人としていないのだ。自分の青いラインが入った黒のジャージに汚れが付いていないか確認すると、よく目つきが悪いと言われる黒瞳で辺りを見回す。
薄暗く湿った空気が漂っており、壁は黒っぽいレンガでできている。窓は一つも無く、何となく牢屋の様な空気が感じられた。
女子の着替えや女子トイレを覗いたために捕まったのだろうか。...いや、あれは事故だから違うはずだ、それに時効だろう。
俺は自分の前髪を軽くいじる。これは俺がよくやるクセだった。少しボサついてはいるがある程度まとまった髪形は、まるでいじるためにあるかのように伸びている。
「相変わらずアンラッキーだな、俺」
一言呟き、ふいに視界の端に見えるある物に気付いた。
それは小さなテーブルの上にあり、白い箱の形をした物で、上には赤いボタンのようなものが付いている物体。
とりあえずそれ以外本当に何も無いので、そのボタンを押してみることにした。見え見えの罠だと言われるかもしれないが、それ以外選択肢がなかった。
「ポチッとなっと.........おわっ!」
爆発するかもしれないと思い後ろに跳んだ結果、足を盛大に滑らせて転んだが、誰も見ていないのでノーカンだと自分に言い聞かせる。だが、そんなことよりボタンを押したことによって突如として現れたスクリーンのような物に視線は釘付けになる。
そこには一人の女が映っていた。金髪碧眼の美人で、歳は20歳前後だろうか、魅力的な微笑みを顔に浮かべた美人だ。俺の美女センサーに激しく反応する。その女が手を軽く振った後で、話し始めた。
「ねぇ?ねぇ?今私に見惚れたでしよ?まあ、超絶世の美女なんだから仕方が無いわよね?」
訂正、ドヤ顔が腹の立つ残念そうな女が映っていた。というか、テンプレはどうした。ここは美少女が俺を迎えに来るべきだろう。画面越しは微妙だった。
「でもごめんね?私あなたタイプじゃないの」
何故か勝手に振られているのだが、そんなことはどうでもいい。今の疑問はただ一つ。
「お前は、誰だ...?」
「私の名前を聞いて驚きなさい!泣く子も黙る「賢者」シャーロット様よ!」
聞いて驚く事はなかったし、「賢者」という厨二ワードが彼女から出たことで残念さが増す。だが、ここはツッコミをしているところではないので話を続けることにした。
「「賢者」とは何だ?」
「ちなみに「賢者」って言うのはね?とっても偉くて強い人がなるものなの。私の場合は頭が良くて強いからね」
明らかに頭の悪そうなシャーロットがまたドヤ顔をした。しかし、何かがおかしい。何と言うか―――
「異世界チートが欲しいって?残念ながらその話は後ね。先に君を呼び出した理由から話そうか」
―――会話が噛み合っていない気がする。そして、今の言葉で理解した。おそらくこの映像は過去に撮られた映像だ。見惚れただとかはよく分からないが、こちらの様子が分からないのなら、会話が噛み合っていない事も理解できる。そんなことを考えている内にシャーロットの顔は真面目な様子になり、本題に入った。
「私が君をここに呼んだのは私が叶えられなかった願いを叶えて欲しいためなの。でも、今の状態じゃあ何話しても分かんないわよね?だから、この世界の常識から教えていくわね」
そうしてシャーロットは語り始める。この世界はゲームによくある様な魔法などが存在するファンタジーな世界で、司が住んでいた世界とは異なる世界であること。また、ゲームの様にステータスやレベルという概念が存在し、魔獣など仮想的な生物が存在することなど、おそらく彼女が知りうる全ての常識を語った後、こうして司が一人放り出されている理由を語る。
「君を異世界から呼び出すためにはね?長い長い時間が必要だったの。でも、私の願いを叶えるためには、君が必要だった。私では出来なかった。だから...自分勝手だけど、百年後の君に全てを預ける事にした」
シャーロットは話している途中から目線を伏せていたが、意を決したかのようにこちらを見据える。
「君には、この世界に存在する七人の魔王を倒して欲しい」
異世界召喚のテンプレを告げられた俺は少し感動してしまったが、直ぐに違和感に気付いた。
「いや、魔王とかって普通は一人だろ。七人とか多すぎるわ!」
俺のツッコミが虚しく反響する。当然シャーロットは画面の中なので、なんのリアクションもしない。
「この世界には七つの大罪の名を冠する七人の魔王がいるの」
「いや、既に大分テンプレと違ってパニくってる。少し待っ...」
「でも、君は多分弱っちいから正直期待出来ない」
「だからちょっと待っ.........なんですと?」
今この女は何と言った?
「だって異世界のニートとか貧相な体で剣もロクに振れないのでしょう?プークスクス♪︎」
「おい、俺だって包丁ぐらいなら握れるぞ。というかそんなに期待出来ないのなら異世界に呼ぶなよ!」
俺のツッコミが虚しく反響する。当然シャーロットは画面の中なのでプークスクスと腹の立つ笑い方をしている。......殴ってやろうか。
「だからさっき言っていたでしょ?異世界チートを君にあげるって。「賢者」様からの贈り物だから大切にしないとバチがあたるからね?」
「何ッ!?貰えるのか!異世界チートが!!」
俺のテンションが一気に上がる。若干引き篭もりだった俺にとって異世界物のテンプレは好物だ。
「じゃあ、そのテーブルについている引き出しを―――」
「よし、これだな?開けるぞ?」
「―――開けちゃダメだからね?」
「えっ」
「冗談だよ冗談。え、なになに?もしかして引っかかっちゃった?プークスクス♪︎マジですか!面白すぎぃーー♪︎」
「マジでウゼェなこいつ!?いい加減開けるからな!」
俺は引き出しを恐る恐る開ける。そしてそこにあったのは――
「こ、これは...」
「そう、それこそが私の遺した異世界チート」
「ただの紙よ!」
「本当にただの紙じゃねぇかよ!!」
俺はそこにあったただの紙を指さして叫ぶ。いや、本当に何の変哲もない紙だった。
「こんな紙切れでどうしろって言うんだよ!駆け出し冒険者でももっと良い装備持ってるわ!」
「まあまあ、「賢者」である私がただの紙切れを遺産にするはず無いでしょう?よく見てみなさい?」
俺は不審に思い紙を見るが、見れば見るほど普通の紙と変わらないように思える。
「これの一体何が特別なんだ?」
「それはね?私が作った魔道具なの。名前は差し詰め「賢者の選択肢」ってところね。まずはそこに針があると思うから、それで自分の指を刺して血を紙に垂らしてみなさい?」
「おい、ただの引き篭もりにハードな事言うなよ。自分で刺すとか無理なんだけど」
やりたくなかったが何となく説明が進んでしまいそうだったので、仕方なく言われた通りにする。すると、不思議な現象が起きた。突然紙が発光しだして、やがて光が文字を作ったのだ。文字自体は読めなかったが、十分驚いた。
「その魔道具はね?この世界に存在する全てのスキルの中から一つだけ手に入れられるものなの」
「まさしく俺が求めていたチートじゃねぇか!最高だぜ!」
「ただし、君は紙1枚につき一つ、最大十個までしかスキルを手に入れることが出来ない」
「...えっ」
「それ、作るのものすごく大変だったんだから。だからそれだけしか用意できなかったのよ」
「いや、そこはもうちょっと頑張って欲しい所なんだが!?さっき自分で俺は弱っちいだの言ってたじゃねぇか!」
「まあ、それ自体は凄く便利だから魔王退治にも役立つと思うわ」
「おい、さらっと流すなよ!」
「さて、最後まで話を聞いてくれてありがとう」
「そして、話を終わらせようとするんじゃない!」
...もうツッコミも疲れてきたから黙って聞くことにした。
「魔王退治を引き受けてくれた君に一つだけ伝えておきたいことがある」
俺は魔王退治を引き受けた覚えがないのだが。心の中でツッコミしてしまった俺は、次の一言を言ったシャーロットの表情を見て息を詰めた。
「「強欲」には特に気を付けて欲しい」
「...」
「私の話はこれで終わり。そこに出口があるから、そこから地上に出られるわ」
一瞬、「強欲」と言った瞬間にシャーロットの表情に怒りと憎悪が浮かんだ気がして何も言うことができなかった。シャーロットは何事も無かったかのように平然としている。
これだけの感情を実際にはあまり見てこなかったため驚いてしまった。だが、これからの事を考えなければならない。
この世界に来た時は正直、また引き篭もり生活をしたいと思っていた。だが、もうこうなったら仕方がないか。
「はぁ...その魔王退治、気が向いたらやってやるよ」
俺はそう言い残すと、役割を果たして消えたボタンの変わりにいつ間にか出来ていた階段を上り始めた。十枚の大切な物を持って。
何だかシャーロットが自分を見て微笑んでいる気がしたので振り向いたが、そこにはもう既に何もなかった。いつか、彼女の微笑みがスクリーン越しではなく、現実世界で見られる日は来るのだろうか。
~~~~
「いやはや、何と言うべきかなぁ...」
長い長い階段を上りきり、外の景色を眺めていた俺は一人、感慨に浸っていた。暗い空間から抜けたからという事もあるのだが、そこには俺が住んでいた都会では見ることの出来ない景色が広がっていたからだ。
どこまでも広がる緑に高々とそびえ立つ山、清らかな水の流れる川や湖があり、どこまでも青い空が広がっていた。太陽はまだ出たばかりで朝だろうか。空気も澄んでおり、都会ではまず味わう事の出来ないうまさだ。そして何より...
「ひとまず向かうべきなのは、あの小さく見える街だよなぁ」
ここからかなり離れて見える小さな街だ。建物を見るに、中世のヨーロッパを感じさせる造りだった。異世界系の物語でよく見る建物に非常に近い。
「まあ、そこまで距離も開いてないし歩いていけるだろう」
引き篭もりのニートな俺は体力がミジンコレベルなのだが、それでも太陽が昇っている内に辿り着けそうだった。
「異世界チートを貰ったんだが...」
チートな力には頼りたくない。だからこそ、始めの一歩は自分の力で。俺は小さな街目がけて歩き出した...!
~~~~
「はぁぁぁぁーー......つ、疲れたぁ」
意気揚々と歩き始めた後、一瞬で息が切れた。正直自分の体力はもっとあると思っていた。
「元々は体育会系だったのになぁ」
俺は元々体育会系の運動が出来る方の人種だったのだが、どうやら引き篭もり生活というものは色々な物を奪っていくらしい。
「まぁ、何とか辿り着いたし良いか」
俺は自分の前にそびえ立つ門に目を向ける。赤茶色のレンガで造られた壁に鉄製の格子型の扉が黒く光っていた。一言で表すなら「城門」だろうか。
だが、思っていた事と違う点は人々の行き交いが割とフリーな所だ。セキュリティはしっかりとしていて安全なのだが、一人一人検分するといった様子は見受けられない。これならば出生の記録がこの世界に無い俺でも通る事が出来るだろう。そこにいた門番に自然に話しかける。
「やあ、門番の方。お仕事お疲れ様です」
そういえばシャーロットとは普通に会話したが、この世界で日本語は通じるのだろうか。大抵の場合、つまりテンプレでは作品を複雑化しない様に最初から日本語で通じる設定なのだが、現実的に言えばその可能性は非常に低い。何せ現代社会に置いても日本語が話されている場所や人口はとても限られている。そんなことを考えていると、視界に先程の門番がいた。門番は首を傾げた。
...嫌な予感がする。幸先が悪い。門番に続けて語りかける。
「こんにちは。今日はいい天気ですね」
門番は意味がわからないという顔をしている。...終わった。
だが、ここで一つの可能性に至った。もし日本語がダメだとしても英語やフランス語、中国語ならばどうだろうか。日本語とは文法や発音が異なる言語ならばもしかしたら通じるだろうか。試しに英語で言ってみることにした。
「ハロー、八、ハワユー?アイムハングリー」
俺は中学校の英語の授業で常用していた語句を使ってみた。きっとこの常套句を使っている学生は多いだろう。だが、門番はとても嫌そうな顔をした後、首を横に振った。...意味がわからない。
ならばフランス語であればどうだろう。俺の知っている唯一の言葉を投げかける。
「ボンジュール?」
門番は口をパクパクとさせた後、顔を真っ赤に染め上げて怒鳴り始めた。...マジかよ、理不尽すぎるわ。
何となく周囲の視線が自分たちに集まり始めたので司は路地裏に逃げ込んだ。門番の叫び声がまだ聞こえた気がしたが、耳を塞いでその場を後にした。
~~~~
「何だよこれぇ。テンプレと違いすぎだろ。異世界召喚最初に話した相手は画面の中、言葉は通じないとか」
はぁぁーとため息をついた。何ともまあ過酷な異世界生活だ。美女かと思えば駄目な人間、それも画面越しで。それに加えて言葉が通じないとなると本当に運命とはいかがなものか。
「そういえば...」
ふと、さっき貰った異世界チートを思い出す。あれがあれば言葉が通じるだろうか。そんなことを考えながら紙を取り出す。
シャーロットに言われた通りに先程針で空けた傷から出る血を紙に垂らす。すると、先程と同じように不思議現象が起きた。紙の上に俺が読めない光る文字が浮かび出し、それが先程街の中で見た看板に書かれていた文字とどことなく似ていることに気付く。
驚いた事に携帯電話で画面をスクロールするのと同じように紙の上に浮かんだ文字をスクロールして読み進めることが出来た。そうして読み進めていく中で一つだけ不思議な文字があった。相変わらず文字自体は読む事は出来ない、ただ、何故だか意味だけは理解する事が出来る文字だった。
“ 君、外に出てみて人に言葉通じた?通じてないよね?私の言葉が分かったから勘違いしたのかな♪︎クスクス♪︎”
俺は紙を無意識に破りそうになる。だが、これは大切な異世界チートだから壊すなよ!?という理性が打ち勝ち、紙はクシャクシャ状態に収まった。もう一度文を読むとキレそうになったが、続きがある事に気付いた。
“ 君は最初にこのスキルを選ばないといけないからこうして案内を作っておいたよ。これから先は無いから自力で頑張ってね♪︎”
シャーロットの心遣いに関してはありがたく思う。ウザい子どものような言動は別として。あと、最後の「♪︎」が全ての文字の中で一番大きかったのには呆れた。
俺はシャーロットの言う通りにこのスキル「言語理解」を習得するか否かを悩んだ。
というのも、確かに言葉が通じないというのは非常に不便ではあるが、言葉は普通に習得出来そうだったからだ。言葉を習得するのに異世界チートを使うとはいかがなものだろうか。俺は悩みに悩んだ結果、
「習得するか」
習得する方を選んだ。やはり死活問題だし、もしかしたらシャーロットの様に意味だけが分かる言葉が使えるようになるかもしれない。その可能性にも期待しつつ、妙にウザったい文字に触れると、また文字は光り輝き、直後に俺の体に衝撃が訪れる。
突然何かができるようになる、なんて事は普通に暮らしている人間に訪れたりはしない。俺は人生で初めての感覚に心震わせながら、目を閉じ変化が終わるのを待つ。やがて落ち着くとおそるおそる目を開けた。
「へえ、これは凄いな!」
俺は目の前で起きた現象に少し感激した。先程まで読めなかった文字が読めるようになっていたのだ。そこには「身体能力限界突破」や「魔法攻撃威力向上」などと書かれていた。とりあえずは言葉が理解出来る様になった事の感動を噛み締めつつ、これから向かう先を思案した。
だが、俺はまだこの世界についてほとんど知らない。なので、ここはテンプレに頼る事にした。そこを通りかかった中年の女性に声をかける。
「すみません。冒険者ギルドっぽいものを探しているんですけど...」
「あら、この街に住んでいて冒険者ギルドを知らないなんて。もしかして「旅行者」をされている方ですか?」
よっしゃー!言葉がやっと通じたな、と喜びつつも話を続ける。
「ええ、とても遠くの街から来たのでこの辺りの常識に少々疎いんですよ。」
「でも、冒険者ギルドの事を知っているんなら話は早いわね。そこの角を右に曲がって真っ直ぐ行けば冒険者ギルドの赤い看板が見えてくるはずよ。」
「ありがとうございます。」
俺は彼女に軽く会釈をすると、彼女に教わった道を進んだ。道中馬車を引く馬の糞を踏むなどの相変わらずというか不運なテンプレを起こした後、やがて赤い看板が見えきた。
「これが冒険者ギルドかぁ」
俺は感慨深く息を吐く。それは予想通り半分、予想通りでなかったこと半分だった。
冒険者ギルドは予想通りに中々に派手な見た目をしていた。赤い看板やいかにもな雰囲気の扉は俺達の冒険心をくすぐるような不思議な力を持っていて、活気のある職場という感じだった。
ただ、冒険者ギルドと聞けば想像するような荒くれ者ばかりが集まる不潔な場所というイメージは少なく、むしろ清潔に保たれており、目立った荒くれ者もいなさそうだった。俺は安心半分、不満半分でギルドの扉を開ける。
「おい兄ちゃん。もしかしてビギナーか?」
窓からチラチラと観察して安全性を確かめたはずだったのだが、やはりこの不運体質だろうか。テンプレとも言える荒くれ者からの絡みがあった。
ヤ〇ザを思わせる強面の顔と目元に入った傷、無精髭を生やした筋骨隆々の大柄な男だ。アンラッキーだなぁと思いつつ、俺は素直に答える。
「ああ、そうなんだよ。遠くの街から旅をしてここへ来たんだ。そのせいでこの辺りの常識には疎いから、まずは冒険者登録をしようと思ってな」
「そうか!兄ちゃん、旅をして来たってことは「旅行者」か?どこのギルドに所属しているんだ?」
「いや、違うぞ?俺はどこにも所属していない。そういえばさっきもその単語を聞いたんだがその「旅行者」って何だ?」
先程の女性と話していた時は興奮して聞き流していたが、そういえば気になっていた。と、俺の疑問を聞いた男はキョトンとした顔をした後ニヤニヤとしだした。
「なるほどな。兄ちゃん中々やるじゃねえか。ヒョロヒョロしてるからどっかのボンボンかと思ったが、肝が据わってるじゃねぇかよ」
男は豪快に笑うと、話を続けた。
「さっきの質問に答えてやる。「旅行者」ってのはな、意味はそのままだよ。各地を旅している者達の事だ。俺達も冒険する為に旅をするが、奴らが俺達と違う点はその役割にあるんだよ」
「役割?」
「ああ、俺達冒険者は魔獣などの危険から街の住人を守ったり、様々な手伝いをしたりといった人々の生活の保護が仕事だ。だが、「旅行者」ってのは各地を巡る際に荷物を運んだり人々を輸送したりしている。つまりは「旅行者」ってのは物流の足になってる訳だ」
なるほど。どうやらこの世界には商人などではなく「旅行者」という名前の者達がいて、そいつらが輸送や運搬をしているらしい。
「昔は密輸などの犯罪行為が絶えなくてな。市場は大きく荒れていた。だから、十年前に旅行者ギルドなんて公的な物ができてくれた時は感謝したもんさ。何せ一瞬で全ての物流を掌握したんだからな。そして、旅行者ギルドはそこでルールを作った」
「ルール?」
「ああ、ルールだ。それは街と街を行き来する際には必ず旅行者ギルドに申し出ること。これによって犯罪件数はめっきりと減り、これは俺達冒険者や各地の街の住人達にも適用されるようになったくらいだ」
素晴らしいシステムだなと思う。おそらくだがいつ、どこを出たかを把握することで犯罪の証拠として捜索したり、どこの道が混んでいるかなどが把握できるようになったのだろう。やっぱり非常に素晴らしいシステムだなと...素晴らしいシステム?何かが引っかかる。と、目の前にいる男は苦笑する。つまりは...
「お前は遠くの街から来たと言い、かつギルドの許可も取ってないと言っていたな?それを見ず知らずの他人に話すとはな」
マズい。俺はあの女性に対して通じたように異世界テンプレで通しきれると思っていたが、そうは問屋が卸さないらしい。すると、男は警戒する俺に笑いかけた。
「心配すんなよ、兄ちゃん。お前はどっかの貴族の隠し子とかだろ?それだったら常識に疎いのもそのヒョロヒョロの体も理解出来る。お前、冒険者登録しに来たんだろ?こっちだ付いてこい」
新発見。異世界のヤ〇ザのようなおっさんは意外と優しいらしい。というか、隠し子とか言ったか。そんなにヒョロいか、俺。
男の案内で進んだ先にはいかにもなカウンターがあり、そこでは多くの職員と思わしき人達が働いていた。俺はその中の一人に話しかける。
「すみません。冒険者の登録がしたいんですけど。いいですか?」
俺がそう尋ねると、彼女は顔を上げた。赤みがかった茶髪に緑の瞳。顔立ちは整っていて、華奢で小柄な体格、ギルド職員らしい格好をしていた。
「冒険者登録でしたら、こちらでお受けしています。始めの説明は必要ですか?」
やはり外見通り可愛らしい声をしていた。俺は必要です、と返した。受付嬢は説明を始める。
「まず冒険者登録をしていただく上で、この「冒険者カード」にご自身の情報を登録していただきます」
俺は受付嬢が出してきたカードを見る。純粋な白さは無く、ガサガサとしている硬い紙だった。確か昔はこういった紙でさえも高級品だったという話を聞いたことがある。
「こちらの「冒険者カード」には、登録者の名前や年齢、職業などの情報が入れられます。そして、このカードに登録していただく上で一つ、とても大切な事がございます」
「大切な事?」
「はい、それはステータスの確認です」
俺はその言葉を聞いて興奮する。異世界テンプレだ!と。こういう場合は筋力などではなく、魔力量が半端なく高くて、この人は何者!?というような空気が訪れるのだ!
「それはどのように確認するんですか?」
「様々な方法で確認する事が可能ですが、この白紙の冒険者カードにご自身の血を一滴垂らしていただければ分かります」
俺はまた刺すのか、と思う。少し前に刺したばかりなのだが。
そんな俺の様子を見て受付嬢は苦笑する。痛いのを怖がっている子どもの様にでも思われたのだろうか?案の定、受付嬢は小さな針を取り出すとこちらに手を出す。
「もしよろしければこちらがお手伝い致しましょうか?」
「いえ、問題ありません。自分でできます」
俺は少し見栄が張りたくなり自分のポケットに忍ばせていた針を取り出し指に軽く刺す。受付嬢は少し目を見開いていたが、出てきた血を確認すると、カードを渡してきた。これに垂らせ、という事なのだろう。俺は血を一滴垂らす。
「ほう...」
血に触れた途端、紙に文字が刻まれる。「賢者の選択肢」ほど過剰演出ではなかったが、十分に感心した。
「それではステータスを確認しますね」
文字が刻まれ終わると受付嬢は紙を手に取りそこに刻まれた文字を読み―――
「ぇぇぇぇええ!?」
受付嬢は可愛らしい雰囲気が台無しになるような素っ頓狂な声を上げる。ギルド中の人々かみこちらに興味を示しだした。俺はそらきたぞ!と心の中で歓喜するが、この時俺は改めて思い知る事となる。...自分の不運さを。
「この無駄なステータスは何ですか!?大体のステータスは平均なのに魔力操作のステータスだけが異様に高いですよ!」
異世界召喚された身なのでもしやと思っていたが、どうやら俺はテンプレ通りにステータスが異様に高いらしい。だが、ふと違和感に気付く。
「今、無駄って言った?」
俺は聞く限りだと問題無いように思えるが、受付嬢は頷くと言った。
「何で魔力操作のステータスはこんなに高いのに魔力ゼロなんですか!?」
一瞬、理解出来なかった。何を言っているのかと。だが、現実逃避している場合ではない。確かに無駄だと思いつつも、とにかく何とか良い方向にいこうとする、
「魔力って訓練したら増えますか?」
俺がどうにか道を見出そうとしている事に気付いたのか、受付嬢はオロオロし始める。...なぜ挙動不審になる?嫌な予感がする。
「その、えっと、魔力を増やすことはできるんですけど...」
良かった。増やすことは出来るのか、と安心したのも束の間、爆弾が投下される。
「魔力は素質がほとんどでして、本当に少ししか増えないんです...。」
マジか、と愕然とする俺に受付嬢はとても申し訳無さそうな顔をし、周りで聞き耳をそばだてていた人々は俺に同情の視線を送る。今の俺は非常に憐れだった。
~~~~
ギルド内でとても憐れまれた俺は、とりあえず依頼を一つ受けた。内容はゴブリンの群れの討伐だ。
冒険者のランクは一番上がSで一番下がF、依頼もそれぞれ冒険者のランクに合うようにランク分けされているらしい。俺は登録したばかりなので今回は当然Fランクの依頼となっている。普通はスライムだと思うのだが、まあゴブリンも定番といえば定番なので許容する。
依頼のゴブリンの群れが目撃された場所に着くと、俺はギルドで支給された剣を握る。非力な俺でも振れるように短く、随分とボロい見た目だが今の俺には金はない。支給品で我慢するしか無かった。
「何もいないな...」
俺は辺りを見回した後、そう結論づける。辺りには気配はおろか、足跡さえ残っていなかった。俺は捜索を続けるためにもう少し遠くを向けて歩き出した。
少し進むとキィキィと叫ぶ声が聞こえる。俺は咄嗟に近くにあった草むらに隠れ、様子を見る。
そこでは緑の肌に最低限の薄汚れた服を着た小鬼のような生物が4匹戯れていた。武装はしているようで、2匹は剣を持っている。
「...」
俺は息を殺すと忍び足で近寄り、武装したゴブリンを目指す。こういった場合は強そうな者から倒すと良いと知っているからだ。
十分に近づくと一気に走って距離を詰める。ゴブリン達は驚いたのか目を見開いて硬直している。今が勝機とみた俺はそれほどリーチの無い剣をゴブリンに振る。
鮮血が散った。緑の肌を傷付けた剣からは生々しい感覚伝わってくる。一応それなりのグロ耐性はあった俺でもその感覚には気分が悪くなった。切られたゴブリンは絶命していないのか血を吐きながら白目を剥いて痙攣しているが、出血が多すぎることが素人の俺でも分かった。
死にそうな武装したゴブリンを見て、俺は案外楽に倒せそうだと思い、残りの三体にも斬り掛かる。そして先程とは別の武装したゴブリンを斬り捨てた。結果は同じで、手には気持ちの悪い感覚が残る。早く終わらせようと思った俺は残り二体に振り返る。が、
「ーーっ!?」
突然俺の体に衝撃が訪れる。痛みを感じ、軽く吹き飛ばされる。
何が起きたのか、理由を求めるように残り二匹のゴブリンに目を向けると、揃って拳を突き出したゴブリンが立っていた。
その光景はさながら正義のヒーローとその相棒が必殺技をくり出した後のポージングだった。俺は何が起きたのか分からないままにまた斬り掛かる。ゴブリンはここまで早く反撃してくることを想定しいなかったのか、はたまたポージングしていた途中だったからか、ゴブリンに致命的な時間が生まれた。そして先程の生々しい感覚を覚悟して斬り掛かると...
「嘘やん。」
口調が変化するほどそれは驚きだった。ゴブリンの肌には紙で切ったかのような浅い傷しかない。全力で斬ったのに。
「キィーー!」
ゴブリン達は怒ったように鳴き叫ぶとこちらに向かって殴り掛かってくる。その時俺の中で一つの仮説ができる。
人間は日々文明の利器を使っている。生活においてだけでなく武器についても。文明も人間の武器だ、と主張する人間もいるが、仮にそうでないとした場合、人間は基本的にはライオンなどの獣と比べると非力だ。発達した爪や牙、筋力も無い。だからこそ、人間は文明という武器を使う。剣を振り、銃を撃つ。だが、獣はどうだろう。獣は武器を使わない。体に武器とも言える力があるからだ。有り体に言えば―――
「武装する必要が無いってことかよ!」
俺はダッシュする。ゴブリンはダッシュする。小鬼に追いかけられるというリアル鬼ごっこが始まった。というか、追いつかれると死ぬ。
「嫌だぁぁぁーー!!」
俺は自分の不運さを呪い、自分に過酷な運命を強いる神にも届くように強く、強く叫んだ。
~~~~
拝啓、親愛なる家族の皆様へ。司です。今俺は異世界召喚された後、紆余曲折あって木の上にいます。何故かって?簡単ですよ。
「降りたら死ぬからですよぉぉ!!」
木の下を見ると、キレたゴブリン達が木を叩いている。振動が木に伝わり揺れる。というか、もう折れそう。
「嫌だぁぁぁーー!!」
異世界召喚されて、何か大きな使命を託されて、異世界チートを手に入れて、冒険者になったばかりなのに既に死にそうとか不運にも程がある。...異世界チートを手に入れて?
「はっ」
俺は活路を見出す。そうだ、異世界チートを使えばいい。大切にしようと思ったからで、今の今までただの紙だから、と忘れていた訳では無い。断じて。
俺は紙にさっきゴブリンから受けた傷から垂れる血を紙に垂らす。すると、今度は理解できる文字が浮かび上がる。必死に探す中、一つのスキルが目に止まった。俺は迷わずそのスキルを習得する。
また自分の頭に衝撃がくる。何度やっても慣れないその衝撃を耐えると、自分の手をゴブリン達に向けて叫ぶ。
「『レベルダウン』!!」
『レベルダウン』というスキルは、相手のレベルを10下げるという一見すると地味な力だが、ゲームではなくこの世界においては違う。この世界のレベルは滅多に上がることは無く、最大レベルは50。そのレベルを10も下げるというのは、格上相手を格下にもできるという意味となる。このゴブリンのレベルは知らないが、初心者の俺と同じくらいにはなるはず。
「キ?キィーー!」
俺の手から放たれた光に当たったゴブリンに異変が生じる。見た目はあまり変わっていない。だが、さっきまであったような威圧感は薄れる。
俺は木から飛び降りる。ゴブリン達は自分達の体に起こった異変に気を取られすぎていてこちらに気づかない。そんな無防備な姿を晒すゴブリン目掛けて俺は剣を振り下ろす。さっきまでかすり傷しか付けられなかった俺の攻撃も届き、無事討伐は完了した。
だが、初めての殺しはたとえ人外であったとしても辛く、俺の心に影を落とした。
~~~~
「討伐お疲れ様でした」
先程の受付嬢が今回の報酬が入った袋を俺に渡す。中には銅貨が四枚入っていた。
この世界の貨幣の単位はテラナといい、日本円と比べると百円で一テラナほど。ドルと同じくらいだった。そして銅貨で五テラナ、銀貨で二十、金貨で千という微妙な価値となっている。今回渡されたのは銅貨四枚なので二十テラナ、日本円だと二千円ほどになる。
銀貨一枚にしなかったのはおそらくビギナーの俺にとって銅貨の方が使いやすいと思ったからだろう。今日の苦労とは釣り合わない気がしたが、この世界がこういうものなら仕方ない。俺は袋を受け取り、今夜泊まる宿や夕食について受付嬢に尋ねる。
「この街には初心者の冒険者向けの宿とかってあるんですか?」
「ええ、ありますよ。ですが今回の報酬だけでは料理のある宿は取れないと思います。ですので、この冒険者ギルドの酒場などの場所で食事するのはいかがでしょう?」
よかった。馬小屋生活なんて事にはならなさそうだ、と内心で息を吐く。
「ここからナルク通りを通ってしばらくするとその宿があるはずです。ギルドの酒場も夜遅くまで開いているので、ゆっくり来られても構いませんよ」
本当に懇切丁寧に説明してくれた受付嬢は突然思い出したかのように手を叩く。
「そうだ!ツカサ様には一つ決めていただかなければならない事がございました!」
「決めていただかなければならない事?」
「はい。ツカサ様には今回Fランクの依頼を受けていただいたのですが、どうやらそのゴブリンの中に強化種がいたそうで、依頼を引き受けられた後に依頼のランクが上がったんです」
マジかよ。俺って不運すぎて遂に魔物を強化したのか。
「ですので、本来ならFランクの依頼を三つ受けていただいてから冒険者としての本登録だったのですが、特例として今回の依頼達成だけで本登録となったんです」
今回は良い方向に転んだらしいが一つ気になった事がある。
「本登録ってなんですか?」
「昔は大した実力も無いのに冒険者となって失敗したり亡くなられたりする事態が多発していたんです。そこで、冒険者ギルドとして本当に冒険者としてやっていけるのか振るいにかける事になったんです。ここ十年くらいの話ですけどね」
そういえばあのおっさんも十年前にどうとか言っていた気がする。
「さて、本登録できたツカサ様には二つ名を決めてございます」
何を言っているんだろう、この人は。そんな恥ずかしいことをよくそんな平然とした顔でしろと言えるな。
「なんでそんな見てると恥ずかしくなってくる厨二男子みたいな事をするんですか?」
「?その、チュウニ男子というのは分かりませんが、冒険者にとって二つ名はとても大切なんですよ。」
そうだった。冒険者ギルドなんてものがある時点でとっくに厨二メーターは振り切っている。
「冒険者になる方は名前が長い場合があるのと、イメージが付きやすいという理由から二つ名が付けられるようになったんです。十年前。」
本当に何があったんだ十年前。無法者を統制した手腕は凄いがお遊びがヘビーすぎる。日本人じゃないだろうな。
「まあともかく二つ名は必要ですので決めていただきますよ。何か付けたいものはありますか?」
こういうものか、と割り切った俺は考える。何が良いだろうか。あんまり厨二すぎるものは心に残る古傷に触るし、この世界の価値観が受付嬢の言う通りなら安易すぎたり淡白なものは他の者が聞いた時に呆れられてしまうだろう。
「うーん。」
受付嬢が俺の二つ名を決めたそうにソワソワしている。それを無視していると、一つの案が浮かんだ。じっくり考えると段々とても良いように感じてきた。これにしよう。
俺は、賢者にこの世界を救うべく召喚された。ならば、それは賢者が考え、行った結果だろう。だから―――
「俺の二つ名は「賢者の選択」で。」
ニヤッと笑った俺に、俺の二つ名を考えていた受付嬢はキョトンとした顔をする。
不運な俺の異世界での生活は、ここから始まった。
初めて小説を書いてみたのですが、いかがでしたか?
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