戻れない運命
はつか:行っちゃったね、リョウ。
リョウ:そうだな、はつか。
街は人だかりで埋め尽くされ、歓声が波のように響き渡る。これが祭りなら大盛況だが、残念ながら彼らの頭上には、空を埋めつくさん勢いで航行する戦闘用空母、飛空挺およそ3000隻。その中に彼らの大切な家族、友人、恋人が乗っているのだ。
なぜこんなことになったのか。3年前、突如として現れた『バグ』と呼ばれる魔物の一群。昆虫の様な外見からその名前がつけられたが、その能力はあまりにも昆虫とはかけ離れており、圧倒的な侵攻に各国はなすすべなく次々と滅亡していった。
彼らの進行をなんとか食い止めたのが当時最大勢力のダーリュオン帝国だったが、その戦いは実に数年にもわたり、なおも終わりが見えない。バグの進行は一向に衰えず、むしろ個体の強さは日を追うごとに強くなっていた。それはまるで前回の戦いの弱点を学習し、補うかのようだった。そこで彼らはバグの本拠地を決死の覚悟で割り出し、一大反攻作戦を計画した。
反攻作戦は大規模すぎて人手が足りず、学生まで戦争に動員されることになった。はつかとリョウは成人前の高等学校に分類される学生だが、国民皆兵制度のあるダーリュオンにおいて、中等以上の学校では軍事プログラムが授業に組み込まれている。その中で優秀な成績を修めている者は、今回の戦争に召集されるに至った。はつかの恋人であり、同校の生徒会長であるケインと、その幼馴染であるリョウの思い人であり、同じく生徒会副会長であるシェナも召集された。
リョウ:無事に帰って来るといいな、ケイン先輩。
はつか:そうね。万年落ちこぼれの私たちは一安心って話だったけど。
リョウ:彼らが負けたらここも戦場だ。安心だなんて、思えないさ。
はつか:ふ~ん? その割に今日だって寝坊したじゃない。
涙ながらに見送る者が多い中、いつも通りの幼馴染の態度がリョウはありがたい。
リョウ:俺には沢山の睡眠が必要なんだよ。特に、バグが目覚めたあたりからな。
はつか:なにそれ。成長期なの? 今更その身長は伸びないでしょ」
リョウ:うるさい! 絶対にお前より頭一つ高くなるの!
はつか:無理だと思うけどなー。それより、シェナ先輩とちゃんとお別れした?
リョウ:な、なんだよ突然。
はつか:だって、私知ってるよ? この前シェナ先輩に告白したんでしょ。
リョウ:げ、なんでそのことを。
焦るリョウを見て、はつかが悪戯っぽく舌をぺろりと出してみせる。
はつか:リョウのことならなんだって知っているわよ。だって、生まれた時からの幼馴染なのよ?
リョウ:くそう、どこから話が漏れるんだよ……
はつか:ふふふ、悪事は千里を駆けるのよ。
リョウ:俺の告白は悪事かよ!
はつか:月の女神様にも例えられる、銀髪の学校のアイドルを一人占めしようとしたらね~
リョウ:それならお前だって、皆の憧れのケイン先輩を一人占めしているじゃないか。お前の方がよっぽど悪人だ! あんな貴族的な金髪高身長イケメンと、黒髪ポニーテール童顔のお前じゃ、それこそ月とスッポンだ! なんで上手くいってんだ、お前ら!
はつか:あら、仲を取り持ってくれたのはリョウじゃない。だからリョウと私は共犯よ。なら今回の分だけリョウが悪人よ。
リョウ:どんな理論だよ、まったく。
リョウが頭を抱えて落ち込み始めた。せっかく計画を練りに練って誰にもばれないように告白したつもりだったのに、あっさり幼馴染にばれていた。口から先に生まれたようなはつかが知ったからには、学校中に噂が広まることだろう。リョウが入りたくもない生徒会に立候補したのも、入学式歓迎会で挨拶をしたシェナに一目ぼれしてのことだったのに。そんなリョウをじっと観察してふふ、と笑うと、はつかは屋上から教室に駆け戻っていく。
はつか:リョウ、早く戻らないと、午後からは授業は念動武器を使った実技演習の授業よ~。私達だって、予備兵力なんだから、出征の日でも授業は免除されないわよ~。
リョウ:うげっ、じゃあ鬼ハゲの授業か! やばい、また怒られる!
はつか:早く来なさい、万年落ちこぼれ学生! 武器の起動にだって時間がかかるくせに。
リョウ:うるさい!
慌ててはつかの後を追うリョウ。シェナからの返事は「この戦いが終わったら」と言うことだった。断られるとばかり思っていたのに、そうではなかっただけで天にも昇る心地になったリョウ。
既に移動を始めた艦隊を上空に見ながら、今はただ早くその日が来ることを祈るだけだった。
***
オペレーター1:システム、オールグリーン。
オペレーター2:整備班から連絡です。戦闘用のウィング、全機問題なし。
オペレーター3:僚艦からの定時連絡来ました。航行に異常無しとのことです。
ケイン:御苦労さま。今のところ何もなし、か。
ブリッジのひときわ高い艦長座席に座る青年が、オペレーターからの報告に答える。いや、まだ少年と言っても通じそうな程若い。今回最後方の小型艦とは言え、学生にして一隻の艦長を任せられたケインが油断なくモニターを見据えていた。艦長席に緊張した面持ちで腰かけ、正面を睨み据えるケインに、横からすっとコーヒーが差しだされた。
シェナ:どうぞ、艦長。
ケイン:シェナ副艦長。これは気遣いありがとう。
シェナがにこりと微笑む。
シェナ:ケイン、私のことは呼び捨てで良いと言ったでしょう? 今までずっと生徒会でそうでしたのに、急に副艦長では堅苦しくていけませんわ。
ケイン:はは、済まない。だけどどうしても緊張してしまってね。一応今は軍属なわけだし。いかに成績優秀だからって、学生にこの待遇はさすがにないとは思うけど。
シェナ:だから軍部も気を使って、わざと若い面々だけで乗組員を構成してくれましたのよ。オペレーターは正規訓練を受けた軍人ですし、飛ばして座っておくだけなら我々でもできるという判断でしょう。
ケイン:確かにそうだけど……良く言えばおかざりの僕達でも問題ないほど乗組員が優秀と言える。悪く考えれば。
ケインが急に声を顰める。
ケイン:経験不足の連中を押し付けられたとも言える。実際この艦の最年長でも29歳だ。もし戦闘になったら、まともに彼らを率いて戦える自信が僕には無い。
うなだれるケイン。だが突然その頭をぱん、とコーヒー盆で叩くシェナ。結構いい音がしたので、思わずブリッジの全員が振り向いた。
ケイン:な、何をするんだ、シェナ。
シェナ:全く、男のくせに肝っ玉の小さい。艦長にはちゃんと××がついているのですか?」
ケイン:××って……
思わずブリッジのオペレーター達が噴き出した。ケインもコーヒーを噴くところだった。
シェナ:そんなことでどうするのですか。これから戦いに赴こうというのに、ウジウジと小さいことを。全くもって情けない。そんなに自信がないなら、今すぐ豆腐の角に頭をぶつけて死んでください。
ケイン:いや、そんな……豆腐なんてここにないし。
シェナ:じゃあプリンでもこんにゃくでもレーションでもどうぞ? こんな情けない人が、我が校始まって以来の秀才と言われた人間とは信じられません。学業ではいつも学年首席、実技では教官をまとめて叩きのめし、今回の召集に当たっても現役の軍の士官よりも好成績を出して見せた人間とは……私はがっかりです! 皆もそう思うでしょう?
シェナの問いかけに、オペレーター達は苦笑いしている。さらにシェナは続ける。
シェナ:全く、貴方は優秀すぎるからそういった思い込みをするのです。最初から何でもかんでも出来る人間はいません。もっとどっしり構えて、失敗しても取り返せばいいんです。多少の失敗は我々がフォローしてみせますから。
その言葉に、皆が笑顔で応えた。その光景にケインも安堵する。
ケイン:そうか、そうだね……確かに僕は焦っていたようだ。これからはもっと皆を頼ることにするよ。
シェナ:ええ、そうしてくださいませ。
シェナがにこりと微笑む。その笑顔は天使のような微笑みだ。生徒会の時から、会長&副会長としてコンビを組んでおり、見た目的には美男美女の完璧コンビとして有名だが、実情はそうでもない。
ケインは結構な心配性で弱気なところがあるし、シェナはおっとりした見た目で時々とんでもない毒を吐く。以前街中で少し柄の悪い連中に絡まれた時、シェナは口先一つで彼らを撃退した。泣きながらその場を走り去った彼らの姿が、いまだに痛々しい。きっと一生消えない心の傷を負ったことだろう。
そんなシェナの横顔をケインが眺めていると、シェナに気付かれてしまった。
シェナ:艦長、何か?
ケイン:いや、そういえばリョウに告白されたって聞いたけど……
シェナが突然の話題に驚いたのか、目を見開く。
シェナ:はつかさんですね。全く、おしゃべりなんですから。帰ったらお仕置きですね。お尻ぐいんぐいんの刑です。
ケイン:なに、その刑罰……僕の大切な人なんだから、お手柔らかにね。それはともかく、リョウのことはどうしたのさ? 彼は僕の弟分だから、無碍にしてほしくはないんだけど。
シェナ:リョウ君のことは前向きに考えようと思っています。
シェナが少し頬を赤らめた。この返事は意外だったので、改めてシェナの目をじっとみつめる。
シェナ:どうしました、艦長? そんな鳩が豆鉄砲を滅多打ちされたような顔をして。
ケイン:いや、君の事をどんな誘いも断る鉄の女性だと思っていたからさ。言っちゃ悪いが、万年落ちこぼれのリョウの告白を受けるとは思わなかった。
シェナ:あら、私は男の容姿、財力、運動能力なんかには興味が無いんですのよ? 大切なのは相手がどれだけ自分の事を大切にしてくれるかということ。その点で、彼のその情熱は今までの男性とは比べ物になりませんわ。初々しくて虐め甲斐……もとい、可愛がり甲斐があるのもよし。
ケイン:不穏な発言が聞こえた気もするけど、それはわかる。
シェナ:それに。
ケイン:?
シェナはリョウに何か特別なものを感じていた。他の誰もが持っていない何かを彼に感じるのだ。そもそもあれだけ成績が落ちこぼれながらも生徒会には当選するわけだから、人望はある。それに、一部の先生には目をかけられていることも知っている。
だが、今はそれが何かを考えるのはやめておくことにした。彼との幸せな日々を夢想するのは、楽しすぎて任務を忘れそうになるからだ。
シェナ:さ、任務に戻りましょう、艦長。いつまでも学生気分に浸るのはよくないですわ。
ケイン:そうだね。コーヒーをありがとう。
シェナ:どういたしまして。
シェナがコーヒーを持って下がっていく。彼女が去った後で、ケインは胸の内ポケットにしまってある写真を見た。一枚は生徒会のメンバーで撮った物。もう一枚は、はつかと戦いに赴く前に二人で撮ったものだ。その裏にははつかの手書きでメッセージが記されている。
――どうか無事に帰って来てください、ずっと待っています。 はつ――)
その写真を見て少しケインは微笑むと、再び胸にしまって前を向く。そしてケインも艦長としての役割をまっとうすべく、襟を正していた。
***
ケイン:状況を知らせろ!
オペレーター1:第三陣までが交戦状態に入りました。戦闘が開始されてからおよそ6時間が経過しています
ケイン:戦況は?
オペレーター2:我らに優位です。当初の打ち合わせ通り、敵陣の突破は支障なく行えそうなため、紡錘形の陣形から扇型への陣形へとシフトし、完全殲滅を目指すとの事です。
ケイン:そうか、順調だな。
出発から13日後、彼らは予定通りバグの本拠地に到達した。途中でバグの猛烈な反撃を予想した彼らだったが、反撃は散発にとどまり、損害は軽微だった。
だがあまりに簡単に物事が進むことに、不安が消えないケイン。いかに先行する地上部隊が仕事をしているとはいえ、順調に過ぎるのだ。それは単に心配性なだけではなく、現に後方にいる支援任務に就いている艦の責任者達は一様に同じ感想を抱いていた。
ケイン:順調すぎるな。
ぽつり、と言葉を漏らすケイン。
シェナ:また弱気ですか、艦長。だから××が……
ケイン:いや、そうじゃない。
景気づけに放送禁止用語を出そうとしたシェナが、途中で発言を切られてうろたえる。だがケインには珍しく、そんなシェナには目もくれず、眼前にあるリアルタイムの戦力図を見ながら自分の思考に没頭した。ケインは悪く言えば弱気だが、彼は非常に慎重な人間だった。だからこそ指揮官として抜擢されたわけなのだが。
ケイン:……なぜあいつらはあれだけしかいないんだ?
シェナ:それはスターマイン作戦が功を奏したからでしょう。
シェナが答える。スターマイン作戦とは、今では世界に数少なくなった魔法使い達の力を借りて、科学の産物である超破壊力の爆弾を遠隔転送し、バグの本拠地周辺と防衛戦を無差別に攻撃した作戦である。その作戦は1次から7次まで行われ、以後地上部隊が展開しやすくなったことから、かの作戦は大成功と評価され、この一斉反抗作戦に繋がった経緯がある。
だが、たかが半径数ケル――街一つ分を吹き飛ばす程度の爆弾で、目に見えて数を減らすような連中だろうか。
ケイン:オペレーター、現在の奴らの本拠地と、我々の陣形を出してくれ。
オペレーター1:はい。
モニターの地図上に、友軍が展開する戦術図が浮かぶ。ケインはそれを見ながら、シェナに質問する。
ケイン:シェナ、確かスターマイン作戦は、4次を除いて成功だったよね?
シェナ:はい。4次だけはなぜか不発だったようです。
ケイン:考えすぎかな? いや、だけど……
ケインがモニタを食い入るように見つめている。シェナはその様子を見て、おそるおそる尋ねた。
シェナ:艦長、何を考えているのですか?
ケイン:シェナ、これを見てくれ。現在我々は敵の本拠地を中心に、ほぼ円形に配置されている。その半径は徐々に狭まり、後方の我々を除いてその円の半径はおよそ2ケルだ。
シェナ:それで?
ケイン:スターマインで使用された爆弾の効果半径もおおよそ2ケル……これは偶然か?
ケインが青い顔をしている。シェナもまさかとは思うが、念のため確認する。
シェナ:つまり艦長が言いたいのはこういうことですか? 敵は不発に終わったスターマイン爆弾を持っていて、我々をおびき出したうえで爆発させる気だと。いくらなんでも想像力が豊かすぎるのでは?
ケイン:僕は指揮官と言う仕事は、いくら考えても考えすぎることはないと思っている。だいたいバグという連中に関しては何も分かってないんだ。その生態も、目的も、どこから来たのすら不明だ。もしかすると、我々よりも知的レベルが高いかもしれない。用心に用心を重ねておくにこしたことはないだろう。
シェナ:では爆弾が爆発すると仮定し、シールドを展開してはどうでしょうか? ここはさらに3ケルは離れていますが、爆風だけならシールドを展開すれば十分防げるでしょう。後退は軍規違反になりますから。
ケイン:そうだね。同時に可能性を後方で控える僚艦にも伝えよう。オペレーター、回線をつないでくれ。
オペレーター1:了解。
そう決断したケインが回線をつなぎ、説明をしていた所、会話が突然雑音で切断された。
ケイン:どうした?
オペレーター1:艦長、前を!
オペレーターの悲鳴に近い声と共に、一面が光に包まれた。呆気にとられる彼らの目の前で、バグの本拠地が光の中に消えていく。
続いて聞こえたのは、シェナの呆然とした声。
シェナ:スターマインの光……嘘でしょ⁉
ケイン:総員ショック態勢!!」
ケインの叫びと同時に、艦に凄まじい衝撃が襲ってきた。
オペレーター1:うわあああああ!
オペレーター2:きゃああああ!
椅子に座っていたオペレーター達までもが、地面に放り出される。そして衝撃が去ると、のろのろと全員が立ちあがって来た。
シェナ:まさか、本当に……シールドがなければこの程度じゃすまなかった。
シェナが呟く。目の前には巨大なキノコ雲。最悪なケインの予感は当たっていたのだ。信じられない結果に全員が立ちすくんだが、この可能性まで考慮していたケインの対応は早かった。
ケイン:周囲の状況と、友軍の状況を確認しろ!
ケインの声に我に返ったオペレーター達が、周囲の状況を調べ始める。
オペレーター1:この艦を含む、シールドの展開が間に合った南部後方支援部隊50隻はほぼ無事です! 一部損傷はありますが、航行に問題のある艦はなさそうです。
オペレーター2:現在確認中ですが、判明しただけでシグナルロスト率88%。中央に攻め込んでいた友軍は絶望的です!
オペレーター3:各方面の後方支援艦と連絡が取れません。残ったのはほとんど我々だけです! シールドの展開が間に合わなかったその他後方支援部隊は、航行も不可能なほど損傷している模様。
ケイン:なんてことだ……
ケインが椅子にどさりと座り、頭を抱えた。地上部隊は空挺師団に先駆けて攻め込んでいたため、全滅は免れない。これではバグの本拠地を潰しても、作戦成功とはとてもいえなかった。だが一方でケインの頭はどこか冷静で、その脳裏には最悪の想像が浮かぶ。もしバグがここまで想定していたのなら、間抜けな相討ちなどしないだろう。
ということは……。
ケイン:総員、第一種戦闘態勢を取りながら艦を180度転身! 全速力でこの場を離脱する‼
ケインが叫んだ。シェナがその様子に驚く。
シェナ:ケイン、何を考えているの? 軍規違反よ、重罪だわ!
ケイン:命令を出す人たちはもういない! それよりも、ここにいたら僕達まで全滅だ!
シェナ:何を言って……
ケイン:下から来ます!
ケインの声とどちらが早かったか。艦のモニターに次々とバグの生体反応が現れ始めた。
オペレーター1:モニターに生体反応! その数10、30……凄まじい速度で増えています!
ケイン:僚艦に呼びかけながら脱出だ! 急げ!
そこから先は修羅場だった。バグはこの状況を想定して地下に本拠地を拡張しており、地面から大軍が出現した。もはや残存勢力でバグを相手にする余裕も無いケイン達は、持てる力を全て脱出に使った。しかし、バグの追撃は執拗で苛烈だった。
オペレーター1:本艦のメインエンジンが出力低下! 推進力が保てません!
オペレーター2:僚艦大破! 残り友軍勢力、13隻!
シェナ:きゃああ! ケ、ケイン!
ケイン:くそっ! 生きて帰るんだ!! なんだっていい、生きて――
だがその叫びも爆炎に飲み込まれ、そして――。
***
一斉反抗作戦から3年が経過した。
ケイン:ついに帰って来た……
シェナ:信じられないわ……私達、帰って来たのね、ケイン!
ケイン:ああ、帰って来たんだよ、シェナ。あそこの丘を越えれば、僕達の国だ!
ケインたちは生き延びていた。艦を失い、途中からはバグの襲撃をかいくぐりながら絶望的な状況を突破し、バグの生息地たちを知恵と力を結集し、途中尊い犠牲を出しながらもついに帰って来た。生存者、わずか53名。当初後方支援艦には一隻200名が乗っていたはずなので、その生存率わずか0.5%。それだけ過酷な状況でも、諦めなかった者だけが生き延びた。
だがケインが指揮していなかったら、誰一人生き残らなかったことも誰もがわかっている。ケインの命令を信じて従い、耐え抜いた人間のみがここまで生還を果たしたのだ。
シェナ:早く向うに行きましょう、ケイン!
ケイン:待ってくれよ、シェナ
シェナが笑顔でケインの手を引いて走り出す。だが彼らを待ち受けていたのは、
兵士:ここから先に入ることは許さん。
彼らに突きつけられる念動武器。やっとの思いで生還を果たした彼らは、故郷の国境線で拘束されてしまった。
***
それから彼らは様々な検査にかけられ、やっと解放されたのは何日も後だった。だがケインとシェナは解放されることなく、軍上層部にそのまま呼び出された。
高官1:ご苦労だった、ケイン特務大尉、シェナ上級補佐官。いや、今はケイン中佐、シェナ大尉と呼ぶべきかな。帰還おめでとう、英雄諸君。
ケイン:……どういうことか、納得のいく説明をいただきたい。
大人しいケインには珍しく、明らかに軍の上層部の人間を睨みつけた。思わずシェナが怯えるほどの殺気を孕んだ目つきを投げかける。だがそれにも上官たちは平然と対応した。さも当然だ、わかっているぞと言わんばかりに態度だった。
高官1:我々も済まないと思っているのだよ。だがやむをえない処置なのだ。
そう告げる軍高官の口調には、全く悪びれるそぶりも感情もこもっていなかった。
シェナ:何があったのですか。この本部だって以前とは違うようですが……
高官2:軍の中に人間型のバグがいた。いや、正確にはそこら中にだが。
シェナ:⁉
比較的冷静に問いかけたシェナだったが、この言葉にはさすがに驚いた。だが、ケインは「やはりそうか」という顔をした程度だった。
高官2:ケイン中佐は驚かないな。予想していたか。
ケイン:……ええ、ある程度は。敵の反撃が正確過ぎました。それにこちらが使う兵器も、全て対策を練られていた。まるで予め知っているかのように。今回の作戦で使用した、新兵器くらいですが、何とか通用したのは。相手の知性は自分達と同等、もしくはそれ以上とみなすのが妥当でしょう。私が敵の指揮官なら、当然戦う相手のことは知ろうとします。それに比べて、我々はバグのことを知らなさ過ぎた。
高官1:なるほど、予想以上に素晴らしい頭脳だ。ではこれから自分達がどうなるかわかるかね?
ケイン:……どうなるんです?
ケインがじろり、と睨む。だが高官達は一向に動じる気配も無く、淡々と説明を続けた。
高官3:時に、君達は恋人かね? 健康な青少年が3年も共に逃亡していれば、そういうことはなかったかね?
シェナ:は? おっしゃる意味を理解しかねます。
突然降られた下世話な話に混乱したシェナが、思わず素で返事をする。
高官3:男女の仲か、と聞いている。
シェナ:ふざけないでください、この……!
ケイン:やめろ、シェナ。
激昂しかけるシェナをケインがなだめた。シェナを下手に喋らせたら、不敬罪に問われかねない。自身でもそれを分かっているのか、大人しく黙るシェナ。高官は話を続ける。
高官3:ケイン中佐は賢い人間のようだから包み隠さず言うがね。君達には奇跡の英雄としてプロパガンダの材料になってもらう。戦場で芽生える愛など、素敵だとは思わないかね?
ケイン:なぜそこまで。
高官2:これを見たまえ。
高官がモニターを出すと、そこには崩壊した国内の街が映っていた。その光景に驚愕する2人。当然、そこには自分達の学園も入っている。
ケイン:これは……
シェナ:なんてこと……
高官2:君達が出発してからちょうど10日後、わが国には大量のバグが飛来した。戦力のほとんどを放出していた我々は、なすすべなく蹂躙されたよ。奴らは非常に容赦なく、国民も実に4割前後が死んだ。投降はできず、女、子ども、老人、赤子に至るまで生きている者は徹底的に蹂躙された。
ケイン:そんなに……
ケインは絶句した。さしもの高官達も、少し言葉に詰まっている。彼らなりに思うところがあるのだろう。
高官1:しかも大都市を中心に襲撃し、実に効率的な侵攻だった。奴らは各国に人型のバグを送り込み、戦力や都市の情報を事前に調べ上げていた。全くもって腹立たしい連中だが、知的レベルは我々と同程度以上ということだ。もはやこの大陸の7割近い大地が奴らの勢力下だ。そこかしこに巣がつくられ、我らは怯えて暮らすばかりだよ。この国だって――いや、もう国としての体を成していはいないが、万一の時に備えた備蓄と、隣国との有効な関係がなければ、我々とてこうしてはここに座ってはいない。
ケイン:ですが、それでもまだ反抗作戦を考えている、と。
高官1:その通りだ。白旗を掲げたい気持ちはあるが、敵は知性があっても我々とは相入れない生き物で、我々のことは食料程度にしか考えていないのだ。このまま全滅を座して待つわけにはいかない。そのために、まずは国民に希望を取り戻す必要がある。
ケイン:そのために、僕達に犠牲になれと?
ケインの言葉に、少し間をおいたり、ため息が漏れながらも高官の一人がきっぱりと返事をした。
高官3:有り体にいえばな。形式だけで良いのだ、夫婦として暮らしてほしい。この戦争に勝つまでは、あのバグにも対抗しうる人間がいたことを示してほしいのだ。
ケイン:断れば?
高官3:どうなるか聞きたいかね?
ケイン:……分かりました、受けましょう。
シェナ:ケイン?
シェナの制止も聞かず、ファンタはあっさりと話を受けた。断っても何一ついいことは無いとわかったからだ。
彼らは自分たちすらも恐ろしいのだ。自分たちを出し抜き、壊滅的なバグの追撃を3年も生き延びた当時の学生の能力が。夫婦など名目で、要はまとめて監視したいだけなのだ。
だが、泥を啜ってでも生きてさえいれば、出来ることもある。ケインがこの3年で学んだことだ。
ケイン:ですが、いくつか条件が。
高官1:何だね?
ケイン:我々の階級をさらに2階級ほど上げていただきたい。そして反抗作戦があるなら、私も当然作戦立案から加えさせていただく。直下の部隊を編成する権限も与えていただきたい。
高官1:よかろう、手配しよう。
ケイン:あと、私の知人の行方を調べていただきたい。
高官たちと一歩も引かず交渉するケインの言葉には、有無を言わせぬ力強さがあった。3年前の気弱な青年は、この日、完全に死んだ。
***
一カ月の後、ケインとシェナは護衛という名の監視と共に、病院を訪れていた。彼らが訪れたのは、はつかの入院先。はつかもリョウもからくも難を逃れたはいいが、はつかは体調を崩し、ずっと入院しているらしい。
病院周辺はバグも少なく、比較的安全とのことだが、人間が増えすぎるとバグの餌場として標的にされるため、区画ごとに人口の上限を決めているらしい。
そしてケインとシェナは、はつかの病室を訪ねた。はつかは病人服でベッドの上に座っていて、その傍にリョウが静かに座っていたが、2人が入ってきたのに気づくと、くるりと振り返った。
リョウ:ケイン……それにシェナ?
リョウが信じられないと言った顔で、2人を見る。
ケイン:リョウ、よく無事で!
シェナ:リョウ君……!
懐かしさのあまり2人が駆け寄ろうとした瞬間、突然リョウがケインを殴り飛ばした。
ケイン:ぐあっ!?
シェナ:リョ、リョウ君?
リョウ:よくものこのこと俺達の前に顔を出せたな、ケイン、シェナ!
この3年で頭一つ身長の伸びたリョウが、仇でも見るかのような憎しみに満ちた目で、2人を睨み据えた。
ケイン:いきなり何を……
リョウ:これはなんだ!?
リョウが2人に突きつけたのは、政府の広報誌。そこには『救国の英雄、ケインとシェナが婚約! 戦場で育まれた愛‼』と書かれている。そこには2人のインタビューも書かれていたが、もちろんそんなものに答えた記憶は2人にはない。政府のでっち上げに過ぎないが、弁明するわけにもいかない。
2人が黙っていることを肯定と受け取ったのか、さらにリョウは顔を怒りで真っ赤にした。
リョウ:俺もはつかも、ずっとアンタ達を待っていた……! 例え全滅したって、アンタ達はきっと帰って来るって。そう約束したからって! なのに……なのに、なのに!! アンタ達は、一体何やってんだ!? 俺達の事はほったらかして、2人でイチャイチャラブラブってか、ああ⁉
ケイン:違う、誤解だ。僕達は――
そこまで言いかけて、ケインははっとした。今は監視がついているのだ。シェナもそのことを察したのか、一言も発することができない。だがリョウにはそんな事情は分からない。
リョウ:俺はいい。ケイン、あんたは恰好いいし、俺なんかじゃシェナさんには似つかわしくないって諦められる。でもなぁ、はつかは……
ケイン:そうだ、はつかは」
これだけ自分達が騒いでいるのに、はつかが何も言わない。不審に思ったケインが身を起こすと、リョウがきっと、強い眼差しで睨む。
リョウ:はつかを見ろ!
はつか:なぁに~、リョウちゃん?
ケイン:?
はつかの様子がおかしい。甘えるような言葉遣いだ。ケインの記憶には、こんなはつかはいない。慌てて駆け寄り、はつかに話しかける。
ケイン:はつか、僕だよ。ケインだよ。
はつか:?? お兄さん、誰~?
ケイン:え。
リョウ:どけ。
リョウがケインを押しのけた。そしてはつかを庇うようにケインとの間に割って入る。
リョウ:はつかは心を病んだ、精神退行って奴だ。中身が5歳くらいに戻っちまってる。
ケイン:なんだって⁉
リョウ:目の前で次々と同級生達が殺されていくときにな……優しいこいつは現実に耐えれなかった。最初は赤ちゃんにまで戻っちまって、それこそ大変だった。俺は泣き叫ぶはつかを抱えて、バグと、暴徒と化した連中の中を逃げ回ったよ。そんなはつかが大変な時に、あんたはシェナさんとヨロシクやってたってわけだ。とんだ男だ。こんな男を尊敬してた自分の馬鹿さ加減に、反吐がでるよ。
ケイン:……
リョウが唾をケインの顔に吐きかけたが、ケインは何も言い返さなかった。
ケイン:リョウ、僕達に出来ることは。
リョウ:何もねぇよ、はつかは俺が守る。もう二度と俺達の前に現れるな。
ケイン:そうか……だけど。
リョウ:?
ケイン:君達の事が心配だから、また来る。
リョウ:……次に来たら殺す。覚えとけ。
そういって背を向けたリョウはもう何も話さなかった。シェナが何か声をかけようとするが、ケインがそれを制し、首を横に振って部屋を後にした。
だが部屋を出るなり、ケインがぽつりと呟いた。
ケイン:僕達は……何をやっているんだろうか。
シェナ:ケイン……今は、バグを倒す作戦を立てましょう。平和になれば、きっとわかってもらえる日が来るわ。
ケイン:そう、なのかな。
シェナ:きっとそうよ。そうしてみせる。
シェナがそっとケインの手を握る。彼らの中には友情とも、愛情ともつかない感情が確かにあり、今はただ安らぐために互いの体温を感じていたかった。
そして彼らが去った病室では、入れ違いに面会の男が入ってきた。くたびれたスーツに、花束を持っていて一応見舞いの体をなしてはいる。
スーツの男:今のが救国の英雄って奴か。
リョウ:ああ、そうだ。
スーツの男:今連絡があって、決起は二週間後だ。アイツらが妨害するようなら、始末することになるが、いいのか?
リョウ:…………構わない。
苦しそうに見えるリョウを、くたびれたスーツの男は口先では心配しているようだ。もちろん心からの言葉ではないことを、リョウは知っている。
スーツの男:友人と想い人だろ?
リョウ:もう違う。
スーツの男:そうか、ならいい。頼りにしてるぜ、お前の魔法。
リョウ:契約は果たす。バグも、それに負けた政府軍も俺が叩き潰してやる。だからはつかの治療費を忘れるな。
スーツの男:契約ダカラナ、当然だ。期待してるぜ。
男はリョウの肩に優しく手を置き、姿を消した。病室にはリョウとはつかだけが残された。
はつか:リョウ~お仕事?
リョウ:ああ、でも今日は一日一緒にいるよ。
はつか:やった~! じゃあ今日も一緒に寝てくれる? だって、お父さんもお母さんもどこにもいないんだもん。
リョウ:ああ、2人とも遠くにいっちまったからな。お前は俺が守るよ。
はつか:うん! 大好き、リョウ。
そしてはつかは無防備にリョウに抱きつく。そんなはつかをリョウは優しく抱きしめ、心は、やるせない怒りに燃えていた。
そして彼らの運命の糸は複雑に絡みゆく。その糸をどうやってほどくべきなのか、若い彼らにはまだ分かっていなかった。
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