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交差する深淵  作者: 宇美八潮
入社2年目
6/12

出会い

シュウは、宮森(みやもり)(しゅう)は私の1年後に入社してきました。

最初に会った時の印象は…、まあ正直なところ印象に残るところが無いというのが印象でしたね。

性格が暗いとか、そういった感じはないんですけど何だか影が薄くて、この人本当に22歳なのかしら?というくらいに地味な人でした。


シュウは入社式の少し前に転居してきていたので、鹿嶋事務所での顔合わせはもう済んでました。

それで入社式の当日はシュウを含む全員が係長の運転する社用車で筑波シティへ向かったんです。

筑波シティの本社では入社式と会社発足1周年パーティーが前の年と同じように開催されました。

デリバリーの食事や飲み物で歓談する感じですね。

パーティーはお昼ごろに始まって、14時くらいに一旦お開きとなっています。

その日は週末の金曜日だったので本社の人達はそのまま二次会に行ったりしたらしいです。

私達は帰りも係長の運転する車で鹿嶋市に戻りました。

係長は車の運転でお酒を飲めないから、私たちも遠慮してパーティーでのお酒は控えめにしていました。


鹿嶋に帰ってくると、私たちは予約していたお店の前で降ろしてもらい、中生で乾杯の「練習」をしながら車を置きに行った係長が戻ってくるのを待ちました。

そうして係長が現れると本番スタートです。

みんな歩いて帰れる範囲に住んでいましたから、翌日のことなんかは考えずにどんちゃん騒ぎましたとも。

実はこの時までシュウは私にも敬語で話してくれていました。

会社の先輩相手だから当然のことではあるんですけれど、彼に敬語を使われるとどうにも居心地悪く感じるんです。

何しろ学校の学年でも入社時期も1年違いでしたけれど、実際には同じ年の私が3月、彼が5月の生まれなので、その差は2か月しか無かったんです。

それで、酔った勢いもありましたが、これからはタメグチで話そうってことにしちゃいました。



こうして新しい年度に入り、私にはシュウの教育係という仕事が加わりました。

それともうひとつ、今度は本当に海中に設置される「海中実験施設」の関連作業です。

設置場所の確認作業が始まり時折潜水調査が行われるので、その監督員兼手伝いとして船に乗って海に出ます。

シュウもスキューバダイビングのライセンスを持っているので、最初のうちは二人で、シュウが潜水士免許を取得してからはどちらか一人が立ち合いました。

素敵な海とは言い難かったですけれど、仕事なのに海に入れるというのは素直に楽しかったですね。


それまでも休みの日とかに茨城県内や千葉県へスキューバダイビングをしに出かけていましたが、シュウが入社してからは何度か彼とも一緒に行くことがありました。

それとは別にシュウはサーフィンもやっていました。

海に浮かぶ2mくらいの長さの板、ボードの上に立って、打ち寄せる波に乗るスポーツです。

彼も軽自動車を持って来ていたので、平日でも朝海に寄ってから仕事に来ることがありました。

私はやりませんでしたが、一緒に行って見ていたこともあります。

ただ不思議だったのは、彼って海に出てもボードの上で波待ちをしているだけなんです。

良い波が来たみたいだと思って見ていても何事もなかったようにやり過ごすし、そろそろ乗るのかな?と思っても順番を譲って脇に避けちゃったりして。

かと思うと波に一回乗っただけで、そのまま上がって来ちゃうんです。

一体何が面白くてやってるんだろう?と思ってたら顔に出てたんでしょうね、シュウから聞かれちゃいました。


「何が面白いんだって思ったでしょう?」

「あ、えっと、うん。」

「遠慮は要らないよ。仲間にも良く言われてたから。」

「そうなんだ。」

「海に出ることが目的でやっているから。サーフィンは手段なんだ。」

「手段?」

「うん。稲村さんは何で海に入るの?」

「私?魚を観て綺麗だなって思ったり。あ、でも埼玉県民だからかな。」

「何?それ。」

「海なし県の復讐心って。」

「へえ、それも面白いね。」


その目的の内容を知ったのは、あの災害の起きた後の事でした。



筑波シティは第一期完成から1年が経ちました。

エネルギー供給施設や生産拠点などが最初に整備され操業を開始していましたが、引き続き居住エリアの整備が続けられています。

そして、筑波での経過を確認して、いよいよ首都でのシティ群建設が始まりました。

こちらはその後に色々とあり少し遅れましたが当初は3年後から順次供用を開始する予定だったと記憶しています。

それ以外の地域では2年後の筑波シティ全体完成を待ってから着手する予定でした。

しかしゼロメートル地帯といわれる海面上昇前でも既に海抜がマイナスだった土地を持つ自治体からは前倒し着手の要請が行われていました。


この時期に、制度としては土地収用に関わる法律等が可決・成立して施行されました。

シティ建設に関わる土地の収用と、シティ内の土地はすべて公有地として個人や企業の財産権が及ばないとするものでした。

これは段階的に見直されて、ご承知のとおり現在ではシティ外の土地もすべてが公有地となっています。

同時に地価の凍結が行われています。

これはシティ建設が見込まれる場所の地価高騰と、それ以外の地価暴落を防ぐ目的がありました。

土地の買取価格は、保有する土地に本人や親族が居住している場合は正規額を適用しシティ居住権も優先的に保証しましたが、それ以外は用途や規模に応じて減額されました。

シティ建設地以外の土地を積極的に買い取ることは行われませんでしたが、海に沈む場所はもちろん、それ以外の場所もシティから出ない生活が避けられなくなれば、保有し続ける意味は失われてしまいます。

この実質的に土地の権利放棄を促す措置に対しては各界からの反発が大きかったのですが、やがて売却を選ぶ人が増えてくる(注1)のは仕方のないことでした。



海中試験棟の建設も順調に進んでいます。

そうして海中実験施設の設置も近づいてきました。

これ、今話していても名前が似ていて紛らわしいですが、当時もみんな同じことを考えていました。

ですから、陸上に作る「海中試験棟」の方は姿を現してきた外壁の見た目から「お城」、海中に設置される「海中実験施設」の方は海の中のお城ということで「竜宮」と呼んでいました。

私もその方が言い慣れているので、これからはそう言いますね。

その方がわかりやすいでしょう?


さて、その海中実験施設「竜宮」は神奈川の造船所で建造されました。

建造中の確認などは主に秋山さんが担当していて、受入検査では10日ほど現地に詰めていました。

私も何度か同行させてもらったことがあります。

見た目は大きな四角い箱でした。

これを船の様に海に浮かべて、タグボートで曳いて運んでくるんです。

到着予定日が近付いてくると、海底に固定するための基礎部分を設置する工事や、目標となるブイの設置など海での仕事が増えました。

そうして予定どおりに竜宮が海上を運ばれてきたのを見たときは感動しましたね。

竜宮はお城のすぐ脇に設置され、固定作業が終わるとお城とつながる通路や配線の設置など残工事が始まりました。


その年の終わり頃には残工事も完了して竜宮での試験が始まっています。

筑波シティの本社や関連会社から専門のスタッフが多く訪れるようになりました。

竜宮の中に閉じこもって1週間とかを過ごすような試験も行われましたっけ。

私も一度参加したことがありますけれど、生活に不便はなかったものの、表の景色を見ることができない生活というのは結構ストレスになると感じたものです。



注1)保有する土地が多いほど評価額を引き下げる計算方法がとられた。広大な土地を保有する主に大企業などでは二束三文に近い買取価格となったが、既に土地自体が不良債権と化しつつあり、僅かでも回収できれば良いと諦める雰囲気になっていった。

K:シュウさんが登場したね。

M:ドラマでは新人俳優が抜擢されて話題になりました。

K:何だか俳優オーラっていうのかな、そういうのが無い素人っぽい雰囲気に見えるのに、でも不自然さを感じさせないっていう不思議な役者さんだったよね。

M:ですが今月から始まったドラマでは全然違う役柄を演じてこれも好評だそうです。

K:うん。「深淵」のシュウさんのイメージが全く残ってなかった。凄い役者さんだったのかもしれない。

M:ところで、お酒っておいしいのでしょうか。

K:僕はまだわからないよ。

M:ヒロシやユカを見ていると楽しそうですよね。

K:僕やジェイも大人になったらあんな風になるのかな?

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