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交差する深淵  作者: 宇美八潮
入社1年目
4/12

海中試験棟

私が入社して少し経ってから海中試験棟の建設が始まりました。

海中と名乗ってはいながら臨海工業地帯の一画に建設する陸上の施設だったんですけれどね。

海面上昇が続けば海中になってしまうのだから、ということでこの名前にしたみたいです。

それから、まだ少し先の予定でしたけれど、こちらはちゃんと海中に設置する実験施設の計画もありました。

私が採用されたのは、その海中設置作業の立ち合いができるということが理由でした。

新人研修はなかったけれど、そういう工事関係の講習はちゃんと受けさせてもらい、潜水士免許も取得しています。

3年間の実務期間を積んでからは港湾潜水技士資格も取得する予定でした。


海中試験棟の建設は順調に進みました。

あくまで実験施設ですから最低限のコンパクトな設備でしたし、基本的には筑波シティ建設の技術が使えましたから。

ただ、周囲を囲む外壁は十分な高さを確保し、全てを防潮仕様にしたところが大きな違いです。

たとえ浸水が予想される地域であっても、この技術を使って海水が来る前に建設を行っておけば、水中作業をせずに海中都市を造れるという構想でした。

更に防潮壁の技術に関しては、規模が大きくて内陸移転が難しい臨海工業地帯の工場での対策に応用することが期待されていました。

そういう工場向けの準備をしていたのが開発第二課などの部門でした。

ですので海中試験棟の建設がある程度進むと筑波シティの本社から見学者がやって来るようになりました。

もっとも、工場だけ操業していてもそれを届ける手段が無くてはどうしようもありません。

開発第二課の仕事には、そうした輸送手段を整備することも含まれていました。

でも結局実現したのは川崎、横浜地区のごく一部のみで、輸送手段が整備されたのは首都シティ群と工場近傍のシティだけにとどまっています。

そうした工場は現在も大幅に規模を縮小しながら操業を続けていると思いますよ。(注1)



海面の上昇する量については色々な説がありましたし、当初はそのようなことは起きないとする意見すらありました。

ですけれど、この頃には既に平均海面の上昇は始まっており、少なくとも数m程度の上昇は避けられないということで認識が一致して、世界中で緊急の対策が取られていました。

難しいのは上昇量を正確に予測することが非常に困難だということです。

そうして上昇量の想定が1m違うだけでも建設の難易度やコストは格段に変わってしまいます。

できるだけ低くは抑えたいのですが、いざ海面が上昇してきたときに「高さが足りずに水没しました」では済まされませんから慎重に設定する必要があります。

結局は信頼しうる想定値の中での最悪のものを選ぶしかなく、結果として12mの上昇という値が採用されました。

そうして、そこに余裕を加えた14mというのが建設の基準となりました。

ですから、どのシティも当時の海抜で14mを超える場所にしか作られていません。

実は当時最も有力だった説は、上昇はするものの、スピードも規模も、もっと穏やかだというものでした。

ですが、どういうわけか現実の状況は採用した最悪のケースに近い動きをしているということですね。

その理由はまだ判明していないと聞いています。


さて、こうして基準は決まりましたが、海中試験棟の場合は潮汐の影響に加えて、高潮、それから波浪、更には津波の影響も考慮して21mもの高さを見込みました。

現地の標高は当時で海抜4m弱でしたから差し引き17m、5~6階建ての建物くらいの高さがありました。

浸水想定区域外に建設された通常のシティについても、非常時用の出入口は津波や洪水などの災害に備えて地盤よりも4m程度高いところに設けられ、通常の出入口とともに防水隔壁が設置されていますよね。

特に海が近くに迫ると見込まれたシティの場合、海に向いた側には通常の出入口も設置せずに、ある程度の防潮機能を持たせてあるはずです。



そういえば海面上昇への対応では、橋の撤去も話題になりました。

河川も下流では海面上昇の影響を受けるので橋桁が流れを阻害しないようにとか、気候変動が終息したときに想定される内陸部への舟運に支障しないように備えるなどが理由でした。

とはいっても、実際に水位がどれだけ上がるかわかりませんでしたし、流れを支障するのは早くても数十年先、舟運を再開できるまでには数百年が必要との予測でした。

そんなことよりはシティの建設に集中すべきと、結局保留になって現在も残ったままになっています。(注2)

むしろ、交通を遮断してシティ間の分断を図るのが本当の目的だ、などとする陰謀論なんかがありましたっけ。



注1)臨海地区の工場は各シティ間の往来が途絶えた後も首都シティ群向けに細々と操業を続け、アイ・システムにより自動化をはじめとした改善が重ねられた。やがて気候安定の兆しが見え、シティ間の物流が再開し始めると経済活動活発化の礎となる。


注2)橋の撤去は気候変動の時代が終息した後に、接続したフロートの浮力を利用して海上を移動させる、などの方法で実施された。関東地方では荒川航路、江戸川航路、利根川航路などが整備され、内陸部との輸送に利用されている。

K:海面上昇は最終的に7mくらいで落ち着いたけれど、一時期は10m近くまでになったんだっけ。

M:はい。場所によって隆起や沈降の影響もあるので一律というわけではありませんが。

K:この有力だった説っていうのは、本当は1m程度の上昇で済んでたはずだ、っていうのだよね。

A:ええ。最新の再計算でも実は同様の結果が出ています。実際に起きた上昇量やその後の下降について合理的な説明をつけることができず、現在もその要因を探っています。

K:海面上昇の原因ということになっていた温暖化が予想と違っちゃったというのも不可解な理由なんだってね。

A:温暖化は一時期想定以上に急速に進んだものの、予想に反して途中から寒冷化に転じました。ヒューマンの産業活動低下や火山噴出物の影響が言われていますがこれも推測の域を出ません。

M:現在の平均気温は気候変動の時代前の水準に戻っています。

K:僕たちは暮らしやすいから良いんだけどね。海面上昇の原因には大規模な海底隆起っていう説もあったじゃない。それを題材にした小説も読んだことがあるよ。

A:有力な仮説の一つですが、その様な急激な地殻変動は発生し得ないと否定的な見解が主流です。測量体制が十分でないこともあり、確認されたとの報告もありません。

K:う~ん、やっぱり不思議だよね。工場の改善はアイコさんも関わったの?

A:直接は首都に置かれた「i1(アイ・ワン)」の仕事でしたが、改善手法は各シティ内の工場などへも展開しました。

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