根こそぎの断ち
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
そろそろこの空き地も、5年くらいそのままかな。
昔は車が何台も停まっていたアスファルトの駐車場も、いまやあちらこちらで草が頭をのぞかせている。ほんのわずかなすき間があれば、抜け目なくそこへ生え、たとえすきがなかったとしても根っこを張って、アスファルトそのものを持ち上げる……。
ときに人間を大きく上回る力を発揮するのが、植物のすごいところであり、恐ろしいところかもしれないな。こうして、俺たちが安穏と暮らしている間に、それこそ見えないところで根を張っている恐れだってある。
俺が昔に体験した、おかしなことなんだけどな、聞いてみないか?
草むしりと聞くと、罰ゲームにとらえる人は多いんじゃなかろうか?
何かしらの軽いペナルティには雑用があてがわれるのが定番で、草むしりはその代表格だろうからな。
俺はこんな柄だが、雑用は何かと好きなんだ。
なんというか、これをこなすまでの間は、これにしか集中しなくて済む……という心境になれるのが好きなんだわ。
誰かに言われたことを、言われるがままにやる……ややもすれば、意志薄弱に思えなくもないが、このころの俺はちょっと考えること、抱えることが多すぎたからな。
こうして罰を与えられて、それのみに集中する。いわば精神統一の時間として気に入っていたんだ。
ただ漫然とした作業じゃない。
ひと抜き、ひと抜きするたびに、どこをつかむべきとか、どう力を入れるべきかとか、研究する余地はある。
誰に褒めてもらうでもない。ひたすらうまくことを成していく、自己満足だ。
その日の草むしりは、学校にある畑の片隅。学年の関係もあって、いまは使われていない、草がぼうぼうに生えた一角だったんだ。ここはタンポポが多かった。
タンポポの根って、掘り返したことあるか? 何十センチもあって、思いのほか太さがあってさ、手ですっかり抜けきるというのは少し手間がかかるんだ。
俺は、それをやった。なるべく、広がる葉の下へ手を滑り込ませ、何度かに力を分けて、根を引きずり出そうとした。うまく行かないときは、小さいスコップも使って根こそぎにしていったんだ。
罰の時間は放課後、一時間だった。
あらかたのタンポポを終え、残りわずかなものに取り掛かったが、そのうちのひとつがえらく頑固だったんだ。
まず手で引っ張ってみたが、こそりとも根っこが引き抜かれていく気配がない。シャベルでもって掘り返すも、優に一メートル近く下を見ても、まだ根の底が見えなかったんだ。
「こいつは大物になりそうだ」と、いったんは後回し。他のタンポポをかたしたところで、罰の時間は終わり、俺は放免となったんだ。
だが、時間内にことをすべて片づけられなかった俺にとっては、汚点でしかない。
次の日、俺は誰に頼まれるともなく、放課後に件の畑へ向かっていた。
例のタンポポに引導を渡すためだ。
とはいえ、火を扱うことは厳禁だし、シャベルの刃先で途中から斬ってしまう、というのも論外だ。
あくまで根こそぎ。それが俺が今までやってきたことだったのだから。
一度、土を埋めてしまったから、また掘り返すのに時間がかかった。目算ではあるが、前回と同じくらい掘れてより、俺はあたりの土を丁寧にかきながら、根を引っ張っていく。
普通、根といったら葉や茎から遠ざかるほど、細まるものだと俺は思っていた。
それがこのタンポポは、掘れば掘るほど、その太さはかえって増していくように、俺には思えたんだ。
すでにその太さは、並みの大根ほどはあるんじゃないかと思えるほどで、俺は少しずつ不審を覚える。
――こいつ、もしかしてタンポポじゃない何かなんじゃないか?
そう思うや、これまでの慎重な作業は一変。俺は力任せに引っ張りにかかった。
もし厄介なものなら、片時も残しておくのは危ない。早いうちにすべてを引っこ抜かないとと、独りよがりな判断なもと、早急に事態を解決しようとしたんだ。
その手ごたえは、勢いをつけながら根を引っ張って、およそ10回目に訪れた。
校庭で遊んでいると思しき子供たちが、急に「わあ」と大声で叫ぶ声がしたんだ。
「うるせえな」と振り返る俺は、にわかに信じられない光景を見た。
やや離れたところにある校舎。その足元から二階のいち教室の窓へ向かって、袈裟懸けをしたかのように、斜めへ走るひびがあったんだ。
日ごろから、ちゃんと校舎を観察していたわけじゃない。元からあった可能性もあるだろうが、果たしてあそこまで目立つものがあっただろうか?
一抹の不安をぬぐえない俺は、もう一度だけ、今度はそうっと根っこを引っ張ってみる。
確かに見た。
あのひび割れが、根が引っ張られるとともに、二階から三階の窓まで伸びるのを。その裂け目から、壁面のかけらがボロボロと落ちていくのを。
また校庭から「わっ」と声があがり、俺はすぐさまこのタンポポらしきものの掘り返した土を埋め直す。
正直、びくびくしながら職員室へ残っていた先生にことの顛末を話したんだが、黙って首を振られて、忘れなさいといわれたよ。
そうして帰るとき、校庭側にまで走るひびを見たんだが、不思議と校舎内にこの裂け目は生まれなかったんだ。
どうやらあの根は、あまねく校舎の壁に張っているらしい。