お客様5人目
「よっし! 今日も綺麗。」
スナック"TONYA"開店前。
いつも通り開店準備を終え、後はお客様が来るのを待つだけに。
「今日は誰が来るかな~? "エロジジイ"さんは来るとして…"アオ"さんと……」
「こんちわー、◯✕酒屋でーす!」
「あっ、はーい!」
今夜の事を考えていると勝手口から声がし、◯✕酒屋さんが顔を見せる。
◯✕酒屋。
TONYAのお酒の9割方を買わしていただいている酒屋さん。
大体週一で来てくれ、配達もしてくれるのでとても助かる。
「え~と、瓶ビールが3ケースと角瓶が1ケース、碧が5本と………合計でーーーーー円です。」
「はい、ーーーーー円。ありがとうございました。」
「こちらこそいつもお買い上げありがとうございます。中まで運ぼうか?」
「あーいえ、下ろしておいていただければ大丈夫です。」
「頼もしいねー。ママもいい男を捕まえたもんだ。うちの倅も見習ってほしい限りだよ。」
「いえいえ、若さと体力しか取り柄の無い自分はこれぐらいしかできないので…」
「そんなこと無いと思うけど謙虚だな~。」
「あっはっはっー」
「じゃあ謙虚で働き者さんにおまけをあげよう。」
「おまけですか?」
「うん、ちょっと…待ってね…」
そう言い、配達用のバンの荷台から下ろしてきたのは少し土の付いた段ボール。
「?」
「はい、これあげる。」
と、段ボールを手渡しされる。
"ズンッ"
『重っ…』
「何ですか、これ?」
「ん……ジャガイモ…… はい、もう1箱。」
"ズンッ"
さらに1箱を上に積まれる。
「ジャガイモ? ってちょっ、もう積まな…」
"ズンッ"
さらにもう1箱積まれる。
箱3つ。
さすがに重い。
立っているのが大変なぐらいに。
『身動きができん…』
「いやー親戚が送ってきたのはいいんだけど多すぎて処理に困っててね~ あっ…処理って言っちゃった… …食べるのに困っててね~ お店で食べて!」
「いやいや、処理って… ちょっと、なんでもう2箱も持ってるんですか? もう要らないです! て言うかこの3箱もここまで要らないです! あっ、ニコニコしながらお酒と一緒に置かないで下さい! あっ、待って待って! ああ~…」
『帰られた…』
◯✕酒屋さんは自分が動けないでいることをいい事に置いていくだけ置いていき颯爽と帰ってしまう。
『あーあ… どうしようか? このジャガイモ達。………それよりも……どうやって動こう…?』
足元にはお酒のケースとジャガイモの箱がそれぞれ数箱づつ。
手にはジャガイモの箱3つ。
勝手口は箱3つ持って入れるほど広くはない。
下ろそうにも場所と体勢が悪くてジャガイモをバラ撒くかお酒に傷が付きそう。
『詰んでる… …積んでるだけに、ははっ…』
笑えない冗談を心の中で呟き一人虚しく絶望する。
………
………………
………………………
「ママー!!!!」
「全くあの酒屋はまーた余計な事して! どうしろってんだい、この量!」
"グッツ グッツ グッツ ゴロ…"
ブツブツと文句を言いながらジャガイモを茹でるママ。
"ジャ~ ゴッシュ、ゴッシュ ゴッ ジャ~…"
「ごめんなさい。自分がもっと上手く対応できていれば…」
ジャガイモも洗いながら顔をうつむく自分。
「何言ってんだい。全然あんたは悪くないよ。あの酒屋が全部悪い。だから気にしないでおくれ。」
「…うん。」
「ダッハッハッ! やられたな、ガキ! こんなにもらって腐らすんじゃねえぞ。ババアみたいにな! ギャッハッハッ!」
あの後自分はママを呼び、何とか無事にお酒とジャガイモを店内に運ぶことができた。
ついでに丁度いいところに来た"エロジジイ"さんにも手伝ってもらって今に至る。
「で、今は何を作ってるだ? お客である俺をほったらかしてよ。」
「あんたは酒さえ出しておけばいいだろ! 今、私とこの子は忙しいんだよ。黙って酒呑んでな!」
「あ~…? しょうがねえな~ で、ガキ。何作ってるだ?」
「ポテトサラダです。お通しにします。」
「あ~ポテサラね…」
ポテトサラダ。
比較的簡単でそれなりにジャガイモを消費してくれる料理。
短期間なら冷蔵庫で保存ができ、冷凍も可能。
何より冷めても美味しい。
いつお客さんが来ても美味しい状態で出せるのはとても強い。
「よし、出来たよ。あんた、味見してみな。」
「はーい」
ママから差し出されたポテトサラダを一口。
"パクッ"
「あっ…美味しい!」
「フフッそうかい。それはよかった。」
ママのポテトサラダは本当に美味しかった。
ジャガイモとハムしか具は無いのに今まで食べたことないほど美味しかった。
味にコクがあるというか、深み?奥?があるというか…
「ママ、本当に美味しいです! 何か隠し味が入っていますか? 甘いようなしょっぱいような…?」
「はいはい、ありがとね。あんた、いい舌してるね。将来有望だ。」
「うへへへ…」
ママに誉められて少し照れくさく嬉しい。
この時には自分のミス?のことも既に忘れていた。
そして
「………できたなら俺にもくれよ…」
"エロジジイ"さんの事も忘れていた。
「えっ、今日お通しポテサラなの? やったー! 私ママのポテサラ大好き! ねっ、キミも一緒に食べよ? 隣おいで!」
「あーいや、仕事がありますので。」
「ええ~、もう! じゃいいよ! 寂しく呑むから。碧ダブルストレート!」
「はーい。」
相変わらずの"アオ"さん。
「「「ママー、来たよー。 えっ、お通しポテサラなの? しかも取り放題?」」」
「コーラ!」
「カルピス!」
「りんごジュース!」
「「「あと、ポテサラ!!!」」」
「あー、はいよ。」
こちらも相変わらずの"カエル3兄弟"さん達。
後はちょっと常連さん達が来て、この日は終了。
ポテトサラダは大ボウル4つ作り2つは無くなったがまだ2つある。
そしてなんならまだ4箱半弱ジャガイモが残っている。
…芽が出る前にどうにかしたい。
◯✕酒屋さんもどれだけの期間置いてあったのか分からないのでできれば1ヶ月以内ぐらいには…
しばらくはジャガイモ料理が続きそう…
2週間ママはひたすら密かにジャガイモを使い続けてくれた。
皆が飽きないように様々なジャガイモ料理を作ったり、お通しや料理のなかに忍び込ませたりして消費していった。
皆も沢山食べて協力してくれた。
常連さんの"百"さんが数人前を"ペロリ"した時は驚いたけど…
そしてようやく残り1箱ということろまできた。
「ママ、本当にごめんなさい。料理するのって大変なのにここしばらくずっとさせてしまうことになっちゃって…」
「うーん…? いいんだよ。別に料理は…嫌いじゃないからね。それにあんたを含めて皆「美味しい」って言って食べてくれただろ? それだけで今回の事は良い出来事になったよ。ありがとね。」
「ママ…」
何か少し泣きそうになる。
自分のミス?をそう言って良い事に変えてしまうママの優しさに触れてか目頭が熱くなる。
「ママ…」
「こんちわー、◯✕酒屋でーす。」
「あ"!?」
さっきまで女神のような優しい顔をしたママが一瞬で阿修羅のような厳しい形相に変わり、風のごとく勝手口へ飛び出していく。
そして……
「ギャーッ! ごめんなさい、ごめんなさい! うちも困ってたんです! ごめんなさい! いたっ痛い!」
◯✕酒屋さんの悲痛な声が響く。
勝手口へ行くと地面に仰向けに倒れた◯✕酒屋さんに馬乗りになり、◯✕酒屋さんの額に空き瓶の底をグリグリと押し付けるママの姿が。
『うわっおっ』
普段から気の強いママではあるがここまでとは…
………
『…今はこのままやらせておこう。今のママはちょっと怖い…』
「ごめんなさーい! ギャーッ! い・た・いー! 」
◯✕酒屋さんの苦痛の叫びが響き渡る。
『頑張れ! ◯✕酒屋さん。』
後日
◯✕酒屋さんは1ヶ月ほどTONYAの超常連さんになる。
今までは2~3ヶ月に1度来るかどうか程度だったがあの一件の時にママに「残り1箱をお前専用にするから無くなるまで通い続けな! それが嫌なら…」と言われ、泣く泣く毎日通うことに。
額には空き瓶の底で付けられた痕がしっかりと残っている。
その大きさは丁度ジャガイモぐらい。
TONYAではジャガイモばかり食べているし、ジャガイモみたいな痕もあるし、ジャガイモ事件の元凶なのであだ名は自然と"ジャガイモ"さんに…
お客様5人目:"ジャガイモ"さん(◯✕酒屋さん)