お客様1人目
スナック"TONYA"で働き始めて数日が経った。
16時~19時の3時間。
店内の掃除と開店準備。
掃除はお店が大きくない(広くない)ためやることはそこまで多くはない。
暇をみつけてガラス照明のススやカーペットのシミをとることができるぐらい。
開店準備もテーブルの上に掃除した灰皿を置き、お酒を用意し、お通しを準備、おつまみや軽食の下ごしらえをするぐらい。
そもそも平均1日10人程しか来ないのでそんなに用意しない。
1日3時間働いているうち、ママ(お姉さん?)としゃべっている方が多くなる日もあるぐらいだった。
お店の開店時間は特に無く"ママが起きていて、お客が来たら"だった。
ちなみに閉店時間は"ママが疲れたら"もしくは"お客がいなくなりそれなりの時間になったら"らしい。
あと基本的に年中無休で休みの日は"ママの体調、気分によって"とのこと。
なのでママから勤務については「来れる時に来な。」と言われている。
そんな感じで働かしてもらって数日経ったある日。
18時前…
仕事が一段落つき、ママといつものようにしゃべっていると…
「よっ、ヤってるか~?」
と、1人の中年男性がお店にくる。
白髪混じりの短髪で服装はジャージ。
咥えタバコに喜平のネックレスとブレスレット。
肩幅があり体格がよく、強面の顔の右眉には3cmほどの傷がある。
パッと見、"The 人相の悪いおじさん"
「…今日も来たのかい。」
「いらっしゃいませ~ お好きなお席にどうぞ。」
「おう!」
この人はこの店の常連さんの1人。
悪いおじさんこと……まだ呼び名は決まっていないおじさん。
とにかく見た目がいかつい。
あと…
「おう、ガキ! 元気か? ガキのガキも元気か? …垂れ乳ババア(ママ)のお相手じゃあ元気にならないか!? ババアじゃ、尻もたるんでるからな! ガハハハ!!」
息をするように下ネタを言う変態おじさんでもある……
「まったく…相変わらずそんなことしか言えないのかい? あんたは。」
"カッパシュッ コポポポ…"
手慣れた手付きで瓶ビールの栓を開けグラスに注ぎ、カウンターに座るおじさんの前にビールを置くママ。
"ゴギュッ…ゴギュッ…コッ!"
「プハー! 挨拶だよ挨拶。コミュニケ~ション。エロは全世界共通の話題なんだ。エロいこと言っときゃ大概通じるんだよ。なっ、ガキ!」
「…あ、そうなんですねー 勉強になりますー」
急に話を振ってくるし、言ってることよく分からないし…
返答に困る。
「ほらな! ガキもああ言う。棒、穴、突起はスゲーんだ。あ、お代わり。」
"コポポポ…"
「まったく… こんな変態オヤジの言うことなんて無視していればいいからね。お前さんには悪影響過ぎる。あんたもうちの子に変なこと教えたらタダじゃおかないからね。」
「あ~? …じゃあ胸のカップの図り方教えてやるよ。これは必要な知識だ。ガキこっちこい。…いいかカップってのはな、胸の下と上の差なんだ。だからデブは一見でかく見えて……」
「やめな!!」
ママが一喝した。
毎度こんな感じのやり取りをする。
このおじさんと会うたびに変な知識が増えていく。
『世の中、知らないことだらけだなー』とつくづく思い、自分の無知さを改めて知らされることになるのだが、教えてもらうことの大半は知らなくてもいいことばかりなような気もする。
また別の日…
「おーす!! 今日も元気ビンビンか~!?」
「いらっしゃいませー」
「……今日も来たのかい…」
腰をカクカク振りながら入店してくる変態おじさん。
「おおとも、今日も来てやったぜ。ババアでも見て萎えてからじゃなきゃ元気すぎて眠れないからな! ビンビンだよ!!」
今日も変態全開のおじさん。
もうあだ名は"変態おじさん"か"エロジジイ"にしようと思った。
「おお、ガキ! 今日も遅くまで頑張ってんな! そんなに稼いでどうするんだ? 風俗でも行くのか? 良い店教えてやんぞ!? ……それともババアの股穴狙いか?」
「あっはっはっー…」
あだ名が"エロジジイ"に決定した。
それはいいとして…
バイトを始めて少したった頃からお客が増え、ママ1人で店を回すのが大変になりはじめた。
なのでバイト終わりの時間を少しずつ延ばしていった。
はじめは30分位だったのだがそのうち1時間、1時間半、2時間…と段々と延びていき、働きはじめて1ヶ月ちょっとたった頃には閉店近くまで働くようになった。
働く時間が延び少し大変に感じたこともあったが、働いた分だけ給料はしっかりと(多少色がついて)でるし、何よりも仕事が楽しくて好きだった。
ママはとても良い人で、そんなママのお店に来るお客さんたちは変な人達ばかりだか決して悪い人達では無かった。
"エロジジイ"さんも含めて…
と、そんなこんなでバイト時間が延びたのであった。
「ババア、今日は呑むぞ。"白州"ロックで!」
「…珍しいね。いつもはビールか"角"しか頼まないのに。何かいいことでもあったのかい?」
「ああ、競馬で勝ってよ。1000円が17万に化けやがった。」
「へー、そいつは良かったね。じゃあうちの店で全部落としてってもらおうかね。」
"コッ カランッ トットットック…"
「ほら、"白州"ロックだよ。どうせ金があるならボトルでおろしせばいいのに。」
「やなこった。ボトルなんて買ったらまた来なくちゃいけなくなる。ガッハッハッ! おかわり!」
一瞬でグラスを飲み干す。
"トットットック…"
"…ゴキュッ…コッ!"
「おかわり! ダブルで!!」
注いだ瞬間にグラスが空になる。
そして次は倍の量を要求してくる。
「おかわり! ダブル!」
"白州"はアルコール度数40度を越えている代物。
それの2杯+1杯(2杯分)をほんの数分で飲み、その上まだ飲みなんてしたら…
「…あんた…死んでも知らないよ?」
「あ~? 酒なんかで死ぬかよ! 俺が死ぬ時はボン・キュッ・ボンのねーちゃんの股の中でイキながら逝くんだよ! ガッハッハッハッ!」
「あー…そうかい、そうかい、勝手にしな。まったく…」
"コッ、ゴッ"
そう言い、お酒が注がれたグラスと一緒に水の入ったピッチャーをエロジジイさんのカウンター席に置く。
「あっ? ああ。」
"コッポ、コッポ…"
コップに水を注ぎ、
"ゴック、ゴック、ゴック…"と1飲み…2飲み…3飲み…
「プハッ。…おい、ガキ。なんか適当につまめるもの頼むわ。貝以外で。」
「はいー!」
適当なおつまみを準備しつつ、ママとエロジジイさんの無言のやり取りを見て単純に『すごいな。』と思った。
多分エロジジイさんの心配をし、何も言わず水を用意するママ。
多分それを察し、何も言わずに水を飲むエロジジイさん。
『なんやかんや言いながら2人とも仲?がいいんだなー』
「おう、ガキ! ちょっとこっちこいや。良ーこと教えてやるぞ!」
しばらくしてエロジジイさんに呼ばれるがいつもより、ご機嫌に感じる。
「なんですかー?」『酔い始めたな…』
「いいか、ガキ! 男ってのはな、少し悪いのがカッコいいんだ。だから悪さをしてこそ男が光るってもんなんだ。」
「悪さ…ですか…」
「そうだ。例えばな…酒にタバコ、女、賭けはやった方がいい。やればやるだけ男が上がる! ただし薬と殺しはやるな!」
「…薬と殺人がいけないのはわかりましたが、他のものだってやりすぎるとあんまりよくないんじゃないですか? ほら、依存症とか借金・破産とかよく言うじゃないですか。」
確かに悪い人や不良が格好よく見えるときはある。
自分の通う中学校でも不良が一定数の人気があり、悪いのが良いと感じるのも一部事実ではある。
ある。
ある…けど…やればやるほどは…
「分かってねーなー。ダメになった男はそれだけ得り失いを経験し、哀愁漂うミステリアスな男性になれるんだ。ただ、行き過ぎないギリギリまでの男はそれはそれで自分の事をよく理解できてて、知識あるダンディーな男になれるんだがな! ガハハハ!」
「あー…分かるような、分からないような…」
「まーだまだガキだな! 分からんようじゃあ俺のように成熟した魅力ある男性にはなれないぞ! ガッハッハッハッハッ!」
『このオッサン何言ってんだ?』
と思いもしたが、なんだか楽しそうだし、自分も別に嫌じゃなかったのでそのまま話を聞いていた。
「よし、じゃあいい子ちゃんのガキに特別に悪いことを教えてやろう。よく見とけよ。まずは…」
隣のカウンター席の前で別のお客さんの相手をしていたママの方に腕を伸ばし……
ママの胸を鷲掴みする。
「!!?」
驚く自分。
驚く自分を余所目にエロジジイさんは指を動かしママの胸を揉みだす。
「あんた、何やってんだい。」
ママの声がいつよりワントーン下がってい、静かに怒っているのを感じる。
「えっ、ちょっ…」
「う~ん…たるんでしぼんで小さくなっているはものの、しっかりと柔らかさはある。…良い。 いいか、ガキ。スケベするときは紳士にだ。決して興奮を表に出しちゃいけねえ。"ハァハァ"しながらやるのはただの変態童貞だ。さりげなく大胆にかつ冷静にだ。これが出来れば"男"がより一層つ…」
"パァァッン!!!"
エロジジイさんの話が途切れ、それと同時にとてもいい音が店内に響く。
ママの苛烈な平手打ちがに炸裂する。
『まあ、当然こうなるよね…』
いくらママとエロジジイさんの仲でもそこまでやっちゃうと殴られても仕方がない。
「今のは"エロジジイ"さんが悪いよねー」
隣のカウンター席のお客さんにも言われてしまう。
「ふん!」
ママは鼻から大きく息を吐きエロジジイさんを一瞥したあと何事も無かったかのように他のお客さんの対応をし始めた。
「イチチ… 分かったか、ガキ? これが"男を上げる悪さ"だ。」
「ははは…」
殴られた頬をさすりながら言われても…
あの後数時間経ち、夜も更けようとしたころ…
「ババア、勘定だ!」
エロジジイさんが席を立つ。
「はいよ。」
「おう、おっ? あっ?」
ママから勘定書を渡されエロジジイさんの動きが止まる。
「お、おい、ババア…6万って、なんだこれ? さすがに高すぎるだろ。」
「あーそれねー。内訳は酒・つまみ1万のお触り5万だよ。」
「おいおい、少し胸を揉みしだいたぐらいで5万って… 5万ならせめて抱かせろよ。」
「私を抱きたきゃ100万用意しな! 払わないんなら弟に金玉一個取ってもらうよ!」
金玉と5万円を天秤にかけられるとか…なんか笑える。
格好いい男の結末がこうなるとあまり格好良く無い。
悪いことはするものじゃないと改めて知ることが出来た。
「ーーーッ! でもさすがに高すぎないか? …そうだガキ、悪の勉強代にババアにまけてくれるようお願いしろ。」
本当にこのオッサンは…
今後下手に勉強代で貸しだの言われても困るし…
『まったく…』「ママ、お願い。まけて?」
お願いだけはしてあげる。
「~~ん。しょうがないね。ウチの子に免じて酒代と合わせて5万にしてやるよ。」
1万円も安くなった。
「う~ん、まだ高くね?」
「なんだい。嫌ならいいんだよ? せっかくウチのかわいい子のお願いだから仕方がなくまけてやったのに。」
「あ、いや払うよ。払う、払う。クッソー! ソープなら2時間・生・中できる金額じゃねえか…」
「毎度ありー」
「またのお越しを。」
最後まで変態たっぷりのエロジジイさんだった。
「よかったんですか? 常連さんから5万円も取っちゃって。今後来なくなっちゃうかもしれませんよ?」
閉店後片付けをしながら、さすがに取りすぎたのでは不安になりママに尋ねる。
5万円はやっぱり金額としては大きい。
いくら競馬で勝ったからといっても…
「大丈夫だよ。」
"ボッ、シュー… ハァー…"
タバコに火をつけながら答えるママ。
「あいつはなんやかんや言いながら楽しんでるんだ。私にスケベしたりあんたをからかったりしてね。払って帰ったことはそれだけ楽しんだってことさね。」
「…そういうものなんですか…?」
「ああ、そうさ。大人になると"楽しい"に価値がつくようになる。」
「…うーん…」
中学生の自分にはいまいちよく分からなかった。
たとえ1000円の物は1000円だし価値がついていない物は0円だしママの胸が価値が無いとは思わないが触っただけで5万円払えるのはよく分からなかった。
「あんたにはまだ早い話かもね。いつか分かるようになるよ。 …スケベはしばらくチャージ料を取らないようにするからあんまり心配しなくていいよ。」
「…はい。」
やっぱり大人は難しい。
自分は大人に…なれるかな?
次の日の夜…
「よっ! イってきたけど逝かなかった男根様がきたぞー」
「あっ…いらっしゃいませー!!」
お客様1人目:エロジジイ( )