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お母さん生んでくれてありがとう

作者: 宮城力

「とにかくネギ辛味噌ラーメンが食べたい……」

僕が幽霊になって1週間。

その間いろいろあったなと……。

お母さんも毎日泣いているし。

見ていてさすがにかわいそうに思う。

そりゃそうだ、僕は15才で死んでしまったんだから。


お母さんには申し訳ないことをしたと幽霊になって

から更に痛感している。

生きている頃に、もうちょい優しくしてあげてれば

良かったなと。

肩もみ程度でもやってあげてればと死んでしまって

から後悔する。

僕はきっと親不孝だ。


ただし


1週間も経過すると

そういった感情は片隅に移動する。

今の僕を支配しているのは空腹である。

信じられないことだが幽霊になっても腹が減る。

だけど、幽霊だから食べるということができない。

現世の物には僕はもう触れることができないようだ。


だからツライ。


食べたいのにどうやっても食べられない。

すでに死んでいるから餓死はしない。


永遠の空腹。

これはやっぱりツライ……。

なんで幽霊なのに腹が減るのか?

そんな疑問は当然のようにあるけれど、

おそらく答えは永遠に出ない。

これが幽霊の宿命なんだと1週間経過してようやく

受け入れた。

受け入れはしたけれど腹は減る。

空腹は無視できない。

無視できないから、せめて想像する。


家の近所にあるラーメン屋「バタフライ亭」の

ネギ辛味噌ラーメンを。


ネギ辛味噌ラーメンは死ぬほど食べたいけれど

「バタフライ亭」のその他全てのメニューは

食べたくない。

その他全てのメニューは死ぬほど不味いから。

ネギ辛味噌ラーメンだけが絶品なので、

客は全員メニューを見ないで注文する。


「バタフライ亭」のマスターが、わざとやって

いるんじゃないかと疑うほどにその他のメニュー

との美味い不味いの差がありすぎる。

とても奇妙なラーメン屋だ。


ちなみに「マスター」のことを大将やら店主やらと

呼ぶことは許されない。

以前に「大将!」と客から呼ばれた「マスター」は

その場で号泣して3週間店を開けなかった。

なぜ号泣する必要があるのか?

「マスター」になぜそこまでこだわるのか?


当然わかりません。


ただし、ある客が「シェフ!」と呼んだら

「マスター」は店の営業時間を2時間延長した。


間違いなく奇妙だ。


この奇妙な「マスター」の作るネギ辛味噌ラーメンを

僕は食べたい。


麺は喜多方

辛味噌は仙台

ネギは岩手県一関

スープは背油を表面に包み込むように浮かせ、

最後まで冷めない。

噂では隠し味にマーガリンを使っているとかいないとか。

これがとにかく美味い。

食べた人を間違いなく幸せにする完璧なラーメンだ。


僕が生きていた頃はこの店に週1で通っていた。

幼い頃から週1で食べ続けて、お母さんとも2人で

週1で食べ続けた思い出がある。

この完璧なラーメンを僕はもう食べることができない。

その理由はわかっている。


僕が死んだからだ。


お母さんのこと、空腹のこと、

それだけを考えれば「生きていれば……」と思える。

だけど、仕方ない。

きっと仕方ないことなんだ。


僕が死んだ理由は週1回の楽しみ「バタフライ亭」

の帰り道にある。

お母さんと2人でネギ辛味噌ラーメンを楽しく食べて

幸せになった帰り道……僕は死ぬことになる。

死は思わぬところからやってくるものだ。

だって、幸せになるネギ辛味噌ラーメンを食べたら、

誰だって数分後に自分が死ぬなんて思わないはず。


簡単に説明すると「バタフライ亭」を出て、

お母さんと2人で歩いて帰る途中に

僕は交通事故で死んでしまう。

事故は咄嗟のことだったけど案外よく覚えている。


あれは……バイクだ……。


バイクが信号無視で突っ込んできた。

出来れば僕のところに向かってきてほしかったのに、

バイクは後ろを歩いていたお母さんに接近した。


当然のようにお母さんはよけきれない……。


僕をたった1人で育てあげた、あっぱれな母親。

僕にとって日本ーの母親。


……僕は父親を知らない。


シングルマザーらしい。

父親のことをお母さんに聞いたことはない。

父親がいないことが僕には普通だったから。

父親がいないことが気にならないほど、

本当によく笑わせてくれる楽しい母親だった。


僕が死ぬ2年前の話。

夏休み中の僕が友人とプールに行くためにTシャツを

探すがなかなか見つからず。

「ほら! 猫が描いてるやつあるでしょ!」

なかなか見つからずにいる僕に、

イライラしながらお母さんが言い放つ。

猫のTシャツ……そんなものは無い。

僕は見たことがなかった。

「なにそれ? 無いでしょ」

探してもどこにも見当たらない。

「あるでしょ! 猫のやつ。ちょっとどいて!」

僕に体当たりしてお母さんがTシャツを探しだす。

ちなみにお母さんの体格はボクシングでの

スーパーミドル級に値する。

絶対無い。

猫のTシャツなんて僕は着たことがない。

しかし、お母さんはすぐに1枚のTシャツを取り出した。

「ほらあるでしょ! 猫が描いてるやつ!」

お母さんは堂々と誇らしげにTシャツを掲げていた。

そのTシャツには大きく「PUMA」の文字と

光輝く世界的に有名なロゴマーク……。


お母さん、それは猫ではありません。


そんなあなたを

息子の僕が守らないでどうするんですか……。


バイクがぶつかるギリギリで、スーパーミドル級に

懸命に体当たりを浴びせることに成功。


当然ですが僕は死にました。

お母さんを助けることには成功したけれど

僕はダメでした。

死んだのは残念だけどお母さんが助かったから、

それはそれで良かったかなと。

ちなみにバイクの運転手は

酒を飲んだ帰りだったとのこと。


救いようがない。


そんな酒飲み野郎のせいで、僕は死んでしまった。

こんなにも短い人生なんて考えもしなかった。

この先の幽霊人生はどうなるのかはわからない。

だけど、幽霊となったのにも理由があるはず。

それが理解できるまでは幽霊で過ごそうと思う。


お母さんからは僕は見えないけれど

幽霊の僕からはお母さんを見守れる。

せめてお母さんが1人で「バタフライ亭」の

ネギ辛味噌ラーメンを食べに行けるまでは

幽霊のままでいよう。


幽霊になってから親孝行が出来ればいいのに。




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