第四話 準備
「でもさー、そんなのどうでも良いんじゃね?」
そう言い放ったのは、ローラだった。
鬱屈とした、どこか締め付けられるような、薄暗い世界を切り拓いたのは、紛れもなく彼女だった。
「別に、魔女になりたければなりゃ良いし。そこでなれなかったら、『そこまで』の代物だと思えば良いんじゃねえの? もし、そこで上手く魔女として使えるんなら、こっちも使ってやっても良い訳だし。それに――」
「それに?」
「――魔女になろうって自ら進言する人間に『ろくな奴が居ない』のは、あんただって良く知ってる話だろう、司令官?」
レイラはしばらく何も言わなかった。ローラの言った言葉を聞いて、呆れ返っていたのかもしれない。
しかし。
「……分かりました。まあ、確かに魔女になることの出来る体質と、実際に魔女として働けるかどうかはイコールじゃありません。であるならば、先ずは実戦でどうにかするべきなのでしょうが……」
そう言った矢先、部屋の中にサイレンが響き渡った。
それを聞いた二人は見合うと、急いで部屋を出て行く。
「ちょ、ちょっと……! 何が起きてるんですか、これ!」
「だから言っただろ!」
ローラは乱暴に言い放った。
「幻獣だ。幻獣が『表の世界』に出現したんだよ! お前もさっさと来い!」
◇◇◇
地下世界ロンドン中央監視塔地下。
出撃準備室。
「……で、どうすれば良いんですか。私、幻獣なんて見たことないですよ」
「良いんだよ、それぐらい適当で。魔女になると決めたからには幻獣を倒してナンボだからな」
「さっきから言い回しが古臭いような気がするんですけど……」
「ジャパニメーションは最強だよな」
答えになっているのかなっていないのか分からない返事をして、ローラはロッカーから何かを取り出した。
「ええと、確かこれだったかな。……はい、これ」
ローラはそれをキョウカへと投げる。キョウカはいきなりのことだったので慌ててしまったが何とか落とさずに済んだ。
「投げるなら投げるって言ってくださいよ……。で、これはいったい?」
改めて、キョウカは手に取っているある物を見る。
それは杖のようだった。先端が尖っていて、もう片方には球体のようなものが着けられている。素材は木材のように見えたが、良く見るとそのように着色してあるだけだった。
「それ、魔力生成装置兼魔術発動装置。昔はそういうのなくても魔術って使えたんだけどさ。やっぱり時代というか何というか、そういう物も出してきてるんだよねー。日本じゃそれを使ってるの見たことないよね。やっぱり日本は進んでるのか進んでないのか分からないんだけど」
「……つ、使い方は……?」
キョウカは初めて見た代物に、少しだけ戸惑っているようだった。
「念じれば良いのよ。魔術は呪文を詠唱するだけ。簡単でしょ? 今回は訓練みたいなもんだから、私の呪文をそのまま続けて詠唱すりゃ良いし。輪唱みたいなもんかな?」
「いや、輪唱とは違うと思うんですけど……」
「何だよー。気が利かねえなあ。そこは乗っかってやるのが流儀じゃないの? 日本人ってそこらへんちゃんとしてるような気がしたけど」
「日本人誰しもそういう訳じゃないので……」
「あ、あとこれ」
ローラがロッカーから取り出したのは、サーフボードだった。
いや、それ以上に何も説明することはないぐらい、紛うことなきサーフボードだった。
「それは?」
「昔は魔女と言えばホウキだったんだよねー。けど、このご時世ホウキを生産してる場所も減っちゃって。だったら、最新技術を活用しちゃえ! って訳。日本のとある技術メーカーと地下世界が協力して開発した、小型飛行機! ……いや、飛行機って言うのかね、これ?」
「飛行機……? どう見ても、ただのサーフボードですけど……」
「ちっちっち。違うんだなーこれが。下にちっちゃい箱がついてるでしょ? これ、実はあの杖にも付いてる魔力生成装置なんだけど、それを使って風を起こしてるんだよね。そしてそれを利用してボードごと浮かび上がらせる、と。ま、原理はホウキに乗って空を飛ぶのと変わんないから、気にしたら負け」
「別に気にしてないですけど……。え、でも、それ日本製? だったら私も見たことが……」
「あるんじゃないの? 魔法都市なる場所では使われてるなんて聞いたことがあるけど。ま、ロンドンと日本じゃ時差が数時間はあるし、情報の古さとかはあるかもね」
「そういうもんですか……」
「そういうもん。さ、行くよ。……急いで会議をしないと」
「会議?」
そ、とだけ言ってローラは踵を返す。
「これから私達が鎮めないといけない『幻獣』の詳細について」