70話 盾
「追う!」
「勿論です!ただ、」
「警戒も忘れずに、だろ!?」
言いながら視線を向けると、四季は嬉しそうに破顔した。が、それも一瞬。即座にまともな顔に戻った。子供たち二人も方針に異存はなさそう。では、追跡しよう。
円形の広場を抜けると廊下に出た。盾のくせに早いこと。ここから魔法はぶっ放せるが…、やるべきか否か。ぶっ放してもいいが、そのせいで道が崩壊。追跡不可! とか目も当てられない。
「追うだけにしとく?」
「のが安パイかと。どう見ても自律的に動いている盾です。あれを壊せば上の拮抗も破綻するでしょう。その鍵を獲り逃すのはよくないです」
「…異存なし」
「同じくー!」
なら追うだけで。それなりに長い廊下を進んでいると現れる分岐。盾と同じように直進すると少し広くなった檻が集められた通路に出た。
ふむ。なら、一応、やっとくか。
「「アイリ!廊下の壁を壊して!」」
「…ん!」
理由も聞かずに大鎌を振るってくれるアイリ。扉のあった両サイドの壁が崩壊し、壁と部屋の境目がわからなくなった。
これでよし。万一の時のために通気口から催眠ガスを……とか考えられる。壁をぶち壊して充満速度を下げとかないと。さすがに全部の通気口を塞げないが。やったら俺らが窒息する。
歩みを止めずさらに奥へ。くるり折れ曲がって、180°方向転換する階段を降りると、また階段と廊下で分岐がある。
さて、どっち……と悩む必要もない。誘導するように今できたばかりって感じの傷がついてんだもの。盾で階段をシャーって滑ってっただけっぽいから、気のせいかもしれないが……。
ぴょこぴょこ跳ねようと思えば跳ねれる。そうすりゃ今迄みたいに傷もつかなかったろうってことを考えると、気のせいじゃないわな。
「「アイリ」」
「…ん」
廊下と階段の境界だけぶっ潰しておく。しなくてもいいかもしれないが、粉砕しておく方が多分、いい。
滑らないように気を付けながら階段を降りると最下層。降りた階段は五階分くらいしかなかったはずだが、上よりもさらに陰鬱な雰囲気。ここもこれまでと同じようにアイリに破砕してもらっておこう。既に慣れたものなのか、アイリも俺と四季が視線をやるだけで鎌を振るった。
「…ん」
「んー?」
「どした?」
首を傾げて。何か変なものでもあったのか?
「何か声が聞こえた気がしたんだけどー」
「マジでか?」
こんな陰鬱な階層で? 明らかに凶暴な何かを閉じ込めておこうって意図しかなさそうだぞ。ここ。
「そー!」
「ほんとに声ですか?怪物の唸り声とかではなく?」
「そー!ほらー!」
ほらー! って言われても、カレンはハイエルフ。俺らとは素のスペックが違う。身体強化を使ってみて……んー、聞こえない。ちょうど、話すのをやめたのか?
「ごめん。聞こえない。だが、嘘だとは思わない。気を引き締めていこう」
「声の主にはー、心配いらないんじゃなーい?多分、弱ってるー」
…別のことを心配しないと駄目か。それが探してるエルフさんじゃないことを望もう。いやでも、ここにいなけりゃ上ってことになるな。いてくれる方がありがたいような、そうでもないような…。
ん。進んでるとぼやっと明るいところが見えるようになってきた。あそこがきっと終点。そして、なんかやばいのがいる。…ん?
あ、今度は聞こえた。しかも、こんなところには似つかわしくない女の子の声が。声の主はまだ奥。おそらく、最奥より少し手前……か? やばいのがいるのにそんなところかぁ。
「聞こえたー?」
こくっと頷き、一応、静かにしてもらっておこうと口の前で指を立てる。
「んー。声の主のことを考えるとー、喋ってるほーがいーと思うけどー?」
「それでも、奥が……ね」
「あー。りょーかい」
じわりじわりと最奥へ。どんどん距離が縮まって……ッ! 逃げた盾以外の、金属の音!?
「あの!不躾なお願いとは思いますが、私達を助けていただけませんか!」
「ちょっ、おまっ!」
牢屋の中からこちらに叫んでくる耳の生えた女の子。と、それを遮ろうとするまた別の耳の生えた男の子。思わず心の中で「うわぁ、厄ネタ」と思ってしまった俺は悪くない。
何で人間領域と交流のないはずの獣人の子供がここに!? 万一、獣人の皆さんが取り返しに来たら戦争になるぞ!
俺らそっちのけで口論している二人。まぁ、男の子の反応のが正しいわな。人間に誘拐されたのに、人間に助けを求めるなんてことが出来る女の子の反応のが変。しかも、カレンが反応したタイミング的に、この階の階段付近をぶち壊して爆音を垂れ流してんのに。
いや、盾が逃げてることから、俺らをここの敵対者と判断したのか? 敵対者である可能性が完全に否定しきれてない気がするが、それなら妥当か。人数は……多分、二人。エルフさんはこの階にいないが、まぁ、上にいるんだろう。……ていうか、いてくれ。
助けないという選択肢はない。が、檻から出すタイミングはいつがいいかね。今、出すと巻き込まれるかも。だが、出さなければ戦闘が広範囲になったときにこの子らが逃げる場所が無くて詰む。金属でできた鎖もつけられてるみたいだしな。
んー、奥にいるやばいのはここまで近づけば、だいたい何かわかった。割と暗いのにはっきりと白と黒、そして混ざり合っていない汚い色がある時点で、ほぼ確実にチヌリトリカ関係。
戦闘が広範囲に及ばないわけがないか。出すか。頑張って走って後ろに逃げてもらう……のも、上の安全が確保できてないから無理か。
「戦闘になると確実に巻き込む。上は安全が確保できてない。となると、俺らが守りながら戦うのが最良だと思う。皆は?」
「同意です。二人ならまぁ、なんとかなるでしょう」
「…ん。同意」
「ボクもそー思う!」
なら、そうしようか。盾はこんだけ時間かけてるのに仕掛けてくる様子がない。時間かかるのは望むところってか。よし。
「口論中、ごめん。時間があんまりないから伝えるね」
「私達は二人を助けます。ですが、これから戦闘になります。二人の安全を確保できる場所がないので、私達が護衛することになります」
「「信用してもらえる?」」
よくここまで即答できるなってレベルで即座に頷く女の子。男の子の方は、微妙な顔をした後、こっちをキッと睨みつけながら「こいつに手を出したらただじゃおかねーからな!」なんて言ってから頷いた。
なるほど。この男の子はこの女の子のナイト様か。ただ、お姫様たる女の子に割と甘いと。ま、今回はその方がありがたいな。
「OK。なら、檻を壊すよ」
「まぁ、壊すのはアイリちゃんですが」
「…ん。任せて。…離れてね」
二人が後ろに下がったのを見届け、アイリは檻の鉄格子を真っ二つに切断。だが、その鉄の切れる爆音にやばい何かが動き出した!
「アイリ!カレン!」
「…ん!」
「りょーかい!」
俺と四季が檻の中に駆け込み、二人を抱き上げる。その間に、アイリとカレンが鎌と弓を掲げてやばいのに飛び掛かった。
甲高い衝突音が立ち、一瞬だけ拮抗、そして、二人の「あっ」という何かやらかしたというような声。こっちに来る!
抱きかかえたまま横に飛ぶ。さっきまで俺らがいたところを何かが通り抜けて壁に激突。爆音とともに部屋が揺れる。
さすがにここじゃ戦えない。檻の外へ体を踊り出し、用意されてる広い空間に出る。廊下側には行かない。回避できなくなる。
逃げながらもアイリとカレンが攻撃を叩き込む。宙を舞う鎌が砂ぼこりの中を切り裂き、矢が砂ぼこりに突き刺さる。俺らは……さすがにちょっと待ち。四季と一緒に行動できてないから、魔法の威力がちょっと下がるし、当たるとも限らん。
盾……は、奥の方に居やがるな。あれに任せて高みの見物ってか? ここまで逃げてくるって発想がある割にやってることが馬鹿では? まぁ、油断してくれてる方がやりやすい。
「おっと、今更だが、嫌だろうがしばらく抱えられてくれ」
「ん」
わお。本当にこの子、嫌そう。まぁ、人間に拉致られたんだろうし、しゃーなし。
「降ろすのは無理だ。見てる感じ、まともに動ける体力は君もあの子もないだろうし」
「その自覚はある。……悪いな。ありがとう」
おぉ、この子、育ちは良さそう。このシチュでもちゃんと感謝できるなんて。あっちの女の子は四季に声かけられた途端、「ありがとう」と言ってたけど。ま、比較するのは酷だな。さっきも思ったが、即座に信頼を寄せれる女の子のが怖いわ。
『ブモォォォ!』
砂煙の中から不機嫌そうな声が響く。足をガシッガシッとやって、今にも敵は突進してきそうだ。見た目はまんま牛。色はいつもの、純白と漆黒が混ざり合ってない汚い白と黒。大きさだけが変。トレーラーの先頭くらいはある。
「アイリ!カレン!既に察してるだろうけど、」
「私達はあまり攻撃できませんので、攻撃は二人に任せます!」
「…ん!」
「わかってるよー!」
声を合図にしたのか、牛が再度の突進。え。待って。なんかでかくない? さっきはあんまよく見えなかったが…、アイリとカレンはよくこのでかさのやつと、一瞬でも拮抗させたな!? 迫力が尋常じゃないぞ!
「…さっきよりも重さが増えてる!多分、突進の前の時間で威力が変わる!」
「どーい!大きさもねー!まー、速度は変わってないよーに思えるけどー!」
そういうからくりね。…重さと大きさは増えるけど速度は変わらないのか。なんか中途半端な。威力だけでなくて速度も上がれよ。そっちのが楽だろうに。
牛の迫力はすごいが、俺と四季は避けるのに専念しているから危なげなく回避。アイリとカレンはすれ違いざまに攻撃を叩き込みながら回避。今のところ、俺らに当たる気がしない。
そして、牛は減速しきれずに壁に激……??? ん? なんか牛がぎゅっと潰れてる? あ。これ、やばいやつ。
「ばねみたいに戻ってくるよ!」
「ですね!」
叫んだ途端、同じ速度で弾けるように跳ね返ってくる牛。さっきはしてこなかったくせに!
っ、あっぶな。ぎっりぎり! 靴に一瞬、かすった。アイリ達もちょっと距離が近すぎた。攻撃を仕掛ける余裕はなく、回避だけ。あ、いや。カレンは回避後にお尻に矢をぶっ刺してるな。血の代わりなのか白と黒の汚いのが垂れてる。
また壁に激突。先ほどと同様にばねのように跳ねて戻ってくる。今度は距離があるから余裕で回避。…真ん中の方に移動しとくか。で、盾は……まぁ、逃げようとはしてるっぽい? じわじわーっと廊下の方に行こうとしてる。
また跳ねて来たのを回避。アイリとカレンが攻撃を叩き込む。切り傷は増えているが、元気なことで。
もう一回来たのを回避……したら、元気よく廊下との境界に激突。天井と壁が軽く崩落して逃げ場がなくなった。何で天井崩壊してんのに、上の階が見えないのやら。…こいつを撃破するか、もう一回、誘導して瓦礫ぶっ飛ばしてもらわないと逃げれなくなったな。
「ずっと担いでるけど、体調は大丈夫か?」
「んなやわじゃねぇ……と言いたいとこだが、ちょいきつい。配慮してくれてるっぽいのにな」
「了解」
一回、合流するか。…ちょうど、あいつもまたチャージしてるっぽいし。
「四季」
「はい」
すっと手を出してくれたから、そのまま手を繋いで、『回復』。これで二人ともちょっとはマシになったろ。
今度のチャージ期間は長め。普通に見えてるから攻撃叩きこめるな。道も塞がれちゃったし、掃除がてらに容赦なく叩き込んでやろう。
「ついでにやろうか」
「ですねー」
既に書いている紙。代償魔法……は、威力が高すぎる気がするな。普通に使い切る勢いでいいか。
「「『『風刃』』!」」
紙が消えて放たれる巨大な刃。牛は自身の耐久力に自信があるのか、それともチャージを優先しているのか、避けるそぶりがない。
何の駆け引きもなく右前足に激突。でかくなったせいで幅が足りない。それに、あいつの耐久力もそれなりにあるせいか、中途半端に肉をえぐって刃が消えた。
切断には至らなかったが、バランスを崩してチャージ中止。ッ!? 再生した! うわ。あいつ、チャージに回してた魔力……いや、白と黒の汚いやつが減ったし、瘴気か? それを回して回復しやがった。だが、やってくることは変わらない。
ずっとチャージしてると狙われるってことを理解したのか、程よいところで飛び出してくる。まぁ、サイズもんなでかくないから余裕で避けれるんだが。円形の壁に激突すると、また跳ね返ってくる。
再度、壁に激突すると……止まった。あの跳ねるのもチャージ次第か。んー、それならまた廊下に誘導して程よくチャージさせる方がいいか。砂煙があれば攻撃はマシって思ってくれてそうだし。
また避けて、跳ねてくるのも避ける。中央付近に集まっておけば、どこからでも比較的、余裕がある。
「誘導してわざとチャージさせるよ」
「ですね。それがいいかと」
「…だね」
「んー?よくわかんないけど、りょーかい!」
…まぁ、動いてくれるならいいか。説明はごめん、後でね。ちょっとするとよくないから。
さて、立ち位置を調整して……よし、狙い通り二人が捕まってた檻の中に飛び込んだ! 砂煙がもうもうと立ち上がって、こちらからは見えない。
牛もそれが分かっているのか、ブモッブモッなんて言っているが、姿を見せない。牢屋はでかいが、この空間ほど広くはない。だから、絶対に止めないといけないサイズにはなれない。けど、ちょっかいかけないのも奴からすれば違和感だろう。思い通りあっちに行ってくれたんだ、ちょっかいかけてやろう。
「「『風』」」
風を巻き起こして砂煙を吹き飛ばす。姿を見せた牛は一瞬だけ目を丸くすると、勢いよく飛び出してくる!
回避……する前にって、何も言わなくてもアイリがやってくれてる!
「ナイス!」
「流石です!」
「…ん!」
鎌で「安全だー」とでも思っていたのか、瓦礫付近でくつろいでいた盾をひっかけてきてくれた。一回、牛の突進を避けて、跳ね返ってくるのを誘導できるようにいい感じのところに立つ。
狙い通り跳ね返ってきた牛を避け、盾を置き去りにする。すると、「こんなとこに閉じ込めやがって」という思いが牛にもあったのか、加速。円形の壁に思いっきり盾を叩きつけた。そして、跳ね返ってくる牛。あぁ、やっぱり一撃じゃ破壊できないか。腐ってもシャイツァーなだけはある。
「それなら、こうしますか」
回避したらまた同じルートで跳ね返ってくる牛。興味ないように見せといて、普通に盾にも強い殺意持ってんな!?
「これ、持ってってください!」
平たい面を向けて投げつけられた四季のファイル。牛はそれを避けずに受け止め、ファイルを前面に押し出しながら盾と再度激突。しかも、今度は壁と正面衝突するのではなく、円形の壁をかすめるように激突した。
盾もシャイツァーだが、勇者たる俺らのシャイツァーよりは脆い。それなりに強度のある壁と明らかに盾より硬いファイルに挟まれ、ゴリゴリと……というほどの勢いはないが、壁の土に混じって奇麗な白と黒の破片が飛び散る。
手出しせずに、爆走する牛を眺める。俺らを襲ってきたのに、殴れるなら盾を殴りたいんだろう。遠慮なく盾を壁に押し付けて削りまくってる。
既に参集はしてるはずだが、硬いな。盾を壊すの諦めてこっちにこないか、警戒はしている。だから、こっちに来ても平気。だが、さっさと壊れ、あ。盾が真っ二つになった。そう思った瞬間、盾は一気に強度を失ったらしく、半分は勢いよく弾き飛ばされ、脱落せずに挟まれたままの盾は一瞬で塵と化した。
俺らがわざとほとんど意識してなかったのもあるが……、何で全く狙われないと思ったんだ、あの盾。推定侯爵というだけあって、命のやり取りには慣れてなかったのかね。
さて……と、今度はこの牛を何とかしないとな。一瞬だけ、協力したが逃がしてくれそうな雰囲気は皆無だし。




