65話 ワイバーンとの交渉
バーンさん達、ワイバーンにとって大切なエルフ、イヴァンさんの捜索を俺らに任せる代わり、バーンさん達はイベアに行かない。そんな提案にバーンさんは唸る。
バーンさんはかなり大きなワイバーンだから、それだけで結構な迫力。割と怖い。でも、唸る時間はそこまで長くはなかった。
『可能か不可能かで言えば可能です』
「なら!」
「おい待て、阿保。今の流れじゃ、全面的に要求を受け入れてくれる訳ねぇだろうが、黙って聞いてろ」
「あい」
ディナン様、がっちりとクリアナさんの首根っこを掴んで持ち上げてる。ディナン様の気持ちもわからないではないけれど、それはやりすぎでは。クリアナさん本人は、構ってもらえているからか嬉しそうではあるけども。
いや、まじでなんでそれで嬉しそうなの。普段、何をやらかしてんの。…ん? あれ。こんな状況なのにカレンが静か。あの子なら何か言いそうなものなのに。まだ、なんかボーっとしている? いや、気がそぞろなだけ? どっちにしろ少し、違和感。
『こほん。問いの答えとしては可能です。が、群れ全体を納得させることは厳しいです。完全に抑えるのは不可能です。何しろ』
「あぁ、私達に信用がないと」
『おっしゃる通りです。いくら主様方がおられようと、それとこれとは別ですから』
ぷらーんとぶら下がったままのクリアナさんを咳払いだけで流して話を進めるバーンさん。そして、黙って聞いてろってぶら下げられたのに、また口を開いたクリアナさん。どういうシチュなんだろう。これ。
「そこは私どもを信用していただくしかないのですが……」
『難しいですね。私達には時間がないのですから』
「その時間というのは、探しているエルフの命の長さ的な意味でよろしいか?」
『えぇ、構いません』
何でディナン様もディナン様でクリアナさんを吊り下げたまま会話してんだろう。もう、降ろせばいいのに。とはいえ、ちょっと疑問だったことがわかりそう。そんな状況で話の腰を折る必要はない。
「貴方方が件のイヴァンの生存を確信している理由は?シャイツァーか?」
『えぇ、おっしゃる通りです』
やっぱりか。薄々察してはいたけれど、これでようやく、生存をずっと確信している理由がわかった。
『私のシャイツァーによって発生する穴は魔法に紐づけられたものが死ねばどうあっても閉じます。開いている以上、イヴァンは生きているのです』
「把握した。で、あるならば……、我らは最も可能性の高い場所を知っている」
『それはどこですか?』
バーンさんには珍しく、跳ねるように顔をぐっとディナン様に近づける。それ以上の言葉は紡がれていないにも関わらず、目が雄弁に続きを促している。
「明確な場所は言えない。言って、すぐさま皆様に突撃されても困るのでな」
『くっ…』
さっきの行動を思い出したのか唸ることしかできないバーンさん。
「そして、言ったとて、皆様に行かれても困る場所だ」
『ふむ、では、どこなのです?』
「言えない。言った後で行かれても困る。だが、検討はついている。言えないのは不義理でしかないが、分かってもらえないか?」
ディナン様が縋るように言うと、バーンさんは微妙な顔で頷いた。
「そして、交渉材料は我らが救助対象者のいる可能性の高い場所を知っている。それしか増えていないが…、これで何とか出撃を控えていただけないか?」
『それであれば、もって5日でしょう』
「短くないか?」
『場所がある程度、絞れているならば難しいことではないでしょう?』
「可能性のある場所は広い。さすがにその時間では……。穴からの移動の時間もある」
絞りだすようなディナン様の言葉。でも、バーンさんは首を横に振り、彼の言葉をぶった切る。
『私達の心情を考えますと、それが我慢の限界です。それ以上は、私が群れの皆に座して待つことを許してもらえません』
「これまでやっていた探索も待ちの一種では?」
『群れに対していうべき言葉ではありませんが……、彼らは単純ですから。待つよりは自身で探索している。そのやっている感が大事なのです』
本当にあんまり言うべきじゃないことですね。単純て。まだましな言葉にしているけれど、オブラートを取ってしまえば「馬鹿」でしかない。
「馬鹿なのですか?」
オブラートぉ! ほんとにクリアナさん、有能なんですかね!?
『平たく言えば』
そして、認めちゃうんですか!
『せめて場所を言っていただければもう少し伸びるのですが』
「どれくらいまで伸びる?」
『7日までですね』
呻くような声がディナン様から漏れる。たった2日しか延びていない。
「であれば、5日で何とかしよう。できなければ、進捗をこちらに報告し、待機の延長をお願いする」
『延長は確約できませんよ?』
「構わない。それより、延長されない場合、こちらとしても迎撃に出ざるを得ないわけだが……、それは了承いただけるので?」
『勿論。先までと変わりません』
既に人間側は何頭かワイバーンを撃墜しているから変わらないと。どう考えても変わるはずですが。
だって、心当たりのある場所を探して、そこで見つからないならばディナン様に残された手段は世界中の捜索。んなことするくらいならバーンさん達、ワイバーンを壊滅させる方が早い。そう判断してバーンさんの群れと開戦する。そう決断するかもしれないんだから。
「承知した。ならば、我らは失礼させていただく。早く行動せねばどちらにも不義理である故」
『えぇ。次に皆様と会うのはイヴァンと同じ時期であることを望みます』
ですね。でなければ、待っているのは絶滅戦争。
バーンさん達に手を振って鏡に飛び込むと、何事も無く元の場所へ。結局、クリアナさんはこっちに戻ってくるまでディナン様に持ち上げられたままだった。何でクリアナさんはあんな雑体勢で最後まで耐えれてるんですかね……。
「ルキィ」
「様」
また呼び捨てしようとして咎められてる。何故に行けると思ってしまったのか。
「とにかく!一度、アバレンスまで戻るぞ」
「ですね。それがいいと思います!」
「ルキィ様や、勇者様方もそれでいいか?」
「えぇ。構いません」
一番、この事態を早々に解決したいお二人がそう判断されているなら、それがベストなんでしょうから。
詳しい今後の方針は帰ってから。そう言われてしまっては無理に聞き出せるはずもなく。早々にアバレンスへ。道中、カレンにずっとうわの空でどうしたのか聞いたけど、本人も何でかよくわかってないみたい。何かよくわかんないけど気が散ったらしい。
そして、今は何もない。カレンの故郷、エルフ領域が近かったしその関係かな?
「では、さっそく、移動しましょう!」
「馬鹿がよ」
「ひぃん。罵倒が直球」
帰還早々、漫才を繰り広げて、ぐでっと凹むクリアナさん。下手すぎて演技って一発でわかる。でも、クリアナさんが道化になったからか、ディナン様もさっきまで隠しきれていなかった焦りをなんとか呑み込めたらしい。
「流石にこの時間からは動けん」
「ですね。ディナン様とクリアナ様だけであれば、その強行軍も可能でしょうが……。私達、バシェル王国使節団は近衛師団という軍事力を抱えています。事前連絡もなしに夜間の強行軍はイベアに不信を抱かれかねません」
夜間に事前連絡もなしに軍事行動なんて怪しいってもんじゃないですしねぇ。
「今日は明日からの下準備ということでいいので?」
「あぁ。矢野様の言う通りだな」
「の割にクリアナさんは動いていませんが…」
ディナン様の手足となって動く人って、クリアナさんしかいないはず。だけど、クリアナさんはそばにいるし、馬車の中にいたから入口のところで衛兵たちに伝えてるって可能性もない。
「先にルキィ様や皆の許可を取らねば……おい。ルキィ様。その顔をやめろ。なんだその「あら……、貴方にも許可を取るという常識があったのですね」みたいな顔は」
「みたいも何もほぼその通りですが?」
「おい」
「おい。と言われましても。その通りですもの。まぁ、「この非常時に」という言葉くらいは付けてあげてもいいですよ。貴方にしては成長していて……うぅ。私、嬉しいです!」
めっちゃ嘘泣きされてるし。そしてその台詞はどこから目線なんです?
ルキィ様が好きなタクは微妙な顔をしているし、ディナン様が好きなクリアナさんもまた同じ。というか、対抗意識を燃やしたのか、ジャンプしてディナン様の背中に飛び乗って、そのまま頭をなでている。
どこからつっこんだらいいのこれ。意識の範囲外からんなことされたら骨を折る可能性はゼロじゃないのに、ディナン様全く堪えている様子がないし、ふらつくそぶりすらない。
あ、両手で引っぺがしてベイって投げ捨てた。
「びえっ。びええええええ」
「お前が悪い」
「ぴえん」
えぇ…。地面に勢いよくキスしてたから、そうなってもしゃーない状況だったのに、秒で泣き止んだ。情緒ジェットコースターですか?
「ところでー、どこに行くのー?」
「っと。そうだった。次は王都だ。明日中には着きたい」
「私は構いませんよ」
当然、俺らも構いません。帰還魔法を探すために人間領域を出たくはありますが、急ぎではないので。
「皆さんの許可はもらえましたね。では、道中……といってもサロネラブくらいですか。そこへの事前連絡は私の騎士たちにさせますね」
「頼ん……いや、この街の衛兵も同行させよう。その方が信頼性は上がる。後の根回しは我らに任s「任されました!」あ」
頼んでもないのにかけてくクリアナさん。果たして壊滅的に方向音痴な彼女は無事に目的地につけるんだろうか。
「追いかけなくていいんですか?」
「追いかけたところでな。あいつがどこに行ったのかは我でもわからん。くそっ。あいつが暴走するのはわかってたんだから、宿の者に行かせるつもりだったのに!」
段取り間違えましたね。あの人、自分で出来そうなことだったら喜々として突っ込んでいきますよ?
「勝手に帰ってくるから、迷子の心配はいらない。街中だしな。目的を果たせるかわからんから、こっちで手を打つ」
ディナン様は頭を抱えながら宿の人を招集。来てくれた人にディナン様の身分証明となる品を預け、ギルドと騎士団への言付けを頼んだ。
「で、ディナン様。貴方の言っていたエルフがいる可能性のある場所とは?まさか、王都のどこか!なんて言いませんよね?」
「流石に皆目見当がつかぬことはない」
「でも、ワイバーン達に場所を明かしはしませんでしたよね?2日の延長とワイバーンが王都に大挙襲来する可能性があるというのでは天秤が釣り合わないことは理解していますが…」
後、今の少し引っかかるディナン様の言い方も。ですね。完全にわかっているならそんなもったいぶった言い方をする必要もなし。
「その通りだ。そもエルフがわが国で忽然と姿を消し、今も生きているとなると生きている可能性のある場所はすごく限られる」
「え。あ。まさか……闇市ですか?」
「闇市ー?」
なぁにそれ? と言いたげなカレンの言葉。ディナン様はそれを咎めることなく言葉を繋ぐ。
「あぁ。闇市だ。表に出せない糞みてねぇな物品を売り買いする市場だよ。禁制の薬物だの、盗品だの、真偽の定かでない呪物だのをな。そんな商品の一つに奴隷がある。勿論、我が国でも奴隷は禁制。奴隷の所持は厳しく罰せられる。特に獣人はな。ほぼ繋がりはないが露見すれば国家間問題になりかねん」
獣人にバレれば彼らも、いい気分なわけもなし。報復戦争が始まる可能性はゼロではない。
「だが、馬鹿な奴はどこにでもいる。愚かにも獣人を奴隷にしたいと思うやつはいる。そういった奴らにとって獣人領域に程近いわが国というのは最高の立地だ。そういうわけで悔しいことに我らの王都は人間領域において1, 2を争う歴史と伝統ある裏の奴隷市場がある」
要らない伝統だぁ。
「じゃー、それと双璧をなすのはー?」
「エルフ領域にほど近く、エルフをたまに確保でき、かつ森という隠し場所の多いエルツェルか……」
「言いたくなさそうな顔してやがるが、バシェルだろうな。今のバシェルは国王がちょいとアレだからなぁ……。歴史はねぇが、バシェルは人間領域中央にあり、人魔大戦でよく魔人の脱走者が出るという最高の立地だ。でけぇのがあるだろうよ」
闇が広いのだいたい大国な件。まぁ、大きくて光が強い分、闇もある。そういうことかな。
「……何で取り締まらないの?」
「痛いことを言うな。アイリ嬢。まぁ、悲しいことにうちは王族の権威がそこまで強くねぇ。イベアはオアシス付近に発生した都市国家の連合体だ。人魔大戦でたまに漏れ出てくる魔族。北方のメピセネ大砂海という脅威があったからまとまったが、自立意識がそれなりにあってだな…」
「魔族も砂海もまだまだ健在では?」
だのに中でごちゃごちゃしてたら押しつぶされますよね?
「おっしゃる通りだ。シュウ様。だが、漏れ出てくる魔族はそこまで強くない。今はイベア騎士団がいるから、魔族が出たとなりゃ押しつぶしに来る。そして、砂海は要塞『グラム・ヘルサ』がある」
「あぁ。なまじ要塞があるせいで防げてしまうから、脅威を忘れてしまったと」
「そういうことだ」
優秀すぎる壁も考え物ですね。ほんと。後は食料危機の時とかどうするの? って話もあるけど、南が人類の食糧庫ともいわれるフーライナだしなぁ。
「そういうわけで、目的地は王都の闇市だ。ちょうど、弟が闇市を潰そうと動いてる。弟が闇市の本体を突き止めていればいいんだが」
「ディナン様。一応、言っておきますがそこに探し人がいてくれないと意味がないですよ?」
「それはそう。だが、考えさせないでくれ……」
弱弱しい声。もし、探し人たるイヴァンさんがいなければ、ワイバーンの群れとの大戦争。考えたくないのも当然か。
「俺らには出来ることはなさそうですし、今日は休みますね?」
「あぁ。また明日。出来れば2の鐘にはここを出たい」
「了解です。1の鐘には起きますよ」
さて、今日は休もうか。少しカレンの様子が変だったのが気になるけど……、カレンもよくわからないのなら、どうしようもないんだよね。




