ある主従の会話 その2
机の上に置かれたボウル。それに限界まで水を注ぎこむことで一種の鏡と化した容器をじっと眺める男。
そのまま時が経過する……かと思いきや、一瞬、水面が波打つ。
「これでつながりましたかね?……もしもし?もしもーし」
ボウル目掛けて話しかける男。傍から見ればすごく寂しい光景だが、男は真剣だ。
「聞いておられますか?」
男はボウルに再び話しかける。返事が返ってくることを確信しているかのような口ぶり。友達はいないのだろうか。
「ふむ。切りますよ?」
「はっはっは!」
突如、ボウルから女の高笑いが響く。それに慌てて、男は布を被せる。
「ちょっとー、見えないじゃない!」
「うるさかったので」
「じゃあ、仕方ないわね。許してあげるわ」
言葉の節々から感じられる高慢さ。だが、この女と男の関係なら、それが許される。
「というわけで、布を取りなー」
小さく溜息を吐いた男は布を取り去る。不思議なことに布には水が一滴たりともついていない。
だが、あらわになった水面に映るのは暗闇。何も映してはいない。
「真っ暗で何も見えないのですが?」
「そんなにあたしの顔が見たいの?」
「いえ、全く。そもそもあなた様の顔ではありませんし…」
「言えてるわね!」
女は再び笑い出す。
「まぁ、借りてる?というか、奪ったものだしね!」
「ですね。それはともかく、定時連絡です。何かありましたか?」
「うーん、そうねー。あったわ」
重い声色で発された言葉。男は思わず、真剣な顔つきになって、次の言葉を待つ。
「なんと!特に何もなかったのよ!」
「はぁ」
男はわざとらしく大きなため息を吐くと、そっと布をボウルに被せた。
「あ、ちょっとー。冗談よ。冗談!顔見せてよー!」
心底嫌そうな顔で布を取り除く。男は女に逆らえない。それがたとえ依頼形式であったとしても。
「嫌そうな顔するわねー。やっぱ、チヌカだと、あんたと話すのが一番ねー」
「それはどうも」
「ちょっと待ってね。……えい!どう?あたしよ。あたし!」
ようやく水面が真っ暗ではなくなり、女の顔が映し出された。男は「私の顔を見ろぅ!」とでも言いたげな女の行動を完全に無視しながら、言うべきことを言う。
「背景から察するに、無事についたようですね」
「え。無視するの?」
「定時連絡には付き合っていますでしょう?それ以上となりますと、こちらも時間は有限ですので」
「真顔でそんなこと言わなくても…」
物憂げな美人の顔。これだけでコロッといきそうな男がごまんといそうなその顔を見ても、言外に「お前と話してるとふざけるからいつまでも進まねぇんだよ」と言ってのけた男には、そんな小細工は通用しない。
「目的はわかっておられますか?」
「目的…、目的ね。うん。わかってる」
「観光ではありませんよ」
男のジト目とともに発された言葉に胸を押さえてうずくまる女。
「そもそもですね。この会議自体にも貴方のお力を使っているのですよ?無駄遣いは避けるべきです」
「で、でも、貴方と話したいじゃない!」
ここの女の言葉に「貴方が好き」という意味はまるで含まれていない。せいぜい「お気に入りのおもちゃで遊びたい」がいいところ。それがわかっている男はその言葉を切り捨てる。
「ですか。ですが、完全復活すれば、いつでもいけるではありませんか。観光も、お話も」
「情緒がないじゃない!」
一切の躊躇なく放たれる男からすればふざけた理由。だが、女はまじめに言っている。
「元の人格にひっぱられ……てはいませんか。そんな気がしなくもないですが、親和性が高すぎるのと、元の貴方を過剰に美化しているだけですね」
「ちょっ。美化って何よー!」
「美しくすること。ですね」
「んなことわかってるわよ!ぷんぷん!」
「わざわざ口にぷんぷんなんて出さなくても」そんな喉元まで出かかった言葉を男は呑み込んだ。経験上、言ったところで特に何も変わらないからだ。
「切っていいですか?あなたの「あ。待って!」…なんです?」
「あたし以外の同行している勇者に細工できたよ!」
「それを先に言ってください」
呆れたような非難するような様々な感情がごちゃ混ぜになった目で女を見る。
「ごめんね。テヘ☆」
「はぁーー」
せめてもの抵抗とわざわざ大きくつかれる溜め息。だが、男の姿からは、そんなことしても無駄だろうという諦観がはっきりと読み取れる。
「あ。そだ。じゃあ、あんた以外のチヌカは?」
「え。…興味あるのですか?」
「あるよー」
あるというには軽すぎる返答。だが、男は気にしないことにした。…精神安定上。
「では、興味があるのでしたら、まずは悲報から。リブヒッチシカは消滅したようです」
「あ、そうなの。派手に動いたからかしらねー」
「興味ある」と言ってのけた口から、わずか数秒後にサラッと吐かれる、あまりにも無関心さが溢れる言葉。
「それを言うと、私も動いていますが……?」
「バレてないなら派手じゃないでしょ。やってることはすっごい偉いのに、地味ねぇ。……ん?でも、逆に。逆に考えるんだ。バレずにここまでの働きが出来るのってすごいんじゃない?すg」
瞬間、男はそっと布をボウルに被せた。布から響いた無駄にでかい彼への賞賛は布に遮られてなお、部屋に響き渡った。
「音量。考えてくださいよ」
「照れてるぅー」
「それは認めますが、考えてください」
「え。認めるの」
「否定したところでうるさくなるだけでしょう?」
少しだけ頬を朱に染めて諦めたように言う男。
「男の赤面顔とか需要がねぇー。一人を除くけどー」
「はぁ…。まぁ、いいです。他に見つけたのはヨシウとヨギウ。こいつらは確定です。あと一人いるのですが、おそらく、マカドギョニロかと」
「ん?おそらく?」
「はい。二人組のほうは魔力を察知したのです。が、何分、マカドギョニロはよくわからないのです。距離があるのもあるのでしょうが…。どこにいるのかさえ不明です」
「ほえー。るおー」
まるで興味がなさそうな返答に苦虫を嚙み潰したような顔をする男。
「あの、ほんとに興味あります?」
「あるまじろー」
「色んな意味で大丈夫です?」
「平気よ。まぁ、元気してるみたいで何より」
「何よりっていうには反応が終わってません?」
「気のせい気のせい」
言いながら手をひらひらさせる女。男は考えるのをやめた。
「ま、あんたには感謝してるってのはほんとよ。頑張って復活して、会わなきゃいけないしね」
「会う。ですか?」
「そー。ま、計画に変更はなし。勇者を殺そうとするのだけは、友達だし許さないけど、それ以外はあんたの裁量に任すわ。お願いね?」
ストレートな激励。だが、男に生じた違和感が心の中でさえ嬉しさを抑え込む。
「で、もう報告はないの?」
「ですね」
「そ。なら、おやすみ」
返答も待たずに水面は何も映さなくなった。男はボウルの水をそばの容器に移して、テキパキと片付ける。
「勇者を殺すなって理由が、前と変わっている気がしますが…、気のせいでしょう」
男の発した、男の不安を誤魔化すために吐かれた言葉は、部屋の闇に吸い込まれて消えた。
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