50話 カレン
四季と唇が触れ合った瞬間、二人しかいないはずの部屋に俺でも四季でもない、鈴の鳴るような少女の声が響いた。
「おとーさん。おかーさん。初めまして!」
重ねられた声。間違いなく聞き間違いなんかじゃない。思わず声のした方を見ると、小さなエメラルド色の髪の毛を持った耳の長い子供…推定少女がいた。
「えっと…、誰?」
「後、おとーさん、おかーさんって誰です?」
「えっ……」
ひどく悲しそうな顔をする少女。俺らからすると当然の疑問の答えをえたかっただけなのだが、少女にとっては違ったらしい。
「ほんとに?ほんとにわかんないの?」
わかんないなぁ…。ヒントがまるで……いや、そうでもない? だって、あの子がいるのってもともと蕾が置いてあった場所では? てことは、
「「もしかして、蕾の中身?」」
「そう!そーなの!」
ぱっと花が咲いたような可愛らしい笑顔を見せる少女。表情の変化が激しい子だ。
「でも、それ何の解決にもならないんだよね」
「ですね。貴方はどこの誰ですか?」
「ボクはおとーさんとおかーさんの持ってた蕾から生まれたハイエルフ!それ以外に言える情報はないよー!」
びっくりするほど情報増えないなぁ! でも、隠し事はしてなさそう…。
「何でそんなに情報がないんです?」
「生まれたばかりだから、個人情ほーが全然ないだけー!」
「にしては普通に喋れてるよね?何で?」
「ハイエルフだからー!」
うわぁ。これ、違和感ある事象の何もかもが「ハイエルフだからー」で流れるやつだわ。いやでも、これは聞いておかないと。
「何で俺らが父母なの?」
「おとーさんとおかーさんのおかげで生まれたからー!ボク達ハイエルフはー、蕾から生まれるんだけどー。愛の力がないと生まれないんだー!」
「「愛」」
「だよー!」
愛の力って……えぇ…。異世界でそんな言葉を聞くとは。あぁ、でも、愛の神ラーヴェ神がいたな。それを考えると不思議じゃないか。
「ここで言う愛ってのはー、二人が好きあってるって感情のことだよー!距離があると蕾にその力は注がれないからねー!拾ってもらってたまに気にかけてもらえてたのもー、愛の力になるけどー、だいたいは二人の気持ちだよー!」
てことは、俺と四季が好きあってる気持ちで孵ったと? …口に出して言われるとめっちゃ小恥ずかしいな!?
「な、なるほど。それはわかった。だけど、そんなので俺らを父母認定してもいいの?」
「いーよ!大恩人だしー。最初に見たしー」
鳥かなにかか? えぇ…。ハイエルフなのに? 格がなくない…?
「あ、さすがに、あれだよー!二人以外を見ても、親だーとはならないよー!ずっと、蕾の中から見てたからねー!」
「え。あれの中から外を見れたの?」
「見れるよー!だからこそ、誰が愛を注いでくれたかとかわかるんだよー!」
なるほど? でも、判断機構が原始的過ぎる…!
「てことは、ハイエルフって、そんなに重要じゃない…?」
「んじゃないかなー。ハイエルフが具体的に何をするとか知らないしー」
えぇ…。それは欠陥では? 何で言葉とか思考能力とか十分に備えてるのに、そこがないの? 普通、本脳とかその辺で察するものじゃないの?
「まー、ふつー、ハイエルフはエルフ領域から出ないからねー。ボクが蕾に入ってたのはハイエルフが世界樹に蕾としてなるからなわけでー。落ちた後、エルフたちがなんやかんやして開花させるのが、多分、本来の流れー。だから、外に流れ落ちたボクにー、特に役目はないんじゃないかなー」
なるほど? よくわからないけど…、他ならぬ本人がそう言ってるから、そういうもんなんだろう。
「だからー、ボクは恩人かつ、おとーさんとおかーさんな二人に付いてくね!あ、嫌じゃないよねー?嫌なら諦めるけどー」
「ううん、嫌じゃないよ。だよね?」
「です。ですから、そんな悲しそうな顔をしないでください」
そう言って四季が少女の頬に手を当てると、曇っていた顔が、雲が晴れたかのように明るくなった。うんうん、やっぱり子供は笑顔じゃないと。
「あ。そっかー。おねーちゃん……アイリおねーちゃんに聞いてないから、即答できないってことー?」
頷く。あの子ならいいって言ってくれそうだけど、一言もなしに進めるのはちょっと…ね。
ポーン。
都合よくエレベーターが来たな。さて、乗ってるのは…。
「…ん。その子が件の子?」
だよね。アイリだよね。でも、アイリ?
「あの、何でブルンナちゃんがアイリちゃんの腕に抱えられてるんです……?」
「…部屋を盗み見してたって聞いた」
「なら、ナイス!」
「ですね!」
何でブルンナ、あの流れで去っていったくせに盗み見してるの? ……ん? あっぶなぁ!? この子が産まれてくれてよかった。じゃないと、ブルンナに見られてたってことでしょ? こわっ。さすがにブルンナだから殺しはしないけど…、半殺し…いや、八割殺しはしたかな?」
「ひえっ」
「…お父さん。お母さん。声と殺気が漏れてる」
「あ、ごめん」
「ごめんなさい」
ちょっと息を吸って…よし、落ち着いた。
「とりま、ブルンナは撤退するぜぃ!後はごゆっくりー」
ごゆっくりーって言うんなら、何で覗きしてんだろうね。そのおかげでアイリが来てくれたけどさぁ…。微妙な気持ちになる。
「…ん。お父さん、お母さん、この子はなんて言ってたの?」
「ついていきたいけど、構わない?ってさ」
「…ん。お父さんとお母さんに任せる。…わたしは構わない。我慢してるとかはない」
「やったー!ありがとー!おとーさん!おかーさん!」
俺らからは「いいよ」とは言ってないんだけどなぁ…。受け入れるつもりだったからいっか。こんなに喜んでくれてるんだから、いちいち言うのは無粋すぎる。
「ありがと、おねーちゃん!」
ぴょこぴょこ回りながら跳ねてたと思ったら、勢いよくアイリに吶喊。アイリは受け流すでもなく、優しく受け止めた。でも、なんか困ってる。ぐいぐい来る少女にどう反応していいのか分かって無さげ。
俺もそういう時、どうすればいいのかわかんないけど…、
「とりあえず、撫でてあげれば?」
「…いい?」
「いーよー!」
おずおずとアイリが手を動かすと、少女は嬉しそうに身をよじる。最後の関門だったアイリに拒否られて、「やっぱり駄目って言われた!びえぇぇん!」ってなることがなかった。それが嬉しいんだろうなぁ…。
「あ、おねーちゃんって言ったけど、おねーちゃんでいい?」
「…ん」
無粋だから言わないけど、それも、俺らの時は聞いてくれなかったんだけどなぁ…。まぁ、既にアイリにそう呼ばれてたし、この子からしたらそういう関係が妥当だからだろうけどさ。
「…じゃあ、わたしはなんて呼んだらいい?」
「ボクはハイエルフー!名前はまだないのー!」
「え。……」
何でびっくりしたような目でこっちを見るのさ、アイリ。
「いや、生まれたばかりだからさ」
「…既に名前を付けてるものかと」
「もしかしたら別れる可能性のある子に、名前は付けませんよ」
犬や猫じゃないけれど、愛着が湧いちゃったら別れにくくなるからね。
「…なるほど。なら、付けてあげて?」
「つけてー!」
「「了解
本人がご所望なら喜んで。
「えっと、じゃあ名前を付ける上でも、これからどう君を扱うかを決めるうえでも、性別を聞きたいんだけど…大丈夫?」
「へーき!でも、ボクにーというかー、ハイエルフにー、性別はないよー!」
ハイエルフの生態が謎すぎる。ちょっとそれは予想外。
「それは生物学的にですか?」
「だよー!むせーなの!確かめるー?」
「もうちょい自分を大事にして?」
ノータイムでなんてことを言ってんの…。
「おとーさんとおかーさんだし、へーき!ほらー!」
立ち上がって俺に飛びかかって来る少女……ではないか、無性だし。でも、とりあえずは少女で良いか。
無性だってアピールしたいのか、股間が思いっきり腕に当たってる。慎みとか言いたいけど、少なくとも男の子ではない。
「こら、急に飛びかかったら危ないでしょう?」
「ごめんなさーい」
四季に首付近を掴まれてぷらーんとぶらさがる少女。四季にしては行動が雑。四季なら抱っこしそうなものなのに。
「で、どうでした?」
「確実に男の子ではないね。あるべきものがなかった」
「なるほど。では、後は私が見て確認すればいいですかね?」
「かな。さすがに俺は見ないけど」
万一があったら罪悪感で死ねるし。
「別にいーのに」
「駄目です」
「は、はーい」
四季にしては語気が強い。ひょっとして邪魔されたから怒ってる?
「…えぇ」
「どしたの、アイリ?」
「…ううん、なんでもない」
絶対、なんかあるはずだけど…。まぁ、いいか。ないって言ってるし。
「うん、何もないですね。マネキンのようにつるっとしています」
「了解」
無性ってのはガチと。嘘だとは思ってなかったけどさ。
「じゃあ、扱いとしては女の子ってことにしとこうか」
「ですね。その方が無難でしょう」
「だよね。アイリはどう?」
「…ん。同意」
「りょーかい!そのてーで振舞うねー!」
いい? って聞く前に了承された。楽でいいけどそれでいいのか。
「嫌とかはないですか?」
「ないよー!むせーだもん!でもー、何でそう決めたのー?」
わかってなかったのね…。予想はしてたけど。
「明らかにエルフってわかる見た目をしてるけど、」
「私達の子と押し通すならば、ひょっとしたらエルフということを隠さないと駄目かもしれません。その場合、人間の私達から、」
「無性ってのは生まれないから…」
人間が人間である以上、成長して生殖能力を持たない人なんてほぼいない。あっちの世界では最近、その辺の配慮が進んでる感はあるけど、こっちだとんなもん望むべくもない。
「だから、折角、エルフってのを隠しても、男か女かをしっかりしておかないと、そっからバレかねないんだよね。エルフですらないハイエルフだって」
ハイエルフが無性ってのは世界の常識かどうかはわからないけど、常識だったときに備えとくべきだろうし。
「どちらかの性に決めないといけないならば、あるものをあるとするよりないものをないとする方が楽です。ですから、女の子にしていいですか?って聞いたのです。聞く前に許可くれましたが…」
「なるほどー。それより、早く名前をちょーだい!いつまで代名詞で呼んでるのさー!」
だね。さっきから他人行儀感がすごかったもんね。
「アイリも手伝ってくれる?」
「…わたしが手伝うべきじゃないと思う。頑張れ」
手伝ってくれないのね。でも、こうやってアイリが自分の意見を出してくれるのは嬉しいな。こういう問いだと前なら「いいよ」って絶対に答えた気がするから。
「じゃあ、相談するからちょっと待って」
「うん!おねーちゃん!あそぼー!」
「…ん」
あ、じっと待ってるわけではないのね。遊ぶって言っても、じゃんけんか何かをするだけみたい。
「さて、女の子扱いするとはいいましたが、あの子、所謂、中性的って容姿をしていますよね?」
「だね。男の子にも女の子にも見える可愛らしい感じの外見。あ、そうだ!ねぇ!成長したら容姿が劇的に変わったりする?」
聞くの忘れてた! もし変わるなら、今は良くても将来は「何でそんな名前なんだ?」って思われかねないかもしれない!
「変わらないよー!そも、ボクらハイエルフはこれで完成けーなのー!」
「了解。ありがとう」
なら、今の容姿を参考にしてよさそうだね。
「であるなら男女で通りそうで、私達っぽくて、この世界っぽい名前がいいですね」
「だね。要するに、外国人にもいそうな日本名って感じだね」
「ですね。何かないですかね…」
どうしようか。参考になりそうなのは…、あぁ、あった。この子が生まれたのは蕾。それを参考にしよう。さすがに、ツボミは安直すぎるから…、蕾の形かな?
「蕾の形って何に見えます?」
「あ、同じこと思ってたのね。俺は蓮かなぁって思ってる」
咲く前の蓮。それがちょうどあんな感じだったはず。
「同じく。私もそう思っていました。蓮…あぁ、「カレン」はどうでしょう?」
カレン? それは確かに名前っぽいね。ていうか、いたはず。女性のイメージが強いけど…、問題はないね。ていうか、好都合。女性扱いするなら、女の子っぽい方がそっちの印象に引っ張られてくれるはず。
「うん、よさげだね。漢字はどうする?つけとく?」
「今、考えておいた方が好都合でしょう。必要になってから慌てたくないですし」
「だね」
「といいましても、ほぼ一択なんですが。カは難しいほうの「華」か、簡単なほうの「花」でしょう。レンは「蓮」からとったので蓮にしたいですし」
「だね。カのほうは、選んでもらおうか」
「ですね。紙渡しますね」
「ありがと」
さて、書くか。魔法でもないからささっと。
「決まった?」
まだ字を書ききってないけど、決まった雰囲気を感じ取ったらしい。ワクワクを隠し切れない顔で少女…カレンがこちらを見ている。
「決まったよ。カレンだ」
「おー!ありがとー!」
「ですが、カレンちゃん。実はカレンちゃんに一つ決めてもらいたいことがあるんです」
「なーに?」
ああ、可愛いなぁ。この邪気のない顔。
「名前の字。どっちが良いですか?」
四季が言ってくれてる横で、俺が書いたばかりの字を見せる。
「これ、なーにー?」
「俺たちの故郷の字だよ。意味は一緒のはずなんだけど、受ける印象が違うでしょ?だから、決めて欲しいなって」
「そーゆーのってさ、おとーさんとおかーさんが決めるものじゃないの?」
「それはそうだけど、既にカレンには意思があるでしょ?」
「どちらも良い漢字で決めかねているので、カレンちゃんに決めて欲しいなと思いまして」
名前は俺らが付けた。けど、それくらいは選ぶってのもありじゃないかな? って思うし。
「なるほどー。ならー、こっちがいい!」
選んだのは「華」のほう。
「どうしてこっちを選んだの?」
紙に「華蓮」と書きながら聞いてみる。
「なんとなくー」
「何となくですか」
「それも大事だよね。よし、これがカレンの名前を漢字とこっちの字で書いたのね。両方読めるよね?」
「うん!じゃないと、喋れてないよー!」
そっか。…世の中には喋れるけど読めない、書けないってことがあるのは黙っとこう。喋り言葉しかない言語ってのも存在するんだけどね。
「名前の由来はー?」
キラキラした笑顔を向けてくるカレン。ほんと、眩しいなぁ…。
「カレンの生まれた蕾は故郷の蓮に似てるんだ」
「蓮は徳の高い花ということで有名なので、まずはそれにあやかりました」
「そして、華は花々。かわいらしい容姿にぴったりだ」
「そして、これからもあなたが、花が咲くような笑顔でいれますように。そういう願いがこもってますよ」
「そーなの!?ありがとう」
元気いっぱいの笑顔で言うと、しばらくの間、自分の名前を口ずさみながら、俺の書いた紙をじっと見ている。
これは覚えきるまで動かないやつだな…。
「…ねぇ、そういえば、わたしには漢字ないの?」
「ん?考えてはいたけど…、欲しい?」
「…欲しい」
アイリははっきりと期待するような目で頷いた。
「でしたら、これですね」
そう言いながら四季はファイルからアイリが寝ていた時に書いた紙を取り出し、そっと差し出した。
アイリはそれをひったくるように取ると、書いてある「愛理」という字をじっと眺め、ひとしきり眺めると、どういう意味か聞いてきた。
カレンにも説明したしね。気になるよね。
「まず、アイリの名前に漢字をあてるにあたって、「アイ」に「愛」をあてることはすぐに決まったよ」
「ですね。二人とも異論はなかったです」
「ちょっと言いにくいけど…、俺達に出会う以前──特にルキィ様と会う前のアイリは、皆から好まれていなかったでしょ?」
「…ん。でも、気にしてないから、気にしないで良い」
…了解。明言されたし、今度から気を付ける。
「とりあえず、そんな感じだから、みんなから愛されて欲しいって思いがある」
「今は難しくても、頑張れば、この世界でも黒髪赤目の鎌持ちを忌む価値観は変えられるはずです。そうなれば、いけるでしょう?無理でも地球に行ってしまえば、何も問題はないですし」
「…なるほど」
顔に「割とその辺はどうでもいい」って書いてるね。そんな気はしてたけど…、まぁ、その辺はおいおい変わっていってくれればいいか。その方がいいとは思うけど、俺らの気持ちでしかないし。変わらなくても、それはそれ。
「でもそれ以上に、俺らは愛理を見捨てない」
「その漢字に負けないくらいの愛を貴方に。そういう思い…というか誓いですかね?それを込めています」
本人に向かって伝えるのは少し恥ずかしい。
「…リは?」
努めてきりっとした顔をしようとしているけど、微妙にアイリの頬は緩んでる。言った甲斐もあるというもの。きりっとしてるのも恥ずかしいのを隠そうとしてると思えば、愛らしさが勝る。
「めっちゃ悩んだね」
「リはいっぱいあるんですよ。それこそ、今の「理」をはじめ、「李」ですとか、「利」に「里」。そして、「梨」や「璃」なんかもありますから」
だけど、色々考えて理にした。
「結局、「理」にした理由はアイリの性格──わりと論理的──ってのがひとつ」
「そして、理は「ことわり」とも読み、道筋的な意味もあります。先の願いを補強してくれればいいなとも考えました」
「要らない価値観をぶち壊せるように、そして、俺らがちゃんと愛せるように」
後者はなくてもいけると信じてる。だけど、親が子を愛するなんて道理はない。残念ながら、そうあるべきだろうけど、そうでないこともある。だからこそ、繋げておきたかった。誓いを強固にしておきたかった。
「後、アイリちゃんは長女です」
「だから、しっかりして俺らをサポートしてもらえたらな。ってのがあるよ」
最後のはちょっと後付け。呪いになるかもしれないけれど、アイリが貰ってばっかり…と思うかもしれない。その思いを払しょくできるように、アイリから返せそうなのも入れ込んだ。
「…なるほど」
そう言うとアイリはまた紙に目を降ろした。…これはカレンと同じく、今日はもう動かないね。することもないし…、この子らが満足したら寝ようか。




