44話 シャンデリア
鎧から出てきたいつもの白と黒を押し固めたような塊。調べたいが……。触っていいものか。いや、それよりも先に、下から上がってきたシャンデリアだな。
シャンデリアが下に下がれないように、ペンを投げ、穴の上をまたがせる。同時に、四季もファイルで穴の一部を塞ぐ。
「あ、アイリは駄目だよ」
「ですね。さっきの影響が……」
「…ん」
シャイツァーを介してではあるが、さっきの元凶に触れて変なことが起きても困る。
「…でも、お父さんとお母さんは良いの?」
「ブルンナがいるから大丈夫」
「ふぇっ!?」
何で変な声上げてんだ。普通、分かるだろうが。
「貴方、お姉さんから聖杯を預かっているでしょう?それ使ってください」
「もう霧じゃなくなってるんだけど?」
あ。解けたのか。結構もったな。
「なら、水をかけておいて」
「霧であろうが水であろうが、効果に違いはありませんからね」
ペンもファイルも置いてあるから、水を浮かせる必要もないし。穴から下の階に聖水が流れ落ちていくが、それはそれでよし。
「了解!なら、聖水をドバドバ」
「は、待ってくださいねー」
走って穴に近づこうとしたブルンナ。その進路上に四季が割り込み、そのまま持ち上げた。
「何で止めるのー!」
「止めるでしょうよ…。何で元凶たるシャンデリアが鎮座しているのに、その真下に行こうとするのです?押しつぶされても知りませんよ?」
「…確かに!」
納得するのか。
……うん? 降りないのか? 何でブルンナ、四季に脇に手を入れて持ち上げられたまま、聖杯を穴の方に傾けてるんだ?
「…お母さん、何で持ち上げたままなの?」
「肉壁です」
「ふぁっ!?」
草。
「え。え。マジで?」
「えぇ。マジです。ほら、万一、またシャンデリアが光っても、ブルンナちゃんが大部分浴びてくれるでしょう?」
「降ろしてー!」
ブルンナがじたばたし始めた。…さっきまで魔法使ってたな。何で持ち上げられるフォローしてんだ。
「いいですよ。はい」
「えっ」
さっきからブルンナ、唖然としまくってる。そのうち顎が外れそう。
「肉壁と言っても、欲していたわけではないですし、拒否はしませんよ。というか、私としては抱き上げられて「降ろせ」とも言わないことに驚きましたが」
「万一、底が抜けた時に安全かなって」
えぇ……。
「いや待って。待って。何でドン引きするのさ!?シキも同じでしょ!?」
「正面から攻撃されること考えてなかったんですか…?」
「マジモンの肉壁にするのやめて」
四季なら前から攻撃されても、ブルンナで止められるか軽減できるが、ブルンナはそれ出来ないんだよな…。底抜けたとしても、そうなったらぽいって捨てるだろうし。
「ま、冗談ですよ。降ろした方が行動しやすいですもの」
「わざわざ持ったままとかいうデメリットを背負う必要はないしな」
視界がふさがるし、行動がワンテンポ遅れるしで、いいことない。
さて……と。ここまで無駄に話してるのに、シャンデリアに動きはなし。慌てて下に戻ろうって動きも、攻撃するそぶりもない。シャンデリアは使い捨てか? それとも、最初に流し込んだ聖霧のせいで駄目になってるのか。どっちだろうな。
どちらかは分からんが、穴を塞いだ以上、少し放置してもよさそうだな。ブルンナが見つけたあの石を見よう。
鎧の中からこぼれ出てきた石は、色合いがいつものと明確に違う。いつものは白と黒を強引に混ぜ合わせようとしたが、ちゃんと混ざらない。そんな汚い色。だが、これはちゃんと白は白。黒は黒とはっきりと、明確に区別できる。
ブルンナは今も下に水を流してくれているが、距離があるから水は床に多少ある。そこなら、聖水に触れながら石を触れる。で、あるなら、
「四季」
声をかけながら四季の方を見ると、四季は嫌そうな顔をしながらも頷いてくれた。
ほんと、俺、四季から大切に思われてるなぁ。まだ告白も出来ていないのに。
「ブルンナ。水の上にあの石を持ってくることは可能?」
さっき穴に水流そうって言いだした時に、石がポイっとうち捨てられたから、微妙に水に触れてないんだよな。
「もちもち」
ついっと石が動く。その石に指先だけで触れてみる。指先が触れるかどうか。でも、確かに若干だけ触れた。その途端、塊が白と黒にほどけて消えた。
「えっ、ちょっ。それで消えるの!?」
「みたいだな」
「今の一瞬じゃなんもわかんないでしょ!?」
ブルンナの悲鳴が地下に響く。
「まぁ、わからんな」
「やっぱり!」
「だが、あれはどう考えても元々は、いつもの汚い白と黒だ。聖霧か聖水で浄化されたんだろう」
聖水は強力な魔法みたいだし。そういうことがあってもおかしくない。鎧は西洋の甲冑みたいなやつとはいえ、隙間はゼロじゃない。霧なら入り込める。
「もともとの役目は鎧を操って襲わせるとか、自爆させるとかですかね?」
「おそらく」
どちらであれ、こちらに手傷を負わせて時間を稼ぐ目的だったのは間違いないだろうな。
「…鎧の材料を調べるくらいはいい?」
「「お願い」」
おそらく鎧は大丈夫。何でもかんでも「駄目」は良くないから、どこかで妥協しないと。早速、アイリが近づいて鎧を凝視している。あ。顔上げた。
「「分かった?」」
「…ん。この鎧、シャリミネだよ」
「これも?」
「…ん」
マジか。この鎧もそうなのか。なら、明らかにさっきの塊の目的は、鎧の操作だろう。こんなのが暴れたら間違いなく手を焼く。
「この隅に同じ鎧がありますよー!」
「こちらの隅にもです!」
騎士さん達が見つけたものを合わせると計3つ。間違いなく一筋縄ではいかなかった。が、ブルンナの持つ聖杯がその企みを無に帰した。
「他の鎧の中にもさっきのはありますか?」
二人とも頷いた。ですよね。
「なら、それも潰しとこう」
「ですね。一個は私にも触らせてください」
「なら、ブルンナにも触らせろー!」
さっきは平気だったとはいえ、あんまり触って欲しくはないが……。情報は多い方がいい。触ってもらおう。でも、ブルンナは……。
「お前、皇族だろ」
「だが、予備だよ!」
「「「その予備はお一人しかいないでしょう!?」」」
「「駄目じゃん!?」」
そりゃ騎士さん達も焦った顔するわ。え、てことは、あのお姉さんとコレだけ!? それはさすがに……。
「いいじゃん、減るもんじゃないしー」
「触れたら消えますし、貴方は一人しかいないんですけど」
だな。止めろよ、騎士さん。あんたらの皇女だろ。
「というわけで、えいっ!」
!? えっ。何で全員が駄目って言ってるのに触ってるの!?
俺と違って勢いよく触れた。だが、それでも起きる現象は変わらない。はっきりと白、黒と認識出来る二色にほどけ、完全に分離すると霧散した。
「うーん、わっかんないね!」
「後で説教な」
「ですね」
「えぇっ!?」
「えぇっ!?」じゃない。
「勿論、俺や四季じゃないから」
ほっと安心するように息を吐くブルンナ。何で安心できるのか。
「一番心配してくれるお姉さん……教皇猊下に言っときますね」
「ちょっ、それは反則だよ!?」
知らんな。純粋に自分の身を案じてくれる人からの心配という、最も罪悪感の湧く攻撃を受けると良い。騎士さん達も加わってくれるだろうから、さらに罪悪感が増すぞ。喜べ。
「ブルンナちゃん。もう一個を動かしてください」
「やれば説教マシになる?」
「るわけないですね。あ。というか、何かもわからないのに率先して魔法かけたので、倍ですかね」
「理不尽」
ではない。短慮が過ぎるぞ、ブルンナ。人のこと言えんかもだが。
「さて、私も触りますね」
四季も俺と同じようにこわごわと指を近づける。そして、爪が触れた瞬間、同様にほぐれて消えた。
「私も、やはり特に何もわかりませんね……。分かっても習君と同じですね」
「何の成果もっ!得られませんでしたぁっ!」
元気だな。さっきまでの打ちひしがれてた感じはやっぱり演技か。というか、
「何でそのネタ知ってるんだ……?」
そのネタ、かなり最近のだぞ。2013年くらいのやつ…。
「勇者様から伝わってるからね!」
やっぱ時間の流れがおかしい。ほんと、浦島太郎だけは勘弁願いたい。
「…ブルンナは得たものあるでしょ?」
「ん?何?」
「…説教」
「要らない!」
無理。諦めろ。
「さて、ブルンナが聖水を流してくれている間に、鎧をどかしておこう」
「ですね。動けるようにされると面倒です。上の方に持って行けば大丈夫なはず。ですよね?」
「だn……うん?ちょっと待って。四季」
ほんとに大丈夫か? この上の部屋は間違いなく礼拝堂。あの中央にあった部分に、上で停止しているシャンデリアを差し込んで、周囲を照らす。そんな構造になってたはず。
そんなところに地下から行く道を、カーペットの下とかいう超使いにくい場所だけに用意するか? ……俺ならしない。他に安全なところがなさそうなら仕方ない。だが、この部屋は明らかに怪しいって分かる場所から続いてる。
シャリミネだからぶち破られないと思った可能性も無きにしも非ずだが、どっちかというとあれは目を逸らすための見せ札だろう。
そして、あの部屋には他に隠すにあたってぴったりなところがある。あの部屋は常に誰かが近くにいるはず。少なくとも、入り口にいるシスターは扉を開け放っていれば中を見れる。
であれば、明らかに高かった演説台の裏。その裏に入り口を作っていてもおかしくない。その扉を使えば、ここと、さらに下まで行ける……かもしれない。
「まとまりましたか?」
「うん。まとまった。それは運んでくれていい。ただ、教会の中からすぐに出して。ついでに教会が面している道からも」
黒い教会からの介入があるかもしれない。それは避けたい。
「で、四季。上の部屋にはこの部屋と、下の部屋に繋がる通路があるかもしれない。あのシャンデリア、今は動きがないけど、上からこっそり回ってきて回収する算段かもしれない」
「なるほど。私達がいないときに、シャンデリアを回収しに来たチヌカに騎士達がやられてめんどくさいことになりかねない。そう危惧したわけですね?」
そう。洗脳はブルンナの持つ聖杯から湧き出す水で解ける。だが、鎧に細工されると、それを崩せるか怪しくなる。…さすがに同じ手を喰ってくれるとは思えないしな。
「なら、どうするのさ」
「こうする。ブルンナ。中央から離れてろ」
「うぃ」
ものわかりがよくて助かる。四季と手を繋いで
「「『『氷槍』』」」
太い氷の矢をシャンデリアが移動してきたレール目掛けて発射。ボキッとレールをへし折る。
「ブルンナ!あのシャンデリアを動かすことは可能か!?」
「え!?うーん、無理!」
あ。やっぱ無理か。そんな気はしてた。なら……したくないが、仕方ないか。
「四季!」
「了解です!ブルンナちゃん!私達に上から聖水をかけ続けることは可能ですか!?」
「無理!聖杯も動かせない!」
シャイツァーと白授の道具が駄目っぽいか。だが、それでも、
「ブルンナ自体が持てばいけるだろ!」
「あ。確かに。ならそれで」
あ。良いんだ。シャンデリアに近づかないといけないのだが……。思いっきり塊触っていたし、今更か。
さて、やるか。俺がしゃがんで四季をおんぶ。しっかり持って……よっと。
「届く?」
「んー。微妙ですね。天井が微妙に高いです」
「なら、ちょっと危ないけど、今、四季の足に腕を巻き付けてるよね?」
「あぁ。なるほど。掌を上に向けるから、そこに乗れということですね?」
「そうそう」
なんで組み立て体操みたいなことしないといけないんだって思わないでもないが、届かないからな…。てか、これなら抱っこのが良かった気が……。いや、高さで絶対に負けるか。
「…支援できるように後ろにいるね」
「ありがとうです。でも、無理そうなら回避優先してくださいね?」
「…ん」
アイリは見えないが、納得してくれただろう。なら、早速。手に四季のほぼ全体重がかかるが、魔法があるから余裕。でも、これ、難しいな……。上げすぎると四季がバランス崩しそうだし。
「どう?届く?」
「もうちょっとです」
「了解」
既に膝すら俺の肩より上にある。かなりバランス的にきつそうだが……。
「届きました。では、勢いよくやりますね」
あんまやって欲しくないが、今更か。
「了解」
「じゃあ、行きます!」
宣言と同時にぴょんと跳ねて、シャンデリアにつかみかかる。グイっと強烈な力で下に引っ張られたシャンデリアはレールを勢いよく下へ落ち、破壊されたレールから外に飛び出した。
「取れたけど、無事?」
「ですです。違和感なしです」
ほんと……っぽいな。目を見ても違和感ないし。
「魔法様様ですね」
だね。聖水もそうだけど、魔法がないと着地の衝撃がヤバイし、折ったレールがある。幸い、かすりすらしなかったが、突き刺さったら致命傷。
「で、これどうするのさ」
「砕く」
もうペンやファイルは回収していい。それで殴ろう。推定白授の道具だから、駄目だろうが……。
勢いよくシャンデリアの電球の一個にペンを突き刺す。ッ硬い! やっぱり硬い!
なら、もっと攻撃を叩き込んで……と思った瞬間、奥のドアが勢いよく開く。
「侵入者ども!神聖なる教会を荒らすんじゃない!」
「はっ。先に手を出してきたのはそっちだろうが」
「荒らされたくないなら、相応の態度があるでしょうに」
「「チヌカさん?」」
言った途端、雰囲気ががらりと変わる。
「バレているなら、仕方ない!我は我が神が僕、『ヨシウ』!神の名のもとに敵対者を滅ぼさン!」
やはりか。白授の道具がこちらにあるとはいえ……油断はできないな。




