36話 平民街
平民街に行こうとしたら、壁に
『正方形を9分割する。分割した正方形を次のように番号を付ける。
1 2 3
4 5 6
7 8 9
0秒の時、[5]のところにA君がいる。A君は1秒経つごとに1/4の確率で上下左右いずれかに動く。1, 2, 3, 4秒後にA君が[5]のところに居る確率を求めよ。ただし、上下および左右は繋がっているものとする。
例 A君が[2]の位置にいる時、上に移動するとA君は[8]に移動する。[3]の位置にいて右に移動した場合、[1]に移動する
以上。 出題者 姉』
とかいう問題が掲げられてた。どうしてこうなってんだろう。
最後の「出題者 姉」を見る限りこれをやったのはブルンナのお姉さん。きっと日常的に抜け出してる──しかも、おそらくは勉強から──から、抜け出すくらい勉強しとけとかいう気遣いなんだろう。
ブルンナからすれば鬱陶しいことこの上ないだろうけどさ。
「でもブルンナ、これくらいなら普通にすぐに解けるでしょ?」
4秒後までの全部書き出せばいいんだし。n秒後の求めろとか言われるよりはよっぽど良心的。
「むー、そうだけどさ、書き出したものを書き留めるものがないじゃん。ブルンナはそんなの持ち歩いてねぇ」
たしかに。書くものがないと厳しいわ。壁に傷つけるとか論外だし。地面も石畳だから手軽に書けない。だけど、俺らにはあるわけで。
「四季、出せる?できれば大きいのがいいんだけど…」
四季のシャイツァーたるファイルはA4サイズ。それより大きいのは出せなさそうだけど…。
「了解です。ちょっと待ってくださいね……いけますね。というわけで」
四季がファイルに指を突っ込んで、引く。すると、四季の指の間に何回か折りたたまれたせいで分厚くなった紙が出てきた。
「四季、それ、どれくらいあるの?」
「さぁ?私にもわかりません。とりあえず可能な限り大きくしましたので。広げてみますか」
「だね。えーっと、問題は簡単で覚えられるから、馬車の中で広げてもらっていい?」
「勿論です。いくら石造りとはいえ、地べたに足を付けたくはありませんから」
ブルンナは……声をかけなくても勝手に戻ってくるか。御者台から馬車の中へ。ちょうど、アイリも様子を見に来てくれてたのか、御者台付近にいてくれてる。だから、遠慮なくばさっと広げられる。
1回、2回、3回……あれ、思ったより大きそう…。そろそろ、四季一人だと広げるの難しそうになってきた。手伝おう。
四季に持ってもらったまま、境目を持って移動。これで広がる。これを繰り返して大きくしていく。…まだ折り目あるの? これ以上は馬車から溢れるよね?
「習君、これ以上は…」
「だね。ここで止めとこう」
どこまでいけるか? に興味はあるけど今、そこは問題じゃないし。床に下ろし……うん? なんか思いっきり人型のふくらみが出来てる。
「ブルンナ、何してるの?」
「そこに居られると困るのですが」
「驚かそうと思って待機してたらこうなった!えーと、この紙は破ってもよき?」
「まぁ、よきですけど」
だよね。魔法で出してるとはいえ、ただの紙だし。
「じゃあ、とー!」
元気よく立ち上がってブルンナが腕を大きく上げると、俺らの手を離れていた紙がばさっと上へかちあげられる。
「いやー、失敗失敗。やっちゃったふぎゃっ!」
舞い上がった紙が落ちてきてブルンナにまとわりついた。コントかな?
「あっ、ちょっ……、何で持ってくれてないのさー!」
「離したらそこにブルンナちゃんがいたので」
「持てとは聞いてないしね」
「むむー!そうだけどさー!」
悔しそうに言うブルンナ。でも、事実その通りだからね? ……とか言ってる場合じゃないか。上から紙が降って来ただけなのに、絡まり方が酷くなっていっているような気配。
たぶんアレだな。大きな網をかぶったようなものか。大きいってのは純粋に邪魔だし。
「ブルンナ。止まって。助けるから」
「ですね。じっとしててくださいね」
よし、じっとしてくれた。じゃあ、四季にはそっちを持ってもらって、俺はこの辺を持つ。そして、上に持ち上げる。紙からブルンナが外れれば容易に脱出できる。
「よーし!今度こそ、ブルンナ、推参!さ、さっさと解こ!」
めっちゃ切り替え早い。まぁ、それでいいけどさ。
「了解。といっても、やるのはごり押しだけどねー」
「ですねー。というわけで、今度は習君、お願いしますね」
「任せて」
俺のシャイツァーはペン。そのペンに想定される普通の使い方をする。
「あれ、さっきのファイルもだけど、それどこから出したの?」
「うん?普通に取り出しただけだよ。鞄からね」
まぁ、嘘だけど。本当は虚空から。だけど、それが出来るのは俺ら召喚された勇者だけ。虚空からって正直に答えちゃうと本気で誤魔化せなくなる。
「ふぅん……」
ちょっと疑ってるっぽい? まぁ、俺らのことを勇者だと思ってるけど、証拠がない! って感じだもんね。さもありなん。
「で、どうやって解くの?」
「「ごり押し」」
「え?」
「「だからごり押し」」
ブルンナがあんぐりしてる。はっは。何で4秒後って決まってんのに、わざわざめんどくさい式を立てなきゃいけないのさ。
9個の連立漸化式とか解きたくもない。いや、この条件なら3個か。
「だから大きめの紙を出したんですよ」
だね。小さいとスペースの関係で書きにくくなっちゃう。…というわけで、全部書き出す。
最初は5にいるんだから、0秒では確率は1。次の1秒後は上下左右の2, 4, 6, 8。だから確率は0。その次の2秒後は、まず2を考えると1, 3, 5, 8のどれか。4は1, 5, 6, 7で…、
「マジで書き出してるし…」
「書き出し法は馬鹿になりませんよ?帰納法で証明するって場合でも、解を決定する場合に必要になったりしますし」
「そりゃそうだけどさぁ…。もうちょっと華麗な方法はないの?」
華麗な方法…華麗な方法ねぇ……。
「あぁ、ありますね。習君。習君はそのままやっててください」
「了解」
6は3, 4, 5, 9。8は2, 5, 7, 9。総計16個のうち、4個5があるから、1/4。
「華麗といっても、本当に華麗かどうかは分かりませんが。兎も角、これは上下左右が繋がっているので、5の中央と、2, 4, 6, 8の隣接。そして、1, 3, 7, 9の隅に分けられます。これらの群は番号こそ違えど、中央、隣接、隅という言葉に着目すると、次の1秒で移動する先は全部同じになります」
だねぇ。中央たる5にいる時は、次の1秒後は隣接の2, 4, 6, 8に。隣接の2に居るなら、次の1秒後は1, 3(隅)か、8(隣接)か、5(中央)に。隅の1にいるなら、次の1秒後は2, 4(隣接)か、3, 7(隅)に。それぞれ移動する。
「ですから、これに気を付けますと連立漸化式は3つで済むんですね。まぁ、解けるかどうかは別問題ですが」
だからこそ、ごり押ししてるわけだけど。3秒後は1秒後から見ていこうか。1秒後は全部隣接だから、どの数字に着目しようがパターンは同じになる。それを踏まえて2秒後を見る。
2を例にとると、1, 3(隅)と、5(中央)と、8(隣接)。隅で5に行くのはあり得ないし、5で次に5に行くのもあり得ない。隣接の8だけ、5にいけるルートが一つある。他の4, 6, 8も同じように隅と中央から5に行けなくて、隣接から1個だけ5に行ける。そう考えると、5に至るのは4通り。
そして、全ての移動の仕方は単純に前の総数に4を掛ければいいから64通り。だから、3秒後は4/64 = 1/16。
4秒後は隅と中央は5に行けなくて、隣接だけ5にいける。それに注意すれば、5に行けるのはえーと、36通り。総数は64×4だから、36/256 = 9 / 64。
「ん、終わったね」
「ですね。私も見ていましたが、これで合っているでしょう。ブルンナちゃん。私達はやり方知らないので、お願いしますね?」
「了解。文字を入力してー」
ブルンナは壁の一部を触って文字を入力してる。一か所入力を終えたら、別の枠を触って、また文字を入れてる。
この入力方法は思いっきりスマホだね。召喚されたバシェルの図書館にパソコンもどきがある時点で分かってたけど、過去の勇者勢と俺らの時間間隔が近すぎる。
普通、こういう召喚って時間間隔が開くと思うんだけど…。うぅん、召喚対象をそれなりに発展している世界に絞ってるんだろうか。
発展しすぎ…例えば、チップ埋め込みとかしてる世界だと、チップ壊れたらどうするのってのがあるから駄目なのかもしれない。
で、昔すぎると価値観がやばいから駄目。とか。戦国時代の大名が召喚されようものなら魔法で天下取る! とかなったら草も生えない。から、駄目。とか。
「うん、合ってたみたい」
「それはよかった」
採点も自動か。ブルンナが入力しきって、右下の「採点」のところをポチっと押したら勝手に丸が出てきたし。
「じゃあ、進むよ!」
了解。またさっきのように馬車に乗り込んで、出発。今のところ、景色は変わらない。高貴な白い街から、同じ高貴な白い街へ。
「ブルンナ。さっきの問題みたいなのはいつもあるのか?」
「え?大体あるよー。たまーに変えるの忘れてるときあるけど」
大体ってことは結構な頻度でこの子、こっから脱出してるな。お姉さん、かなり心労ためておられそう。
「どうやってこれを変えているのです?」
「普通に。別のところで書いたのをはめ込んでもよし、直接入力してもよし、専用の機械を使ってもよし。だよ!」
あぁ、よかった。機械がちゃんとあるのね…。手動でしか変えれませんとかいう地獄じゃなかった。…でも、そうなってくるとマジでますますスマホ。ネットワークは限られてるけども。
「あ、セン。次曲がるときから、道なりに進めばいいってわけじゃなくなるから気を付けて。曲がったら即座に左ね」
「ブルッ!」
センが答えると同時に馬車が旋回。わーお、結構雰囲気が変わったね?
さっきまでは高貴な白……例えるなら何ものにも汚されないような力強さを備えた白だった。だのに、こっちはちょっと格が落ちた。白は白だけど、力強さに欠けている。もちろん、煤けたり、汚されたりはしていないけれど。
「さすがに気付くかー。折れる前までの道は資格がなければ見えもしないし、壁があって阻まれるようになっている道だったんだー。でも、この道からはこの道に近づき難く思わせる魔法はあるけど、認識出来る。そんな道なんだ。だからこっから先は平民街!」
わざわざ二段構えにしているのは、何もないところから出てきた! ってならないようにするためかな? 道があればそこから出てきたってなるし。…まぁ、何のためにそんなとこまで行ったんだ? ってなっちゃうけど。
「…この道、奥まで行って不信感持たれない?」
「持たれないようになってるよ!だってこの裏、公式にはあの宿ってことになってるもん。買い出しに行くときに不便。そういう体で道が出来てるからね。まぁ、体だから繋がってないけど」
なるほど。体か。あれ? でも…。
「右に行く道ありませんでした?」
四季が疑問に思ったことを聞いてくれた。だよね。今、左に曲がったけど、右にもいけたよね?
「あぁ、さっきのところ?あれはただのそれっぽい道。それっぽい道があれば、疑問は持たれにくいでしょ?宿から平民街に行くなら、大聖堂を通れば事足りるしね」
「…でも、それって平時の話。…導線が大聖堂に集約されちゃってるから、もし魔族が襲来してきたりでもしたらどうするの?」
「その場合は、街で遅滞戦闘するよ!貴族だからね!ま、そもそも貴族街から平民街への大規模避難は考慮されてないし、逆もまたしかーり」
されていない = 導線詰またら諦めて死ね。にならない? 思い切りが良すぎない?
「仕方ないよ。だって、そういう風に街が作られてるもん。さすがにどうなの?とはおもうんだけどねぇ……。この壁、シャイツァーで作られてるのか何なのか、変に干渉できないんだよね。この街を作った初代がちゃんと作ってくれてないのが悪いよ。だから文句は初代にね!」
うわぁ……。でも、それなら確かに初代が悪いなぁ。もっとしっかり街を作ればよかったのに。あんまりやる気がなかったのか?
「あ。セン、その次の次を右に行って。その次を左に行けば大通りに出るから気を付けて!」
「ブルッ!」
ガラガラと馬車が進む。右に曲がったあたりから少しガヤガヤという人の声。左に曲がると雑踏の声とともに大勢の人が白い街を行き来している光景が飛び込んでくる。
「どう?これがブルンナ達の街、アークラインの平民街!あっちと違って活気があっていいでしょ!」
「「だね…」」
宗教都市という言葉から、勝手に静謐、荘厳といったイメージを抱いていたけれど、こっちはそんなことないのね。人の営みに溢れてる。
そして、支配者層らしきブルンナがそれを誇りに思っているあたり、この光景は望んで作れてるんだろう。
「で、ギルドはねー。平民街の中央にあるのだ!だからセン。ゆっくり道の中央を進むのだ!あ、人の流れが切れたから行って行って!」
「ブルッ!」
止まっていた馬車が動く。うまく人の流れが切れたところで道の真ん中に行って、突き進む。
ちゃんと交通整理されていないのか、道の両側に色々あるせいなのか、人の流れは混じりあってる。馬車がいれば中央は開けておくという印象を受ける。あっちの世界なら、車が多少通れる商店街が近いかな? 緊急車両が通る時みたいというには、前後移動がごちゃごちゃ過ぎる。
「馬車進入禁止の道もあるんだよー!…大抵そこは住居区画だから、馬車使うような人に需要ないしね」
そういう工夫はあるのね。となると、ギルドへの道は全部、馬車OKな道なんだろうな。
おっと、十字路。…うん、信号なんてものはないけど、馬車優先っぽいね。馬車を見たら人は止まってる。けど、だからといって馬車は全力疾走してないから、飛び出しにも対応できる。生き物だから、完全ではないだろうけども。
「馬車同士で鉢合わせたら左優先だよ。もちろん、行きたい方向によって臨機応変に変えるけど」
やっぱりその辺の決まりはあるのね。その辺の扱いは信号のない車道と同じだね。
「で、ここを右に曲がれば…、ほら!見えてきたよ!アレがギルド!」
ブルンナが元気よく指さす先には白亜の石でできた豪奢な建物。やばい。イメージとあわなさすぎる。




