35話 街へ
「おっはよー」
「おはよう」
「おはようございます」
「…ん」
朝ごはんを食べて、動く準備をしようかと思っていたら、ブルンナの声がエレベーターの中から聞こえてきた。
勝手に入ってこないあたり以前に据えたお灸は効いているらしい。それでも、唐突に来るのは変わらないな…。ま、呼ぼうと思っていたから来てくれてありがたいんだが。
「ねー。入っていいー?」
えーと、既に俺らは寝間着じゃなくなってる。し、歯も磨いてる。うん、大丈夫。ちゃんと、二人に確認取るけど。
…頷いてくれたね。呼んでよし。
「いいぞー」
「わーい!」
エレベーターの戸が開い…うん? 戸が開かないぞ? てか、それどころかエレベーターの階層表示がどんどん下に下がってる。
開くボタンと階層ボタンを押し間違えたのかね。でも、わざわざ口に出して四季に確認したりしないし、四季も確認してきたりはしない。
「ブルンナ、参上!」
だってとか言う前に言いやがったな。うん。んなことだろうと思ったよ。ブルンナ。ほんと、どうやったのかは知らないが、許可を貰ってから、戸を開いてもいないのにこっそり机の下に移動していたらしい。
「また、変な入り方して…」
「実は許可出す前から入っていたとかないですよね?」
「…〆る?」
アイリがわざとらしく鎌を取り出して見せると、ブルンナもこれまたわかりやすく慌てて見せる。
ほんと、見た目だけなら可愛らしいんだけど。どこか狙ってやってる感が拭えない。計算してる雰囲気が隠しきれてない。
しっかり見ないと計算しているってのは気づけないんだろうけど。
「むぅ。なんか失礼なこと考えられてる気がする」
「まさか。ブルンナを高く評価していただけだ」
「ですです。そんな風に思われるなんて心外です」
実際、失礼なことは考えていない。まぁ、計算高い人がそれを見抜かれて、うんって認めちゃうのは滑稽というかなんか違うというか…そんな感じ。だから、その反応もさもありなんではある。
「それは置いといて」
「置いとかないで」
「件の新興宗教付近を見てみたいんだけど可能?」
なんか言ってるけど無視。悪いけど、相手してたら進まないからね。
「え?新興宗教って…チヌヴェーリとエルヌヴェイ?」
「勿論。というか、それ以外に何かあるの?」
それ以外に何かあっても、関わらないよ? こことか使わせてもらう契約にそこまでは入ってないはずだから。
「いや、ないよ。けど…、いきなり直接行くの?危ないと思うけど…」
チラチラとアイリの方を見ながら言うブルンナ。安心して、さすがにアイリを連れてそれはしない。相手の規模も分からないのに。
だって、アイリはいくら鎌を斧っぽく見せれて、目の色を目薬で誤魔化せるといっても、黒髪が変えられないもの。
俺らも黒髪だけど、突っつかれてもそれ以外は出ない。勇者ってのが出てくるかもだけど。でも、アイリは目と鎌が出るとマズい。戦闘不可避になる。
…魔法で髪の色を変えられたり出来ればワンチャンなんだけど…。出来ないっぽいか。将来は分からないけど、少なくとも今は。
「てか、情報ならブルンナ達から渡せるけど」
「ブルンナちゃん。分かっているでしょう?悪いですがあなた方が持っている以外の情報……いえ、あなた方以外の視点が欲しいのです」
「でも、俺らにコネないだろ?下手に聞き込みしてこっちに飛び火してもうざいし」
新興宗教側から怪しまれるのもめんどいけど、どうせ黒だろうからそれは良い。だけど、街の人に怪しまれると面倒くさい。聞き取りする正当性とか示せないしな。
「あー。なるなる。だったら…、ギルドかな。二人はあそこ、国家が介入してるんじゃないか?って思って排除してるんだろうけど、アークラインでもちゃんと介入はしてないよ。だから、中立性の高い情報はあるよ」
あぁ、ギルドがあったか。なら、そっちで拾っておくべきかな。
「うん、じゃあそうする。案ありがとう」
「ありがとうございます」
俺と四季が頭を下げると、ブルンナはいいよいいよと言いながら手を振って、「さ、行こっか」とばかりにてんてんとエレベーターにかけて行った。
じゃ、俺らも遅れずに乗りますか。荷物を持って、蕾に手を振って……なんか寂しそうにしてるような。ごめんね。君を連れて行っても多分、邪魔になっちゃうだけなんだ。自分で歩けるなら別なんだけど。
蕾からの不満そうなオーラを感じながら手を振っていると、エレベーターの戸が閉まる。見えなくなってもまだ壁向こうから同じ感じがする。ほんとに連れて行って欲しいのね……。でも、こっちも折れないからね。
「何に手を振っていたの?」
「うん?蕾」
「拾った子ですが、置いていくのでバイバイと」
何か言っているように感じる以上、犬猫と同じくらいには扱ってあげないと。さすがに完全なモノ扱いは忍びないし。…まぁ、動けない以上、多少モノ扱いはするけど。
「あぁ、あれね。何か見えたのかと思った」
「え。ここって何か出るの?」
止めてよ? 幽霊出るとか。昨日一日は特に何もなかったけど。
「ないない!てか、あるはずないじゃない!」
おぉう、やけに食い気味に否定してくるじゃない。そんなに譲れない部分あったの?
「だってここ、教会の真横だよ!?教会の真横の一番いい部屋。そんなところでわけのわかんないもの出させるわけにはいかないじゃない!」
そういえばそうだった。
「ごめんね」
「うぅん、いーよ」
即、許された。そんなにお冠ではないみたい。
「ですが、出るかもしれないもの…幽霊の扱いって「そんなもの」なのですね?教会の横と聞いた瞬間、「教会の威信にかけて!」とか言い出すかと思ったのですけれど」
「あー。それは幽霊の種類にもよるからだよ。勘違いされがちだけど。知ってると思うけど、幽霊には邪霊と聖霊がいてね?」
ごめん。初耳なんだわ。…いや、どこかに書いてたか? 人間領域だから他のクラスメートに任せよう。そんな意識で流したところ記述。その中のどこかに聖霊って書いていたような…。
「なんか微妙そうだね。えっと、補足しておくと邪霊は存在しちゃいけない霊ね。輪廻に回るはずだった魂が、回らなかったことで生まれるよ。これは恨みが強すぎて……とか自分に原因がある版と、他人から「成仏するな!苦しめ!」的な感じで呪われてなる版があるよ」
前者は地球でもメジャーなやつだけど、後者が酷い。地球でもあったかもだけど、酷いなぁ…。
「どういう成り立ちであろうと、駆除しないといけないんだよね。前者は恨みが一杯だから手当たり次第に呪うし、後者は「何で成仏できないの!」って暴れるし」
やっぱり後者が悲惨。何で成仏できない挙句、苦しまなきゃいけないのか…。
「聖霊は聖なる霊。こっちは知能があって、何かを守護しているとか、人に害をなさない明確な目的があって転生していない霊だよ。数はめっちゃ少ないけど…」
「…復讐が目的で、そのために存在している霊の分類はどうだったっけ?」
「ん?それは邪霊かなぁ。人に害をなそうとしてるでしょ?邪と聖の境界はそこだから。むかーし、復讐したいけど、我慢して司法にちゃんと訴えたやつがいたらしくてね」
めっちゃ理性的。
「しかも、その証言が決定打になって、ちゃんと復讐出来たみたいだね。ま、司法にゆだねても死刑確定みたいなやつだから、そういう手段に出たのかもしれないけど」
殺したいほど憎んでるのに懲役刑とかだと嫌だろうしね…。特にこっちの世界だと、貴族とかいるせいでめっちゃ罪が軽くなる可能性まであるし。
ポーン
「お、ついたね。降りて降りて!馬車で行こ!そっちのが早いから!」
「了解」
「…ん。で、ブルンナ。なんで幽霊の証言が通ったかとか聞かせて」
「まっかせて!ついてくよー!」
ブルンナは胸をドンと叩くと、早く早くといわんばかりにくるり一回回ってから進んでいく。
「証言通ったのはねー、王子様だったからだねー!しかもその王子様「あっ、これ、誰がどう見ても他殺だわ。本当にあり以下略」って状態らしくてね」
そんな状況だったら証言がなくても普通に捕まったんじゃ…。
「あ、実行犯だけじゃないよ。黒幕まで捕まえたんだよ!実行犯は捕まる前に自害したのに!」
よく黒幕から繋がる紐がきられたのに捕まえられたな…。よっぽど決定的な証言だったんだな。
「まぁ、すごいでしょ!みたいに言ってるけど、結末はお粗末なんだけど。実行犯は結構快楽的でね?なんかトドメさすときにぺらぺらと裏側まで喋っちゃってたらしくて…」
出たー。たまにアニメとかで見るさっさと殺せばいいのに無駄に説明しちゃうやつー! アニメとかだと見てる側はそれがないと何のこっちゃわからないから仕方ないけど、リアルでそれやるなよ…。
てか、それしてるくせに自決して情報を守ろうとはするのか。情報リテラシーどうなってんの。
「…でも、王子が適当言ってる可能性はないの?」
「ないよ!だってイベアのフランシスカ王女と似た、心を読めるシャイツァーを持っていた人がいたからね!審議判定なんて余裕だよ!だまくらかそうと思っていたら心の中からそれがにじみ出てくるからね!」
なるほど。でも、それだと王子じゃなくてもいけた可能性はあるよ……うん? あ。そっか。王子じゃなくてもいけたかもだけど、王子である方が良かったな。王子じゃないとそのシャイツァーを使える人をわざわざ引っ張ってこようなんてならなかっただろうし。
「…実行犯が嘘言ってる可能性はなかったの?…阿保っぽいからないだろうけど」
「辛辣だね!まぁ、あるっちゃあったんだけど、ことがことだからその証言があった瞬間に強引にがさ入れしたら普通に証拠が見つかったらしいよ」
捨てとけよ。何で証拠残してんだよ。しかも、幽霊王子が出てきたとしても、即真偽分かるシャイツァー持ちに聞き取りが出来たわけじゃないだろうに…。何で聞き取りが始まる前に証拠捨ててないんだよ。
「あぁ、心配しなくても証拠は捨てる時間なかったみたい。そのシャイツァー持ちがたまたま国に来てたらしいから…。王子発見からの聞き取りで即効アボンだよ」
それだと王子じゃなくても平民でもワンチャンいけた説。…あぁでも、王子だから即行除霊に走られなかったかもしれないのか。
「ブルルッ!」
「む、めっちゃ懐かれてるねぇ…」
ありがたいことにね。馬さんなのに犬みたいに尻尾をぶんぶん振ってくれてる。
「ま、今のでさっきの件は終わりだよ。要するに、恨み神髄でも危害を加えなかったら邪霊にはならなってことなんだよ!」
「でもそれだと、ただの霊でも危害加える意思がなければ聖霊にならない?」
「確かに。でも、ただ漂ってるような浮遊霊を聖霊とは呼ばないかなー。まぁ、王子みたいなはっきりした自我がないと魂が変なことになって邪に落ちることが多いから除霊は必須だよ」
だろうね。そうじゃないと死体は火葬しておけとか聖魔法で処理しとけとか言われないだろう。…あ、でも違うのか? 死体は普通に腐乱していくから駄目ってのは分かるが…、いや、いいのか。
たぶん生き物は魂だけで存在することを考慮して設計されてない。設計外のことをしたらバクる。そう考えれば何ら不思議じゃない。
「ブルッ!ブルルッ!」
「もう!早く!」かな。ごめんね。一応、会話しながらでもセンを外に出す準備はしてたんだけどね。
えーと、ブルンナは神出鬼没。だけど、道案内するときまで消えることはないはず。てか、もし消えたら超絶性格悪いぞ? 幸いにしてこの子はおちょくりたいのかそういうことするけど、不義理はしない子。
だから、4人で行くから……うん、馬車必須だね。辛くないように馬車とセンを繋ぐ。それだけでセンは嬉しそう。…ほんと、お前、馬車好きだよねぇ。
大きくドアを開け放って、センに外に出てもらえば準備完了。相変わらず、人通りが少ない街だ。
「よろしくね!さぁ、三人も乗って!」
「乗ってってどう乗……」
どう乗るの? と聞こうとしたのに、二の句が継げなかった。なんで、ブルンナ、馬具を装着してるセンの上に乗ってるんだ…?
「あの、ブルンナちゃん。そこにいると違和感すさまじいですが…」
「仕方ないでしょー。ま、魔法を使うからそこは安心してよ。変な目では見られないさ!」
ブルンナがそれでいいならいいか。魔法を使うのもしんどいだろうけど、良いって言ってくれてるしね。
なら、御者台に全員座れ……るけど、アイリは荷台の方がいいか。アイリもそれを察してか荷台の方に既に回ってくれてる。
なら、俺と四季が御者台に座れば準備完了か。さっさと座ろう。
「…乗ったよ」
座ると同時、後ろからアイリの声が届く。それを聞いてブルンナが声を上げる。
「よっし!すっすめー!」
「ブルッ!」
センが嘶くと車輪が回る。しばらく進むかと思いきや、宿のすぐ隣でカクッと折れて壁の方へ。その先、なんか妙に複雑になっているところを進んでいく。
「何でここ、やけに壁が入り組んでるの?」
「うん?あぁ、それは秘密通路みたいなもんだからだね。緊急時とかなら壁の上をよじ登ってもいいけど、そうじゃないならここをグネグネしていくしかないんだ」
なるほど。…防衛設備もあるぐねった道ってそれ、秘密通路みたいなものじゃあなくて、秘密通路では?
「…冒険者ギルドに行くんだよね?…聖堂を通るのが正攻法じゃないの?」
「そーだけど、聖堂を通ると皆がこっちから来たってことバレるでしょ?この訳の分からん道を通ると、それを誤魔化せるメリットがあるんだー」
自分でわけわからん言うなし。作ったのはブルンナじゃないにしても、自国の設備でしょうに。
「あ、セン。そろそろ壁があるから止まってね。やけに凝った装飾がされてるから分か……てか、ついたね。さっすがお馬さん。早い」
「ブルッ」
「でしょ!」と誇らしげなセンの声。その先に白を基調に金をアクセントで挟んだ額縁みたいなのが壁に埋め込まれてある。
「さてさて、今日の問題は何じゃらほい」
センの背中から颯爽と飛び降りて壁に近づいていったブルンナはそれを見るなり、うげっ。と声を漏らした。
「どうした?ブルンナ」
「ここを通るにはこの問題を解かなきゃいけなくてね…。それが面倒なの」
問題? そんなのがあるってことは王族とか用の脱出経路じゃなかったのかな? まぁいいか。問題とやらを確認しよう。えぇっと、何々……。
『正方形を9分割する。分割した正方形を次のように番号を付ける。
1 2 3
4 5 6
7 8 9
0秒の時、[5]のところにA君がいる。A君は1秒経つごとに1/4の確率で上下左右いずれかに動く。1, 2, 3, 4秒後にA君が[5]のところに居る確率を求めよ。ただし、上下および左右は繋がっているものとする。
例 A君が[2]の位置にいる時、上に移動するとA君は[8]に移動する。[3]の位置にいて右に移動した場合、[1]に移動する
以上。 出題者 姉』
あ。これ、たぶんブルンナがいつも平民街に脱走するときに使ってる道だわ。




