30話 プリストカウタン
「このまま一直線に首都に言っちゃってもいいの?」
御者台から馬車の中にいるアイリに尋ねる。
「…ん。問題ない。ただ、今は街道ないけど、街道についたら分岐に注意。…首都に行く道を選んでね」
了解。じゃあ、センにちゃっちゃと行ってもらおう。
ブルンナに連れてこられたこの場所は秘密の場所っぽくて、街道なんてない。だけど、微妙に整備はされているらしく、馬車はあまり揺れない。
「何でここ、整備しているんでしょうね?」
俺と並んで座る四季がぽつり疑問をこぼす。
「さぁ……?隠してる場所とはいえ、荒れてると出れないから……が第一で、辺鄙だからバレにくい。魔法あるからバレてもなんとかなる。くらいかな?」
俺にはそんなとこしか思いつかない。
「やはりそんなところなのでしょうか。でも、魔法で何とかなるなら門のそばに用意した方がいいと思うんですけどね……。門のそばにこういうの作って「あいつ、特別扱いされやがって!?」みたいになるのを避けたいにしても、変なところから豪華な馬車が出てくるほうがやばくないです?」
かもしれない。ていうかそれ以上に「何でこんなところにいるんだ……」って困惑の元になりそう。特にこっちには王族とかの身分制度がきちんとあるんだから。
「謎ですね」
「だね」
「…あそこは兵士の詰め所も兼ねてる。何かあったらあそこからこっそり出撃して、悪い奴をしばく」
詰め所があって、定期的に人が来るから便利なように整備されてるのね。
「何故、詰め所を隠すのです?ここが詰め所です!っておいておく方が、抑止力になると思うのですけれど」
「…各村にまで置く余裕がない。だから、悪さをしたら怖い人がどこからともなく来るってしてる」
噂を抑止力にしておくのね。でも……。
「ここって聖地なんだよね?入ってくる中に不届きものとかいるんじゃないの?」
「…そのための白亜の壁。基本的に犯罪するような奴は入れない」
あぁ、そっか。国境を通れるような人なら、そのうわさだけで充分に抑止力になるのか。
……ん? そうだとすると警戒レベルを上げる必要があるくない? 新興宗教が問題になってるのは首都。それは国境と首都。二枚の壁を越えた先にある。
新興宗教の教祖 = 頭おかしい っていう方程式は極端すぎるし、まだ問題を起こしてはいないみたいだけど……。微妙に問題になってきてる。そんな奴らを入れちゃってるのは間違いない。
某猫の如く、「首都でチェックするからヨシ!」、「国境でチェックしてるからヨシ!」とかしてれば別だけど、国境~首都の間には普通に人がいる。彼らの命がかかっているのだから、そんな雑なことはしないだろう。
四季……も言わなくても察しているっぽい。同じ結論に行きついた目をしている。アイリ……は心配しなくても、最初から結構警戒レベルが高い。
気づいてなさそうなのはセンだけ。言っておいた方がいいか。仲間外れは悲しい。
「セン。件の宗教の脅威度を一段上げた方がいいかもしれません」
「ブルッ!」
訳も聞かずに頷くセン。素直なのはありがたいけど、それでいいの……?
「セン。何で四季がそう言ったか、わかってる?」
「ブルルッ、ブルルー」
「必要だと、思ったからー」って言ってるっぽい。もうちょい詳しい内容が欲しいとこだけど、馬であるセンにそこまで求めていいものか……。
「…アークラインで生まれたなら、新興宗教を作ろうって発想には至らない。のに「ブルッ」……なんて?」
「わかった!」って鳴いて。そんな顔で頷くセン。アイリも薄々なんて言っているか気づいているけど、確証がないからか少し困ったような顔で聞いてきた。
「わかった!って言ってますね」
「ブルッ、ブルルルル、ブルルッルー」
「「壁を、越えられてるのが、問題ー」って言ってる」
ポカンと口を開けて固まるアイリ。この子がそんな顔をするのはかなり珍しい。だけど、気持ちはわかる。セン、あの会話の流れから分かるのね……。
「ブッルルー」
俺らが驚いているからか、センは得意げ。でも、セン。前見て。分岐あるから。
「アイリ。分岐はどっちに行けば?」
「…首都に近づく道を選んで。この道を通ったことはないけど、目的地が見えてるから素直にそれに従えばいい」
「了解」
ということは、
「ブルルッルッー!」
「だね。そのまままっすぐお願い」
一瞬、馬車がガタリ揺れたけど、馬車の走行はさらに安定した。どうやらちゃんとした道に入ったらしい。
心なしかセンが嬉しそうだ。速度が出しやすくなったからだろうか。
「アイリちゃん。別の分岐を行くとどこに行くのです?」
「…村。食糧生産基地兼、宿場町」
この国、そんなに広くないはずだけど…、食糧は作ってるのね。
「…作っとかないと万が一の時に詰むからね。…宗教的権威なんて目の前に差し迫った飢餓の前には無価値」
そりゃそうだ。でも、大災害とかだと意味ありそうな気がしなくもない。「さっさと治めて!」ってすがられるだろうから。……まぁ、しばらくしても治まらなければ最悪、期待は殺意へ裏返るだろうが。
その辺は民衆とどんな関係を築けているか? にもよるか。
「宿は、徒歩の人用ですか?」
「…ん。後、馬で来ても、来る時間が遅すぎた人用」
あぁ、俺らは来るの早かったけど、当然、そっちの人にも宿は必要か。
「泊まる気はないですけど、どんな感じなのでしょう?」
「…村の宿。…聖地に来る人を失望させない程度にはきれいだけど、それだけ。…センを買った宿のおっちゃんのところと同じくらいだと思う」
村ってことを考えると。街にあったおっちゃんの宿と同じなのはそれだけレベルが高いってことなのか、単純におっちゃんのとこのレベルが低いのか、判断に困るな……。さすがに前者だと思うけど。
「…ん。前者。おっちゃんのとこはいい宿。そのレベルを村で維持できてるこっちがすごい。…いくら聖地で巡礼に人が来るとはいえね」
「補助金でも出してるんでしょうか…」
「かも。入り口で悪い印象もたれて、それを中に引きずってこられると困るだろうし」
「…ん。同意」
てことはアイリもその辺のことは知らないのね。……まぁ、そりゃそうか。文官でさえ他国の政策詳しい中身とか知らないだろうに、武官っぽい近衛だったアイリが知ってる方が変か。
「そろそろいい時間になって来たし、食べようか」
「ですね。アイリちゃん。解説ありがとうございました」
「ありがとう」
「ブルッ」
3人が声をかけるとアイリはいつも通りの表情でコクっと頷いた。さて、さっさと準備しようか。この国に入ってから人を見たことがないけれど、邪魔になりたくないからちゃっちゃと準備して、ちゃっちゃと食べる。
向こうで言うインスタント食品みたいなものだから用意も簡単だ。捨てる場所がないから、ゴミを持っていく必要があるのがちょっと面倒だけど。
一番食べるアイリが食べ終えるのを待って、ごちそうさまをしたら再出発。相変わらず人がいないからセンの速度はいつもより速い。だのに、
「…ん。6の鐘だね」
アイリの言うように16時になってしまった。それでもまだ首都に入れていない。首都の壁前で待つ人の列。その最後尾より少し後ろについただけ。
「セン。事故らないように速度」
「ブルッ!」
「落として」って続ける前に勝手に落としてくれた。ありがとね。
「休憩を除くと走っていたのは5時間くらいかな?」
「ですかね。それでこの位置となると……」
結構遠かったね。…これ、馬がいても、速い子じゃないとどっかで休まないと厳しそう。
「もう戻ってきたのー!?」
馬車の中から響いてくる俺らじゃない声。まぁ、一度、聞いたことがあるし、取引相手でもあるブルンナの声だ。驚いても、急に殺気立つ必要はない。
ないのだけど、どういう意図でこれをやってくれやがったのかは聞く必要があるだろう。
「ひえっ」
「…さすがに、わたし達の空間にいきなり入ってこられるのは看過できない」
とか思っていたらアイリがやってくれてる。ブルンナの首元に斧っぽく見えるようにした鎌。その刃を突き付けて問いただしてくれてる。
…でも、解せないな。俺らに気づかずに入れたくせに、なんで今、アイリに鎌を突き付けられてるんだ? 入れるなら「ひえっ」とか言った後、アイリの言葉を神妙に聞いてないで、抜け出せるだろうに。
「ごめん。正味、魔法あるから前みたいな近づき方してもよかったんだけど……。前と同じじゃ、印象弱いかな?と思っ。ちょ、切れてる……」
ふざけたことをぬかしたブルンナにさらに鎌を近づけたらしい。アイリのことだ。最初の時点で鎌と首の距離はギリギリだろう。そこからさらにもう一歩となれば、薄皮を切るしかない。そりゃあ、血も出る。
でも、大丈夫だろうか、ブルンナはたぶん平気だろうが、鎌と察される可能性もあるんだけど…。アイリが判断して実行している以上、その辺のリスクは織り込み済みか。なら、今は触れない方がいい。
「…目的は?」
「え?さっき、ちょ、ちょ……」
言えないか。となるとほぼ確定だ。俺らが勇者ってことを認めなかったから、俺らが勇者ってことを示す何かを見つけたかったんだろう。言えないのは、一度流した話を掘り返すことになるからか。
大方、勇者信仰が強いから、きっと俺らが勇者であってくれる方が、都合がいい。そして、俺らはある程度、頭が回るからこんなことしても殺されはしない。そう考えたんだろうなぁ。
…かわいい顔してるくせに、やることがエゲツナイし、胆力ある。
まぁ、図書館と国一番の宿に都合を利かせられるような立場と考えれば、さもありなん。有力貴族家の当主か次期当主か? ひょっとしたら王族もありえるか。
「ごめん。もう個人のところにはいきなり入ったりしないから!許して!」
「…どうする?」
「ブルンナがそういうならいいだろ」
「ですね」
守らないならその時はその時だ。……新興宗教に困ってるのは本当みたいだから、裏切ることはしないだろうけど。
「ふぅ…。助かった」
荷台からそんな声が聞こえると、俺らの頭の上をふわりブルンナが通過。なめらかに着地すると、
「申し訳ありませんでした」
なんとも優雅な感じで頭を下げた。……うまいなぁ。既に上位の人だって察してる俺らに、さらにそれを裏付けるような品格ある謝罪をする。
それをされてしまうと、精々、「勇者の末裔」って態度を取っている俺らは退かざるを得ない。元から徹底的に追及する気はないにしても。
「構いません……とは単純には言いたくないですね」
「承知しております。詫びの品……を送るわけには参りませんが、報酬に色を付けさせていただきます。もちろん、先に依頼した仕事を辞めると言われた場合でも、図書館自由の許可は差し上げます」
妥当か。詫びの品を出せないってのはこの子の立場的なものだろうから理解できる。詫びを送るとなれば何をした? ってなる。それは不都合だ。報酬を豪華にするだけのほうが言い訳効く。
仕事拒否した場合の謝罪が図書館行動の自由ってのもまたいやらしい。情報が欲しいから行くしかない。情報を集めている間、滞在時間が延びる。厄介事に巻き込まれやすくなる。
まぁ、やめないけどね。面倒でも、アイリの安全を多少、確保できる方がいい。
「了解です。では、本日の宿は?」
「こっち!だけど、歩くのめんどくさいから、乗せて!」
了解。こうやって頼んでくれれば怒らないのに……。
馬車の荷台にブルンナを乗せて、また列から離れる。
「てか、歩くの面倒って、どうやってここまで戻ってきたの?」
センでも6時間はかかる距離。俺らが休憩してた30分とかを全部、移動にあてたとしても5時間半。それだけの時間でここに戻ってきて、諸々の処置を済ませないといけない。普通に歩くだけじゃ不可能なはずだけど。
「ごめん。それは内緒。でも、魔法だよ」
この距離を約5時間で踏破出来る魔法か。後、俺らに気づかれずに色々出来る魔法もこの子は使える。……たぶんシャイツァー持ちだな。普通の魔法使いとかなら、おそらく魔力が持たない。
「あぁ、それでか。移動に魔力を使いすぎたから、醜態晒したのか」
「醜態って……」
醜態だろうに。無礼働いてごめんなさい! このコンボが無様でないとでも?
「……目的地は貴族街への門。だから、あんまり変なことしないでね」
逃げた。まぁ、別にいいけど
「あ、着いたね」
近いな!?
「この街、どんな構造になってるんです……?」
「街の中央に大聖堂。そこを通るように街を南北にぶった切って、東…ファヴェラ大河川側が貴族街」
南北二分割! ではないのね。
「南北に切ると平民が来るときにめんどくさいでしょ?イベアからもフーライナからも人が来るんだから。貴族街を平民は通れない……というか通りたくもないだろうから、入る時に迂回しないといけなくなるでしょ?不便すぎるよ」
確かにね。配慮した結果なのね。
「では、東に貴族街を置いた理由は?」
「わかんない。一応、魔族が来る方角だから、平民の盾になるため……とかなんとか言われてるけど、んなもん建前。詳しい理由は不明。だって、盾って言ったって、正味、誤差だし」
建前って……。んなこと言っていいのかねぇ……。てか、建前ってのは有名な話か? そうじゃないならこの子、かなり上の子になるぞ?
「ちょっと待ってね」
了解。じゃあ、俺らは最終確認しておこう。持ち物、よし。アイリの鎌の隠蔽、よし。その他……もよし。
なのだけど、なんかブルンナががちゃがちゃやってる。一体何に手間取ってるんだろう?
「ブルンナ?」
「ちょい待って。えっと、これをこーして、あーして……よっし!開いた!ふっふ。姉さまめ。この程度でブルンナを止められると思うなよ」
姉さま……ね。姉がいるのか。口ぶり的に仲は良好そうだ。
「さぁ、ここを越えるとブルンナ達の街、プリストカウタンだよ!さぁ、行っくよー!」
ブルンナは俺らの方を振り返りもせずに開いた道へ消えていった。今更、罠を仕掛けるとは思えないが……、
確認のため、四季とアイリを見てみると、コクっと頷いた。俺と同じか。なら、行こう。
センに合図を出すと、門で待っている人たちにバレない様に配慮してくれているのか、無言で馬車が動き出す。さて、帰還魔法の情報があって、厄介事に巻き込まれなければいいのだが。




