29話 ブルンナと依頼
「あら?座られないのですか?」
やけに優雅に聞いてくる少女。そのせいで余計に嫌な予感が強まる。
とはいえ、この子に俺らに危害を加える気はないだろう。し、よしんばそうであったとしてもひねりつぶせる。
だから、この予感は直接的な危害に対するものではなく、厄介事に巻き込まれそう……という方向のモノ。でも、
「あんまりそういうのは良くないと思うなぁ」
「え?」
思い当たることがない! という顔。演技でやっているのか、本気なのかは表情からは読み取れない。
「私達が座らないまま話をすることに後ろめたさがあるのかもしれませんが…」
「魔法を使って無理やりというのはねぇ……」
やられて嬉しいものではない。アイリも少し嫌そうな顔をしているから、これがこの国のマナーというわけではないだろう。
「うえっ。い、いや、こ、こほん。失礼いたしました」
一瞬、素に戻った。思いもよらないことを言われた! という感じ。魔法がバレたから驚いているというよりは、座れって言ってるのに座ってないこと自体に驚いているっぽい。
となるとこの子、座ってくださいと言えば相手は絶対に座るような身分の子か。
しかもかなり高位。素は素で幼く可愛らしい感じではあるけれど、被っている猫も相当なもの。付け焼刃では絶対にない。気品と年季? みたいなものに裏打ちされた確かな態度だ。
「座られないのであれば、このままお話させていただきますが……」
嫌だ。聞きたくない。馬車に乗ったままなんだし、さっさと通り過ぎてしまえばいい気がしてきた。
四季を見る。よし。アイリを見る。よし。ならば、セン!
「ブルッ!」
「だぁー!待って!待って!いや、逃がさないよ!話を聞いてもらうまでは逃がしはせんぞぉお!」
センが動き出した瞬間、馬車にかじりつくようにへばりつく少女。高位っぽいのにためらいなくそういう行動がとれるバイタリティはどこから来てる!?
ていうか、逃げようにもそもそも出口がない! 見渡しても……ない。きっと入り口と同じく隠されてる。俺らに見つけることは出来ないだろう。……詰んだか。
「微妙に引きずられたような、引きずられてないような微妙なところだけど、ちゃんと止まってくれたからヨシ!」
引きずられてたらヨシじゃないでしょ。感覚バクってんのか。いや、まぁ、室内だからセンの移動速度はたいしたことないけどさ。
「って、出口ないじゃん!えっ、まさか引きずられ損……」
一人漫才する少女。俺らが黙っているのに元気なことだ。いや、だからこそ。なのか?
「そんなことより」
さっきまで床に寝そべってたはずなのに、ふわり馬車の上から降ってくる少女。さんざん素の言動を見たけれど、それでもなお、思わず息をのんでしまうような高貴さがある。
「お話させてくださいな」
見るものを惹きつける笑顔で言う少女。元から聞く以外に選択肢ないじゃんか。
しぶしぶ馬車から降りて、椅子に座る。うわ、この椅子ふわっふわ。わかっていたけど、ここ、絶対に普通の人を案内するような部屋じゃない。
「ありがとうございます。それで、お話したいのですが……って、めんどいな。この喋り方」
おい。途中で猫被ったなら真面目に最後まで……、
「めんどいからブルンナ。最初の喋り方で通すね!」
うわぁ。こっちの喋り方でいい? とか聞きすらせずに、こっちで喋るね! って決めてきやがった…。別にいいけどさ。それでいいの?
「うわ、みんな。それでいいの?って顔してる……。でも、いいの!どうせ最初に素を見られてるし!話聞いてもらえる体勢に入ってもらった時点で、こっちの勝ち!」
出口がない以上、出れない。その事実があるんだから喋り方とか微塵も関係ないんじゃないかな。
「えっと、それでねー。皆さん、勇者でしょ!」
確信がある! とでも言いたげに力強く断言する少女。なるほど。さっきのツッコミどころ満載な言動は「俺ら勇者なのに、そんなことしていいの?」的なセリフを、引きずり出すため……、
「……あれ、違うの?」
かと思ったけど、ただの考えすぎっぽい。なんかめっちゃ不安そうな顔をしている。
……確かに俺らは勇者。そして、こんなところに案内してくれた以上、仮に俺らがうんって言ったとしても、他に広める気はないんだろう。
それでも、ここはアークライン神聖国。バシェルからフーライナを隔てただけの国。この子……というよりこの国が確定で味方であると言い切れない以上、否定しておく方がいいだろう。
……何よりうんって言ったら、面倒ごと押し付けられそうだし。
「「違いますよ?」」
「え゛。いや、そんな馬鹿な。手応え的には……」
なんかぶつぶつ言いだした。小さい子だからか、怖いというより可愛らしいって感情が先に来る。いや、見た目補正あってもやっぱちょい怖いな。どんだけ否定されたことが衝撃的だったんだろう。
…それでもうんって言わないけど。
「で、でも、黒髪黒目……」
「は、勇者の血統ならおかしくないのでは?」
前に四季が黒髪黒目は勇者の血統と間違えられやすいって言ってくれていた。し、買い物とかで体感してる。だから、勇者では? という疑問にもこの答えは効くはず。
そして、身分証明書(偽造)をこれ見よがしに取り出す。うわっ、ひったくるようにパクっていった。薄々、そんな気はしてたけど、マジでやるのな。
「むぐぐぐ……。いや、でも、こんな人らがいるなんて聞いたことがないんだけど……。ぐぅ……。あ。あぁ!ごめんなさい!」
!? いきなりどうした?
「まだ名乗ってなかった。ブルンナはブルンナだよ!よろしくね!」
「……あぁ、うん。よろしく」
「よろしくです」
「…ん」
反応が遅れちゃったけど、仕方ないだろう。だって、さっきまで普通に「ブルンナ」って言ってたもの。今更過ぎる……。
しかも、名乗ってくれたはいいけど、絶対本名じゃない。いや、正確じゃないか。ちゃんと言うならフルネームを名乗ってない。だな。貴族っぽいのに苗字がないなんて、あり得ないだろう。
この国独自の文化として、高位貴族に苗字ない! とかあるかもしれない。けど、アイリも同じこと思ってるっぽいからないだろう。
さて、この行為の意味はなんだろうな。考えすぎか、証明書が偽造っぽいから嘘しか教えないようにしているのか、本名の一部を名乗ることでこっちの反応を見ようとしているのか。どーれだ。
うげ。後者の場合、俺らそれっぽい反応をしてないな…。まずいか? ……そんときはしらを切ればいいか。
「で、ほんとに勇者じゃないの?」
何回聞かれても答えは変わらない。答えは否。だ。
「ふぅん……」
口ではそう言ってるけど、全然顔が納得してない。思いっきり目が「嘘だぁ!」と言っている。でも、
「そっか。そっかぁ……」
なんとか納得しようとしているっぽい。本人が否定してる以上、何を言おうがどうしようもないしね…。
「じゃあ、うちにいる宗教潰してよ!」
ふぁっ!? えっ、ナンデ!? まさか、納得してない!? アークライン神聖国じゃ潰せないから俺らに……って、明らかにそれ「勇者が潰したんだから仕方ないよね!」に持っていこうとしてるでしょ!?
「心配しなくても、あなたたちが勇者であってもこの依頼はしたから!」
そこの心配はしてない。俺らが勇者だった場合……、正確には俺らが勇者と認めた場合、勇者権力でごり押そうとしているのはもはや確定だろう。
でも、勇者じゃない……と主張してる俺らにそれを持ってくる理由が分からない。
「正味、依頼を受けようが受けまいが、みんなは宗教を潰すことになる気がするから、どっちでもいいんだけど」
宗教を俺らが叩き潰せる前提なのは、俺らが勇者だと思ってるからなんだろう。たぶん。でも、そこはいい。
「受けようが受けまいが潰すことになる……というのはどういうことだ?」
「ん?あれ?フーライナで聞いてない?」
首をかしげるブルンナ。
うん、聞いてないな。聞いたのは新興宗教が最近、幅を利かせているという程度。そこに俺らが潰しそうな要素なんてどこにもない。
「聞いてなかったのは最近出来たものだからかなぁ……」
最近なのに問題になりかけてるのか……。
「うん、みんなの顔が何を言いたいか如実に物語ってるね。軽い問題行動が目立つのもあるけど、何より駄目なのは教義なんだよね」
一人うんうんと頷きながら、そこで少しためるブルンナ。
「問題になっている『チヌヴェーリ』と『エルヌヴェイ』。白と黒の二宗教。その教義は前者が『チヌリトリカ』を崇めるもので、後者が『エルモンツィ』を崇めるものなの」
ッー! ここで出てくるか、『エルモンツィ』!
「え、あ、ご、ごめん。何か気に障ることをした?」
何でブルンナが脅え……あぁ、思わず殺気立ってしまったからか。
「ごめん」
「こちらの問題です」
ペコっと頭を下げると、少しびくびくしながらではあるけれど、こくり頷いてくれた。どうやら許してもらえたらしい。
「えっと、それで、かなり言いにくいんだけど……。出来たら殺気は出さないでほしーな」
微妙に体を震わせ、チラチラとアイリの持つ長柄の武器を見ながら言うブルンナ。まぁ、そうなるよね。…ほんとごめん。
エルモンツィと聞いた時の俺らの態度。そして、アイリの持つ具体的な形は分からないけど、明らかに長柄とわかる武器。
これら二つがあれば、アイリのシャイツァーは鎌で、エルモンツィに似ているからとなんやかんやされたんだろうって想像がつく。
さらっと出てきた『エルモンツィ』だけで、殺気が漏れ出てきたのに、身構えてるところにもう一回……なんて何が起こるか想像したくもないわな。
「よ、よし、言うよ」
「殺気出さないで」に同意を示してもこの反応。少し釈然としないけど、俺らが悪いからなんも言えない。
「どっちも崇める主神の復活を目指してるっぽいの。で、チヌヴェーリは今んとこよくわかんないけど、エルヌヴェイはすこーしばかり動きが怪しいの」
動きが怪しい? てことは……、
「まさか誘拐でもしようとしてる?」
復活するための器に、なんかそれっぽいものを宛がって……というのはこういう時の常道。
「わっかんない」
そっか。でも、一応、誘拐を試みてるかも……ってのは頭に入れておこうか。何しろ「誰でも構わん!」となればエルモンツィとの共通項が『黒髪』だけで、大人の俺らも狙われかねない。のに、アイリは偽装していても黒髪黒目の鎌持ち。狙われる可能性は高いはず。
あげく、偽装を解いてしまえば、器にぴったりとかほざかれそうな黒髪赤目って容姿で、子供。絶対狙われる。
「今は何故かチヌヴェーリと対立してるっぽいんだけど…。なんとなく嫌な感じはあるの!」
対立? 何故に。でかい宗教(アークライン教)には喧嘩売れないから、最近出てきたぽっと出に喧嘩吹っ掛けて、何かしている感を出したいのか? どっちもぽっと出だけど。
それはいい。そんなことよりも、アイリだ。
「どうする?」
「私達としては多少、めんどくさくても迂回してもよいと思うのですが…」
フーライナで聞いた時よりも情勢は厄介そう。それにアイリがエルモンツィ絡みのことで傷つくことさえあるかもしれない。だったら、四季の言うように迂回もやむなしだろう。
「…大丈夫。わたしは平気。…二人のことを優先してほしい。それに」
言葉を切るアイリ。そして、力強い目でこちらを見つめながら、
「…わたしは近衛。狂信者ごときに遅れは取らない」
と、小声なのにはっきり耳に届く声で言い切った。
……なるほど。この子が近衛──自分の存在意義的なもの──さえ持ちだしてくるのなら、何を言ったってこの子の心は変わらない。なら…、
「…それに、最悪、何かあったら二人がわたしを守ってくれるでしょ?」
俺の思考をぶった切るように、にこっと微笑みながら言うアイリ。この子の目は、絶対に俺らがNOとは言わない。そんな確信に満ちている。
……初めてこの子が明確に俺らを頼ってくれた気がする。「近衛だから、俺らを護らなきゃ」という使命感は直前の言葉からしていまだ健在。それは否定できない。
だけど、何かあったら頼ってもいい……それくらいには、俺らは信用されたらしい。そのことが、本当に嬉しい。
「えっと……ごめん。なんか感動してるっぽいんだけど、どうする?完全にこんなこと言うのあれなんだけど、ブルンナとしては入ってもらって、怪しげな宗教どもを叩き潰してもらえると嬉しいんだけど」
ほんとに「あれ」だね。まぁ、暗に引き返してもいいよ……? と言ってくれてるあたり、この子は優しんだろう。
「入国はするよ」
アイリが遠慮しないでというなら遠慮はしない。この子の守りに普段以上に意識は割くけれど、入る。
答えた瞬間、ブルンナの顔がぱっと花開く。おぉっと、ちゃんと釘を……、
「ただ、宗教は潰すとは限りません。私達は図書館で調べたいことがたくさんあるので」
と思ったら四季がブルンナにでっかい釘を刺してくれた。期待されても困るしね。……だのにブルンナは笑みを深めた。
「ねぇ、図書館行くなら取引しない?ブルンナなら、色々融通利かせられるよ?」
悪戯を企んでいそうな小憎たらしい顔。
「もし聞いてくれたらー、王都の図書館の一部を貸し切りにしてあげる!心配しなくても貸し切りの部分から全ての本へ手を伸ばすことが出来るよ!もちろん、入退場は自由!いつ入っても、いつ出てくれても構わないよ!そんで、宿はこの国で一番いいところで、ご飯もそこのものにする!ご飯は部屋で食べれるようにするから、信用できる給仕さんしかみんなを見ないよ!それに防衛機構もあるよ!」
さすが、推定偉い少女。こっちが欲しいものを的確にあげてきやがる。
図書館入退場自由、宿とご飯が国一番。これだけでかなりぐらつく。前者は目的地だから言わずもがな。後者は美味しいものが好きな俺らにクリーンヒット。泊まる場所の質も当然、高い方がいい。
だのにそれに加えて、図書館の一部貸し切りと、ご飯を部屋まで持ってきてくれる。黒髪の俺らをあんまり目につかないように……とりわけ、一番、エルヌヴェイに狙われそうなアイリを、一目につかないところに置くことで守ろうとしてくれているのだろう。
だけど、内容を聞く前にOKするなんて馬鹿なことは出来ない。
「で、やって欲しいことって?」
「情報収集!チヌヴェーリ、エルヌヴェイの二宗教。潰すのは無理でも、なんかやばいことしてないかどうか知りたい!」
おぉう……。あんまり人に会わないで良いようにしてくれたっぽいのに、人に会えと。……いや、さっきのはアイリに対する配慮だったのか。エルモンツィって聞いて軽くぷっつんしちゃったから。俺らはどうとでもなるでしょ的な。
まぁそれは置いておこう。今はこれを受けるかどうか。受けたメリットはさっきブルンナが言った通り。デメリットは調査する分、滞在期間が長くなるということ。
でも、メリットの方が大きいだろう。俺らはそもそも図書館への入り方知らない。それに、エルヌヴェイが襲撃してくるかも……というのは可能性。だけど、その可能性を下げられるのはありがたい。
四季……は俺と同じく、受ける方向。アイリはいつも通り任せてくれるみたい。センも任せてくれるらしい。ならば、
「わかった、受けよう」
「ほんと!?やった!じゃあ、ブルンナは準備してくるから!」
ヒマワリが咲き誇るような満面の笑みを浮かべると、ひらりバク転するブルンナ。
何故にバク転? とか思っているうちに彼女はもとからいなかったように消えてしまった。……えっと、どうしろと?
「…出口はできてるね」
ほんとだね。さっきまで何もなかった白亜の壁、その一部から光が差し込んできている。
「とりあえず、出ようか」
「ですね。準備するとか言っていましたから、首都に行けばいいのでしょうか?」
「…ん。アークライン神聖国には首都『プリストカウタン』以外にロクな街はない」
言い方ェ……。
「…確かに失礼だったね。ごめんなさい。でも、この国の街は首都以外、首都に行くための宿場町程度の役割しかないのは事実。…わたし達ならセンがいるから、今日中に着けるはず」
そうなのね……。
とりあえず、ちゃっちゃと準備。馬車に乗って壁の穴を抜けると、俺らの目に新たな白亜の壁が飛び込んでくる。その壁の中に荘厳な教会のようなお城のようなものがある。
……うん、国境の壁から首都の壁が見えるくらいなら、そりゃセンなら一日で着けるよね。




