13話 蜂
「セン。そろそろ疲れてない?」
センに三人乗りして三時間ぐらい。森っぽいところに入って1時間。ここまでノンストップ。そろそろしんどいと思うのだけど。
「ブルルン!」
嬉しそうに「へーき!」と応えるセン。それどころかもっと進みたそうな雰囲気。
「あの、習君」
「わかってる。四季。セン。大丈夫って聞いてから言うのも心苦しいのだけど…、そろそろ止まって」
ご飯の時間だし、トイレに行きたい。
「ブルルッ。ブルル、ブルルッ?」
「わかったー。どこ、止まる?」…ね。じゃあ、
「ちょうどあの場所、ひらけてるから、あそこはどうかな?」
「いいのではないでしょうか?」
「…ん。休憩所として設けた場所だろうから、大丈夫だと思う」
俺がセンにお願いする前に、センが嘶いて歩み始める。目的の場所に着くと「褒めて!」とばかりに鳴いて、停止。ありがとね。感謝を込めて頭をぽんぽんと触ってやる。
「さて、休憩しようか」
「ですね」
「アイリ。下ろすよ」
両手を挙げてくれるアイリの脇に手を差し込んで、下ろす。俺が前に詰めてそれぞれ降りる。
さて、まずは心臓を落ち着かせよう。ついでに背中の感触も忘れよう。四季に告白して付き合えば気にならなくなるのだろうかと思わないでもない。が、そんなことはないだろう。けれど、この「付き合ってもないのに接触させまくっている」という罪悪感は逃げられる。
だけど、罪悪感に駆られて告白するのは違うと思う。けどなぁ…。はぁ、我ながら面倒くさいやつだ。
…今は置いておこう。さっさとやることやって、ご飯を作ろう。もうできあいの食べ物はないから、ミェージュで買った野菜や肉を使ったちゃんとしたものを。
「とはいうものの、醤油と味噌がないと味付けの幅が」
「…どこでも売ってるけど?」
!?やらかした。今度、市場に行ったときにでも買おう。ん?待てよ。醤油と味噌があるのは勇者の影響だろう。なら、
「米もある?」
「…米?」
あ。この反応は売ってないパターンのやつだ。
「習君。お米は獣人領域に行かないとないそうです」
「マジで?本情報?」
「です。『同郷の勇者に捧げる本』という本の第一章にありました」
対象がえらく限定的な本だね。売り上げが心配になるレベルで。そんな本の第一章、米は日本人のソウルフードというのは間違いないらしい。
「醤油とか味噌は書いてなかった?」
「ないですね。アイリちゃんの言葉を聞く限り、市場歩けばありそうですから「本当に欲しけりゃ誰かに聞くでしょ」みたいなノリで書いていない可能性が大です」
聞いてもわからない可能性があることを書いてくれている本…と。召喚されたばかりならそっちに気が行かないかもしれないのだから、書いてくればよかったのに。
「何故獣人領域なんだろう?」
「人間領域の米は「炊いても美味しくないから流行らなかったらしい」とありましたよ」
炊いても美味しくない系列…、インディカ米かな?炒めりゃ美味しいのに。というか、そうならそうで獣人領域から持ってきてくれればよかったのに。何故米を見ない。ごり押ししすぎて米自体が嫌われた?
「といいますか、調味料って何がありましたっけ?」
「え?」
調味料?確か鞄には料理しない前提なのか一個も入ってなかった。し、買ってない。…スクロースだけじゃない?
「砂糖だけ?」
「っぽいですね。完全に調味料を忘れてましたね…」
完全に食材に意識が向いていたからね…。
「コンソメになりそうな野菜類と、肉類を切って煮込みますか…」
「それしかないかな」
味付けの濃い缶詰とかあればそれを開けて、味を薄めて…とか出来るのだけど、食べきっちゃったしね。
「使うなら、牛と鳥の骨付き肉とニンニク、タマネギ、にんじん。後、セロリは入れてもよかったですよね?」
「コンソメはよく覚えてないなぁ」
作ろうと思ったこともないし。砂糖は「綿菓子を一から作ろう!」という活動で知ったけど。
「でも、塩、胡椒がない分、薄くなりそうじゃない?もうちょっと何か入れたい」
入れるにしても味がとっちらから無さそうなものに限るけど。
「コンソメと言えば西洋系。トマトは入れれそうですね。後…」
「ホースラディッシュ?」
日本での別名西洋わさび。割と強い辛みを持っていたはずだけど、たぶん合うはず。
「ですかね。地獄見たくないので材料はこれくらいにして、適当に量調整しましょう」
「だね。ニンニクとホースラディッシュは少なめに。それ以外は勘で」
勘なんかに頼りたくはないのだけど。野菜とお肉を細切れにして、水と共に鍋へ放り込んで準備完了。
「…時間かかるよ?」
「だから魔法でなんとかする」
煮ることによる効果は、食材からの成分の抽出と成分の熱変成のはず。
「成分を強引に抽出して、濾過して要らないものを除去。加熱してニンニクやタマネギの成分を変成させる…のはどうでしょう?」
「それが一番早いかな?」
タマネギ、ニンニクとかは加熱しないと辛いだろうし。
「では、魔法を。『抽出』でいいです?」
「いや、食材から全成分を『抽出』するようなものだから『分離』の方が良いと思う」
一個だけとるんじゃなくて、全ての成分を分けてしまう。そっちの方がよさげ。
「…鍋もう一個置く?」
鍋?何故に…あ、あぁ!
「ありがと、アイリ!」
「ですね!ありがとうございます!」
感謝の気持ちを込めて頭を撫で……!あ。よかった。セーフっぽい。俺らに撫でられるのが嫌かと思ったけれど、嫌そうでは無さそうだ。
「飴の時のように要らないものだけ別の鍋に分けてしまえば…!」
「手間が多少省けて、しかも美味しく出来そうです!」
飴の時とは違って厳密にこれが欲しい!とは言えない。いくらか不十分があって、濾過は必要だろうけれど…、ある程度うまくいくはず。
今、食材が入ってる鍋には美味しいもの。そうでない鍋には不要成分。そんな風に分かれるようにイメージしつつ、四季から貰った紙に字を書く。戦闘中でなければ下敷きにファイルを借りられるから実に書きやすい。ほい、出来た。
「「『『分離』』!」」
光が鍋を包む。光が晴れるまで……待つまでもなく終わったね。
「…何で毎回光出るの?」
「ムニムニと食材が動くのは見たくないでしょ?」
『分離』は全部動くから良いだろうけれど、『抽出』とか気持ち悪いと思う。かけられたブツから穴を開けて出てくる感じだろう。大きさが小さくて見えないかもしれないけど、さながら腹を食い破って出てくる寄s…考えるのはやめよう。損しかない。
「強火でさっさと沸騰させて、したら弱火に」
「やはり微妙に灰汁が出ますね」
除き切れていなかったものなのか、有用だったけど加熱して変わっちゃったものなのか、何なのかは不明だけど、確かに出てる。
「でも、これを除いてやれば」
「綺麗ですね」
だね。でも、これって作り方的にコンソメというよりはブイヨンのような。ま、美味しく食べられれば良い。料理屋さんじゃないし。
さて、味見。うん。美味しい。これとパンで昼食!と言い張ろうとは思えないけど。
「キャベツとお肉を焼いて、その上にかけます?」
「そうしよっか。それで十分味は付くはず」
ちゃっちゃと準備をしてしまって、調理。実食。ごちそうさま。美味しかった。
「アイリはゆっくり食べといて」
「セン。魔力を……あの、どうしたのです?」
センがじっと岩の下を見つめてる。
「ブルッ!」
「穴―!」…なるほど。穴があるのね。岩の下に穴。別にあってもおかしくはないと思うけど…。それはそれとして声をかけたら速攻で来るのね。お腹は空いてるのね。
「ブルルッ、ブルルルッ!」
「もらえるなら、もらう!」…ね。たくましい。
「…穴は何かの巣穴の可能性が。…見に行くならちょっと待って。急いで食べきる」
え?まだパン一個とキャベツとお肉が合わせて200 gくらいあるよね?見に行こうとは思うけど、そんなに急がなくても…と思ったけどもう遅い。
口いっぱいに放り込んで高速咀嚼。ある程度減ったら追加して咀嚼。以下ループ、…絶対に味、わからないよね。
お皿の残りを全部口に放り込んだらお皿を置いて、鎌を袋から出して元の大きさにしてこちらへ。
口の中にまだ残ってるはずだけど…。まぁ、いいか。そこは指摘しなくても。
「ブルッ!」
「何か出て来た!」って?センの見ている穴を見ると、赤い目をしたスズメバチみたいなやつが一匹ひょこっと顔を出している。そしてその奥にもたくさん。
「「『『火球』』!」」
「…!?」
「ブルッ!?」
アイリとセンが驚いているようだが、先手必勝。穴から出る前に穴を火で包む!
「…何やってるの!?」
「奴ら戦う気しかない!」
「急に羽をバタバタさせてましたからね!」
明らかに飛びかかってくる準備。であれば、叩く。
「もう一発行くよ!」
「了解です!その後、紙を!」
「「『『火球』』!」」
岩の下を火の海に。周囲の森に引火しないか多少心配だが、距離があるから大丈夫なはず。後、この紙を使えるのは2回くらいか?使い切るとペナ──同系統の紙を作る魔力量、使用する魔力量の増加──がある。できるだけ使い切りたくない。
紙を貰って書く。魔法は『火線』でいいだろう。一直線に火を吐き出す魔法。イメージは火炎放射器。虚空に浮かべて書くのは難しい。でも、うまいことやってやれば、よし、行けた!
「アイリちゃん!岩を吹き飛ばすことは可能ですか?」
「…斬ることは出来る。でも、危ない」
だな。─ッ!煙!あの煙の元はたぶん、俺らが叩き込んだ火球。
「アイリ!俺らの後に岩を斬って穴にたたき込んで!」
「火と熱の拡散を防止して煙の出ている穴を叩きます!」
幸いなことにこの穴を焼いている煙が出ているのは一カ所だけ。巣を作り始めたばかりなのだろう。そちらも塞いでやれば蒸し焼きに出来る!
「「『『火線』』!」」
魔法が切れた瞬間、アイリが鎌を振るう。細かくなった岩が熱に負けて溶け落ち、穴を塞ぐ。この周辺の地面はしばらく灼熱。
周囲に穴を開けて出てくることはないだろう。そもそも熱で死んでいるだろうし。
「次の穴に!」
「ブルッ?」
「乗る?」…か?いや、乗らない。あの方角は森の奥。路面がガタガタになることがわかっているのだから乗っていくことは出来ない。それに、
「蜂もこっちに来た!」
「三人で乗っていてはロクに迎撃できませんよ!」
ブブブと耳障りな音を立て、怒りに染まった目でこちらを見てくる黒くすすけた蜂。そのまま蒸し焼きになって死ねばよかったのに。
「アイリ!四季!あいつについて何か知ってることは?」
「あればとっくに話してますよ!私が読んだ本で情報はナシです!」
「…わたしも知らない」
新種か?面倒くさいな。
なら、あいつらが今、吐いてきた球の性質もわからない。
「当たるなよ!」
「当然です!」
「…ん」
「ブルッ!」
声に出して応えてくれるのな。ありがとう。
誰にも当たらず地面に落ちた球ははじけてジュワっと煙を立てる。
「たぶん溶解液ですね」
「だな。今度はお尻を向けて突進してくる!」
鋭い針がキラリと太陽光で輝き、緑の液体がしたたっているように見える。針を飛ばしてくる方が安全だろうにそれをしないってことは、針を飛ばすことは出来ないっぽい。
『身体強化』しながら、シャイツァーを全力投擲。命中した蜂は砕けて死ぬ。が、膨らんだお腹が破裂して、毒液っぽいものをまき散らし、無傷の針もそのまま落ちてくる。
危ないな。やるなら針ごと殺すなり、強力な攻撃を叩き込んで蜂どもに叩き返すなりした方がよさげか。
「駄目なやつだけたたき落として先に行く!」
「了解です!習君。紙を!絶対足りないので書いて下さい!」
了解!
「守りは任せる!」
書いている間は注意散漫になる。女の子に守られるって状況は、あまり好みじゃない。だが、そんなこと言って死にたくない。何より、生き残るために最善を尽くすって四季との約束は無下に出来ない。
…とはいえ、言った後から失望されないかという不安が!
「もちろんです!」
「…ん」
二人の堂々とした返事。湧いてきた不安は一瞬で払拭された。ありがとう。
「紙を。上から」
「大丈夫。わかる」
言われなくたってわかるさ。四季が何を思って作ってくれたかくらいは。
「ふふっ。知っていますよ。ですが、一応です。土、水、風です」
それ以上の情報は不要でしょう?とばかりに信頼した笑みを向けた四季は前を向いて迎撃態勢に。
四 季の可愛らしい笑顔に呆けてないでさっさと作ろう。土。必要なのは破壊。であれば、槍…うん、四季も一緒だな。『岩槍』…っと。鋭い岩の槍で串刺しだ。
「四季!これを!」
「はい!習君!一度合わせて下さい!」
了解。白紙をポケットにねじ込み、ペンを投擲。一匹殺しつつ、四季と手をつないで発動。
紙から飛び出す無数の槍。それらは酸を受けてもなお溶けることなく突き進み、蜂の針を砕いて、腹を引き裂く。飛び出る液は勢いに負けて上へ吹き飛ばされるか、岩を溶かそうとして消え失せる。
想定通りの動きだ。
次。水。消火も出来る攻撃魔法が欲しい。面制圧タイプ…なのだけど、思いつく言葉が災害系しかない。それは複雑。……『放水』にしよう。ただの放水ではなく、ダムの放水。これなら威力が必要なときも十分だ。
『放水』っと。これも四季と一致、台がない以外は書きやすい。
「…お父さん!こっちに!」
「『放水』!」
完成したものを速攻で叩き込む。紙から勢いよくあふれ出した水は壁の如く。水壁に激突した蜂は気絶し、水中へ落ちる。さらに水は周囲の木々をへし折り、転がる石を巻き込み流れる。水は複雑にそれらをシェイクし、確実に息の根を止める。
「押し上げる!」
水が通って出来た空白地帯を通り、一気に穴があるっぽいところへ!
さすがに走る最中には書けない。二人と一頭から孤立する。多少、口惜しいがペンの投擲で誤魔化す。枝や石があればいいのだが、水に流されてない。
…てか、センは戦えたのね。足で思いっきり蜂を蹴り上げて爆ぜさせていて、酸がかかっていないか心配。だが、先ほどからそうやって蜂を砕いているのを見ているから、無事だろう。
アイリは鎌を振るって蜂を斬っている。四季はファイルをぶん投げて蜂を砕き、時折魔道書の魔法を放ち、一掃している。
蜂が増えてきて速度が落ちてきた。願わくばあのまま行きたかったのだが…、書こう。どう考えても物量に対応し切れていない。周囲への被害はこの際か、考えない。
ん?んんー…?この紙は今までと違う。込められているのは風という概念だけ。自由に書けるが、その分、威力が下がりそうだ。
融通の利く紙として渡してくれたのだろう。さっさと書き上げる。
『旋風』…っと。この程度の魔力では巨大竜巻ほどの威力など望むべくもないだろう。だが、それでも道は拓ける。
「四季!道を阻む蜂を一掃する!」
声をかけて紙を握った手を伸ばせば、手が四季の横に到達する前に取られる。
「「『『旋風』』!」」
紙から飛び出るは渦巻く風。煙が出ていた場所っぽいところまで貫き通し、道中の蜂を全て砕く。
奴らが腹に抱える体液も、お尻に持っている針も、悉く風で流され俺らに害を及ぼさない。
「もう一回です!」
「「『『旋風』!」」
これで届くか!?いや、届け。後、もう少し。煙はさすがに出ていないが、大きな岩が目の前にある。
巣は半ばえぐれたあの岩の下のはず。周囲に木はあるが余波で吹っ飛んでいる。火事にはならないはず。あそこに火魔法を叩き込む!
再度四季の手を取り直し、魔法を…!
「ピィィイイイイ!」
!?この甲高い音は!?
「…上!」
上!?ちっ!
上から降ってくる一本の巨大な針。回避も迎撃も間に合わない。が、四季がファイルで受け止める。
四季が受ける衝撃は俺も手を添え、二人で耐える。シャイツァーは壊れない。なら、針はファイルを貫き得ない。ならば、『身体強化』で無理矢理耐えれば死にはしない。針から滴り落ちる液が四季の腕と、それを掴む俺の腕を焼く。が、この程度なら耐えられる。
時間は一瞬。だが、体感では数分。そんな拮抗を打ち破り、地面にたたきつける。
「アイリ!この紙を!」
「穴を焼いて下さい!さっき最後に見せた火の魔法です!」
「…ん」
『火線』はアイリに教えていない言葉。理解していないと使えないから、どうしても話す言葉が長くなる。
アイリに紙を渡したら、『回復』を取り出し、手を繋いで発動。よし、回復した。『浄化』と同系統なのか多少、魔力がいったが回復した。
「…焼いた。穴も塞いだ」
「ナイス!」
頼み忘れてたことをやってくれたのは本当にありがたい!
「下をセン共々任せる!」
「処分しきったら、上を!」
穴から湧き出せたやつはアイリに任せきる。ちょっと想像以上に上に出たやつが多すぎる。デカイ針はもう一度落ちては来ないが、酸と蜂自身の突撃は継続中。
地面に届かせたら負けだ。少なくとも蜂は全て殺し尽くさねばならない。
「「『『岩弾』』!」」
を連射。至近距離まで来ているやつを全てショットガンのような無数の球で撃破。
使い切るとつらくなる。使用限度直前までに控え…って、4回目は駄目っぽいか!『旋風』は…は次で限界か!やはり「風」のイメージだけでは弱かった。
「「『『ウォーターレーザー』』!」」
これはいけた!追撃……は駄目。何故…あぁ、実験とどこかで四季がうまいこと使ってくれた分か。
「「『『風刃』』!」」
アークラインの言語の紙で一発。緑に色づいた刃を放つ。耐久性をあげて、分厚く、長く!できるだけ広域殲滅…とはいかないか?
だが、これ以上は無理。使うと消える。ならば、
「「『『火球』』!」」
ダメ押しで蜂の群れに大穴を開ける。これもこれ以上は消えてしまう。だが、俺の想像が正しければ……いた!
「巨大な蜂!」
「おそらく女王です!あいつを落とせば終わりです!」
あいつまで火球は届かなかったが、憤っているように見える。…第二ラウンド開始といったところか。




