8話 焉武VS研
研は机の裏を見た。しかし誰も居なかった。だが床に粉々に割れたフラスコが落ちていた。ため息を吐きながら、その破片を拾った。
「あーあ。全く…後片付け大変なんだよなぁ」
その時背後から熱気を感じた。
ーーーーーーーーーー
焉武は研の視界に入らないよう隠れつつ、研の背後に移動した。慎重に音を微塵も立てぬよう、集中しつつ四つん這いになって移動した。
そして背後に回った。研はしゃがんでフラスコの破片を掴んでいた。
(今がチャンスか…?あの破片に目をやっている今…不意を突けば…殺せるか…?)
手に目をやって、拳を握り締めた。そして遂に覚悟を決めて机から体を出して、手を激しく燃やした。
(このまま!!コイツの首から上を吹き飛ばせば!!)
その時衝撃を受けた。なんと研の後頭部から目が出てきたのだ。
「なっ!?」
さらに口も出てきた。
「みーつけた」
「うっ!!」
全身が凍り付いた。目の前に妖怪のような化け物が居る。しかしやるべき事は変わらないと思い、そのまま炎の拳を研の頭に発射しようとしたその時
「うぐっ!!」
「君の事は聞いているよ」
炎は軌道を変えて、研の頭を外してしまった。
「体力はそこまで無いらしいね。連絡によると、既に君はヘトヘトの状態だとか…。そんな君が常時全身を炎に変える事なんて出来るわけが無い…そうだろう?」
「うっ…」
顔を上げると目の前に拳があった。そのまま顔面は殴られ、また吹っ飛んでしまった。
「がっ!!」
「おやおや。すまないすまない。少し手加減すべきだったかな?」
クスクスと笑いながらそう呟く。目を開けて、研の方を見ると、信じられない光景があった。なぜなら研の体から腕が4本生えているのだ。2本ならまだしも、更にもう2本体から生えている。
「なんなんだ…お前は…その体は一体…」
「これか?いやぁ便利だろう?私の能力だよ。そうだなぁ。時間をやるよ。私の能力はなんなのか…。ほら答えてみろ」
「随分と余裕だな…」
「当然だろう?君の能力では…私には勝てない。勿論…」
研は自分の頭を指差した。
「ここの勝負でもね」
「フンッ!!!」
走り出して、再び右腕を燃やした。握り締めた拳を研に向ける。
「ここは私の研究室だよ?まず1つ目の君の致命的なミスを教えよう」
「!?」
「相手の独壇場で戦いを仕掛けない事。それは自殺行為だ」
足が掴まれた。見てみるとそこには手があり、焉武の実体化させている足を掴んでいる。焉武は足を引っ張られて転けてしまった。
「いっ…た…」
とにかく掴まれている部分を炎に変えて、手を放させた。それにしても気持ち悪かった。床から手が生えている光景は、まるでホラー映画でも観ているかのようだった。
「なんなんだよ…これは…」
「ほらほらぁー。敵から目を逸らさないこと!2つ目の君のミスだよ!」
「!?」
今度は手が飛んできた。しかも殴ってくるとかじゃなくて、腕だけが飛んできて、焉武の顔面を掴んできた。
「なんだよ!!これ!!」
「慌ててるねぇ。落ち着いて考える事が大事だよ?」
「ぐっ!!」
もう惜しみなく己の能力を使うしか無いと確信した。全身を炎に変えた。
「はぁ……はぁ…」
体力を消費するが、これで実体がなくなった今は掴まれる事が無い。
(考えないと…アイツの能力を…)
体力の消費が激しく、薩春の時とは違い冷静に考える事が困難だった。
(手を体から取り外して投げてくる…。だけどアイツの体の手は減っていない。本数は4本のままだ…どうなっているんだ…?)
すると背中から生えている2本の腕が、そのまま床にボトッと落ちた。
「やっぱり通常モードの方が体が軽くて良いなぁ。手とか増やすと無駄に肩が凝るんだよなぁ」
「お前の能力は…まさか…『体の部品を増やす能力』…?」
「さぁ…どうだろうなぁ?」
嘲笑うかのような顔をしてくる。情報量が今の所手が増えたりするという事ぐらいしか無いので、焉武はとにかくそう考える事にした。
(だとしたら勝ち筋はまだあるはずだ…とにかく…何とかしないと…)
また目眩がし始めた。さっき休憩していたから、体力もある程度は回復したが、それでも全身を炎に変えると一瞬で体力が尽きる。もう精神的な問題になっている。研を殺したいという目的だけの為に、立っている状態である。
「どうした?来いよ。ほら。私を殺したいんだろう?焉武くんだっけ?両親を殺した私が憎いのだろう?腸が煮えくり返る思いなのだろう?」
「……」
「ほらほら来いよ。そうだなぁ」
研は腕時計を見た。そして少し考えると
「3分…いや5分間だけだ。今から5分間私は君を攻撃しない。約束しよう。さぁ絶好のチャンスだ。私を殺しに来い」
満面の笑みで焉武に言った。舐められている感じがして余計腹立たしくなった。
「舐めるなよ…。クソ野郎…」
元から研を殺したら、自分はどうなっても良いと思っていた。今自分の中には復讐しかなく、それを果たせば生きる目的は無くなるし、そもそも研究結果には死亡と書かれている事から、1度自分は死んだというのが分かり、例えここで死んでもただ行くべき場所へ行くだけだと思っていた。
「死にやがれ!!」
自分の身体は限界を迎え始めており、今までは怒りなどの精神力で何とか持ち堪えていたが、もう全身を炎化するのはもう不可能だった。手から炎を出し精一杯の力で研を殴った。
「これが…今俺の最大限の力だ!!」
研の体は幾つかの壁をも突き破り、タンク室と書かれている部屋へ辿り着いた。
「がはっ!」
攻撃を食らったわけではないが、先程の攻撃の反動により血を吐いた。研の体は少なくとも焼け焦げているか、または複雑骨折で確実に死んでいるはずだ。確認の為破壊されている壁を跨いで、研が倒れているタンク室という部屋へ入った。
「はぁ…はぁ…流石に死んでいる…は…ず…」
しかし研の体は無傷だった。
「その程度かぁ?」
「!?」
研は体を起こして焉武を見た。
「うぅん。まぁ初心者というのも考えると仕方がないのかなぁ?」
「どうして…」
周りをキョロキョロ見始めた。
「タンク室にまで吹っ飛ばされたのか」
このタンク室には二酸化炭素や窒素などの元素が、複数のタンクに分けられている部屋だ。研究の際に元素が必要な時があるので、別室で分けた元素をここのタンクに入れている。
「さぁ。もう攻撃してこないのか?まだ時間は与えているぞ?あと3分だ」
「ぐっ…」
しかし疲労が溜まっていて焉武は膝を付いてしまった。
「はぁ…はぁ…」
意識も朦朧とし始めてきた。
(マズイ…もう……駄目だ…動けない…)
「まぁ約束だからな。あと3分間だけは待っておいてやるよ。しかしその後は死んでもらう。お前が成功したことで、研究はかなり進んだ。君には敬意を表するよ」
(3分間……取り敢えず休め…休んで…もう1度…攻撃を食らわせてやる…)
研は左手首に巻いてある腕時計をジーっと見ていた。
(でも俺の技は全く効いていなかった…。どうすれば良い…んだ…)
周りを見渡した。
(タンク室…か…。元素…か…)
すると1つのタンクに目が行った。
「残り30秒だ。さぁもう終わりなのか?」
「いや…まだだ…まだ…ある…」
「ほほぉ?楽しみだ。さぁ来いよ。もう1回俺を攻撃してみろ!!」
「ぐっ!!」
さっきの力よりは弱いが、再び炎を右腕に集めて放出した。
「今度こそ死ね!!」
「同じ攻撃か…」
少し残念そうに研は言い、焉武の攻撃を大人しく当たった。
(この程度か…まぁ資料は取れたし、変身系自然型のミュータントになる条件がある程度分かった。だから…それで…)
その時ドゴォン!とタンクに体がぶつかり、タンクが大きく凹み、小さいが穴が空いた。
「!?」
嫌な予感が一瞬だけしたので、タンクの中の元素が書かれている文字を見た。そこには『H』と書かれていた。
「す…水素だと…!?」
「お前科学者なんだろ…水素が炎を浴びたらどうなるのか…分かるよな…」
その時タンクが大爆発を起こした。更に他の水素のタンクも誘爆していき、更には酸素のタンクも爆発して行った。
「うぐぅあぁぁ!!」
「くたばれ…クソ野郎…恨むなら…爆発物を近くに置いていた自分を憎むんだな…」
焉武も爆発の炎に巻き込まれた。
ーーーーーーーーーー
ドゴォン!!という音が研究所に響き渡り、更に大きく揺れ始めた。
「金田さん…これは…一体…」
あの後助ける為に戻ってきた処理場の管理人に、治療班のいる部屋へ連れて行ってもらい、治療を受けてある程度回復した金田薩春も爆音に気が付いた。
「この音は…」
「とにかく逃げないと!!皆!!早く外へ逃げろ!!」
研究所に居る人達が大勢取り敢えず外へ逃げていた。こういう緊急事態時はどうすれば良いのかという事は、事前に訓練的な事もされており、皆はその通り従って行動していた。
「研さん…」
薩春だけは爆心地へと向かった。