伝説の聖剣を引き抜いてみたけどニートすぎて家から出てくれなくなった
【30年前、勇者が魔王を倒した時に使われたという伝説の聖剣。今は封印されて大岩に固く刺されたまま深い眠りについている。そして、再び魔物が世にはびこるときに、その封印は解かれるであろう】
かつて母さんからよく聞かされていた、村に伝わる聖剣伝説。
僕たち村の少年たちは12歳になると、その聖剣を引き抜くチャンスが与えられる。
世の中に魔物が再びはびこり、12歳になった少年少女たちは、冒険者として世界を旅することが王様の命令で決まった。
聖剣を引き抜くことができれば、伝説の冒険者として世界を渡り歩くことができる。
しかし、そこは封印された聖剣である。簡単に引き抜くことなどできない。ましてや何のとりえのない僕のところなんかには、絶対に……
だから、あの時、簡単に聖剣が抜けた時に、なにかあると疑っておくべきだったんだ。聖剣が抜けた時になんとなく嫌な予感はしていたんだ。
こいつは、この聖剣は、とんでもないニート野郎だ!
僕は暖炉の前でてこでも動こうとしない聖剣を前にして途方に暮れていた。少しでも善意を働かせて、聖剣を暖炉の前に置いておいてやろうなんて考えてしまったのが馬鹿だったんだ。
かつて伝説の聖剣と呼ばれていたそれは、今や家に居ついてしまった猫のようにくつろいでしまっている。いや、まあぱっと見は剣が置いてあるだけなんだけど。
そもそも、剣を引き抜いた時に、やはりおかしいと気づくべきだったんだ。
12歳の誕生日を迎えた僕は、慣例通り聖剣をひきぬくチャンスを与えられていた。
一生に一度しか訪れないチャンス。しかし、僕には自分が聖剣に選ばれる自信などひとかけらも持ち合わせていなかった。僕なんてどこにでもいる、さびれた村の村人Aだ。
聖剣に選ばれるだけの力など持ち合わせているわけもない。
村長たちに見守られるまま、僕は大岩に突き刺さっていた聖剣の柄を握った。30年もの長い年月の中で雨風を耐え忍んできた聖剣は、ひんやりとしていて、どこか寂しそうに思えてしまった。
「僕のところに来てくれれば、暖かい暖炉と、柔らかいクッションを支給してあげますよ~」
聖剣を引き抜くとき、誰にも聞こえないようにささやきかけてみた。
ほとんど冗談のつもりだった。そんなバカげた待遇で封印が説かれるわけない……
聖剣はあっけなく抜けた。
もうそれはそれは簡単にするっといった。力なんて入れなくていいくらい、いや、むしろ向こうの方から飛び出して来たんじゃないかという勢いで聖剣は僕のものになった。
それから後の村のどよめきようは、語るまでもない。今は村が総出で僕の旅立ちを祝おうと準備している。
ここでもう一度、目の前に転がっている聖剣さまを見てみよう。
さすがに言った約束も守らないで、持って行ってしまうのは申し訳ないかと親切心で、聖剣さまを暖炉の前においてあげた。家で一番ふかふかなクッションの上においてやった。
そうしたら、何ということでしょう!
聖剣さまはまるで封印された状態を取り戻したかのように全く動かなくなってしまったのです。
どれだけ持ち上げようとしても、1ミリも動く気配がない。いったいどこにそんな重さがあるのか、鋼鉄の塊がドスンと居座ってしまっている。
「おい、頼むよ。そろそろ冒険に行くぞ」
僕は必死に聖剣を持ち上げようとしながら、しゃべりかけてみた。
もし、聖剣は抜けたけどそのまま扱えませんでした、なんてことになったらどんな仕打ちが待っているかわからない。最悪の場合、反逆したとか何とかで殺される可能性すらある。
必死になりながら、何度も何度も聖剣に訴えかけ続ける。
「やなこった」
あ、しゃべった。
まあ、なんか硬い意思を持っているような気はしていたけど、やっぱり喋れるんだね。さすが聖剣さま。
驚きはしたものの、しゃべれるのならば話は早い。交渉を試みる。
「なあ、頼むよ。僕に力を貸してくれよ」
「どうしてお前如きに力なんて貸さなきゃいけないんだよ」
案外普通に会話は成立した。
「伝説の聖剣なんだろ? 封印解けたのなら力を貸してくれるのが義理ってもんだろ」
「俺は、暖かい暖炉とクッションがあるというからここまでやって来たのだ。来てくれただけでもありがたいと思え」
ああ、やっぱりこの聖剣さま暖炉狙いだったよ。ていうかこの聖剣、我が強いなあ。かつての勇者様はよくこんな聖剣を扱えたものだ。なんて勇者様のことを思い浮かべても、聖剣は全く動こうとしてくれない。
「アレク様と一緒に魔王を倒したんだろ? その使命をもう一回果たそうよ」
伝説の勇者様の名を出すのは申し訳ない気がしたけれど、ここは仕方ない。僕はなにがなんでもこの聖剣を持って旅に出ないといけないんだ。
「……働いたら負けだろ」
「え?」
伝説の聖剣さまから、とんでもない一言が飛ばされた。さすがにこれは予想外だ。
「そもそも、勝手に伝説の聖剣なんて呼ばれているけど、それに縛られてしまうのもおかしいよね。僕はなりたくて聖剣になったわけじゃないし? 作るのは勝手だけど、そんな人の都合に自分の生き方まで左右される必要はないよね」
聖剣さまは突然饒舌になって語りだした。
ダメだこいつ。ニートとしての自覚が高すぎる。
勇者様が伝説なら、やっぱりこの聖剣もエリートだったということだ。しかもエリートニート。
それから何度も僕と聖剣の不毛なやり取りが繰り広げられた。
「伝説の聖剣ならその使命くらい全うしろよ」
「ふん、力もまともない奴に“使命”だなんだ、などと説教されてたまるか」
「そんなに言うなら、もう一度あの岩にぶっ刺してやるぞ! いいのか? この寒い冬空のなか、もう一度寒い外に放り出すんだからな」
「やれるものならやってみろ。そのためには俺を持ち上げないといけないけどなあ」
どれだけ必死に持ち上げようとしても、聖剣は一向に動く気配がない。おそらく、聖剣自身の意志が固いのだろうが、それ以上に、聖剣が言う通り僕の力が不足しているのが原因だろう。
――だからこそ、僕にはこの聖剣の力が必要なのに。
「ケビン!」
聖剣とのやり取りの間に、突然家のドアが開く。
母さんが帰って来たようだ。おそらく僕の聖剣の話を聞いたのだろう。声がやけに興奮している。
「おかえr……」
言葉もまともにかわさないうちに、僕は母さんに抱きしめられた。走って家まで帰って来たのか、母さんの体は冬なのにほっこり温かい。
「母さん?」
興奮していた母さんは、やっと落ち着いたのか、僕を離してくれた。
「ごめんなさいね。私、ケビンが聖剣様を引き抜いた聞いて、急いで帰って来たのよ」
「うん、あれ」
僕は暖炉の前でくつろいでいる聖剣を指さした。聖剣は相変わらず変わらない様子でこちらの方に柄を向けて見つめている(ような気がする)。
母さんは僕をもう一度、今度は優しく抱きしめてくれた。そして、何度か僕の背中をさすってくれる。
「私、ずっと心配していたのよ。あなたが冒険者にならなきゃいけないことに」
「そうだったの?」
「冒険者なんて聞こえはいいけど、結局は魔物を狩るための都合のいい戦士だって、みんなが言っているわ。上級冒険者になればまだしも、下級の冒険者はいいように魔物を狩らされたあとは、みっともない姿で使い捨てにされてしまうって」
それは僕も聞いていた。下級の冒険者はただの奴隷と一緒だ。でも、聖剣があればそんな運命も変えることができる……はず。
母さんはもう一度聖剣の方に目をやった。そうして、僕の頬に手を当てる。
「ケビン、無茶だけはしないでね。聖剣を持っていることは、そりゃあ嬉しいことだけど、それだけを頼りにしちゃだめだからね」
「わかってるよ」
「あなたは人の気持ちがわかる優しい子だから、その聖剣様と一緒に多くの人を助けてあげてね」
母さんはそれだけ言うと、僕の頬にキスをした。不安とやさしさの入り混じったような不思議な温度だった。
それじゃあお母さんまだやることがあるから、と言ってお母さんはまた行ってしまった。本当に急いで駆けつけるだけしてくれたようだ。
母さんが行ってしまった後で、聖剣の方を向き直る。
聖剣はさっきと変わらず、暖炉の前で身を丸めていた。もう、聖剣というより、猫といった方がいいのかもしれない。首輪でもつけて「タマ」と名付けようか。
もう一度手を伸ばしてみるけど、やっぱり持ち上がりそうにない。
僕の脳裏には、母さんの言葉が浮かんでいた。
「仕方ないか」
だから、僕はそのまま聖剣の横に置いてある鞘を手に取った。
そして壁にかかっていた短剣を取ってその鞘にはめてみる。
聖剣の強度には遠く及ばない鉄の短剣だが、新米冒険者にはこれくらいがちょうどいいのだろう。
短剣は、鞘の長さには遠く及ばないものの、鞘からはみ出ている柄は不自然ではなかった。これならすぐにばれることもないだろう。
僕はそれから毛布を持ってきて聖剣に掛けようとする。旅立つまでの間は、家に聖剣を置いておくことは隠しておかなくては。
「どういうつもりだ?」
「聖剣様の言う通り、僕の力はまだ聖剣様には見合わないみたいだ。だから、また僕の力が聖剣様に認められるようになった時、もう一度戻って来るよ」
いくらくそニートな聖剣だとしても、それを従えられないようでは、僕はこの先やっていけないだろう。
悔しさも残るが、そもそも聖剣が抜けたこと自体が奇跡みたいなものなのだ。……しかたない。
「お、おい」
「ん?」
聖剣は話しかけてきたものの、なかなか話の内容を進めようとしない。毛布を雑にかけすぎてしまったのだろうか?
「30年も寒いのに慣れちまったせいか。この暖炉にいると熱苦しくて仕方ないんだよ」
「ああ、ごめん。毛布はさすがにやりすぎたね」
僕は毛布をずらしてやる。
「そういうことじゃなくてだな……」
「じゃあどういうことだよ。さらなる好待遇を求めるのかい、ニート様?」
聖剣からため息を吐いているような音がした。いったい彼の口はどこにあるのだろう。どこからため息が出ているのだろう。
かと思えば、聖剣は毛布越しから何かをごにょごにょとしゃべった。さっきまであんなに威勢がよかったのによく聞き取れない。
「え?」
聞きなおしてみるが、それでも、やっぱり聖剣はごにゃごにゃしゃべるばかりである。
もう一度、聖剣に向かって聞きなおした時、ついに聖剣も大声を出した。
「だから、俺を外に連れ出してくれって言ってるんだよ!」
それが僕と聖剣の始めのひとときであった。
もう一度つかみなおした聖剣は、自分の体の一部のように軽かった。
*****
――5年後、僕たちは魔王城の前にいた。
聖剣と共に旅に出た僕は、今や「勇者様の生まれ変わり」なんて言われている。
「こんなつもりじゃなかったんだけどな」
「アレクの野郎も同じようなことを言っていたぜ。まあ、俺と旅をするっていうのはこういうことなんだよ」
聖剣は面倒くさそうに言った。あいかわらず、用のないときは絶対に鞘から離れようとしないニートっぷりであるが、戦いになれば役に立つからたちが悪い。
「なあ、一つ聞いていいかい?」
扉を開ける前に、聖剣に訊ねてみる。
「あん? めんどくさいから手短に頼むぜ」
「なんであの時、僕についてきてくれたんだい?」
「……」
聖剣は黙ってしまう。
こういう時はたいてい恥ずかしがっている時だ。どれだけいつも僕を馬鹿にしたって、こういうことは僕にもわかるんだからな。
僕はあえて聖剣がしゃべりだすのを待ってやった。
「意地の悪い奴だぜ」
僕の意図に気が付いたのか、聖剣は舌打ちをした。そして、やっぱりめんどくさそうにため息をつく。
あれから5年、まだこいつの口がどこにあるのかわかっていない。
「30年もニートしてたからな、さすがに飽きちゃったんだよ」
「それだけ?」
「それだけだよ!」
もう行くぞ、と聖剣に怒られてしまった。僕はふっと笑いながら、重い魔王城の扉を開くのであった。
最後までお読みいただきありがとうございました!