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夕日は瞳の奥に  作者: ぬりえ
第十四章
97/163

五、

 学生が石像になって見つかったその日の夜から数えて五日後、拓真が倒れた。

 倒れた、よりも、寝込んだ、のほうが正確だ。碧に診てもらったところ、肉体的、精神的の二重の疲労だという。

 それもそのはずだ。夜のパトロールには最初から最後まで欠かさず出向し、学生の不安を煽らないために講義を休むことはせず、会議などの執務も怠らなかった。いくら頑丈な拓真とはいえ、休む暇も無に等しい日々とプレッシャーが続けば、倒れるのも当然というものだ。

 体調が優れずに足をふらつかせながら講義へ行こうとする拓真を止めるのは相当大変だったらしい。最終的に、碧の実力行使で休んでいただくことになった。

「あの、フジさん、実力行使って」

 あまり聞こえの良くない言葉に、ほのかが疑問を唱える。

「睡眠作用の強い香りのアロマで、その場で寝てもらった」

 フジが遠い目で答える。そのときの光景を思い出しているのだろう。

 碧さん、意外とえげつないことするんだな、とほのかが思っていると、

「それだけ拓真さんの状態が悪かったってことだ」

 とフジに言われる。倒れるまで気付かなかった、とフジは悔しそうだ。


 今日は会議の日だが、もちろん拓真は欠席。付き添ってみている碧も同じく欠席だ。高熱にうなされていて、離れられないということだ。

「拓真さんがいない間は、俺が代役を務める。恥ずかしくない行動をしないと」

「気張りすぎてお前も倒れるなよ、フジ」

 後ろから声がした。

「わかってるよ、樹」

「よ、次期長!いや、現長代理かな」

 不謹慎な発言にも聞こえるが、樹が励ましてくれているのが伝わってくる。笑い返すことで返答の変わりにした。

 七人での会議が始まる。

「まず、土の領の夜のパトロールをどうするかだな。フジ、どう思う?」

 土の長代理となったフジに、紅葉(くれは)が水を向ける。

「原因をつきとめるためにも、パトロールは続けるべきだと考えます。大人数でばらばらに行動するのではなく、三人一組くらいで数班にわかれ、日没から二時間程度でどうでしょうか。警備隊員以外の学生は門限を早め、外出禁止。拓真さんもパトロールが行われているほうが安心すると思います」

「そうですね、パトロールは続けるべきでしょう。フジのいうとおり三人一組で二、三班にすれば、連絡をとりあって不審な動きにも協力して対応できるでしょう」

「連絡役には、一班に一人、風の領生から出てもらいましょう」

 一水(かずみ)も賛成、さらも協力的な意見をくれたことにフジは内心ほっとした。しかしここは堂々としていなければならない。仮にも拓真の変わりなのだ。拓真のようになれなければ、代わりとはいえない。プレッシャーで押しつぶされそうな心を、どうにか支えているのは責任感だ。拓真がいつもこんな、いや、これ以上の重圧を受けていたのだと思うと、負けずにいた拓真はやっぱりすごいと思う。自分はすでにくじけそうなのに。

「なあ、でも警備と門限変更は土の領だけでいいのか? 門限はともかく、他の領は今までと同じ警備の状況だ。“影”は土の領と予告してきたが、第一被害者が土の領で起こったからって、今後も同じとは限らないだろう? 土の領に目を向けさせておいて、別を狙うとも考えられる」

 紅葉の意見はもっともだ。それに反論したのは意外にもほのかだった。

「それはないと思います。私も同じことを考えていました。でも、私には、“影”がそんな姑息なまねをするとは思えません。これまでの事件も、私たちがどう動くかを見て、予想外なことが起きても“影”はそれを楽しんでいるみたいでした。それに、意見箱にも土の領での遅い時間の異変を伝えるものが増えています。予告した以上、“影”は最後まで、土の領を対象に、もっと大きな騒ぎを起こそうとしていると思います。混沌を起こす、なにかを」

「ほう……」

 ほのかは場をわきまえている。会議中などのときは、姉である紅葉に対しても先輩として敬語で話す。その口調は毅然としていて、紅葉や一水から感嘆の声がもれるほどだ。

「“影”は、恐怖心を植え付けたいのではないでしょうか」

 ほのかが続ける。

「一人、学生が石になりました。まだ、これから、もしかしたら、という予感が誰にでも浮かぶと思います。噴火事件のときは守護神が現れて安心を取り戻したけれど、このまま不安と恐怖が広がれば、また学内に乱れの波紋となって平衡が崩れていきます。ね、怖いよね、弦矢君」

「へ?! ぼく?! それは、怖いですけど」

 いきなり水を向けられて弦矢はたじろいた。

「ほら、あのとき話した内容」

 皆の視線が集まって落ち着かずおどおどしているが、ほのかが何が言いたいのかを理解した弦矢は、前にほのかと話したことを伝える。異変を訴える意見がすべて匿名であることの理由のことだ。

「もうすでに、学生皆さんのなかには恐怖心が芽生えています。このままいけば、もしなにも“影”が起こさなかったとしても、学生の恐怖心が勝手に暴走し、混沌を生み出す可能性も、あるのでは、ない、でしょうか」

 “影”の目的は、世界の混沌。そして、崩壊。

 種別、次元など関係なく、調和しない、共存のない、闇の世界。


 現在、一人の学生が石像となり、拓真は倒れ、守護神は解決策を見いだせずにいる。不安は少しずつ、でも確実に膨らみ、小さなきっかけで人の心を覆い尽くす。そして誰も信じられない状況ができてしまえば、足元からばらばらと崩れてまっさかさまに闇へ落ちる。

「今は一人の被害で済んでいます。今の、何も起こらない時間が、逆に、学生たちの恐怖を煽っていると、思うんです。もし、次の被害が出れば」

「学園は大混乱に陥ります」

 ほのかが弦矢の言葉を引き継ぐ。

「土の領の異変について匿名で書かれているのは、“影”が怖いからだと弦矢君が言っていました。私もそう思います。今は罠とか考えず、土の領での警備態勢を変え、きちんと解決策をとっていると学生にみせることで、学生に安心を与えるのが一番と考えます」

 学生たちも、土の領で“影”が事件を起こすと思い込んでいる。だからこそ、土の領での対策を実行しなければならない、というのがほのかの意見だ。この間、弦矢と話した後に、考えたことだった。

 きっぱりと意見を出してみたものの、それが受け容れられるかどうか、ほのかは緊張していた。今さらながら心臓がばくばくしてくる。

「自分はほのかさんに同意します。まずは学生に安心してもらえる環境を作りましょう。それが優先事項だと思います。そのためにも、夜のパトロールは多少リスクがあっても必要です」

 最初にフジが賛成してくれた。すると、

「自分もほのかさんたちの言うとおりだと思います」

「まずは学生さんたちが少しでも気が安らぐようにすることが重要になりますね」

「私たちがしっかりすれば、学生も少しは安心してくれるでしょう。行動あるのみ、ですね」

 樹、さら、一水と、次々に同意の声があがる。

 ほのかはちらりと弦矢を見る。弦矢はほのかを励ますように、にこにことしてうんうん頷いている。自分を認めてもらえたようで、役に立てたと感じて、嬉しくなる。

 最後に、紅葉を窺う。

「私の考えすぎだったかもしれないな。もちろん油断はできないが、ほのかと弦矢の言うことはもっともだ。フジの最初の案でいこう」

 ほのかの顔がぱあっと明るくなる。誰よりも、姉が意見を尊重、自分を評価してくれたことが嬉しくて仕方ない。

「紅葉さんにしては珍しく慎重でしたね」

「うるさい」

 一水の正論ともいえるからかいを一蹴して、フジの案は無事にとおり、会議は終わった。


 これからが正念場だといえる。人数が欠ける中、やってみせると全員が気合を入れなおした瞬間だった。

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