表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夕日は瞳の奥に  作者: ぬりえ
第十三章
90/163

五、

「じゃ、すっきりしたところだし、お暇するわ」

 お茶を飲み終えて、席を立とうとする。

「待って」

 呼び止める声。

「私のことも、聞いてもらえませんか? まだ時間はありますし」

 上げかけた腰が自然と降りる。

 碧はそれを肯定と受け取ったのか、淹れ直します、とカップとポットをさげてコンロへ向かう。ぼっ、とコンロに火の点く音がした。


「私の両親は、死んだことをお話ししましたよね」

 カップを洗いながら、おもむろに碧が話し始める。

「詳しく言うと、殺されたんです」

「え」

 それだけしか返せなかった。

 なんでもないことのように話しているが、見える横顔からは哀しみが感じられる。

「私が小学校三年生のとき、いつもどおり森で遊んでいました。自宅は人家があるところから少し離れた森の入り口にあって、森が私の遊び場でした」

 その頃からすでに、妖精と出会って動植物のことを学んでいたのだろうと樹は推察する。

「ある日、森の中で男の人が傷だらけで倒れていました。治せないことはないけれど、大怪我といってよかったと思います。私は薬草や水を使って、ヒーリングを施して、数日手当をしました。親に内緒で」

「内緒で?」

「ヒーリングは人前でしないよう言われていたので。それは私が未熟だからだと思っていました。だからこの男の人を元気にして、自分が一人前であることを証明しようと思ったんです」


 碧はいくつかの茶葉をブレンドしている。

 慣れた手つきは今だからこそで、その頃はいろいろと知識をめぐらせながら懸命に手当てをしていたのだろう。

「怪我がほとんど回復した日、薬を飲んでもらおうと材料を採りに一度家に帰り、また男の人のところへ戻ったら、その人はいませんでした。体を動かせるようになったから、帰ってしまったのだと思いました。私の力を証明できる人がいなくなって残念でしたが、私はその数日間のことを親に伝えました。両親は、私があまりにも誇らしげにしていたのでしょうね、言いつけを守らなかったことに対して叱りませんでした」


 ピーッ、とケトルが響く。碧はカップとポットを温める。ケトルをコンロに戻すと、ケトルの取っ手を持ったまま、こう言った。

「でも、私のしたことは間違っていました」

「……なんで」

 良いことをしたはずなのに、間違っていたとはどういうことだろう。

 自分を責める声色に、その後不幸があったことが想像できる。

 碧が怪我を治した男は、警察に追われる身だった。森へ逃げ込んで、足をすべらせ大怪我をしたところを、碧が見つけたのだ。

 治療を受け怪我も疲れも回復した男は、警察に追われる境遇になったことを反省もせず、むしろ碧に治してもらったことを天から与えられた仕返しの機会だと思い込み、真昼間に人で賑わう商店街で無差別に人を襲った。死人も出た、大事件となった。

 結局逮捕された男は、狂った目をぎらぎらと光らせて、森の魔女のおかげだ、と言った。

 森で死にかける前から追われてぼろぼろの身体だったはずの男が、すっかり回復して人里に現れた。言うことは、魔女のおかげ。それだけだ。人々は、魔女が犯罪者の男を手助けした、または操っていたのだと思い込んだ。

「そして街の人達は、森の魔女が誰なのか、思い当たる人がいました」

「まさか……」

 碧は哀しげに、頷いた。

「私の母です」


 碧の母は、よく効く薬を作る薬師として街で評判だった。それだけでなく、まじない行ったり、お守りなども売っていた。それらも効果があり好評で、一目置かれる存在だった。

 また、碧の父親は樹医をしていて、樹木はもちろん、病気になったり育ちが悪かったりする作物をたちどころに元気にさせてしまうとして、有名だった。

「街の人達たちはもちろん、警察も両親を疑いました。でも、動機もなければ証拠もありません。それが逆に街の人たちにさらなる不信感を与え、今までよくしてくれていた街の人たちの態度は一変しました」

 そのうちに街には噂が広まった。森の入り口には魔女が棲んでいる。

 そして魔女は、人間を操り、人間を殺して力を得ている、と。

 いつしか碧の両親から薬を買う人も樹医にかかる人もいなくなり、碧の一家は孤立した。街の人たちは“魔女”を怖がり、憎しむようになった。

「それでも母たちは、その街を離れようとはしませんでした」

 そうすれば、本当に自分たちが“魔女”にされてしまう。犯罪者の男を操り人を殺めたと認めたことにされてしまう。

「両親の主張は、聞き入れてもらえませんでした。人々の態度からでもそれがわかったことでしょう」


 こぽこぽこぽ、とカップにお茶が注がれる。湯気とともに、香りがたちこめる。

 碧がトレーを机に置くと、湯気と香りが視界をうっすらと霞ませた。

「どうぞ」

「どうも」

 本日二回目のお茶のやりとり。温かいお茶なのに、心のなかはなんともいえない哀しさで、温度を感じない。

「両親は、町長に相談に行きました。何もしていないことを証明してほしい、と。これまで薬師と樹医として街に貢献してきたことを知る町長は、話し合いの場を作ってくれました。次の日、両親は私を森の女王に預け、街へ出かけていきました」


 森の女王へ預けて。

 それが示す意味は。


「そして、帰ってこなかった」

 ごくり、とのどが鳴る。

 帰ってこなかった、という意味は、すぐにわかった。

「街の人たちに殺されたんです」

 碧の声は震えを必死に抑えた、絞り出すような声だった。


 町長が設けてくれた話し合いの場は、普段はあまり使われていない公民館だった。町長が街の大人たちを集めて、二人とまたうまくやっていけるよう説得する、はずだった。

 しかし、その公民館は火災で全焼した。碧の両親とともに。

「逃げることは出来たと思います。でも、そうしなかったんです」

 火災から逃げ出せば、人だけでなく火も操れる魔女として恐れられてしまう。有能力者とみなされ、有能力者が人に危害を与える存在だという認識を植え付けてしまう。そして、娘も危ないことになりかねない。

 何がどんな手順で、その公民館で起こったのかはわからない。ただ、街の人たちがふたりを、“魔女狩り”同様、焼き殺したのは真実だ。

 これは不幸な事故として処理されている。故意に起こされた火災なのに。

 街の人たちは事故を主張し、警察もそれを信じた。


 警察には有能力者が多い。その火災が人為的なものとわかった人もいただろう。しかし、碧の両親と同じ考え……思惑で、それをもみ消した。真実はそれぞれの希望にそって、塗り替えられてしまった。

 町長は街のわだかまりがなくなり、加担した街の人々も、“魔女”がいなくなってさぞ安心したことだろう。ふたりの命を葬ることで、安心を手にしたのだ。

「両親は、なにかあったときのため、私を護るために、私を森の女王さまに預けていったのです。私は父と母がそんなことになっているとは知らず、無邪気に妖精たちと遊んでいたんです」

 きっと碧の両親は、自らの身に起こることを予感していたのだと、樹は思う。

 女王に預けられ、陽が落ちる頃、女王から“真実”を知らされた。女王の言葉が本当であると、碧はすぐに分かった。その光景を見せられて。

「私は森を出ました。広がっていたのは、真っ赤な夕焼け。父と母を焼き殺した炎と煙も見えました。血のように赤黒く、人間に潜む暗い部分が、街を、父と母を、闇に陥れるように覆っていきました」

 そうか。それで碧は人を心から信用できないのだ。

 悪いことなどしていない者を疑い、畏れ、恨み、軽蔑し、最終的には自らの不安を取り除くためにと死に追いやった街の人々……非能力者を。そして、故意に起こされた火災を、有能力者への反発を恐れ、事故として処理した警察……有能力者を。


 樹は、ひとつ気になったことを口にした。

「あんたのことは、街の人たちは探さなかったのか?」

 子どもがいることは街の人たちが知っていて当然だろう。“魔女”の子どもだ。放っておくはずがない。

「戸籍にはあるはずです。でも、私は小学校に通っていませんでしたし、街に行くこともありませんでした。私の存在を知る人はいないと思っても過言ではありません。知っていたとしても、親なしでは生きていけない年齢ですし、捕まえようとする人もいなかったと思います。幼いからと見逃されたのか、自宅を探していなかったから行方不明にされたのか、わかりません」

 碧は、勉学は両親から受けていた。そしてそれ以上に薬や動植物のことを学んでいた。

「人は、自分にとって都合の悪い記憶を簡単に消し去ることができます。悪いことだとしても、まっとうらしき理由をつければ正義になる」

 ぽつりと言った。他人(ひと)のことを語るかのように。

 碧が妖精に育てられた理由もやっとわかり、もうひとつ、聞いてみる。

「その故郷には、もう行かないの」

 住んではいないだろう、とは思う。でも、思い出もあるはず。哀しい思い出だけでなく、楽しい思い出の欠片が、残っているはずのところだ。

「行っていません。自宅の私の荷物は妖精さんたちが運び出してくれましたし、初めはもう行きたくない場所になっていましたから。数年たって、行ってみようとやっと決心して足を向けたら、街はもうありませんでした」

「なかった?」

「廃れてしまったと聞きました。両親は薬師や樹医として街に貢献していましたから、いなくなったことで街がうまくまわらなくなったんだ、と思ってしまったのは、私にも憎しみの心があるからでしょうね。妖精さんたちにも愛されていたので、両親を殺した人々を妖精さんたちが毛嫌いして恵を与えなかったのかも、とも思いました。本当のことはわかりませんが」

 碧にも、心に隠した闇があったのか。

「妖精さんたち人間ならざるものと人間、どちらかがどちらかを見放せば、生きてはいけません。母たちも、ともに生きていくことを望んでいたのに……叶いませんでした」

 碧が“共存”を大切にする理由が、わかった。

「両親は街の人たちに殺された、と言いましたが、私が殺したも同然です。きっかけを作ったのは私。輪を崩し、街を壊したのも私。私が殺したんです。“魔女”は私なん」

「それはちがう!」

 碧が言い終える前に、樹は大声をあげていた。

 碧が驚いて固まっている。樹自身も驚いていた。

「あんたはできることをやっただけだ。自分を責めるな。ご両親は、あんたを愛していたから森の女王にあんたを託したんだろ? あんたをもしものことから守るために。それなら! 受け継いだ知識をしっかり守って、幸せに生きなきゃだめだ! そんなこと思ってちゃだめだ! ご両親はあんたが幸せに生きることを望んでる! あんたがしたことを罪となんて思ってないし、あんたも罪として背負う必要なんてない!」


 ただ少し話を聞いただけで、知ったことを言うのは図々しいとも思う。

 でも言わずにはいられなかった。とても、碧が哀しい顔をしていたから。瞳に光を宿していなかったから。見ていられなかった。

 

 碧は目をぱちくりさせている。その瞳から一筋、涙が流れ落ちた。

 またやらかした! やばい! と思ってどうすべきか頭をフル回転させていると、ぱちん! と音がした。碧が自分の頬を両手で叩いたのだ。

「よし、以上!」

 碧が笑った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ