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夕日は瞳の奥に  作者: ぬりえ
第三章
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二、

 水に足先が浸る瞬間から、身体と水の間に一層の隙間を作る。これで体が濡れないようにし、その隙間には水から酸素を取り出して呼吸ができるようにする。この海馬に乗った直後、「私にも息ができるようにしてください」と淵園から言われていた。

 水中に入り、動くことは一水にとっては容易なことだ。だが、“水の女王”という者のもとへ行くのは簡単なことではない気がする。学内はもちろん、この泉にいるとは考えられない。


 水の女王という者のことを淵園は知っている。ならなぜ、自分が行く必要があるのか。淵園の水中での呼吸を可能にするためか。他にも様々な疑問が一水の脳内を駆け巡る。

 海馬の進む先は、繁殖した水草に遮られ、見通せない。

 先が見えない、というのはこんなにも人の気持ちを不安にさせるものなのか。自分が長を務める領の一部のはずなのに、自分の能力の属する水の中にいるはずなのに、不安が襲ってくる。

 そんな矢先に、淵園から声がかけられた。水中であっても、二人まとめて一層の空間を作っているため、声も聞こえる。道中で話す、と淵園は言っていた。会話があることは想定内だった。だが彼女はなかなか口を開かなかったため、突然をかけられて一水は身構えてしまった。

「一水さま、ヒッポが進む先に水の流れを作ってください。水草もわけていただけると嬉しいです」

「待ってください、進む先と言われましても、私には行先がわかりません」

 障害物をどけろ、というのはわかる。しかし、どこにいるのかわからない“水の女王”のもとへ、流れなど作れるはずがない。

「水の女王はその呼ばれのとおり、四大元素の一つ、“水”に属する生き物の女王です。あなたなら、その方のお力を感じ取ることができるはずです」

 感じてください、と強く求められる。今は、言われるとおりにするしかない。一水は神経を研ぎ澄ました。


 水の流れ、揺らぎ、波……。ふと、その中から大きな力を感じた。力強さというより、“水”のすべてを包み込むような、寛容さ。そして、清らかで潔いオーラ。それらよりも大きく感じるのは、怒りの感情。

 これだ。

 一水は感じ取った力の存在の方向へ、水の流れを向けた。

 すう、と海馬の泳ぎが滑らかになる。

「ありがとうございます」

 淵園からの感謝は、水の女王への流れを作り出したことに対するものだろう。

「水の女王、クラウディアさまは、先ほど申し上げたとおり、四大元素“水”の王であらせられるお方です」

 淵園が少しずつ話し始める。

「私はとある機会があって、その方と何度かお会いしています。クラウディアさまにとって、私は人間の中では親しい間柄といえるでしょう」

 どんな機会があったのか気になるところではあったが、今聞くべきことではない。一水は無言で続きをうながす。

「ですが今回私は、クラウディアさまと一水さまが話を交わすための仲介にすぎません。一水さま、あなたは学園の水の長であり、大変大きな水の力をお持ちです。一水さまが誠意を持ってお話しすれば、きっとクラウディアさまも聞いてくださるはずですし、お話ししてくださるはずです。誤解を解いて、ほのかさまの開放を求めてください」

 淵園は、自分が水の女王と引き合わせるから、一水は女王を説得しろ、と言っている。

 学内でなにかあった場合、当事者が所属する領長が解決する際の采配を求められる。これが長としての役割であり、義務であり、責任なのだ。

 今回自分がこの役目に選ばれたのは、水の長としての責任を果たすためであり、水の女王への誠意なのだ。

 一水はことの重大さを改めて実感し、覚悟を決める。


「一水さまが作ってくださった流れからすると、クラウディアさまは多分“聖なる入り江”にいらっしゃるのでしょう。ほのかさまもご一緒のはずです」

 海馬は流れにそって駆けてゆく。一水の感じ取る力がどんどん強くなる。

「もうすぐです」

 淵園が言った。一水は気持ちを引き締める。

「最後にお伝えしなければならないことがあります」

「……なんでしょう」

 これまでの説明と異なり、躊躇が伝わってくる。様子が違うと思ったため、わざと聞き返した。

「“水の女王”、クラウディアさまは――人魚です」

 聞いてすぐに、“聖なる入り江”に辿りついた。

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