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夕日は瞳の奥に  作者: ぬりえ
第十三章
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四、

「少しは俺のこと知ってもらえた?」

 勝手に話して聞かせたのは自分だが、聞いてくれたはずだ。


 あのとき、何も知らなくせに、と言われ、教えてくれないのはそっちだろ、と言い返したくてたまらなかった。けれど、よくよく考えれば樹も自分のことを碧に教えていない。

 一水(かずみ)の言うとおり、自分から自分のことを話さなければ、相手に伝わることはない。碧のことを無理に聞きたい、と思うわけではないが、同じ立場になるためには、話さなければと思ったのだ。一水以外、今まで誰にも話してこなかった秘密を。“あの日”とその後のことを。


 碧はいつからか、樹の瞳を無言で見つめていた。こんな話を聞かされて、どう反応していいか戸惑っているのだろう。

 樹は、碧から口を開くのを待つ。目は逸らさない。

 しばらくそのままだったが、碧は悩んだそぶりを見せると、口を開いた。

「……ということは、樹さん、学年は私と同じと聞きましたが、本当は」

「本来なら四年、年齢は一つ年上だよ」

 最初に質問されたのは意外なところだった。気になるのはそこか。

「帰る時、急いでいたのではありませんか?」

「え? ああ、森から帰る時? 俺はそんなでもなかったけど。楽しかったから。でもなんか、急いで帰された感あったな」

「妖精さんたちが、樹さんを帰す時間を間違ってしまったんですね」

 碧はぼそっと言った。

「信じます」

「へ?」

「私は、樹さんが妖精さんたちと遊んだの、信じます」

「あ、うん」


 碧自身、妖精に育てられているのだから、信じないはずがない。でもこの言葉は、碧が妖精の存在を知っているか否かに関わらず、聞ける言葉だと感じた。

 なんだか、さっきから言われることが想像と違って、拍子抜けだ。てっきり、同情の言葉でもとんでくるかと思った。

「樹さんは、その頃から妖精さんたちの存在を、認識していたんですね」

「ああ。母さんが洗濯物をしていたら妖精が寄ってきたとか、昔はいろいろ話して聞かせてくれたから、いるもんだとその前から思ってたよ。まあそんな話も、あの日からしてくれなくなっちまったけど」

「だから樹さんの周りには、妖精さんたちがいつも寄ってくるんですね」

「?」

「お気づきではなかったのですか? あなたの周りにはいつも、妖精さんがいます。こっちに気付いてー、遊んでーって。妖精さんたちは基本、かまってちゃんが多いんです」

 そういえば最近は特に、空気が良い意味でぴんぴんしていて、煌めいている気がしなくもない。さらと一緒のときは特にそうだ。さらのまとう空気が特別だからだと思っていたが、あれは自分に対する妖精の主張だったのか。


 ふと気づくと、碧の表情がふんわり優しくなっている。

 樹は、気になっていたことを思い切って口にしてみた。

「あんたは今の話聞いて、俺の境遇をかわいそう、とかなんとか言わないの?」

 この話をしたのは二人目。普通、こんな話を聞かされたら、第一句に、かわいそう、とか、大変だったんだ、とか、辛い思いをしたんだね、とか、そんな同情の言葉が出てきそうなのに。

「なんで?」

 もう一度、問いかけてみる。碧は困ったような顔をした。

「そんな、かわいそうだなんて言葉、簡単には使えません。かえって相手を傷つけるだけです。私が体験したわけでもないのに。そんなふうに思って口にしていいのは、本人と一番近くにいる人です。私がそんなこと口にするのは、お門違いでしょう。それに、あなたは辛かったとおっしゃいましたが、あの日、というのは幸せな思い出として伝わりました。私にできるとすれば、樹さんの境遇を受け入れることと、あなたの話を信じることだけです」

 碧の言葉は、樹のなかにすう、と浸透していった。


 今までこの話を誰にもしてこなかったのは、あの日の両親や警察が向けてくる視線と言葉が、かわいそう、とあまりにも軽かったからだ。

 主張を聞いてくれることもなく、信じてもくれないやつからそんなこと言われたって、嬉しくもなんともない。そもそも楽しい思い出を持って帰ったのに、その言いようはなんだ、と怒りたくなる。

 一年の月日を知らないうちに通り過ぎたが、樹にとって“あの日”の思い出は素晴らしいものであることに変わりはない。なのに、かわいそうな子、と決めつけてかかってくる大人たちに腹が立った。両親も含めて。

 自分のことをそんなふうに見てほしくない。だからいままで秘密にしてきた。

「なぜ、私に話したのですか。他の人は知らないのでしょう?」

 今度は碧が質問してきた。

 今回は、話した理由がある。ひとつは、碧と同じ立場に立つため。

 もう一つは。

「あんた、あの夜、私のことをなにも知らないくせにって、言ったよな」

 質問をまた質問で返す。内容がつながっていないことに碧が困惑をみせたが、俯いてこくんと小さく首を縦に振る。あの夜のやりとりを思い出しているのだろう。

「たしかに俺、あんたがどんなふうに、何を思って生きてきたなんて知らない。でも、あんたが話してくれた範囲でなら知ってる」

 両親が幼い頃に亡くなったこと。

 妖精に育てられたこと。

 “癒しの手”を持ち、瘴気を退ける力を有すること。

「あんたの気持ちを、わかる、だなんて軽々しく言えない」

 きっと自分よりももっと重いなにかを背負っているから。今も。

 わかる、だなんて、傲慢もいいとこだ。でも。


「でも、想像することはできる」


 自分が碧だったら、どうだろう。

 今知っている少ない情報だけでも、想像すると……。

「わからないけど、想像はできる」

 樹はまっすぐと碧に伝えた。

 伝えたかったのはこれ。想像が本人の想いと違うことももちろんある。けれど、想像はできる。

 自分の秘密を話したのは、これを伝えるきっかけにすぎない。きっと、碧も樹の話を聞いていろいろなことを想像しただろう。話すことで、本当に伝えたかったことが伝わりやすくしたかった。

 碧は樹の眼差しを受け止めたまま、しばらく動かなかった。樹はそのまま待つ。


 と、ほろりほろりと、碧の瞳から雫が溢れ出た。その雫は碧の頬をつう、とつたって転がり落ちる。宝石よりも美しい雫。

「……なさい」

「え」

「ごめんなさい、私、樹さんに酷いこと、言って」

 肩を震わせて謝り始める碧に、どう対応していいかわからずあたふたしてしまう。こういうときはどうすればいいんだ。一水さんに教えてもらっておけばよかった。

「私こそ、みなさんのこと、何も知らないのに。あの夜樹さんに指摘されて、初めて気が付きました。私がみなさんのこと、信用していないんだって。私が被害者みたいなこと言ってたことに、自分で恥ずかしくなって。思わず……。八つ当たりでした」

 ごめんなさい、と何度も繰り返す。

「みんなそれぞれ、たくさんのことを抱えているのに。私はなにもわかってなかった。目を逸らしてきた。自分が一番大変な立場なんだって思ってた」

「知らないのは俺も同じ。知らないことたくさんあるよ、一水さんのことだって。でも、わかろうとしなくたって、一緒につきあってれば嫌でもわかってくることがある。それにあんた、わかろうとしなかった、みたいなこと言ったけど、それは違う」

 碧が顔を上げた。

「竜巻事件の後、さらさんのこと理解してくれた。全部受け止めてくれた。信用とか信頼とか、そう簡単にできるもんじゃないけど、少しずつでいい、お互いに信頼し合える存在になれればと俺は思ってる。守護神の皆は、誠意を見せてくれる。あんたもいつか必ず、信じられる日が来る」

 もう一度碧をしっかり見る。

「俺も悪かった。つい感情に任せて、怒鳴っちまった。しかも泣かせてさ、女性相手に。ごめん」

 なんだかあんたが相手だとつい感情的になってしまうんだ、とは言わないで、樹も謝る。


 碧の気持ちが聞けた。

 自分たち、守護神を信用していないことを否定しなかったのには、樹と同じように、これまでのことと関係する、人を簡単に信じられないような、そんな事情があるのだろう。それはいつか話してもらえるまで、待つしかない。

「ぷっ」

 くすくす、と笑う声が小さく上がる。碧が涙の顔のまま笑っていた。

「なにがおかしいんだよ」

 こっちは心から謝っているのに、笑われる理由などない。

「いや、その、居心地悪そうに、不慣れに謝ってくる樹さんが、その、子どもっぽく見えて」

「はあ?!」

 碧は手で涙をふき取りながら、くすくすとまだ笑っている。

「だ、だって、ごめんなさい。私の知ってる樹さんは、あの夜とかは別として、とても大人っぽくて、紳士なかんじなのに。女性に対してって言いながら、言葉は紳士的? なのに言い方がむくれた子どもで、なんかアンバランスで」

 涙が笑い涙に変わっている。

「樹さんもこんな表情をするんですね。新しい樹さんを見られて、嬉しいです」

 しっとりとした瞳でにっこりと笑いかけられて、思わずどきっとしてしまう。

 一瞬なにかとかぶったような……。

「紳士の装いはさらさん限定なんですね」

 今度はいたずらっぽく付け加えてくる。ばっと目をそらした。

 さらには、さらにふさわしいよう行動するように振る舞っているだけだ。さっきどきっとした気持ちは羞恥心と不満でどこかに吹っ飛んだ。


「私の質問の答えは……相手のすべてを知らなくても、わからなくても、理解できていなくても、想像はできる。そのことを伝えるため、ということですね」

「そ」

 そっけなく返す。一水の助言とさらの押しがあって、話そうと覚悟した。伝えたいことは伝わったらしい。

「あの……仲直り、ということで、今後もよろしくお願いできますか……?」

 おずおずと心配そうに聞いてくる。

「お互いに悪いところ認め合って、謝ったんだし。いいんじゃねーの」

 仲直り、という単語が、なんだかこそばゆい。

 そっぽを向いたまま返事をする。

「これからも、よろしくお願いします」

「こちらこそ」

 二人ですっかり冷えたお茶をすする。淹れてもらったお茶は、さっきよりも、冷たくなってもおいしかった。

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