二、
「はあい、ただいま!」
中から明るい声が聞こえてくる。樹は両手をぎゅっと握る。
「いらっしゃいませ、一水さ」
がちゃ、と扉を開けながら出迎えてくれた碧の笑顔が凍りつく。
「樹さん……なんで」
ここに来たのが樹であることを理解できず、碧は何度も瞬きする。
「一水さんに、俺の換わりに予約をとってもらった。名前は一水さんだけど、依頼人は俺」
碧の目が訝しげな色合いに代わっていく。
「とりあえず、なかに入れてもらえねえか」
「……どうぞ」
低い声で、碧は中へ入れてくれた。
部屋の中はアロマオイルの香りが爽やかで、カルテやお茶などが用意してある。すべて一水仕様だろう。
「あんたには悪いけど、俺は診療を受けにきたわけじゃない。あんたと話がしたくて」
「……」
立ったまま、碧に話しかける。
まずは療養室の中へ入る、という第一関門を突破した。入れてもらえない可能性もあったからだ。
第二関門は、話をする、聞いてもらう体制に入ること。
しばらく無言だった碧が、お茶を淹れます、とコンロで作業を始める。相変わらず目線は合わせてくれないが、話を聞いてくれると解釈していいのだと思う。
声に出さず、ふう、と思いながら、樹は勝手に受診者用の椅子に腰をおろした。
しばらくすると、ティーカップ二つとポットが運ばれてきた。碧も座ってお茶を注いでいく。爽やかにすっと鼻を通り抜けていく香りのいいお茶だ。
ことり、と前にカップが差し出される。
「どうぞ」
感情のこもっていない声。
「いただきます」
せっかく淹れてもらったのだから、飲まないわけにはいかない。樹はカップに口をつける。
「あ、うまい」
つい感想が口から出てしまった。向いに座る碧は、なにも聞こえていなかったようにお茶を飲んでいる。
実は、樹は碧の診察を受けたことがない。こうしておいしいお茶とお菓子を楽しんで、さらに身体も心も健康になるのなら、リピーターが増えるのも当然だと思ってしまう。残念ながら今日の目的は診察ではないため、お菓子はもらえないしヒーリングもしないのだが。
半分くらいお茶を飲み終えたところで、樹はカップをソーサーに戻す。まだ碧は目を合わせようとしない。平静を装ってはいるが、困惑と動揺と嫌悪がひしひしと伝わってくる。自分と同じような気持ちなのだ。
ふう。
息をつく。
よし。
一方的に碧を見る。なにかを伝えたいとき、相手の目を見るのは基本。
「さっきも言ったけど、今日はあんたに話があってきた。勝手に話させてもらう。俺のこと」
許可はとらない。嫌だと言われてしまえば、ここで帰らざるを得なくなってしまう。
「あんた、あのとき、私のことなにも知らないくせに、って言ったよな。でも、あんた、俺のこともなにも知らないだろ。だから」
樹は“あの日”のことを話し始めた。




