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夕日は瞳の奥に  作者: ぬりえ
第十三章
86/163

一、

 後夜祭が明けた朝、学内はどこかまだ興奮した空気を残しながらも、通常通りの講義が行われている。

 少し違うというならば、学園祭の後片付けで外が騒がしいことだろうか。講義のないコマを使い、看板や屋台、舞台、飾りなどを協力して片付けていく。

「碧への感情は変わらないとしても、学園内の一体感が取り戻せたといってよさそうだな」

「はい。大きなことを皆で成し遂げるという達成感は、人と人との絆を固くするのだと実感しました」


 学園内での分裂は、とりあえず止められたと思う。一水(かずみ)の言うとおり、碧の存在をどう思っているのかそれに対する考えは変わらないにしても、対立することはなさそうだ。よっぽどのことがない限りは。

「新聞は見たか? かなり影響が大きいみたいだ」

「そりゃそうですよ。現実に存在しないと思っていた生き物を本当に見たんですから。有能力者が作り出したものと疑っていた人だって、有能力者が同じように驚いて興奮していれば、そんな疑惑もふっとんで当然です」

 一水の言う影響というのは、学園祭に来てくれたくれないにかかわらず、非能力者が人間ならざるものの存在を認識してくれたことがひとつ。

 そして、それらは有能力者が魔法で作り出したものでなく、彼らを使役しているわけでもないと理解してくれたことがひとつ。

「サラマンダー様が例の噴火事件のことを謝罪したのがよかったみたいですね。おかげで有能力者が噴火を故意に起こしたわけではないとわかってもらえたようですし」

「まあ、一部の新聞やニュースでは、あんなの有能力者が作り出したまやかしだ、みたいなことを書いているところもあったけどね」

 一水はふっと笑う。

「実際に見て楽しんだ人たちの言葉には、あんな紙の上の言葉なんて勝てっこないよな」

「これで、有能力者への反発意識も収まっていくといいですね。共存のテーマは深く刻みついているでしょうか」

「深く、とはいかなくても、俺たちも外の人たちも人間ならざるものも、同じように生きていて生活していることは、伝わっただろう」

 うん、伝わっている。

 学園祭を楽しんで帰って行った外の人たちの顔を思い出して、そう確信する。

 実は気に入った外の人たちについていった妖精もいる。その人たちには、きっといいことがあるだろう。


 “共存”。それは、“影”が起こそうとする“混沌”の対策としての第一の鍵だ。


「そういえば、なぜ“影”は、学園祭になにも仕掛けてこなかったんでしょうか」

 有能力者、非能力者、人間ならざるもの。すべてが揃っていた。そこで何か事件を起こせば、それこそ大参事、学園祭は失敗に終わっていた。

 もちろん、そのときに備えて警備隊員は総動員し、最大限のレベルで警備にあたっていた。そのおかげなのだろうか。いや、警備隊員の技術や能力は学園上位で、外部の一般企業にも劣らないと自負しているが、“影”ならばそれをかいくぐって何かすることくらいできるのではないか。“影”が望む混沌を作り出すにはとんでもなく好都合な機会だったのだ。

「ほら、その話は保留だ。おまえ、今考えるべきは違うだろ。……ほら、ついたよ」

 講義のないコマの時間に、片付けもせず二人で話していられたのは、ある場所に所用で向かっていたからだ。そこは水の領と土の領の境目にある、小さな小屋のあるひらけた原っぱ。

「まさか、おまえにこんなお願いされるとは思わなかったよ」

「……」

「ま。がんばれよ。貸しとは言わないが、報告くらいしに来い」

 俺は片付け行くから、と、ぽん、と肩をたたいて一水はその場を去った。


 一水には碧との関係がこじれたことをすぐに見抜かれてしまった。挨拶や報告など、必要最小限の関わりは普段通りにお互いに行っていたというのに、長い時間ともにしていたことがある、さすが、というべきなのだろうか。

 簡単に事情は伝えた。極めて簡単に。すると一水はこう言った。

「お前から話さなきゃ、相手は心を開かねえよ」

 その言葉の意味は、きっちり理解している。

 どうするか決めかねている間に、学園祭の準備が始まり、入学式もあり、なんやかんやで忙しいから、と自分に言い訳をして、避けてきた。

 そして昨日。

 さらを寮へ送り届けたときのことを回想する。

「ところで樹さん、碧さんとはなにかあったんですか」

「え、なん、で」

「なんでって、私に隠し事ができるとでも? 甘いですね」

「……」

 あくまでさらの口調は優しいが、それが樹の中で罪悪感になる。

「細かいことは聞きません。でも、樹さんがもやもやしているのを見ているのは嫌です。ほかの女性のことで、という嫉妬でもありますけど」

「さらさん、俺」

「時間が経てば経つほど、ねじれた関係を戻すのは難しくなります。早く解決して、すっきりしたお顔を見たい、というのが私の身勝手な願いです」

 さらの言葉で、樹は碧と話をしようと決めた。一水に頼み、碧の療養室の予約を彼の名前でとってもらった。


 そして今、ここにいる。


 ざっ、ざっ、と音を立てて原っぱを歩く。

 話す内容は決まっている。もう、覚悟はできた。

 一水以外の人には話すことはなかった、自分のことを。

 療養室の前で、ふうと大きく深呼吸すると、樹はこんこんこん、と扉をノックした。

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