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夕日は瞳の奥に  作者: ぬりえ
第十二章
85/163

八、

 別の場所で、樹はさらと空を見上げていた。

 広がるのはオーロラ。風の妖精たちからのプレゼントだ。オーロラを見ることができる環境は限られているため、本来ならば学内で見られるはずがない。それなのに見えるのは、妖精たちが作ってくれているからだ。それだけ人間と妖精たちとの距離が縮まっていると考えると、嬉しい。

 といっても、一つ残念なこともある。さらと一緒にいるといっても、二人きりではないのだ。この美しい風景を前にして、肩を並べてずっと見ていられたら、どんなに幸せだろう。希望は二人で並んで座り、自分はさらの肩を抱きよせ、自分の肩に身体を任せてもらう……という架空の映像がぽわわ~んと頭に浮かぶ。しかしそれは叶わない。まぁ、楽しそうに笑いながら景色と食べ物を楽しむさらの姿を見ていられるだけで、十分幸せか。


 そんなとき、さらがすっと立ち上がった。

「拓真さんと碧さんと話があるので、お先に失礼しますね。樹さん、行きましょう」

 急に声をかけられて内心戸惑いながらも、樹は話を合わせる。

「そうですね、そろそろ行きましょう」

 樹も席を立つ。それを確認したさらは、皆さん後夜祭をじっくり味わってくださいね、と言うと、歩き出す。樹はそのあとをついていく。

 人気の少ない回廊に入ると、樹はさらに聞いた。

「拓真さんたちと話があるわけでは、ありませんよね?」

 後夜祭は外でのイベントがメイン。建物の中には誰もいない。秘密の会話も聞かれて困ることはない。

「もちろん、ありません。でまかせです」

 そうだとは思った。その理由も、わかる。

「あのように言えば、あの場にいた人たちは守護神の仕事だと思って引き留めたりしないでしょう?」

 さらはくすっと、いたずらっぽく笑う。

「いや、そうでしょうけど」

 俺が聞きたいのはそっちじゃない。答えはわかっているけれど、さらの口からその言葉を聞きたかった。

「もう……わかっているのでしょう? あなたと二人きりになりたかったんです」

 つん、と少し怒ったように、でも恥ずかしそうに、さらはそう言って振り返った。

 言わせないでください、とまたぷいと前を向いて速足で進んでしまうさらの手を摑まえて、樹は指をからませる。いつもより少し熱い。

「どこへ行きますか?」

「……土の領の四季の森に」

 拗ねた口調で答えるさらがとても可愛らしい。

 にやけてしまう顔が、暗さで見えなくなっているのがありがたかった。


 そうしてゆっくりと土の領までの間を楽しみ、四季の森に到着する。もちろん、そのときには手を離している。

 入り口であるバラのアーチにさらに先に入ってもらい、自分は後からくぐる。さらがアーチをくぐったすぐそこで、足を止めた。どうしたのかと思い、樹はさらではなく、その先を見る。

「あ……」

 思わず声がこぼれた。

 四季の森と名付けられているのだから、四季折々の風景が広がっているのは想像がつくし、警備で通ったためすでにこの光景は目にしている。けれど、こうして全体を一度に眺めるのは初めてだった。

 春夏秋冬の代名詞をとりこんだ森の中。そこには姿かたちの異なる妖精がちらちらと舞っている。吹き行く風に、流れる小川のさざめき、梢、すべてが心地よい。そして、今夜の満月と星々が森の中を優しく照らしだし、昼間とはまた違った演出がされている。

 樹の声は、美しさに見とれて出たものではなかった。


 “あの日”と似てる。


 目の前の世界が、“あの日”を思い出すほど似ている。

 “あの日”は昼間だったけど、確か春と夏の間くらいの時季で、昼間から夕方にかける時間で、こんなふうに妖精が躍っていて、きらきらしていて。

「樹さん?」

 隣から声をかけられて、はっとする。

「す、すみません、あんまりきれいなもので、つい」

 慌てて言い訳をする。

「そうですね。ほんとに、時が止まるくらい」

 さらもこの美しさに感動していたため、樹が何かを誤魔化して焦っていることには気づかない。うっとりと、四季の織り交ざった風景を見つめている。

 本来ならあり得ないはずなのに、なぜか一体感があり、落ち着く。ここで後夜祭を楽しむ学生は、散策はもちろんだが、シートに座って夜景を見ながら食事をしている人が多い。

「私たちは、一周見て回りましょう。食事は済んでいますし」

 さっきまでオーロラを見ながら軽食を食べていた。おなかはすいていない。

 さらが冬の森のほうへ進んでいくので、樹はそれについていく。雪がちらつく冬の森は、人は少なめだ。恋人同士であることを悟られないよう、あくまで守護神の任務を装って歩いていく。

 雪とその妖精が、月の光に照らされてやさしく光る。真ん丸の月をバックに、ちらちら輝く雪を受け止めながらさらが振り返ったときは、心臓が飛び出るほどどきっとした。

 やっぱり、この人は月が似合う、と樹は思う。そう、どんな暗闇でも、その底まで届いて照らしてくれる、月の優しい光。


 秋の森は、紅や黄色に染まった葉が美しく、ここは散策する人が多い。ライトアップされているわけではないのにぼうと明るいのは、月の光が紅葉を照らしているからだけでなく、妖精たちが飛んでいるからだ。この光景はなんとも神秘的で、人が足を踏み入れていいのかとさえ思ってしまう。

「昼間だったら、紅葉(くれは)さんを想像してしまいそう!」

 弾んだ声で言ったさらの感想に、可愛いなぁ、と思いながら同意する。

 あの二人は……風の領にもここにもいないとなると、賑やかな音が聞こえてくる火の領に一水(かずみ)が引きずり込まれただろうな、と考える。図らずもその想像は当たりである。


 次に夏の森。ここは小川と新緑で涼やかな印象だ。ここに飛び交う妖精たちは、夜間であるにもかかわらず、元気いっぱいで、好奇心も強いようだ。さらや樹のまわりにちょこちょこ寄ってきては、髪や服をひっぱってくる。樹が妖精をなでてやると、嬉しそうにくるくるまわって離れていく。隣でも、さらが同じように妖精をかまっている。

 “あの日”はここまで夏ではなく、春も少し残って、昼間から夕方にかけての時刻だった。そこで“あの子”が妖精たちと戯れていて……。

 ちらとさらのほうを伺い見る。季節も時間も違うから当たり前はのかもしれいが、感じるものが違うのだ。

 さらは月。でも“あの子”はそうじゃない。

 でも、もう、そんなことはどうでもいいのだ。自分は今ここにいるさらが好きだ。きっかけは過去にあったとしても、さらを好きになったのだ。

 さらが“あの子”であってもなくても、自分がさらを好きになったことは変わらないと言い切れる。

「そんなに見つめられても、困ってしまいますよ?」

 頬をほんのり赤らめて、もじもじしながら言われてしまう。意識していなかったが、さらのことを見つめていたらしい。恥じらうさらを見て可愛いと思うと同時に、自分も羞恥心で熱くなる。夏の森で散策などをしていた学生が二人を見ていたならば、二人の間にきらきらの効果が見え、夜なのに明るく映っていたことだろう。関係も丸わかりだ。幸いなことに、学生たちはそれぞれの楽しみに夢中でふたりの様子に気づいていないようだった。

「最後、春の森へ行きましょうか」

 甘ったるい雰囲気をぶんぶん振り払うように、樹は進む。このままいたら溶けてしまいそうだったからだ。

 照れ隠しはできていないと自分でも思うが、先に進むことで顔を見られずにはすむ。


 新緑を抜けると、そこには桜が美しく咲き誇っていた。はらはらと舞い散る花びらが月の光を浴びて煌めいている。桜の根元ではシートをしいて多くの学生が夜桜を愛でている。

「わぁ、桜」

 さらがうっとりと言った。

 今年の春は忙しく、学園に咲く桜を花見に行く余裕さえなかった。季節外れの桜が満開で迎えてくれている。今年初の花見に心浮き立つ。

 春の代名詞といえば桜。桜を存分に楽しめるよう、春の森の大部分は桜で占められており、根本に芝がある。ところどころに水仙や菜の花が見え、桜色と黄色が映える。花見は行楽のイメージも大きいためか、春の森が一番人が多い。

 しかし春は桜以外にもたくさんの花が咲く季節。桜のブースを抜けると、春の花が咲きほこる花園になっているはずだ。

 ゆっくりと桜の樹海を一周し、花園へ向かう。

 花園はその名の通り、たくさんの花々に彩られた野原だった。ちろちろと軽やかな音をたてて流れる小川とたくさんの花の風景は、それこそ妖精が出てくるおとぎ話のそれそのものだ。


 そして、そこには碧がいた。

 夜なのに彼女の姿が鮮明に見えるのは、月の光のおかげか、妖精がこの花園に多くいるからか。

 こちらに背を向けて立つむ碧の周りには特に妖精が多く、背中姿を神秘的に浮かび上がらせている。

 息が止まった。この風景が、また“あの日”を思い出させて。

 特にここは、“あの子”と一緒に遊んだ場所そっくりで。

 一歩遅れてさらがやってきた。

「わぁ!」

 すてき、と続けるさらの声で気が付いたのか、碧が振り返った。短めの髪とミディアムフレアのスカートがふわりと揺れる。

「あ、さらさん! ……と樹さん」

 笑顔で声をかけてくる。

「ここは、本当に素敵ですね」

 樹もそう思う。桜のところより、この花園のほうが好きだ。碧のほか誰もいないのは、ここが一番四季の森の端にあるからだろう。先に桜を見て足を止められていることも一つの理由だと思われる。

「ありがとうございます。妖精さんたちががんばってくれたおかげです。明日にはもとどおりになってしまいますから、今のうちにゆっくりと楽しんでくださいね。ふたりきりで」

 碧が茶化すようにちらりとさらを見て笑った。

「もう、碧さんったら。……明日にはもとに戻ってしまうのは残念ですね。こんなにきれいなのに」

「今のうちにこの子たちをたくさん愛でて、お礼を伝えておきます。それから妖精さんにはもうひとふんばり、お仕事をしてもらいしょう」

「お仕事?」

 話す二人の間に、妖精たちが何人かでわっかをかかえて飛んできた。そしてそれをふんわりとさらの頭にのせる。花冠だ。

「歓迎してくれてますよ」

 碧はにっこり微笑んだ。

「ありがとう」

 さらがこどものように笑ってお礼を言うと、嬉しそうに妖精たちが飛びまわった。

「では、邪魔者は退散することにして、お花のお姫様とその騎士さんは、ふたりでごゆっくり、四季の森一周の最後を堪能してくださいね」

 そして碧は、妖精たちと会話をしながら花園をあとにした。きっと療養室に向かうのだろう。

 どうしてここが一周の最後だと知っているのかと疑問に思ったが、碧のことは考えないことにする。

「お言葉に甘えて、ゆっくりしますか? ここで」

「姫様のご要望とあれば、もちろんです」

「まぁ!」

 ちょっとくさいセリフを口にして恥ずかしかったが、さらを見据えてすっと手を差し出した。さら花開くように顔をほころばせて、樹の手をとる。


 より一層美しく、鮮やかに見える花園。騎士として精一杯、紳士的なエスコートをこころがける。

 花の香りが鼻をくすぐる。

 甘くゆったりとした時間を、後夜祭が終わるまで、ふたりで過ごした。

 今夜のことは、ここの花々と同じくらい鮮やかに、思い出として残るだろう。

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