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夕日は瞳の奥に  作者: ぬりえ
第三章
8/163

一、

 紅葉(くれは)と淵園の会話を黙って聞いていた他の人たちがざわめく。

 行動すべき者として名指しされた一水(かずみ)だけが、淵園の次の言葉を待つように、冷静に彼女を見つめている。

「なぜ? ……なぜ、一水が……?」

 地面にへたりこんだまま、紅葉は淵園を見上げる。もう、その声にいつもの力強さはない。

「クラウディア様に会いに行きます」

「クラウ……?」

「“水の女王”です。説明している時間はありません。あなたの身体は限界です。早急にお医者様にみていただかなければ」

 そう紅葉を諭す淵園を援護したのは、一水だった。

「そうです。あなたは早く医務室へ行ってください。あとは私に任せて」

 紅葉の前にしゃがみこみ、顔をのぞきこむ。

「でも、私が行かないと!」

 だだをこねる子供のように訴えかけて引かない紅葉。

「紅葉!」

 厳しく言い放った。いつもの一水ではない。

「必ず連れて帰る。俺を信じてくれ」

 一水の声には、有無を言わせぬ迫力があった。口調も違う。固い意志と覚悟を感じさせる。

 紅葉は、こくん、と頷いた。

 そして紅葉はさらと弦矢に支えられ、医務室へ向かう。


 彼女たちの姿が消えると、一水が淵園に近寄る。

 すでに日は落ちていた。闇が景色を持ち去っていく。細々とした三日月からもれる光も頼りなく、泉には映らない。

 淵園は一水には目もくれず、まっすぐに泉へ駆け寄ると、しゃがみこんで水面を叩き始めた。


 たんたん、たんたんたんたん!


「ヒッポ! お願い、力を貸してほしいの! ヒッポ!」

 水中に向かって叫ぶと、再び水面を叩く。


 ぱん! だんだんだん!


 一水にも樹にも、淵園が何をしているのかさっぱりわからない。しかし今すべきことを知っているらしいのは彼女だけ。ただその様子を見ていることだけしかできない。

 しばらくすると、水中からぶくぶくと泡が立ち始めた。何かいる。


 ざばあ!


 大きく水しぶきをあげて濁った水から出てきたのは、上半身が馬、下半身が魚の幻獣、海馬だった。

「ヒポカンポス……」

 一水がその名をもらす。

 淵園は感謝を述べながら海馬の額から背びれをなでて、一水のほうへ振り返った。

「一水さま、説明は道中でします。この子に乗って、水の女王のもとへ急ぎましょう。直接お会いして、誤解を解かなければなりません」

「ちょっと待って」

 少しでも現状を理解したいし、水の長である一水を危険にさらすわけにはいかない。どんどん話を進める淵園を止めようと発した樹の言葉は、一水の手に制された。

「行こう」

 一水は淵園についていく。止めたい気持ちでいっぱいだったが、一水の眼には決意が込められ、止めることはできないと悟る。そうなれば、今自分ができること、すべきことをするまでだ。樹は考えを改めた。

 一水と淵園が海馬の背に乗る。淵園が前、一水が後ろ。淵園が海馬に指示を出す。海馬はぶるぶると体を震わせると、泉の中へ溶けていく。


「樹、あとは頼む」

 ほんの一瞬振り返った一水の背中から聞こえたかと思うと、二人の姿はもう見えなくなっていた。

 靄が消えていく。樹は一水が作っていた泉周辺の靄を、自分の力で作り直した。

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