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夕日は瞳の奥に  作者: ぬりえ
第十二章
79/163

二、

 火の領の火山は、多くの人で賑わっている。もうすぐ学園祭の一つ目のメインイベントが始まるのだ。

 噴火事件で図らずもできあがった二つの温泉が、今日は足湯スペースとなっている。ぐるっと一周、お客様が足を入れて気持ちよさそうにしている。湯気が快晴の空に雲をつくりにいく。

 足湯の周辺には、土の領生の力を借りて、土を変形、強化させたいすが並んでいる。観客席だ。そこもほぼ満席で、立って開始を待つ人もいる。

 時折、カメラを構えたりメモをとったりしている人を見かける。有能力者の学園祭を記事にしようとする記者だろう。反有能力者の可能性は高いが、実際に学内の様子を見れば、そこまで悪く書くことはできないと主催側は踏んでいる。怪しい動きをする人に目をつけてはいるが、声をかけるまではしない。とりあえず様子を見る、というのが樹たち警備隊員の仕事だ。

 警備隊員は自分の領のメインイベントには必ず行くが、それ以外の時間は各領を巡回する。自由時間はないが、巡回しながらイベントを覗くことができる。“楽しむ”まで見入ってしまうことは許されないが、盗み見くらいはでき、ある意味いい役どころだ。

 これまだ巡回してきて記者らしき人は見かけたが、怪しい動きはなく、そういった報告も受けていない。学生以外のお客様は、中学生や高校生といった若者のグループと、小さなお子さんを連れた家族がほとんどだ。思い切り楽しんで、有能力者への理解を深めてほしいというのが樹の素直な願いである。

 実際、こうして火のメインイベントを待つ人々は、有能力者も非能力者もいるが、違いなどさっぱりわからない。みな同じ人間であるのだ、と改めて思う。


「レディースアンドジェントルメン! 榊大魔法学園へようこそおいでくださいました! 初の学園祭、初のメインイベント、ここに開催いたします!」

 ぶわっと炎の音とともに現れたのは、タキシード姿の紅葉(くれは)だった。男装した姿がいやに似合っている。ファンクラブでもできそうだ。

 手には燃え盛る長い杖を持っている。樹には、それが火の宝玉の変形したものだとすぐにぴんときた。

 どんどん! という豪快な音と、花火ではなくマグマが何本も立ち上る。

 紅葉がこつんと炎の杖を地面に置くと、火山の中腹が炎の湖と化した。大きく広がるも、怖いとは感じない穏やかな炎に、観客の目は釘付けになる。

 学生は紅葉の紳士的な姿と勇ましさに黄色い声をあげ、外からのお客様は目をキラキラさせて興奮を抑えきれないといった様子だ。他にもただただ驚いて目が点になっていたり、口をぽかんとさせていたり……反応は様々である。

 観客を見てわかるのは、紅葉の最初の掴みはうまくいった、ということだ。

「それでは皆様、お楽しみください!」

 紅葉が優雅に礼をして、炎にくるまれ姿を消した。


 と、ごおおお!! と穏やかだった炎の柱が一気に激しくなる。カーテンのように揺らめいた。

 そして、のっしのっしとカーテンを超えて出てきたのは、炎の獅子、“火の女王”エトナだ。

 燃え上がる身体にライオンの威厳ある姿。まさにそれは、女王そのものだ。記者でさえ、カメラのシャッターを切るのを忘れて圧倒的な存在感におされている。


 うおおおおん!


 首をまわしながらエトナが吠える。

 同調するように炎のカーテンがごうごうと燃え上がり、そしてしゅんと地面に吸い込まれるように消えた。

 消えたカーテンの向こうから現れたのは、火の妖精だ。わいわいぽんぽん飛び跳ね、マグマをぐつぐつと沸騰させ、踊っている。またしても観客から驚きの声があがる。

 とびきり大きく炎をあげて現れたのは、サラマンダー。サラマンダーが姿を見せると、楽しく踊っていた妖精たちは敬意を示し一礼し、サラマンダーを崇める穏やかな踊りを始める。

 サラマンダーが観客に深々と頭を下げる。

「ようこそ来てくれた! 我らがおぬしらに心臓が燃えるようなしょおを見せてやろうぞ!」

 まさか妖精が人の言葉を操るとは思ってもいなかった観客は、目を丸くしている。

「まずは詫びなければならないことがある。先の噴火のことじゃ。あれは我がとある勘違いで、私憤で起こした噴火でのぅ、ここの学生たちが止めてくれなければもっと大事になっていた」

 ぽりぽりと恥じるように頭をかく仕草をする。

「学外の人間もさぞ恐れたことじゃろう。悪いことをしたと思うておる。じゃから!」

 ばっとサラマンダーが両手を広げた。

「詫びを兼ねて、しょおを見せてやるぞ! 存分に楽しんでくれ!」

 わあっとサラマンダーと火の妖精たちが躍り出す。

 控えていた学生たちが太鼓を叩き、音に合わせて火が吹き出し、火の子があがる。


 うおおおおおん!


 再びエトナが吠える。

 と、上空からきらきらと輝く光が降りてきた。入場のときのそれとはまた違う。

 尾が長く、青から赤に美しいグラデーションの羽を持つ、鳥。


 ぴょぉぉぉおお!


 二羽が交差しながら火柱のあがる空を舞う。

 観客が上空に目をとられている間に、再び紅葉が現れた。広げた両腕に二羽の鳥がとまる。この鳥は、不死鳥だ。

「さあ!」

 紅葉が大きく両手をあげると、飛び立って美しく可憐に舞う不死鳥。暴れる炎、踊り狂う火の妖精、心身を揺さぶる太鼓の音。

 様々な美しさが絡みあう、興奮の風景。

 それは不思議な空間で、魅了されてしまう。


 わぁ!


 今度は観客の歓声だ。

 炎の上の舞台に立つ紅葉は、よし、と心の中でガッツポーズを決める。観客の心はがっちり掴んだ、という実感がある。

 視界に入るすべての人が、瞳をきらきらと輝かせショーに見入っている。

 魔法を使えても使えなくても、人間でもそうでなくても、そんなこと関係ない。

 ショーを演じている妖精たちも愉快そうだ。太鼓を叩く学生も、腕に力を込めつつ口角を上げている。見ている人たちも演じている人たちも、ひとつになっている。

 たった今、舞台となっている火山でさえも。

 皆、一緒なのだ。

 自然の一部なのだ。

 広い広い世界の、ほんの一部にすぎないのだ。

 なのに、その一部にすぎないものたちが見ているごく小さい切り取られた一画だけを、私たちは自分の世界として捉えている。

 そしてそのちっぽけな世界だけを見て、他の世界が重なってくることを受け付けない。受け付けていなかった。つい最近までは。


 なんて馬鹿げているんだろう。

 なんて馬鹿げていたんだろう。


 この学園の中、学生の中心として行動してきた紅葉だが、ほのかの誘拐事件があるまでは人間以外の生き物のことなんで、考えたこともなかった。そして自分にとっての人間とは、有能力者だった。

 紅葉は舞台で笑顔を振りまきながら、自分自身の考え方を悔いていた。

 恥ずかしい気持ちと、哀しい気持ちと、笑いが、身体の奥底からじわじわと沸騰してくる。


 今私は、見ている人たちの世界を、壊している。


 ははっ


 本当に笑えてきた。


 よっしゃ、破壊神となってやるか。

 そして、創造神に。世界を塗り替えてやる。


「ではみなさん! 一緒に妖精たちと踊りましょう!」

 ショーが後半にさしかかる。

 紅葉はとびきりの笑顔で、観客へ参加を投げかけた。

 炎の勢いが優しくなって、赤い絨毯になる。逆に高く燃え上がる火柱は、めらめらと揺らめいて青や緑、黄色と、オーロラのようだ。揺らめく炎の色合いは儚く見えるのに、力強さも感じられる。

 踊りの参加へは、お客様もなかなか動かない。学生たちは輪に入りたいとうずうずしているようだが、先に有能力者が参加してしまえば外からのお客様が引き気味になってしまう。遠慮が感じられる。

 親と一緒に訪れた子どもたちは、「ねぇ、行っていい?」と親の顔をちらちらと見上げている。親は困ったように笑うだけ。友だちと来た小学生以上の人たちも、腰を上げるまでの勇気が出ないようだ。

 そこへ、小さな妖精が子供たちのほうへ飛んでいく。あそぼあそぼ、と顔のまわりを飛びまわり、髪の毛や洋服、手を引っ張る。子供はそのまま導かれたほう、炎の絨毯へ進んでいく。親は見守っていた。止める人はいなかった。

 最初の一人が出てくれば、踏ん切りがつかなかった子供たちも次々と炎のカーペットに上がってくる。火、イコール熱い、と思って恐る恐る足を踏み入れるも、熱くない。なんともいえないふわふわとした感触と、ほんのりした温かさ。足湯に入っていた子どもも、裸足のままかけてゆく。熱くない絨毯はサラマンダーの仕業。

 子どもたち、とはいえないもう少し年上の人たちには、紅葉の出番。タキシードにシルクハットのかっこいい女性に、「御嬢さんもご一緒に」と手を差し出されてしまえばいちころだ。ただし、女性限定。

 それから学生も入ってしまえば、子どもを見守る親以外のほとんどが、炎の舞台にあがってわいわいきゃあきゃあと楽しそうに触れ合っていた。

 エトナは炎の体をなでられ、不死鳥は飛びまわり、妖精たちは人間とくるくる踊る。サラマンダーがぽんっと消えたり現れたりを繰り返せば、それはもうショーというより、誰もが楽しく遊び触れ合うプレイルームだ。


 紅葉は時を見計らい、声を出した。

「みなさま! 火のショーはお楽しみいただけましたか? 火のメインイベントはこれにて終了です。ご鑑賞、ありがとうございました!」

 深々と礼をし、杖を振ると、しゅるしゅる、ぱちん! と炎が消えた。

「妖精たちとの交流はこの後もお楽しみいただけますが、次は風の領でメインイベントが行われますので、どうぞ足をお運びください」

 もう一度頭を下げると、観客から大きな拍手が巻き起こった。


 紅葉は、鑑賞してくれた人々の世界が少しでも広がったことを、強く願った。

 欲を言えば、ここにいない人たちの世界ももっと広げたかった。

 自分がそうであるように、たくさんの世界を見つめることは最初は勇気がいるけれど、とても素晴らしいことだ。自分自身の心の中が広くなったように思える。

 いや、広くなったんだ。

 紅葉は確信して笑みを浮かべた。

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