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夕日は瞳の奥に  作者: ぬりえ
第十一章
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八、

 生徒会室から退室し、中央棟の外へ出ると、外はもうすっかり暗くなっていた。だんだん暖かくなってきているとはいえ、夜風は冷たい。


 樹は碧を療養室に送るべく、二人で歩いていた。フジは領が隣のほのかを送りに行っている。もう自宅へ帰るには遅い時間帯のため、生活設備の整った客室へ案内しようと思ったのだが、療養室へ行きたいと断られてしまった。しかもその後の心配もいらないと、帰路の警備もやんわり拒否されてしまう始末だ。夜の女性の行動を監視するようで、碧が帰るまで外で待っているのも気が引ける。とりあえず療養室に送って、本日の警備は終わりにしようと思った。

 たまに、他の警備隊員とすれ違う。

 「お疲れ」「お疲れ様です」と会釈しながら通り過ぎる。碧も小さく頭を下げる。警備隊員の一員にも、碧を受け容れられない者はいる。だが、それを表に出すことはしない。一水(かずみ)はそういう人選をしている。


 春に近づいた冬の夜は、澄んでいそうで、でもなんとなく霞がかっていて、星に手が届きそうで届かない。そんなところに、人間は存在している。

 碧の右斜め後ろを、樹は特に会話もなく黙ってついていく。そういえば、こうして二人だけで歩くのはいつぶりだろうか。警備で近くにいることはあるが、必ず誰かほかの人と一緒で、近くと言っても視界に入る範囲。そう思うとなんだか変に緊張してしまう。最初にひと悶着あったからだろうか。

 碧はそんなこと気にするそぶりもなく、薄暗い中をするすると速足に歩いていく。夜目がきくのか、この道筋に慣れているのか。ついていく背中は、声をかけられたくない、とでも言っているように見える、小さな拒絶。


 開けたところに出る。療養室の前だ。

「ここまで送っていただいて、ありがとうございました。樹さんもお気をつけて」

 もう大丈夫です、というふうに頭を下げると、碧は樹に背を向ける。

 そこで、ふと違和感をおぼえた。なぜだかその原因を探ってみる。

 気を付けて、と言われるほどの距離ではない、なんて簡単な理由ではない。

 そして、気が付いた。

 碧なら、いつもなら人と別れるときは最後までその人を見送るまで待っている。けれど今は、先に療養室に入ろうとしている。

 それに気付いた樹に、さっきとは別の違和感が流れ込んだ。そして、「あの」と扉の中に半分以上身体が隠れた碧を無意識に呼び止めていた。

「はい?」

 閉まりかけた扉が止まり、碧の顔がほんの少しこちらを向くが、振り返るまでには至らない。

「あ、その」

 話しかける内容までは考えていなかった。冷たい夜の空気が、よりぴんと張っているように感じる。

 何で呼び止めたんだ。

 ただ、違和感があった。それだけだ。


 違和感?


 樹は会議中の碧の様子を思い出した。

「碧さんは、納得しているんですか」

「なにに、ですか」

 さっきと同じ姿勢のまま、碧が応える。表情は見えないが、ぴん、と感じていた空気がぴりっとしたものに変わった。

「第二議案の、結論についてです」

 碧が外へ出て、後ろ手に静かに扉を閉じる。まだノブを持ったまま、視線は樹でないところに向けている。

「どうして、そんなこと聞くんですか」

 どうして。それは。

「議案の討論中、あなたは何も言いませんでした。“見える化”の話も受け容れてくれました。反論はしなかった。意思表明もしなかった」

 無意識にだんだん言葉づかいが荒くなっていく。

「でもあなたの周りには、言葉に反して受け容れているとは思いにくい、拒否の雰囲気が漂っていた。暗いかんじで」

 表向きは波風を立てないように了承を示し、心の中の本心を隠している。そんなかんじ。

 意見はあるけれど、伝えることすら諦めているような。

 言っても無駄だって思われてたのか、とそんなふうに思ったら、それに気付いたら、怒りが込み上げてきた。

「何か意見があるなら言葉に出してもらわないと! 何のために話し合いやってるかわかんねえだろ!」

 原っぱを覆う草が、ざぁ、と風に流される。


 碧を責める言い方になってしまったが、樹自身、なぜこんなにも心が乱れているのかわからなかった。

 前もそうだった。なぜか感情をこいつにはぶつけてしまうんだ。

 碧が扉のノブから手を離す。そしていつもの彼女とは思えない、暗く低い声を発した。

「そもそも、あの議案はなんのために取り上げられたのでしょうか」

「何のためって、あんたをいち学生として認めてもらうためだろ!」

「なぜ、私は学生として認められる必要があるのでしょうか」

「あんたがここの学生になってから、学内で分裂が起きてる。負の気が溜まってる。これじゃ“影”の思うままだ。それを止めるためだろ!」

 会議でも話に挙がった内容だ。そんなこと百も承知なはずなのに、聞いてくる意味がわからない。樹はいらいらした。

「“影”を止める。最終的にはそれが目的ですよね」

 碧は冷たい声で言いきった。

 樹は碧の言わんとすることを悟る。反論できなくなった。

「みなさんは、私のためを思って懸命に考えてくださっていました。でもあの議題の結論は、“影”を止めることにいきつく。“影”を退けられる私を護るための議論」

 すっと背筋が冷えた。

 碧の声の冷たさか、それとも夜の底冷えか。

「そもそも、あの議題は私が学生に悪影響を与えていることが前提でした」

「!」

 碧が無所属でなければ、守護神の一員として、学生に大いに歓迎されていたはず。そして、学生に反感を持たせることもなかった。碧が有能力者でなく、無所属であることを責めるように、討論が進んでいたのだ。

 もちろんそんなこと一ミリも思ってはいない。だが自分が悪役として進んでいく話し合いを聞いていた碧は、どのような思いをしていたのか。

「無意識であることはわかっています。みなさんの好意も伝わってきます。だからこそ」

 碧はゆっくり顔をあげる。

 夜の色に染まった瞳と、目が合った。

「私はみなさんの言うとおりに動くしかないんです」

 哀しい、突き放すようなものいい。


 樹は碧の視線を受け止めたまま、棒のように突っ立っていた。

 しかし、心の中ではふつふつと込み上げる感情があった。それは一度収縮した、怒り、だった。

「なんだよ、それ」

 感情がそのまま声になる。碧が一瞬びくっと震えた。

「あんたの話こそ、俺たちがあんたを“影”排除の道具として見ているって前提じゃねぇか!」

「!」

 今度はっとするのは碧の番だった。

「たしかに、考えてみりゃぁあの議題は、あんたの言うとおり、あんたの存在を責めるもんだったかもしれねえよ。結果も“影”の駒にならないようにするもんだったさ! でも!!」

 樹は目を彷徨わせてしまった碧をしっかり見据えて、言った。

「俺たちは、同じ人間として、あんたを大切な存在だと思ってる!」

 不思議な魔法を使えるから、でも、学生として、でもない。

 同じ時間を過ごして、行動を共にする仲間として、碧の存在を大切にしている。

「あんたがあの不思議な力を持っているからじゃねぇんだよ! 俺たちの言うとおりにするしかねぇ? はあ? ふざけんな!」

 ざん! と風が背中から吹き付けた。

 もう、止まらなかった。

「こっちが悪いみてえな言い方してんじゃねえよ! 仕方がないから諦めて、言いなりになる? 話してくれりゃぁ俺たちはきちんと受け止める! 俺たちを信頼してねぇのはあんたのほうじゃねえのか?! 話しても無駄だってか?!」

 樹はもちろん、守護神メンバーは碧のことを心から信頼している。碧も同じ思いで、互いに支え合うためにメンバーとなってくれたものと思っていた。

 なのに、彼女は自分たちのことを信用していなかった。自分の言葉など聞いてもらえない、そう思われていた。


 裏切られたと思った。


 樹が思ったことをぶちまけている間、碧はきゅっと口を結び、少しも動かなかった。

 言いたいことを全部ぶちまけたところで、樹は息を荒く吐き捨てる。

「あなたに何がわかるんですか」

 もう一度合った眼は、怒りと哀しみの色で染まっていた。

「私はあのまま、ただ雇われている人としてやっていたかった! この学園という小さな世界のなかで、好きな仕事をしながら私になかった景色を見ていたかった! あなたはこれまで私がどんなふうにどんな思いできたかも知らないのに!」

 睨みつけてくる碧の瞳から、大粒の涙が流れて落ちる。

「あなたに、なにがわかるの……」

 小さく漏れた、さっきと同じ言葉。でも込められた感情が違う。

「失礼します」

 こんなにも碧が感情をあらわにして反論してくるとは思わなかった。そもそも自分が怒りをぶつけたからなのだが、驚きと戸惑いで言葉を発することができなかった。

 碧はその間に、くるりと背を向けて療養室の中に入ってしまう。

 がちゃり、と鍵をかける音が聞こえたが、明かりは灯らない。


 碧の複雑な事情、というのを思い出した。そんなのがあったっけか。

 樹はもやもやとした気持ちのまま、水の寮へ足を向ける。

 怒りで熱くなった身体に、夜風が余計に冷たく思えた。

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