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夕日は瞳の奥に  作者: ぬりえ
第十章
59/163

一、

 噴火が収まりマグマがなくなったかと思いきや、二つの大きな水たまりから白い湯気が立ち上るのを見て、学生は歓喜した。

 紅葉(くれは)が土の壁を飛び越え、火柱が消え、他の長を含む数人が同じく壁を飛び越えてからしばらく経過していた。

 土の壁がなくなったと思いきやこの光景。もちろんその頃は、エトナとサラマンダーの姿はない。


 紅葉の力で噴火が止まり、他の長たちの力で温泉が湧き出したのだと学生たちは理解している。あながち間違いでもないので、諸所の訂正はしない。

 歓声と拍手に包まれる長四人は、まるで英雄のようだ。ガーディアンズの他のメンバーは、ただの付き添いであることを暗に示すため、長に拍手を贈る。

 煙で黒くなっていた冬の晴天が、再び青色に戻っていた。まだ昼過ぎで、降り注ぐ冬の陽射しがあたたかい。

 火の領での一大事はこれで解決した。またしばらくは、平和な日々を送ることができそうだ。

 樹は、いや、そこにいた学生たちが皆、そう思っていたことだろう。

 だが、その安心は長くは続かなかった。

「な、なんだか、黒い光が……。うっ」

 弦矢がひどく怯えた声で言ったかと思うと、膝からくらりと落ちた。

「どうした?!」

 近くにいた拓真が支える。

「ま、周りを……見てください」

 周囲を見回すと、黒い靄のようなものが、どよどよと広がっていた。それはどんどん濃くなって、陽射しを遮っていく。噴煙ではないことは確かだ。

 青空が見えていたはずなのに、光がなくなり、空気が淀んで視界が灰色と化していく。

 すると、苦しそうな声があちこちから聞こえ、ばたりと人が倒れるような音も次々と聞こえてきた。

「これは」

「瘴気か?!」

 生きるものが生み出す、淀み荒んだ空気、負のオーラ。

 これを出す要因として考えられるのは、ただ一つ。

「“影”?!」

 樹はさらを、一水(かずみ)は紅葉とほのかを、拓真とフジは弦矢と碧をかばう。


 瘴気が最も強く感じられるのは、さっきまでマグマが流れ出していた火口がある、火山の中腹。樹たちがいるところの上方だ。

 苦しく感じるのはガーディアンズも同じだが、密かにそう名乗るからには、護衛として学生を護らなければならない。そのために集まったメンバーだ。全員すぐに戦える状態に構える。

 すると、見上げる方向の靄がしゅるしゅると集まり、だんだんと黒い陽炎のような形を作っていく。そこには目と口と思われるものもあった。

 “人の形”であることしかわからないその黒い陽炎が完成したとき、それが喋った。

「これはこれはごきげんよう、ガーディアンズのみな。さっきは楽しいショーを見せてもらって、ありがとう。私はみなに名前をもらった、“影”」

 靄を介しても響く、中性的な声。

 声だけでも気を揺るがし、黒く染め上げてしまいそうな禍々しさがある。

 “影”と自ら名乗るそれは、ガーディアンズの存在を知っていた。メンバーだけがその名前を持っているだけなのに。


 “影”のいうショーとは、噴火のことにほかならない。それを楽しいと言っている。人間や人間ならざるものたちが怒り、苦しみ、戦いあうのを楽しいと言っているのだ。

 どうかしている。樹は怒りが込み上げるのをどうにか抑え、歯を食いしばる。

「我々を知っているのなら話が早いな。お前の目的はなんだ? この学園を壊す事か?」

 その口調から、一水も激しく怒っていることがわかる。睨みつける先の“影”の形がわざとらしく大げさに礼をする。

「おっと、水の長さま自ら話しかけてもらえる、光栄なこった。質問にお答えするかな。私の目的は、有能力者と非能力者、人間ならざるものすべての平衡を壊し、混沌を招くこと。まとめると、世界の秩序を乱す、ということだ」


 人間、神獣、妖精、動物、植物……

 この世界は、それを作り上げるたくさんの存在が上手に平衡を保つことで支えられている。その秩序を乱せば、どうなるか。それは世界の終りだ。

 人魚、海馬、天馬、妖精に精霊。それらに実際に出会う前までは、“影”の言うことの恐ろしさを理解できていなかっただろう。

 しかし、今は違う。幻と思っていた生き物たちが、実際に存在していることを知っている。

 秩序が乱れたら、世界に混沌が訪れる。生きていけるのは、力が強い物だけ。戦い、殺し合い、平和なんて言葉など消え去った世界。そしてその世界も、平衡が崩れればいずれ消える。

「理解ができたかな? 今まで実際に人魚とメローやハルピュイアで試してみた。今回は火の妖精。それぞれの負の部分に入り込むのは、それほど難しくないものだ。まぁ、手始めに有能力者が大勢いるこの学園をショーの舞台にしてみたってわけだ。ここはある意味、小さな世界だからね」

 この学園が、世界を乱すのを試す、てっとり早い場所だったということだ。

 巻き込まれた者にとっては命にかかわる大参事だったというのに、なんてことないようにぬけぬけと嘯いている。

「このやろう!」

 一番に手を挙げたのは、紅葉だった。授かったばかりの火の剣を“影”へ向かって振り薙ぎる。

 凄まじい勢いで炎が“影”へ突き刺さる……はずだった。

 しかし炎は、“影”に呑み込まれるように消え失せてしまった。

「……っ!」

 渾身の力を注いだのに、効果がまったくない。それどころか、“影”の形が心なしか大きくなったように見える。

「血気盛ん、いや失礼、情勢的なのは火の長も火の精霊も変わらないようだな」

 嘲るものいい。

「私は“影”なのだよ? 形ないものに、物理的な攻撃が効くはずがない。この世界に光がある限り、形なくとも、私はどこにでも存在する」

 “影”という名をつけたのはガーディアンズだ。本物の影であるわけではないはずだ。どこかに必ず、実体がある。

 しかし、今目の前に存在する“影”からは、特別な力を持つ紅葉の剣が通用しない。

 実体がないから、影だから、通り抜けてしまっているのか。それとも“影”は、魔力を吸い取って自身の力にする能力を有するのか。


 周囲の黒い靄がさらに濃くなっていく。他の学生たちのほとんどは、瘴気にあてられて倒れ込んでいる。意識を失っている者も少なくないだろう。

 これ以上この瘴気を濃くしてはならない。どうにか消さなければ。

 同じことを考えたのか、一水とさら、拓真が動く。

 一水は水の鉾で、さらは風の弓矢で、拓真は火山の岩を使い、攻撃をしかける。

 しかし、結果は同じだった。

 “影”に吸い込まれるように、すべての力が取り込まれ、消える。

 瘴気にあてられているうえに大きな魔力を使い、長四人も苦んでいる。魔法が通用しないという事実を突き付けられ、精神的にもダメージを負っている。支援にまわるだけで特別なにもしていない樹でさえ、身体を起こしているのがやっとなのだ。

「大した力だ。ではいただいたその力、お返しするとしよう」

 背筋がぞくりとする、温度がまったく感じられない声。


 “影”の形がぐにゃりと歪み、どす黒くなった。

 それが一気に、ぶわ、と網のように広がりくる。


 やられるっ……!


 そう思ったとき、樹たちの前にざっと何かがすべりこんだ。

 ぶんっ、薙ぎ払う仕草が見えた。


 ぱあん!


 光る盾のようなものが、湾曲した円形に広がり、黒い靄をはじく。

「え……?」

 樹たちの前に立っていたのは、他の誰でもない、碧だった。

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