八、
ばしーん、という音は、女王がその燃える尾でサラマンダーをひっぱたいた音だった。サラマンダーは叩かれた頬を手で押さえている。
「エトナ、だがな」
「妖精を弱らせて棲家を奪うという話は、おまえに噴火を起こさせるための“影”の企みなんだ! お前もその存在はシルフから聞いているだろう! え?」
「かげ? ……あ」
「おまえは、その“影”にうまいこと利用されたんだ。手駒にされて手のひらで転がされていたんだ。あの地震が事故であることは事実だ。ヴィクトールからの情報だ」
情報という意味を持ち合わせる風、その王である天馬のヴィクトールがそう言うのだ。嘘であるはずがない。
「恥を知れ!」
サラマンダーからはみるみる怒りが消えていった。逆立っていた髪は下におりて、居心地悪そうな表情になる。
「“影”が我を怒らせ、火の精を暴走させるために仕組んだ罠だった……」
「そういうことだ。人間も巻き込んで、だ。“影”はおまえたちの性格もよく知っているようだな」
「……」
ショックのあまり、黙ってしまうサラマンダー。火の象徴としてのプライドも高いのだろう、衝撃は大きい。
紅葉はまだまだ続く女王の小言とサラマンダーの小さな反撃をただただ聞いているだけだった。それよりも、サラマンダーの暴走を止めるためにここまでやってきた自分も頭に血が上ってしまい、本来敬うべき存在である火の象徴に水をかけてしまったことのほうを心配していた。
「紅葉、おまえは何も悪いことはしていないぞ。心配することはない。こいつが耳を貸さないから実力行使に出たんだ。悪いのはこいつだ」
紅葉の気持ちを読み取ったのか、女王は紅葉をかばい、サラマンダーを睨みつける。サラマンダーは気まずそうに目を逸らす。
「こいつが水をかぶったのは、その水の宝玉の力だろう。こいつがお前を攻撃しようとしたことに反応して、護ろうとした結果だ。気にすることはない」
頼もしい恋人だな、と女王様は笑った。
そうか、一水は本当に、自分を守ってくれたんだ。
そう思うと、張りつめていた気持ちが一気に緩んだ。
そして、あることに気付く。
「え? 恋人……?」
一水とはまだ恋人にはなっていない。
いや、まだって思うのもおかしいぞ。
でもここに来る前のことを思い出した途端、顔が熱くなった。
「おお、おぬし、恋人がおったのか! 我らのように顔が燃えておるぞ!」
ここぞとばかりに話をそらそうとサラマンダーが食いつく。
「お相手が水の宝玉の持ち主でな」
「ほう!」
ついさっきまでは姉妹のように見えた二人が、今度は親友のように他人の恋話ですっかり盛り上がっている。
蚊帳の外におかれてしまい、噴火のことなど頭から吹き飛んでしまった女王と象徴。話を原点に戻さねばならない。
うぉっほん!
紅葉はわざとらしく大きな咳をする。
なんだ風邪か? とでも言いたそうに二人が振り向く。
「ご歓談中申し訳ありませんが、サラマンダー様、この噴火を止めていただけますか」
サラマンダーの怒りが収まり、紅葉ら人間に向けられていた敵意もなくなったため、妖精たちもおとなしくなった。しかし噴火によりマグマが溢れ出ていることに変わりはない。
剣はマグマを吸い続けているが、マグマの流出が収まらない限り、止められない。一刻も早くこの状況を回復したいところだ。
「「あ」」
二人そろって間の抜けた声を出した。本気で忘れていたらしい。
「サラマンダー、この件はお前に非があるのだから、落とし前はきっちりつけろ」
女王の声が低く響く。
「わかっておる」
ふくれっつらでサラマンダーが答える。
「悪いことをした。火の象徴でありながら、噂に感情を流され共存すべき者たちに迷惑をかけたこと、恥ずかしゅう思うておる。この噴火は我が起こしたものじゃ。止めることも元に戻すこともできる。そこで紅葉、おぬしの手を借りたいのじゃ」
「手を借りたい?」
「溢れ出た溶岩を火口の中に戻してほしいのじゃ。火の剣を使えばできるじゃろう。地の底のマグマが尽きれば本当に火の精の居場所が狭まってしまう。吸い取った溶岩を戻してほしいのじゃ。おぬしの力を見せてくれ。どうじゃ?」
サラマンダーは紅葉の力を見たいがために理由をつけているのがわかった。それならば、ご覧に入れて差し上げなければ。
「サラマンダー様のお願いとあらば、喜んで」
サラマンダーがにやりと笑う。それでこそ火の長だ、とでも言うかのように。
紅葉は、いまだ地面に突き刺さったままの剣の束を握る。そして魔力を込め、まだ固まっていないマグマを一気に吸い取ると、地面から抜いた。
そして今度は火口へ切っ先を向ける。マグマがあるべき場所へ戻るよう、祈りを込める。
妖精たちを傷つけず、火の領がもとの姿へ戻るように。
魔力を吐き出すように、力を込める。
すると、剣の刃に吸い取られていたマグマが火口へ吹き出し、渦を巻いて戻っていく。火の妖精たちも、嬉しそうに一緒に火口へと消えていった。
紅葉のまわりにまだ残っている妖精もいたが、サラマンダーが何やら話しかけると、妖精たちは元気に火口へと飛び込んでいった。
おどかして悪かったと伝えたかったが、きちんと伝わっただろうか。でも、妖精たちのあの元気な様子をみたところ、もう人間への不満や敵意はないと思えた。
「見事じゃのう」
「ありがとうございます」
「これからしばらくは、自然に起きる噴火でない限り、大きな噴火が起きることはないじゃろう。ところで、その穴のことじゃが」
サラマンダーが目を向けたのは、さっきまでマグマがあった場所だ。紅葉が道を開いた両脇が大きく抉られている。
「一つ提案があるのじゃ。そなたらの仲間を連れてきてはくれぬかの。と、その必要はなさそうじゃ」
「へ?」
振り返ると、ガーディアンズのメンバーがこちらへ向かってかけてきた。火柱がなくなったため、さらの力で土の壁を越えてきたのだろう。
「紅葉!」
一番に走ってくる人に、紅葉は今度は自分から抱きついた。
「あれが水の宝玉の持ち主かえ?」
「恋人でもあるんだ」
「仲睦まじいのぅ」
後ろで女王と象徴がそんなことを話しているとはつゆ知らず、紅葉は一水に抱き着いている。
一水もそれに応える。
「よかった……無事で」
心から安心しているのがわかる一水の声に、紅葉も心から嬉しくなる。一水の首にまわしていた手を離し、顔を合わせる。
「火の長として、務めをしっかり果たしたぞ!」
どうだ! と胸をはって言ってやる。
「俺のお守りがあったからだろ」
一水はくしゃくしゃと紅葉の髪をかきまわす。そのせいで一水の顔が見えないが、心地よい。見えなくても、一水がどんな顔をしているかは、紅葉にはわかる。
「一水さんが照れてる……」
「照れてますね」
珍しい風景に、ほのかや樹も茫然とした。
「はいこれ、ありがとな」
紅葉は水の宝玉のネックレスを一水の首にかける。
「助かった」
紅葉はにっこり微笑んだ。一水も微笑み返す。
これこそ二人の世界。この場にいるのが申し訳ないくらいだ。
「いちゃつくのはいいがの、我らのことを忘れられては困るぞ」
一時は状況を忘れて女王と二人で会話を楽しんでいたサラマンダーに言われてしまう。
紅葉は顔を真っ赤に染めている。頭から湯気が出てきそうな勢いだ。
一方冷静なままの一水は、すっと腰を低くする。
「この度は大変ご無礼を……私は水の長、瀬戸一水と申します」
他のメンバーも頭を下げる。
「いや、今回は我が迷惑をかけたほうじゃ。申し訳ないことをした。この惨状は我が回復させたいところじゃが、一水とやら、そなたの水の宝玉の力で、この穴に水を湧かせてくれぬかの」
火の象徴に謝られ、回復させるために一水の力を借りたいとも言ってきている。返す言葉に詰まったが、その意図を一水はすぐに理解した。
「かしこまりました。僭越ながら、お力添えさせていただきます」
「頼む」
一水はにこりとして、水の宝玉を取り出して魔力を注ぎ、三つ又の鉾とした。
その先を、紅葉がしたときと同じように地面に突き刺す。すると二つの穴に、なみなみと水が湧きだした。そこからは湯気が立っている。
「さすがだな、水の長」
「恐れ入ります」
「これは……温泉ですか?」
サラマンダーはふふんと笑う。
「さっき、火の精たちに頼んでおいたのじゃ。良い効能が出るように温めてくれとるぞ」
「サラマンダー様……」
妖精たちが火口へ入る前、何やら話していたのはこのことだったのか。
「我が頼んでも、精が嫌がれば温泉にはならぬ。お前は火の精に認められたということじゃ」
妖精に自分を認めてもらえたことは、今までよりさらに火の加護を受けられることでもある。
「まぁ、なんだ、その……他力本願ではあるが、我からの償いじゃ。これで赦してもらえぬか」
「許すだなんて! お礼を言いたいくらいです」
火の領に水源はなく、相対する水の力への訓練を行いづらい環境だった。だが、これだけ豊富な水があれば、今後の使い道はたくさんある。訓練に大いに役立つことだろう。しかも湧き出るのは温泉だ。温泉そのものとして、身体を休めるためにも一役買ってくれる。
「それから紅葉、その火の宝玉は、おまえが持っているといい。なぁ?」
「もちろん賛成じゃ」
女王の意見に、サラマンダーが賛成する。このルビーを紅葉に託すと言っているのだ。
大変大きな力を持つ宝玉。扱いは慎重に行わなければならないが、“影”の対策には重宝することだろう。
「ありがたく、頂戴いたします」
これがあれば、もっと強くなれる。
なにより、一水に近づけるのが嬉しかった。
「女王様、サラマンダー様、本当に」
「よせ」
「へ」
もう一度お礼を述べようとしたところで、遮られてしまう。照れているのか、それとも気を悪くさせてしまったのか。
「様などいらぬ。敬語もむずかゆいぞ。今日から我とおぬしは友人じゃ! もっと気楽に話をしたいのじゃ」
女王もうんうんとうなずいている。
「嫌か?」
「めっそうもございま、あ、そんなことはない! ……です。えっと……サラマンダー、エトナ」
少し歯切れは悪いものの、どうにか答えられた。女王と象徴にこんな調子で話していいのか疑問ではあるが、当人が希望するのだからよしとする。友人、というのは素直に嬉しい。
見ると、もともと炎の体であるサラマンダーの炎が、ほんのりピンク色を帯びている。エトナもにっとした。
「では、また会いにくるぞ!」
「迷惑かけたな。今後もよろしく頼むぞ」
二人はそう言い残し、ぼっと音を立てて炎とともに消えた。
登場も帰還も、ずいぶんとあっさりとしている。
「火の方々は、なんというか、ずいぶんフランクなんですね……」
「そうですね」
樹のつぶやきに、さらがくすりと笑いながら返してくれた。
四大元素のそれぞれで、性格が異なるようだ。
「なんかサラマンダー様って、お姉ちゃんと似てる気がする」
ほのかの言葉を聞いた人たちは、全員首を縦に振った。素直になれなくてひねくれ者で、でも照れ屋で負けん気が強く、かつ強く高貴なところ。
火の宝玉は、紅葉の左手中指で、指輪になっていた。
ルビーの力強いきらめきに、ほうと息をついてしまう。
「薬指にするのは止めておいたぞ。恋人のためにとっておくといい」
「なっ?!」
どこからか、サラマンダーの声が聞こえた。紅葉は顔を赤くする。
一水のことをこっそり見ると、少し拗ねたような顔をしていた。サラマンダーの声が彼に聞こえていても聞こえていなくても、そんな顔をしてくれて嬉しい、と紅葉はひっそり思った。




