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夕日は瞳の奥に  作者: ぬりえ
第九章
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七、

 結界の外から、マグマを抑えきれずに訴える声が響いてくる。

「拓真さん、もうもちこたえられません! 限界です!」

「力の枯渇で倒れる人が出てきています!」

「壁が崩れます! 避難指示を!」

 女王の姿が消え結界をとくと、今にも崩れそうな壁とあふれるマグマが視界全体に入った。

 やるべきことはわかった。紅葉(くれは)は棒を両手に握りしめる。魔力を注ごうとしたときだった。

「紅葉!」

 一水(かずみ)に呼ばれる。呼び捨てだ。

 一水は首元から水色に輝くネックレスを取り出した。

「これを持って行って」

 それは、一水だけが扱える水の宝玉。とても大切なものだ。

「だめだ、受け取れな」

 最後まで言う前に、ふわりと首にかけられる。そして身体を引き寄せられ、抱きしめられる。

「俺は一緒にいけない。悔しいけど。だからこれを俺の代わりだと思って。紅葉を直接守れないのが悔しくてたまらない。でもきっと、これは紅葉を守ってくれる。これは、俺でもあるから。紅葉を護ることが、俺の望みだから」

 一水が、紅葉を抱きしめながら耳元でささやく。

 抱擁をとくと、お前ならできる、行ってこい、と目で伝える。紅葉には絶対に伝わっている。

 後方では拓真が土の領生を叱咤し、自ら壁を作り上げている。

「諦めるな! 俺たちの力はこんなものではないだろう!」

 むん! と拓真が力を込めると、土の壁が高くなり、崩れかけていたのが嘘のように頑丈になる。

「私も手伝います。紅葉さん!」

 さらも支援を申し出る。イヤリング――風の宝玉に手を触れると、紅葉の体が浮き上がった。

「これで思うように空中で動けるはずです。さぁ!」

「行ってくる!」

 紅葉はそう言うと、宙を蹴った。


 両手に持つ棒、火の宝玉であるルビーがはまったそれに力を注ぐ。

 私は火の長として、この領を護りたい。護ってみせる!

 こんなにも支えてくれる力がある。

 絶対にやり遂げる! 応えてみせる!

 できる!


 ぼっ!


 棒の先から炎の刃が現れた。棒だと思っていたのは、剣の束だったのだ。

 紅葉は宙に浮きながら、剣を思い切り横へ振り薙ぎる。


 ぐおん!


 土の壁の内側に火柱が立つ。そこからはマグマが外に出られない。火で火を抑えているのだ。

 火柱が立ち、もうその内側は外から見えなくなってしまった。

「紅葉……」

「お姉ちゃん!」

 どうか、うまくいきますように。

 外側にいる者は、祈ることしかできない。

 紅葉は火柱の内側で火口へ向かって飛んでいた。もう一度剣を構える。


 サラマンダーへの道よ、開け!


 そう唱えながら一直線に大きく剣を振る。

 すると、目の前で真っ赤に煮えたぎっていたマグマがぐつぐつと音を立てながら二つにわかれ、道を作った。

 火口への一本道。この先に、サラマンダーがいる。

 紅葉は地に降りて、道を歩いていく。海をひらいたモーゼになった気分だ。

(人間だ、人間だ!)

(あいつ、なにしにきた?!)

(すみかを荒しにきたんだ!)

(あいつ、強い!)

(火の石、持ってる!)

(なにもしてこない)

(どうしたんだ)

 火の妖精たちのささやきが聞こえてくる。紅葉は黙ったまままっすぐ前を見据え、進んでいく。こちらからなにもしないからか、火の宝玉を持っているからか、妖精たちは攻撃してこない。

 火の妖精が見え、声も聞こえる。普通なら初めて見るその姿に興奮し、喜んでいることだろう。だが、今の妖精たちは攻撃的な視線でこちらをにらんでくる。紅葉の出方を窺っているのか。妖精たちの数はマグマを埋め尽くすほどだ。いや、妖精たちがマグマなのか。

 そんな状況でも、紅葉は怖くなかった。

 胸元には、水の宝玉がある。

 一水がいる。

 守ってくれる。

 こんなに安心できる要素が、他にあるだろうか。


 すっすっ、と火山の地面を一歩一歩踏みしめ、紅葉は堂々と歩いていく。普段から歩き慣れているはずの場所が、まったく別の世界に見える。

 空は噴煙で濁され、冬なのに空気はすべてを焼き尽くすかのような勢い。これを止めなければならない。

 誘拐事件のとき、一水も水の女王の誤解を解いたと言っていた。自分は一水のようにうまくできるだろうか。

 いや、できるかじゃない、やるんだ。

 しっかりやり遂げて、一水にどうだ! と胸をはって言ってやりたい。


 紅葉は火口へたどり着いた。だが、そこにいると聞いていたサラマンダーの姿は見えない。

「サラマンダー様!」

 呼んでみても返事がない。

 火の女王様の間違いか。

 辺りを見回していると、火口からどおん、と炎が吹き上がった。

「我を呼んだのはお前か」

 噴き出た炎が揺らめき、人の形となる。髪と思しき部分は逆立ち、怒りをそのままに表している。

 一時言葉を失うも、紅葉はすぐに我を取り戻し答えた。

「そうです。この噴火を止めていただきたく、参じました。私はこの学園の火の長、三上紅葉と申します。どうか」

「できぬ!」

 最後まで言い切る前に、拒否されてしまう。

「最初に我らの棲家を乱し、荒したのはおぬしらだろう! 人間のために働いてきた妖精たちの苦労も知らず、棲家を奪おうとはなんたることだ! この噴火は護るための行動じゃ! 止めることなどできるはずなかろう!」

 サラマンダーは憤怒の表情でまくしたてる。

「それは誤解です! たしかに地震を起こしたのは人間ですが、火の精の棲家を奪おうとなど考えておりま」

「なにをいう! あれがわざとではないだと? 実際に火の精たちがこんなに怒っているではないか! それが何よりの証拠じゃ!」

「違います! あの地震は力が強すぎただけで」

「攻撃してきたことに変わりはなかろう! 火の精はとても怖い思いをしたのじゃ! 謝罪もない! それでもマグマを抑えたのにあの地震が棲家を奪うためにやられたことと知れば、怒るのは当然じゃ!」

「火の精たちが働きかけてくれていたことを、私たちは知らなかったのです。それに、棲家を奪おうとなど」

「黙れ! ここに住まう精たちが我に訴えてきたのじゃ。我は火の象徴じゃ! 大事な仲間を傷つけられ、攻撃され、黙っていられるはずなかろう!」

 話は平行線でまったく進まない。

 女王からはサラマンダーが訴えに怒り、不満を抱いていた火の精たちも同調して怒り狂ったと聞いていたが、サラマンダーの話だと順序が違う気もする。怒り狂って興奮しているからだろう。

 まず、紅葉の言い分を聞き入れる様子が一向にない。女王様が耳を貸してくれないと言っていたのがよくわかる。

 サラマンダーの一方的な話を聞いていてわかったのは、火の妖精たちが最初は怖がっていたということだ。それから人間が棲家を奪うために地震を起こしたという根も葉もない噂が流れ込み、もともと抱いていた不満が膨らんでいく。そこへ現れたサラマンダーに状況を訴え、サラマンダーが怒り、一緒に火の妖精たちも暴走した、ということだ。

 どうやったのかはわからないが、嘘の噂を流したのは“影”の仕業だと考えてまちがいない。


 そこまでで、紅葉は考えるのをやめる。今はこの噴火を抑えるためにも、サラマンダーを説得するのが最優先だ。

 まだサラマンダーの怒りは止まらない。

「我らは我らの同胞と棲家を護るために動いておる! 先に仕掛けてきたのは人間じゃ! 実力行使をして何が悪いというのか!」

「だから私たちはなにも」

「しておるだろう! そもそもの原因はおぬしら人間なのじゃ!」

「原因が地震であるならば、それは」

「我らは人間が妖精の居場所を奪おうとしていると聞いておる!」

 サラマンダーの怒りと同調し、火の妖精たちが恐ろしい表情でめらめらと燃える。

「我は同胞の居場所を護る!」


 どおん!


 また爆発が起こる。

 もうだめだ。話が通じない。

 それなら。

「でしたら、私も実力行使に入らせていただきます。あなたと同じく、私も同胞とその居場所を護るために」

 ここは学園の中。学生は皆仲間である。その上火山は火の領の一部。火の長として、護る義務がある。

 そもそも私に話し合いは向かなかったんだな。

 そう思いながら、紅葉は下ろしていた剣を大きく振りかぶり、地面に突き立てた。


 ぎん!


 地面に突き刺さった炎の刃に、マグマがどんどん吸い込まれていく。

「なに?!」

 炎の刃がマグマを吸収していくのを見て、サラマンダーは唖然としている。

「何をしておるのじゃ! 早くやめい!」

 マグマをすべて吸収するには、まだ時間がかかる。だが、サラマンダーの焦りようをみると、これは予想外の展開であり、紅葉の力を侮っていたとわかる。

「私はあなたと同じ理由で実力行使に出ています。何がおかしいというのでしょうか」

 少しは話を聞いてくれるようになったか、と思いきや、サラマンダーはさらに激しく体を燃えたぎらせた。

「先に手を出したのはおぬしらじゃろう!」


 ぷっつん


 紅葉のなかで何かが切れた。

 だから違うと何度も言っているのに。

「これでもくらえ!」

「頭冷やせ!」

 サラマンダーと紅葉の声が重なる。

 気が付くと、サラマンダーの炎の体からは水が滴っていた。火の象徴というだけあり、その体の火が消えることはなかったが、炎は小さくなっている。

 これまた予想外の展開に、サラマンダーは自分の置かれた状況を理解できていない様子だ。紅葉はこの機を逃さなかった。

「たしかに地震は人間の起こしたものですが、力のコントロール不足のゆえで、故意ではありません。棲家を乱されたにも関わらず、噴火を抑えようとしてくれた妖精たちには、心から謝罪と感謝を申し上げます。しかしあれは事故です。あなた方の棲家を奪おうとなど、微塵も考えておりません。どうかご理解ください」

 紅葉は誠意を示すため、深々と頭を下げる。その間にも、火の剣はマグマを吸い続けている。

「なにを、ぬけぬけと、そんなうそ、を」

 やっと我に返ったサラマンダー。紅葉の言葉はしっかりと聞いていたらしい。

 それでもまた声を怒りで震わせ、紅葉に食い下がろうとした。しかし、今度はサラマンダーが最後まで言葉を紡ぐことができなかった。


 ばしーん!


 その音を聞いて紅葉が頭を上げると、そこには炎をまとう獅子が、火の女王がいたのだ。

「まだわからないのか! 今回のことは人間の仕業ではないと、何度も言っただろう! 人の話を聞かんかい!」

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