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夕日は瞳の奥に  作者: ぬりえ
第二章
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一、

 領分けの儀式が終わり、新入生も所属先に慣れてきた七月。

 すでに梅雨の時季は過ぎているというのに、どんよりとした雲が空を覆い、雨が降り続いている。今日で何日目になっただろう。

 水の領にある泉も、濁って見える。普段、この季節ならば初夏の日差しに照らされて水面がきらきらと輝いているというのに、今年は雨がだらだらと、ときには叩きつけるように降り続け、茶色っぽくなっている。

 泉の中を爽やかに彩るはずの水草がぬめぬめと水面に浮かび、量も多くなった気がする。


「今年はなにか変ですね。泉もこんなんで」

 樹は窓から泉を見ながら一水(かずみ)に話しかける。

「ああ。水に属する俺らからしても、今年の雨は嫌なかんじだな。悪いことの前兆のようだ」

 一水も曇った表情で泉に目を向ける。

 いつもならば、縁起でもないことを、と一水に冗談めかして言い返してやるのだが、樹も同じことを感じていたため、小さく頷くことしかできなかった。今年は雨が長引いただけか、と雨が止んで暑くなってから思えればいいのだが。

「増えた水草と泉の手入れは淵園さんがやるそうだ」

「え?! この雨の中? あの泉全体を?」

 いきなり淵園の名前がでたことに内心どきっとしつつ、懸念を口にする。

 泉といっても、小さな湖くらいの大きさで、かなり広いほうだと思う。対岸は泉の中心にある御神木の存在もあり、見えづらい。雨も降っていて見通しも悪く、肌寒く感じるくらいなのに、女性一人でそんなことをしていて大丈夫なのだろうか。外部の人間である彼女に前のような嫌がらせをする学生がいないとも限らない。薬草学の準備もあるはずだ。

 そんな樹の心配を察したのか、一水が口を開く。

「薬草学の準備はほぼ整ったようだ。実習が始まるまでは先生方でも世話ができるらしいし、使用する薬草は彼女が自宅で育てているそうだ」

 へぇ、と感嘆の声で相槌をうつ。薬草や魔草が一般の家で育てられるなんて知らなかった。

 それに、と一水は続ける。

「二日後にはいったんこの雨も止むと言っていたよ。彼女は天気予報士の資格も持っていたのか?」

「そんなこと自分に聞かれても」

 ふふ、と苦笑に近い笑いが出た。重たい雰囲気が気持ち軽くなる。

 淵園は雨は一度止むと、きっぱり言い切ったそうだ。一水は不思議に思ったが、その言葉に嘘はないと感じた。この人の勘はけっこう当たる。良いものも、嫌なものも。


「お前らはいいな。ずいぶん楽しそうじゃないか」

 そう言って近寄ってきたのは紅葉(くれは)だった。

「水のやつらはこの長雨にも力を左右されないもんな。むしろ恵の雨ってやつか」

「人聞き悪いですね。たしかに雨は私たちには恵ではありますが、今年は異常ですよ」

 紅葉の言葉に悪意がないのはわかっているため、一水はいつもどおりさらりと返す。

「そちらには、この天気の影響が少なからずありそうですね」

 紅葉が真顔になった。

「少なからずなんてもんじゃない。うまく力をコントロールできなくなっている学生が例年に比べて多すぎる。能力が天気に左右されるようでは未熟としかいえないが、今年は例外だ。今までは天気に左右されることもなかった学生でさえ、問題が出ているくらいだ」

 個々の能力には特徴があり、天気に左右される者もいる。紅葉が長を務める火の領の学生は、水に属する雨と相性が悪い。

 能力には、それぞれ相性がある。能力の活かし方もあるが、“風”は“火”と、“水”は“土”と、“火”は“水”と、“土”は“風”と、相性が悪いとされるのが一般的だ。その土地の環境やその日の天気は、有能力者に少なからず影響を与える。

 本来、それらに関係なく自らの力を発揮できる者が一人前とみなされる。その場の環境を自分の味方にすることができなければ、せっかく有する能力の意義がなくなるからである。

 とはいえ、力がうまく使えなくなるほど影響が大きいというのは珍しい。

「四大元素のバランスが崩れているのか……?」

 一水がこぼした言葉に、樹と紅葉が反応する。ぴりっとした緊張が流れた。


 この学園の学生が有するのは、四大元素を操る能力であり、その力を持つものは有能力者と呼ばれている。しかしその力はそれぞれを操る力であり、自然に存在するエネルギーを、いわば“借りる”、“利用する”力なのだ。

 四大元素はそれぞれが均等に存在することで、自然を保っている。学生の領分けがほとんど四等分になるのも、力がバランスよくわかれているからである。そのバランスが崩れれば、どれかの力が暴走し、大きな災害につながる可能性もある。有能力者の力のコントロールがきかなければ、自然界での事件の解決に活躍するはずの力が無意味になってしまう。四大元素のバランスが崩れる、というのは大きな問題なのだ。

「ああ。考えたくはないが、その可能性がある。原因はわからない。この長雨もそうだが、最近、学生の間での抗争の報告も多くなっている」

 紅葉の声は重い。

「私たちが動く必要がありそうですね」

 一水の眼も真剣だ。


 自然のバランスは、各元素がそれぞれの平衡を保とうとするため、小さな揺らぎはあるもののそれはほぼ保たれているといえる。バランスが崩れるとすれば、人間、特に有能力者の操作によるものと考えるのが普通だ。そして有能力者の存在で築かれたこの学内に、その原因となる者がいる可能性も否定できないのだ。学園としても、生徒会としても、早急に対応すべき事案だ。

「早いうちに会議を開きたい。いいか」

 紅葉が一水に向き合う。

「そうしましょう。樹、手配を頼む」

 はい、と樹が返すと、一水が続けた。

「いつもより行動が早いのは、ほのかさんへの心配が大きいようですね」

 紅葉に動揺が走る。少し頬が赤く染まっている。そんな紅葉を一水は楽しそうに見つめる。

 ほのかは火の長である紅葉の、二回生の妹だ。先日薬草学の件で紅葉の付き添いとしてやってきたのも彼女である。

「そっ、それもあるが! それだけではもちろんなくて、その、対応は早い方がいいと思ってだな」

 ほのかは紅葉と同じく“火”の能力者。二年後には火の長になるだろうと囁かれるほど強い力を持つ。しかし、最近の長雨の影響が大きく力に表れてしまい、悩んでいるらしい。図書館で解決法を研究したりしているらしいが、うまく進んでいないという。紅葉は、そんなほのかをとても心配しているのだ。

「妹さん想いなんですね」

「シスコンの間違いだろ」

 樹の言葉を一水が一蹴する。

「とにかく! 会議のセッティングは任せたぞ!」

 一水をぎりぎりと睨みつけながら、紅葉は去って行った。

「まったく、照れ屋さんだな」

「一水さんの意地が悪いんですよ」


 長雨はじめじめとした空気とともに、よくない事件を持ち込んできている。樹に注がれる一水の視線もじめじめしている。

 二日後に一時的に止む、という淵園の予想が当たるのなら、学園を覆ってきている暗雲も晴れてほしいと、樹は祈った。

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