六、
先に声をかけられてしまった。
「さらさん、お疲れ様です」
心の準備はできていたので、落ち着いて返事をすることができた。
銀色のドレスが、空と泉に輝く星々に負けず煌めいている。
風の長が抜けだしていいのか、という疑問はあった。本来なら諫めるべきなのだろうが、お隣よろしいですか、という申し出に、もちろんです、と口は勝手に答えていた。
さらは碧がいたところと反対側、樹の左側に座る。ノースリーブのドレスのさらに、慣れない手つきで自分のジャケットをかける。図々しく思われないかと懸念していたが、「さらはありがとうございます」とにこっとはにかんだ。
会場内は人も多く適温に保たれているが、現在は十二月後半。外の空気は冷たい。ジャケットを貸すだけでは寒いと思い、二人の周りの熱を操作しておいた。これでさらが風邪をひくことはないはずだ。魔法を使ったことは気付かれているだろうが、さらは何も言わないでいてくれている。
「たくさん踊ったので、少し休みに来ました。ここに樹さんがいてよかったです」
胸がどきどきする。ただでさえ近距離にいるのに、この心臓の音がさらに聞こえていないことをただただ祈る。そういえば、この泉の周りにも人の姿がぽつぽつと見え始めている。
「ダンスもひとしきり終わったんですね」
「そうです。なので、樹さんを捜しに来ました」
それって、自分に会いに来てくれたってことだろうか。だとしたら、とても嬉しい。
顔がにやけていないだろうか。緩む筋肉に力をいれて、必死で平静を装う。
これを、といってさらが何かを差し出してきた。受け取ったのはほんのりと温かい紙ナプキン。マフィンが二つ包まれていた。
「会場からくすねてきました」
いたずらっぽく笑うさらが、かわいらしい。いつもは美しいと感じるのに、今現在ここにいるさらは、かわいい。抱きしめたくなってしまうほどに。
「せっ、せっかくですから、い、一緒に召し上がり」
「いただきましょう、ですよ」
言葉を正されたうえ、くすくすと笑われてしまう。
「いただきます!」
恥ずかしさを隠すため、勢いよくマフィンに齧りつく。さすが式典の料理だ。おいしい。
碧の作るシンプルではあるがあたたかみのあるお菓子のほうが、どちらかといえば好みではあるが、プロの作った、しかもさらが自分のために持ってきてくれたお菓子はおいしさ倍増だ。
食べ終えると、口の周りにかすが残っていたらしく、また笑いながらさらが紙ナプキンで取ってくれた。なんだか本物の恋人同士になった気分だ。幸せに満ちている。
このまま時が止まってしまえばいいのに。
「竜巻事件のときは、本当にありがとうございました」
唐突に切り出されたの重い話題に、樹は慌てて顔を引き締める。
「いえ、自分は風の王様から託された任務を果たしただけです。礼には及びません」
「いいえ、あのとき、私を闇から救ってくれたのは、他の誰でもない、樹さんです」
さらは樹をじっと見つめてくる。
「樹さんの言葉は私の閉じた心にまた光を与えてくれました。樹さんがいたからこそ、私はもう一度逃げずに自分と向き合い、あの時の自分も自分なのだと受け容れることができたのです。樹さんの言葉は、光そのものでした」
竜巻事件の日のことを思い出しているのか、さらの瞳はうるんでいる。でも樹から目を逸らさない。
「どんな自分でも見てくれる、認めてくれる人がいることを、樹さんは私に教えてくれました。だからこそ、私は自信の弱い部分を見つめ、受け容れることができたのです」
ありがとうございます、とやわらかい笑みとともに上目遣いに言われてしまえば、もう食い下がれない。
「俺、さらさんのどんなことも受け容れます! もっと、さらさんのこと、知りたいです!」
お礼なんていらない、とでも、どういたしまして、でもなく、樹は本音をさらにぶつけていた。
「俺でよければ、さらさんのお傍にいさせてください!」
さらは一瞬驚いたように大きく目を見開いたが、すぐに笑顔になった。
心から嬉しそうに。
花の蕾が、ふわりと開くように。
見つめ合うふたりは、どちらからともなく、顔を近づける。
さぁ、と風が駆け抜ける。
泉の水面が揺れる。
夜空からそそがれるまっすぐな星の瞬きと、泉に映る揺れた星空の光は、まるで二人を祝福するかのように、きらきらと輝いていた。




