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夕日は瞳の奥に  作者: ぬりえ
第八章
43/163

四、

 リンゴーン……


 数回、鐘の音が鳴り響く。

 その音は会場内にこだまして、外の空気へと吸い込まれていく。


 式典が始まる。


 警備隊員や実行委員などを除くほとんどの学生が、会場である中央棟の大広間へと集まっている。

 色とりどりのドレス、スーツを着込んだ学生たちが集まる会場は、まるでおとぎの国の花畑のように幻想的な華やかさをかもしだしている。

 学生たちの視線は斜め上へとくぎ付け。上段に設置されたステージだ。

 鐘の響きが消え去ると、学長と来賓、そして長四人が登場する。

 わっと大きな拍手が会場を満たす。

「これから、第九十九回開校記念式典を始める」

 学長が拍手の音をかきわけ、式典開始を高らかに宣言すると、さらに大きな拍手に会場が包まれた。学長は少しおいてから手でそれを制止、会式の辞、来賓紹介を行い、来賓からの祝辞を受け取る。

 学生たちの視線はずっと斜め上の檀上へ向いており、静かにそれを聞いているように見えるが、実際のところ真面目にそれを聞いている学生は無に等しい。檀上を向いてはいても、その瞳に映っているのは四人の長の姿だと言っていい。


 向かって左側、水の長、瀬戸一水(かずみ)

 午前中に冠を受け取るまで同行したときとほぼ変わらない装い。冠を載せているところだけが違っている。

 口元には柔らかい笑み。まとうオーラは普段樹といるときのそれとは異なり、“水の王子”と呼ばれるのも納得してしまう、自信と清々しさ、堂々たる存在感がにあふれている。


 隣には、火の長、三上紅葉(くれは)

 ドレスのことはよくわからないが、Aラインといったか、腰から裾まですっとひらいた真紅のドレスを身にまとい、赤みがかった波のある長い髪をハーフアップでまとめている。ドレス全体は同じ色調のレースで覆われていて、上品かつ華やかだ。“火の女王”がいるのであれば、こんな姿なのかな、と思ってしまう。

 髪飾りには生花が使われているらしい。小さな赤系統の花がいくつも飾られている。そして頭には燃え盛る炎を連想させるデザインの、花と同じく赤系統のスワロフスキーが大きめにあしらわれた冠。

 もっと堂々としていれば本当に女王に見えるのに、隣に一水がいるからか、少し緊張しているというか、もじもじしているように見える。


 学長をはさみ檀上向かって右側、土の長、剛力拓真。

 広大な大地と豊かな自然をモチーフにした太くずっしりと重厚感のある冠をかぶり、どっしりと構えている。いつもどおり固く引き締まった表情。しかし最近は、情に厚い人柄が垣間見えるようになり、今の表情も前より柔らかく感じる。黒の燕尾服も意外にもよく似合う。


 そしてその隣、風の長、山吹さら。

 銀色に輝く布を身にまとい、チャイナドレス風のドレス。細いラインがさらのすらっとした身体の美しさをひときわ目立たせる。

 長い黒髪は部分的に三つ編みになっており、そこへ淡い青の細かい花飾りが編み込まれている。頭には、爽やかに吹き抜ける風を思い起こさせる冠がちょんと載せられている。きめ細やかな細工には透明に輝くスワロフスキーがちりばめられ、それは冠というより、お姫様がつけるティアラのようだ。

 微笑み遠くを見据える眼差しの先には、誰がいるのだろう。佇むさらの姿につい樹は見惚れてしまう。


 と、会場がざわめいた。

 形式的な祝辞などが終わり、パーティの本番開始だ。警備をしっかりと務めなければならない。

 オーケストラによる音楽が奏でられる。

 学長が来賓の女性をエスコートして、ステージから降りる。まずはうやうやしく挨拶を交わし、手をとってメロディーに乗せてダンスを始める。次に一水と紅葉、拓真とさらのペアが会場へ降り立つ。

 最初は長たちのペアに見惚れていた学生たちも、だんだんと輪の中に入っていく。音楽の音色にのって、踊る男女の姿。美しく華やかであり、そして初々しい。

 一水と紅葉のペアを見ると、一水はうっすらと微笑を浮かべたまま、紅葉は恥ずかしそうに、でも楽しそうに踊っている。紅葉がつけていたのは小さなバラの花だった。遠目では気付かなかったが、その中に青い花が差し込まれていることに気付く。一水がポケットに挿しているものと同じ。碧の遊び心なのだろう。

 紅葉がターンすると、ふわりとドレスが咲き誇る。それを受け止め、見つめ合う一水と紅葉は、幸せそうで本物のカップルのようだ。早くそうなってしまえばいいのに、と樹は思う。だが、その道のりはまだ長そうだ。

 気になるのは拓真とさらのペア。意外にも、拓真は上手にさらをリードしている。その顔は少し硬いが、さらのやわらかい笑顔が拓真の表情を中和させる。自分が拓真だったら、と考えてしまうのは、もうどうしようもない。


 警備はしっかり務めながらも、樹はちらちらとさらを見てしまう。大勢のペアがいるなかでも、さらの姿はすぐに見つけられる。それはさらを想う気持ちからなのか、それとも彼女がひときわ輝いているからなのか、どちらかわからない。

 檀上にいたときはチャイナドレス風の、と思っていたドレスは本当にチャイナドレスだった。太ももの上部までスリットが入っていて、男たちの目をくぎ付けにしている。これでターンしたら……となんとも表現しがたい不安がよぎるが、変な心配は無用だった。

 さらのスリットの内側には、ラメの入ったレースが縫い付けられていて、ターンすると広がり、きゅっとしまっていた蕾が銀色の花を咲かせた。紅葉と負けない大きな円を描く。レースは足がぎりぎりすけない生地で、ドレスがシンプルなのに反し、細かい刺繍が全体に入っている。

 形状記憶でもされているのか、態勢が戻るとレースはスリットの中へと消える。メロディーにのって身体を揺らせば風の宝玉のイヤリングが煌めく。今晩は見えないようにする魔法は解いているようだ。がっしりとした体格の拓真に、華奢なさらが抱えられているのを見ると、きゅっと心が締められた。


 一曲目が終わり、それぞれのペアが挨拶を交わす。するとまた新たなペアが生まれていく。紅葉やさらはもちろん、一水と拓真のもとには人だかりができている。

 これ以上、さらが他の男と踊っているのを見るのはつらい。そんな気持ちこそ、“影”がはいる隙を与えることになる。樹はそれを自覚していた。

 ダンスをする学生から目を逸らし、会場の壁際を見る。たくさんの料理が並べられているテーブルの周りも、お皿を片手に歓談する学生でいっぱいだ。

 樹は会場内と、扉を行き来する学生の監視を続けた。なるべく会場中央は見ない。通り過ぎる女性が花飾りをしているのを多く見かける。今年の流行だろうか。

「いーつきさんっ」

 突然樹を呼んだのはほのかだった。

 明るく黄色に近いベージュのドレスは、プリンセスラインというのであったか、スカート部分がふんわり盛り上がった形で半球のようになっている。姉の紅葉のドレスと同じく、全体がレースに覆われていた。

 肩にかかるくらいの長さで小さな波のある赤みがかった髪は、樹にはどうなっているのかわからないが編み込みなどでアップにされており、大きなピンクの花がどんと存在感を示していた。

 どうですか? と聞くように上目遣いで首を傾げてくる。

「とてもかわいらしいよ」

 正直な感想を伝えると、ほのかは恥ずかしそうに、でも嬉しそうに笑った。

「碧さんにドレスの相談にのってもらったんです! ヒーリングのとき、悩んでること聞かれたんで答えたら、ドレスの提案もしてくれて。つい、準備にもひっぱっちゃいました!」

 それはヒーリングでする相談内容ではないだろ、と心の中でつっこみを入れる。碧を戦場に巻き込んだのは本当にほのかだったのか。


 ほのかの話によると、髪にあしらわれている花飾りは造花ではなく、本物の花だそうだ。碧の手にかかれば、瑞々しい状態を維持させるのも難しくはなさそうだ。これだけ花簪をしている女性が多いのを見ると、評判は上々のようだ。

 本物の花の潤いある飾りが人気を呼んだのだと容易に想像がつく。碧は主にヘアメイクを手伝っていたのだろう。一水とともに療養室を訪れたとき、室内にあった切り花はすべて、女性の飾り用に手を加えたものだったのかもしれない。

「季節関係なく、いろんな種類のお花があって、選べなかったんでおまかせしたら、これになりました」

 妖精たちに手伝ってもらえば、季節など関係なく花も手に入りそうだ。“あの日”の光景がそうだったように。

 ほのかの頭には夏に咲く蓮の大きな花。ボリュームの少なめなほのかの髪に大きな花を添えることでバランスが整い、より蓮の花も目立ってほのかを華やかにみせている。


 ほのかと話していると、いつのまにか警備交換の時間になっていた。これからは休憩時間だ。ほのかにそのことを告げると彼女は会場へと戻っていった。

 美しいさらの姿をもっと見たい。

 でも見たくない。

 矛盾した気分のまま、持ち場を次の隊員に引き継ぎ、樹は会場を後にした。

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