二、
今日は式典のため、講義はすべて休講だ。しかし学内は普段以上にばたばたと騒がしい。会場の準備や身支度に追われ、学生たちは大忙しなのだ。
樹と一水は療養室に向かいながら、勤務中の警備隊員に労いの言葉をかけていく。まだ一限途中の時間帯で式典開始まで長いが、この騒がしさにまぎれて“影”がなにか仕掛けてくる可能性もある。また、誰もが忙しく行動しているため、小さなもめごとが起こるころもしばしばある。したがって、警備隊員は朝からパトロールともめごとの仲裁でかなり忙しい。一水いわく、これは毎年恒例の風景だそうだ。樹も三回目なのでさすがにこの風景にも慣れてきた。
療養室に到着。小屋の周りにはたくさんの切り花や鉢植えがずらりと並んでいて、大規模な花屋のようだ。昨日まではなかったはずだが、いつのまにこんなにも用意したのだろうと不思議に思う。しかし樹は、碧に対し不思議に思うことが多すぎて、最近はそれらの不思議を深く考えないようになっていた。
こんこんこん
扉を叩くと、どうぞ、と中から返事があった。一水が扉を開くと、療養室の中も色とりどりの花であふれかえっている。それほど広くない室内が、花畑のように見える。花は活き活きとして、きらきらと輝いている。
「そろそろお越しになるかと思っていました、一水さん。あ、樹さんも、おはようございます」
花の準備に忙しいのだろう、手は動かしたまま、顔だけこちらへ向けて挨拶をしてくる。
ノックをしただけなのに一水だとよくわかったな、という思いと、自分の存在は気付かれていなかったのか、という思いが頭の中で交錯する。
「お二人とも、大変お似合いですね」
「ありがとう」
「ありがとうございます」
碧の言葉はお世辞ではないと感じられる。似合っているという言葉は、素直に嬉しいし安心した。
「ご依頼のものですが、こちらです」
碧は小さな木箱を一水へ差しだした。
「ありがとう。開けてもいいか?」
「もちろんです」
ぱこっ、と木のふたを持ち上げると、中にはピンブローチが入っていた。三つ又の鉾をモチーフにしてあり、チェーンにぶらさがって水の宝玉がついている。シンプルかつ繊細な細工に、二人は、ほうと見惚れた。
「よろしければ、つけさせていただいても?」
碧の申し出に、一水は、頼むと答える。
胸ポケットに鉾を差し止めると、下にチェーンが半円を描いてたれさがる。さらにその先から水の宝玉が揺れる。碧は一水のポケットに、ブローチが隠れない程度の青系統の花を挿していく。
白いタキシードが清涼感のある華やかな姿になる。これに冠をつければ、本当に王子のような華麗な姿になるだろう。
「白馬の王子様ってかんじですね」
碧がくすっと笑う。
「俺の場合、海馬の、だな」
そうですね、と碧は一水と笑い合っている。
“水の王子”と言わないところを鑑みるに、彼女は一水の二つ名を知らないのだろう。ただ、誰から見ても一水が王子に見えることは変わりないようだ。
「この細工は碧が施したのか?」
一水がたずねる。それは樹も気になっていた。
「企業秘密です」
いたずらっぽく返されてしまえば、それ以上の追及はできない。妖精たちに手伝ってもらったとも考えられる。碧ならばできなくはないだろう。ちなみにパーティの後はもとの形に戻してもらうことになっている。
花はどうやって持ってきたのか、それも企業秘密か、などと一水と会話が弾んでいる。樹は疎外感を感じていたたまれなくなり、口をはさむ。
「ここと外の花の移動に、手伝いは必要ですか?」
あまりにも量が多すぎるし、鉢植えは重い。いくら仕事とはいえ、一人で運ぶのは酷というものだ。樹も今なら役に立てる。
「お気持ちは嬉しいですが、必要ありません。風の領の方々が、魔法の応用で花を運んでくださることになっています。さらさんから申し出ありまして、お言葉に甘えさせていただきました」
「そうなんですか」
さすがさらさん、気が利く。
「私は花の用意がすべて済んだら、今度は女性の控室にいきます。もし花やブローチのことで問題がありましたら、控室へお越しください」
「長居してしまって悪い。樹、そろそろお暇しよう」
碧はまだ花の準備がある。邪魔をしては悪い。
用は済んだので、二人は療養室を出た。
療養室の中にも外にも花がいっぱい。来た時よりも増えている気がしなくもない。それだけ多いということか。これだけの花が飾られるのなら、今年は例年よりずっと、会場が華やぐだろう。
煌びやかな世界は苦手だが、自然の花が満ちている空間を想像すると、その光景を見るのが楽しみになった。




