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夕日は瞳の奥に  作者: ぬりえ
第八章
41/163

二、

 今日は式典のため、講義はすべて休講だ。しかし学内は普段以上にばたばたと騒がしい。会場の準備や身支度に追われ、学生たちは大忙しなのだ。

 樹と一水(かずみ)は療養室に向かいながら、勤務中の警備隊員に労いの言葉をかけていく。まだ一限途中の時間帯で式典開始まで長いが、この騒がしさにまぎれて“影”がなにか仕掛けてくる可能性もある。また、誰もが忙しく行動しているため、小さなもめごとが起こるころもしばしばある。したがって、警備隊員は朝からパトロールともめごとの仲裁でかなり忙しい。一水いわく、これは毎年恒例の風景だそうだ。樹も三回目なのでさすがにこの風景にも慣れてきた。


 療養室に到着。小屋の周りにはたくさんの切り花や鉢植えがずらりと並んでいて、大規模な花屋のようだ。昨日まではなかったはずだが、いつのまにこんなにも用意したのだろうと不思議に思う。しかし樹は、碧に対し不思議に思うことが多すぎて、最近はそれらの不思議を深く考えないようになっていた。


 こんこんこん


 扉を叩くと、どうぞ、と中から返事があった。一水が扉を開くと、療養室の中も色とりどりの花であふれかえっている。それほど広くない室内が、花畑のように見える。花は活き活きとして、きらきらと輝いている。

「そろそろお越しになるかと思っていました、一水さん。あ、樹さんも、おはようございます」

 花の準備に忙しいのだろう、手は動かしたまま、顔だけこちらへ向けて挨拶をしてくる。

 ノックをしただけなのに一水だとよくわかったな、という思いと、自分の存在は気付かれていなかったのか、という思いが頭の中で交錯する。

「お二人とも、大変お似合いですね」

「ありがとう」

「ありがとうございます」

 碧の言葉はお世辞ではないと感じられる。似合っているという言葉は、素直に嬉しいし安心した。

「ご依頼のものですが、こちらです」

 碧は小さな木箱を一水へ差しだした。

「ありがとう。開けてもいいか?」

「もちろんです」

 ぱこっ、と木のふたを持ち上げると、中にはピンブローチが入っていた。三つ又の鉾をモチーフにしてあり、チェーンにぶらさがって水の宝玉がついている。シンプルかつ繊細な細工に、二人は、ほうと見惚れた。

「よろしければ、つけさせていただいても?」

 碧の申し出に、一水は、頼むと答える。

 胸ポケットに鉾を差し止めると、下にチェーンが半円を描いてたれさがる。さらにその先から水の宝玉が揺れる。碧は一水のポケットに、ブローチが隠れない程度の青系統の花を挿していく。

 白いタキシードが清涼感のある華やかな姿になる。これに冠をつければ、本当に王子のような華麗な姿になるだろう。

「白馬の王子様ってかんじですね」

 碧がくすっと笑う。

「俺の場合、海馬の、だな」

 そうですね、と碧は一水と笑い合っている。

 “水の王子”と言わないところを鑑みるに、彼女は一水の二つ名を知らないのだろう。ただ、誰から見ても一水が王子に見えることは変わりないようだ。

「この細工は碧が施したのか?」

 一水がたずねる。それは樹も気になっていた。

「企業秘密です」

 いたずらっぽく返されてしまえば、それ以上の追及はできない。妖精たちに手伝ってもらったとも考えられる。碧ならばできなくはないだろう。ちなみにパーティの後はもとの形に戻してもらうことになっている。

 花はどうやって持ってきたのか、それも企業秘密か、などと一水と会話が弾んでいる。樹は疎外感を感じていたたまれなくなり、口をはさむ。

「ここと外の花の移動に、手伝いは必要ですか?」

 あまりにも量が多すぎるし、鉢植えは重い。いくら仕事とはいえ、一人で運ぶのは酷というものだ。樹も今なら役に立てる。

「お気持ちは嬉しいですが、必要ありません。風の領の方々が、魔法の応用で花を運んでくださることになっています。さらさんから申し出ありまして、お言葉に甘えさせていただきました」

「そうなんですか」

 さすがさらさん、気が利く。

「私は花の用意がすべて済んだら、今度は女性の控室にいきます。もし花やブローチのことで問題がありましたら、控室へお越しください」

「長居してしまって悪い。樹、そろそろお暇しよう」

 碧はまだ花の準備がある。邪魔をしては悪い。

 用は済んだので、二人は療養室を出た。


 療養室の中にも外にも花がいっぱい。来た時よりも増えている気がしなくもない。それだけ多いということか。これだけの花が飾られるのなら、今年は例年よりずっと、会場が華やぐだろう。

 煌びやかな世界は苦手だが、自然の花が満ちている空間を想像すると、その光景を見るのが楽しみになった。

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